エステル、僕の村にお嫁さんに来てくれないか? ~ハーメル村次期村長物語~   作:朝陽晴空

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第十話 霧の街、ハーヴェイ一座のロレント巡業

<ロレント市 遊撃士協会>

 

強盗事件の翌日、エステルとヨシュアはいつものようにロレントの遊撃士協会に顔を出した。

すると遊撃士協会にはシェラザードの他に、同じ支部の準遊撃士でエステルの先輩にあたるリッジが居た。

 

「やあエステル、おはよう」

「あれ、リッジさんと朝会うなんて珍しいわね」

 

気さくに挨拶をして来たリッジにエステルも明るい笑顔で会釈をする。

 

「いつも朝早くから配達や運搬の護衛の依頼が入る事が多かったからね」

「今日その仕事はお休みですか?」

「この霧だから飛行船が使えなくて陸送の荷物が増えてね、積み込みのために出発が遅れるんだよ」

 

リッジは肩をすくめてヨシュアに答えた。

ロレント地方には明け方からとても濃い霧が発生し、定期船が運航できず、街の経済活動にダメージを与えていた。

 

「地元で生まれ育った俺でもこんな濃い霧が発生するのは見た事無いよ」

「何をのんきに構えているのよ」

 

他人事のように危機感を持たずに話すリッジを、シェラザードが注意した。

 

「これは緊急事態よ、アストン隊長も軍に出動を頼んでいるらしいけど、ロレント全域をカバーするのは無理があるわ」

「ええ、視界が遮られることで魔獣や事故の危険も増えるし、道に迷う民間人も増えるかもしれないわ」

 

アイナとシェラザードは真剣な表情でつぶやいた。

 

「じゃあ俺はそろそろ運搬車の方へ行くよ」

「霧で大変でしょうけど、頑張ってください」

「兵士さん達も護衛を手伝ってくれるから、大丈夫さ」

 

リッジはヨシュアにそう答えて遊撃士協会を出て行った。

 

「あたし達の仕事は?」

「エステル達はまだ隣町への護衛の依頼は無理だから、街道の見回りを頼むわ。魔獣には気を付けるのよ」

「了解!」

「わかりました」

 

アイナの指示にエステルとヨシュアはうなずき、遊撃士協会を出るのだった……。

 

 

 

<ロレント市 居酒屋『アーベント』>

 

ロレントの街の居酒屋には足止めを食った定期船の乗客や乗務員が集まっている。

冷たい霧で気温が低下しているため、店の主人が避難場所として提供したのだ。

暖かい料理やワインも無料で振る舞われ、看板娘のエリッサも大忙し。

それでもエステルとヨシュアが店に顔を出すと、エリッサは笑顔で二人に駆け寄る。

 

「おはようエステル、ヨシュア。昨日の夜は大変だったわね」

「うん、シェラ姉は酔って抱き付いて来るし……」

「アイナさんは顔色を変えずに飲み続けているけど、話が長くなるから大変だよ」

 

エステルとヨシュアは苦笑しながら答えた。

人々の喧騒でごった返す店内を見回してエステルが

 

「それにしても、すごい繁盛しているじゃない」

 

と言うと、エリッサは肩をすくめて答える。

 

「あはは、霧のせいで街の外に出れない人達が来てるだけだけどね」

「みんな仕事に行けなくて大変そうだね」

 

鉱山や森に行けずに飲んでいる労働者達を見て、ヨシュアはつぶやいた。

 

「毎日働いているおじさん達には良い骨休めになったんじゃないかな」

 

エステルの言葉にエリッサはうなずく。

 

「そうね……でも大人達はお酒を飲んで暇を潰せるけど、子供達がね……」

 

店内には退屈そうにしている子供達が親に不満をもらすと、親達は大人しくしていろと押さえつけた。

しかし子供達にとっては屋内でじっとしているのは辛い事だと分かるエステル達は心苦しい。

 

「何とかしてあげたいけど……」

「街道の巡回が終わったら、僕達で遊び相手をしてあげようか」

「そうね」

 

エステルはヨシュアを見つめてうなずいた。

そしてエリッサが持ち場に戻ろうとした時、店の外から鈴の音が聞こえて来る。

 

「ヨシュア、この音って……」

「うん、そうかもしれないね」

 

二人はお互いに笑顔でそう言うと、街の中心にある時計台の前の広場と駆け出した。

他にも鈴の音を聞いて来た人達によってすでに人だかりが出来ている。

 

「親方、電源の準備が整いました!」

 

メルダース工房の若き見習い技師、フライディの声が聞こえた直後、二つのスポットライトが広場の中央を照らした。

すると浮かび上がった人影が踊りを始め、観衆から感動の声と拍手が上がる。

霧の中に浮かび上がるシルエットは影絵の演劇の様だった。

 

「凄い盛り上がりね」

「そうだね」

 

二人はこの盛況を自分達の手柄の様に喜んだ。

霧の中、カルバード共和国の『キモノ』をモチーフにした妖艶な服を身に纏い、華麗な舞いを踊っている人影は二人にとって親しい人物だからだ。

 

「この悪天候を逆手にとって幻想的な舞台装置にしてしまうなんて、ルシオラ姉さん達もやるものね」

「あ、シェラ姉も来てたの?」

「鈴の音が聞こえたのよ」

 

いつの間にかシェラザードも広場へと姿を見せていた。

踊りがクライマックスに入ると、広場を囲んでいた人々から手拍子が上がり、小銭が投げられる。

そして踊りが終わり、ルシオラが霧の中から姿を現してお辞儀をすると大きな拍手が巻き起こった。

 

「今年もロレントの街にハーヴェイ一座がやってきたよ、僕は道化師のカンパネルラ、みんなよろしく!」

 

陽気な声を出しながらルシオラの右隣に姿を現したのは、ピンクの下地に様々な色の派手な星模様のスーツに身を包んだグリーンヘアの短髪の青年だった。

 

「愛と感動を君達に!」

 

左隣に純白のスーツ、仮面姿の長髪の青年がバラの嵐の中から続けて姿を現すと、"ブルブラン様!"と黄色い歓声が上がった。

三人は揃って観客に向かって一礼し横に退くと、シルクハットをかぶった穏やかな壮年の男性がゆっくりと霧の中から歩み出る。

一座の団長であるハーヴェイだ。

 

「本日はあいにくの悪天候となりましたが、我々のパフォーマンスがせめてもの慰めとなれば幸いです」

 

お辞儀をしたハーヴェイのシルクハットから鳩が飛び立つと、観客から改めて声と拍手が上がった。

 

「ルシオラさーん!」

 

エステルが大声で呼びかけると、ルシオラも手を振って返した。

ハーヴェイ一座は毎年ロレントで巡業する時は、郊外の開けた平原が広がるミルヒ街道でサーカスのキャンプを設営していた。

しかし今朝から濃い霧が広がり、ミルヒ街道での公演は難しくなった。

そこで時計台前の広場で規模を縮小して公演を行う事にしたらしい。

 

「これで僕達が子供達の相手をする必要は無くなったね」

 

ヨシュアはホッと安心したように息をもらした。

 

「ねえねえ、あたし達も公演を見て行こうよ!」

「あんたも子供ね」

 

目を輝かせるエステルに、シェラザードは大きなため息を吐き出すのだった……。

 

 

 

<ロレント市 遊撃士協会>

 

三人は後ろ髪を引かれるエステルをなだめて遊撃士協会へと戻る。

 

「もう、ちょっとぐらいならいいじゃない」

「だめよ、遊びに行くなら仕事の後にしなさい!」

 

膨れるエステルの頬をシェラザードがつねると、アイナは微笑みながら声を掛ける。

 

「ふふ、それなら残業にならないように頑張ってね」

「ほら、さっさと引き受ける依頼を選んで仕事に行くよ」

 

ヨシュアは真面目な表情になって掲示板を見るようにエステルを急かした。

今朝の霧で困っている街の人はたくさん居る。

リッジが引き受けた運送や配達の依頼の他にも依頼は増えているのだ。

 

「手配魔獣退治の依頼は私が引き受けるわ」

「シェラ姉、大丈夫なの?」

「私は風のアーツが得意だから、霧を晴らすなんてお手の物よ」

 

シェラザードは胸を張ってエステルに答えた。

 

「それなら僕達は他の依頼を選ぼうか」

「あんまり時間が掛からない仕事にしようよ」

 

気の無い返事をヨシュアにしたエステルに、シェラザードの鞭が飛ぶ。

 

「こら、選り好みなんて言語道断よ!」

「ごめんなさい」

 

エステルは手で頭を抱えて謝った。

 

「フフフ、貴方達は相変わらずね」

「ね、姉さん?」

 

突然遊撃士協会に姿を現したルシオラに、シェラザードは驚きの声を上げた。

 

「ルシオラさん、遊びに来てくれたの?」

 

エステルの顔がパッと明るくなったが、

 

「そうしたい所だったけど、厄介な事になってしまったのよ」

 

とルシオラは首を横に振って答えた。

 

「緊急の依頼ですか?」

「そうよ」

 

受付のアイナの言葉にルシオラはうなずいた。

ルシオラの話によると、一座がミルヒ街道にあるキャンプから街の広場へと巡業に行っている間に見世物となっている魔獣が檻から脱走してしまったらしい。

脱走した魔獣はヒツジン、羊型の魔獣でそれほど脅威とはならないが、悪戯好きで人を困らせる性質がある。

 

「魔獣が逃げ出した事が知られると、一座の信用問題に関わってしまうわね」

「それに街の皆がパニックになってしまう恐れもあるよ」

 

シェラザードとヨシュアは真剣な表情でつぶやいた。

 

「ルシオラさんの占いで、逃げた魔獣をパパッと見つける事はできないの?」

「占いはそんなに便利な物じゃないのよ」

 

エステルが明るい笑顔で言うと、シェラザードは少しあきれた顔でため息を吐き出した。

 

「動く相手を追跡するには、ずっと力を消費し続けなければならないのよ」

「そうなんだ……」

 

ルシオラの言葉を聞いたエステルはガックリと肩を落とした。

 

「でも貴方達に最初の道しるべを示す事は出来るわ」

 

そう言ってルシオラは小さな水晶玉を服の長い裾から取り出した。

ルシオラの得意分野は”札”を使った風水占いなのだが、水晶を使った占星術もたしなんでいる。

 

「あまり長い間はイメージは映せないから、しっかり見てね……」

 

カウンターにルシオラが置いた水晶を、エステル達はじっと見つめた。

しばらくすると水晶玉の中に見覚えのある少年達の顔が浮かび上がると、エステルが驚いて叫ぶ。

 

「ルック、パット!」

 

すぐに二人の顔のイメージは掻き消えて、普通の水晶へと戻りルシオラが息をついた。

そしてシェラザードがあごに手を当ててつぶやく。

 

「どうやら、あの二人が逃げた魔獣について知っているようね」

「私達は魔獣が逃げた事をごまかして公演を続けるから、よろしくお願いね」

 

ルシオラはそう告げるとそよ風のように遊撃士協会を立ち去った。

 

「それなら私達は早速あの二人の子達に話を聞きに行きましょう」

「了解」

「はい」

 

エステル達三人もアイナに見送られて元気に遊撃士協会を飛び出すのだった……。

 

 

 

<ロレント市郊外 パーゼル農園>

 

三人が遊撃士協会を飛び出した頃、パーゼル農園では騒動が起きていた。

 

「まったく逃げ足の速いやつめ!」

「あっ、そっちに行ったよ!」

 

農場主のフランツと娘のティオは、農園に現れた魔獣の影を追いかけていた。

今朝から霧が濃いため農作業を休んで家の中で待機していたのだが、甲高い咆哮と共に魔獣の影が畑に襲来したのを見て、外に出て来たのだ。

霧の中に浮かんだ影が小さかった事が二人を勇気付け、今度は魔獣を自分達の手で捕まえてやろうと意気込んでいた。

しかし二人をからかうように魔獣の影は飛び跳ねて回り、二人は息を切らしてへたり込んでしまう。

 

「はあ、はあ……」

「私も、もうダメ……」

 

そんな二人をバカにして、霧の中の影は小躍りを続ける。

二人は悔しそうにその姿を見つめる事しか出来なかった。

しかし突風が吹き霧が晴れると、中に居た魔獣……ヒツジンの姿が明らかになる。

 

「見つけたわよ、この悪戯坊主!」

 

シェラザードが声を掛けると、ヒツジンは慌てて霧の中へと逃げた。

 

「こら、逃亡するとさらに罪が重くなるわよ!」

 

農園の入口の方からやって来たエステルがヒツジンの後を追いかけて行った。

 

「やあティオ、驚かせちゃってごめんね」

「ヨシュア君、どうしたの?」

 

ティオは目を丸くしてヨシュアに尋ねた。

 

「実はあの魔獣を追いかけているんだよ」

 

ヨシュアはフランツとティオの父娘に理由を話した。

街のいたずら坊主のルックとパットがハーヴェイ一座の魔獣の檻の鍵を開けてしまい、先ほどの魔獣、ヒツジンが逃げ出してしまった。

しばらく暴れてお腹が空いたヒツジンはパーゼル農園の野菜を盗み食いしようとやって来たのだろうとヨシュアは話して、ヒツジンを追いかけて行ってしまった。

 

「後はヨシュア達に任せて、家に入ろうか」

「そうだね」

 

フランツの言葉にうなずいたティオは、疲れた顔で家の中へと戻るのだった……。

 

「ついに追いつめたわよ、覚悟しなさい!」

 

魔獣を追いかける仕事は二回目であるエステル達の手際は良く、油断していたヒツジンは農園の中で捕捉されてしまった。

勝利を確信したエステルは武器を構えてヒツジンに詰め寄る。

その時ヒツジンは大声で甲高い悲鳴を上げ、周囲に響き渡った!

 

「くっ、こんな事であたし達を脅そうとしたってそうはいかないわよ!」

 

エステルは辛そうに顔を歪めながらも、体勢を崩さなかった。

しかし突然森の中から数匹のヒツジンが現れ、エステル達の目の前に舞い降りた!

 

「ちっ、援軍を呼ぶとわね」

 

シェラザードも舌打ちして鞭を握り締めた。

 

「数が増えたからって、逃がしはしないよ」

 

ヨシュアは数が増えて調子付くヒツジン達に、落ち着いた声で告げた。

ヒツジン達は気が大きくなったのか、逃げる事を止めて三人に対して反撃に出る。

だがエステルの棒に叩かれ、ヨシュアの短剣の連続攻撃に傷を負わされ、シェラザードの風のアーツに翻弄され、ヒツジン達は地に倒れ伏した。

 

「余計な手間を掛けさせてくれちゃって」

 

倒れたヒツジンを見て、エステルは息を吐き出した。

そしてエステルがヒツジンを捕まえようと近づいた時、ヒツジンは最後の力を振り絞って立ち上がる。

 

「まだ何かするつもりだ、気を付けて!」

 

ヒツジンから漂う殺気を感じ取ったヨシュアが注意を促すと、ヒツジンが甲高い鳴き声を上げた。

すると倒れていたヒツジン達が体を起こし、鳴き声を上げたヒツジンの元に集結し合体をしてしまった!

 

「これが噂に聞いたヒツジン阿修羅合体ね……」

「何よそれ!?」

 

そうシェラザードがつぶやくと、エステルは目の前で起こった事が信じられないと言った様子で叫んだ。

 

「二人とも、相手は強力な体術を使うから気を付けなさい!」

 

シェラザードの警告通り、合体したヒツジン達は体格のがっしりとした大きな人間と同等のパワーを発揮し『必殺☆ヒツジン残虐拳』や『八艘飛びヒツジン蹴り』などの格闘技を繰り出して三人を苦しめた。

 

「ただのヒツジンだと思っていたけど、油断は禁物だったね」

「もう、これ以上は戦えないほど疲れたわ……」

 

死に物狂いで勝利したエステルとヨシュアの前では、合体の中心に居たヒツジンが力を使い果たし気絶していた。

 

「さあ、コイツの体力が復活する前に一座まで連れて帰るわよ!」

「そ、そんなぁ!」

「勘弁してください……」

 

シェラザードの号令に、エステルとヨシュアは背中合わせに座り込んでしまうのだった……。

 

 

 

<ロレント郊外 ハーヴェイ一座のテント>

 

三人はクタクタになりながらも何とかヒツジンをハーヴェイ一座のテントの檻へと連れ戻した。

 

「相棒が居なかったから、場を繋ぐのが大変だったよ」

 

出番を終えていたカンパネルラは楽屋裏でそうぼやいた。

カンパネルラは魔獣を使った曲芸が得意技で、十八番はヒツジンとのダンスだった。

ブルブランは観客席の女性客をステージに呼び出し、頭に乗せたリンゴの中心に投げたナイフを突き刺す腕前を披露。

ルシオラは霧を使ったイリュージョン・マジックで観客を魅了する。

そして団長のハーヴェイが笑いを取るコミカル・マジックを行い、一座は今日の興業を終えた。

 

「みんな、お疲れ様!」

 

エステル達は仕事を片づけた後、ハーヴェイ一座の楽屋に遊びに来ていた。

 

「シェラザードは近い将来、運命の男性との出会いがあるようね」

 

札を使った占いをしたルシオラがそう言うと、シェラザードが目を輝かせる。

 

「姉さん、それって本当?」

「運気は西の方角から強く感じるわ」

「ボース市の方からか……」

 

ルシオラの言葉を聞いたシェラザードは深刻な表情でそうつぶやいた。

 

「次はあたしを占ってよ!」

「それなら分かり易いタロット占いにしましょうか」

 

快諾したルシオラはタロットカードをシャッフルし、エステルに一枚選ばせる。

 

「運命の輪の正位置、あなたには生活環境を一変させる出来事が起こりそうね」

「えっ!?」

「でも大丈夫、他のタロットもプラスに傾いているし、不吉な出来事では無いはずよ」

「良かった」

 

ルシオラがフォローを入れると、エステルはホッと胸をなで下ろした。

シェラザードは黙って見ていたヨシュアに声を掛ける。

 

「さあ、ヨシュアも占ってもらいなさい」

「えっ、でも僕は……」

「ほらほら」

 

エステルに強引に手を引かれて、ヨシュアはルシオラの前に座らされた。

ルシオラはタロットカードをシャッフルし、ヨシュアに一枚選ばせる。

 

「月の逆位置、遠い将来だけど、重大な悩み事が解決すると出ているわ」

 

ルシオラが穏やかに微笑みながらヨシュアにそう告げると、

 

「そうだと良いんですけどね」

 

とヨシュアは答えた。

 

「その気の無い返事は何よ、ルシオラさんの占いが信用できないって事?」

「いやそう言うわけじゃないけど、難しい問題だからね」

 

膨れ顔で詰め寄ったエステルに、ヨシュアは真剣な表情でつぶやいた。

 

「安易な選択を選んでしまっては後悔する事になるわ、最後まで希望を捨てないで結果を出しなさい」

「はい、分かりました」

 

ルシオラの言葉にヨシュアはしっかりとうなずいた。

 

「ねえ、もしかしてそれって恋愛の悩み?」

「えっ!?」

 

図星をピンポイントで突かれたヨシュアは動揺を隠せなかった。

 

「あたしだったらいつでも相談に乗るからね!」

「それはどうもありがとう」

真っ赤になってうつむいたヨシュアにテントの中に居た全員が笑い出したのだった……。

 

 

 

<ロレント市 遊撃士協会>

 

ハーヴェイ一座の巡業で霧に閉ざされたロレントの人々の気持ちは晴れやかになったが、翌日もロレント市を覆う霧は晴れそうになかった。

いつものようにエステルとヨシュア、シェラザードの三人で朝のミーティングをしていると、厳しい表情をしたデバイン教区長が姿を現す。

 

「定期便はまだ運行を再開しませんか?」

「まだ霧がひどくて目処が立たないようです」

 

アイナはデバイン教区長の質問に申し訳なさそうな様子でそう答えた。

 

「飛行艇に急ぎの用事でも?」

「実はボース市のホルス教区長に頼まれていた薬が完成したので、なるべく早くに届けたいのです」

 

シェラザードに尋ねられたデバイン教区長は困った様子で理由を話した。

 

「分かりました、それならこちらでボース市へ派遣する遊撃士を手配しますね」

「おお、それは助かります」

 

アイナの言葉にデバイン教区長の顔がほころんだ。

 

「その依頼、リッジにやらせるつもり?」

「ええ、そうだけど」

 

シェラザードが確認するように尋ねると、アイナは不思議そうな顔で答えた。

 

「エステルとヨシュアに任せてみたらどうかしら?」

「えっ!?」

 

突然のシェラザードの提案にエステルは目を丸くして声をあげた。

 

「二人はロレントで十分に功績を立てたと思うし、そろそろ他の支部に送りだしてもいいんじゃない?」

「そうね、推薦状を書きましょう」

 

シェラザードとアイナのやり取りを聞いてエステルは嬉しそうな表情に変わる。

 

「やった!」

「教区長さんも、それで構いませんね?」

「はい、前途ある若者達の成長のためならば喜んで」

 

シェラザードの申し出をデバイン教区長は穏やかな笑顔で快諾した。

エステルとヨシュアはアイナからロレント支部の推薦状を受け取った。

それはロレント支部からの卒業を意味する。

二人は感無量でお互いに見つめ合った。

 

「コホン。この濃い霧の中、二人に万が一の事があってはいけないから、今回は私も同行するわ」

 

咳払いをして宣言するシェラザードに、ジト目をしたヨシュアがつぶやく。

 

「ルシオラさんの占いで西の方に行きたいから、僕達を利用するつもりですね」

「そ、そんな事ないわ」

 

図星を突かれたシェラザードが動揺しているのは誰の目にも明らかだった。

 

「まったくシェラってば相変わらずなんだから……」

 

アイナはあきれた顔でため息を吐き出すのだった……。

 

 

 

 

<ロレント地方 ヴェルテ橋の関所>

 

デバイン教区長の依頼を引き受けたエステル達は、その日のうちにボース市に向けて出発する事にした。

辺りは濃い霧に覆われ、晴れやかな旅立ちとは言えなかったが、見送りには母親のレナをはじめとして多くの人々が集まる。

 

「エステル、好きなお肉ばかり食べないで、お野菜も採るのよ」

「もう母さんってば、あたしを子供扱いして」

 

レナの言葉に、エステルは頬を膨れさせた。

 

「でもこれから私達のお野菜が食べられなくなるんだから、ますます離れちゃうかもね」

「そうそう、パーゼル農園のお野菜を食べられる母さんが羨ましい」

 

ティオに同意するようにエステルはレナに声を掛けたが、レナは顔を伏せエステルの両肩をつかみ、体を震わせる。

 

「羨ましいのはエステル達の方だわ! ボースの川魚料理に、ルーアンの海鮮料理、ツァイスの東方料理、グランセルのチョコレートフォンデュ……」

 

早口でまくし立てるレナの気迫に、エステルとティオはお互いの肩を寄せて冷や汗を流しながらつぶやく。

 

「エステルのお母さんって、食いしん坊なのにスタイル良いよね」

「法術を使うとお腹がすごく減って、いくら食べても太らないらしいわ」

「それが一番羨ましい……」

 

エステルの話を聞いたティオは大きなため息を吐き出した。

そしてエステルはレナを励まそうと声を掛ける。

 

「ねえ、おいしい食べ物なら父さんがお土産で買ってきてくれると思うし……」

「ダメよ、新鮮な料理は地元じゃないと食べられないんだから!」

 

拳を握りしめて強く力説するレナに、エステルは萎縮してしまう。

 

「なら母さんも一緒にボース市に行くって言うのはどう?」

「そうしたい所だけど、カシウスさんと入れ違いになっても困っちゃうわ」

「母さん、結局父さんのお土産目当てなんだ……」

 

レナがあごに手を当てて落ち込んでため息を吐き出すと、エステルはガックリと肩を落とすのだった……。

エステルがレナ達と話している間、ヨシュアもアルバイトをしていた武器屋の主人であるエドガー、妻のステラ、クラウス市長などと言葉を交わしていた。

そしてシェラザードもアイナやハーヴェイ一座のメンバー達と話をしている。

 

「待たせたね。手続きは終わったよ、門を開けるかい?」

 

アストン隊長が声を掛けると、三人はしっかりとうなずいた。

門が大きな音をたてながら開いて行く。

たちこめる霧のため、数十アージュ先まで見渡す事は出来ない。

 

「あちゃあ、橋の向こうの様子が全然わからないわね」

 

シェラザードは額に手を当ててつぶやいたが、エステルは目をキラキラと輝かせる。

 

「何も見えない方が、逆にワクワクしない?」

「ははっ、エステルってば前向きだね」

 

ヨシュアは笑いながらエステルの意見に同意した。

 

「二人とも、今度会う時は正遊撃士ね」

「うん、楽しみに待ってて!」

「はい、頑張ります」

 

エステルはレナに向かってVサインをして答え、ヨシュアはしっかりとうなずいた。

 

「シェラ、二人をよろしくお願いね」

「もちろんです」

「それと、あなたの男運を祈ってるわ」

 

レナがにやけ顔で付け加えると、レナは「アイナのやつめ」と小声でつぶやいた。

そして集まった皆の声援に見送られて、三人の背中は霧の中へと消えたのだった……。

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