エステル、僕の村にお嫁さんに来てくれないか? ~ハーメル村次期村長物語~ 作:朝陽晴空
少しだけ内容が変わっています。
<ボース市街 遊撃士ギルド>
飛行船を使った強盗団のアジトが判明し、遊撃士協会と王国軍情報部が協力して事件解決に当たる事にした。
しかし、それに待ったを掛ける存在があった。
モルガン将軍率いるボース地方治安部隊。
彼は自分達の手で事件を解決すると言い出した。
「軍で包囲すれば、犯人達も一網打尽だ。わざわざ遊撃士の力を借りるまでもない」
「大っぴらに軍を動かしたりしたら、犯人達に気付かれて逃げられてしまいます! 軍を動かすのは止めていただきたい!」
モルガン将軍とリシャール隊長との意見は対立していた。
「あの、私達遊撃士が動いた方が犯人を警戒させずに済むのではないでしょうか?」
「うるさい、遊撃士風情が口を挟むな!」
意見を述べたシェラザードに対してモルガン将軍がそう言い放った。
「遊撃士風情ですって? 軍人風情が何言ってるのよ!」
モルガン将軍の発言に、シェラザードの怒りは心頭に発した。
「モルガン将軍、差別的発言は慎むべきかと」
「おぬしもカシウスのやつに毒されたか?」
シェラザードをかばったモルガン将軍はカシウスの名前を挙げて怒りだす。
「……なんで、そこで父さんの名前が出てくるの?」
そう言ったエステルにモルガン将軍は視線を向けると、ポツリとつぶやいた。
「……お主、カシウスの娘か?」
「うん、そうだけど」
エステルは不思議そうな顔をしながらもそう答えた。
「言われてみれば、目元がレナ殿に良く似ているな。あの小さかった子がこんなに大きくなるとは」
「えへっ、母さんに似ているって言われると照れちゃうな」
エステルとモルガン将軍の間に和やかな空気が流れていたが、モルガン将軍は気付いたように緩んだ表情をまた引き締める。
「カシウスには腹心の部下として目を掛けてやったのに、軍を辞めおって。ええい、全く腹立たしい」
「カシウスさんはモルガン将軍の後継者と目され、我々リベール軍の期待の星でもありました」
リシャール隊長は目を細めて遠くを眺めるようにそう言った。
「それが、何で軍を辞めちゃったわけ?」
「……それは……」
エステルの質問にリシャールは言い辛そうに目を反らした。
「あやつは、配備に不満を持って軍を退役したとんでもないやつだ!」
モルガン将軍は苛立ち最高潮と言った感じでそう言った。
「モルガン将軍はボース地方の指揮官なので、カシウスさんもボース地方の所属でした。カシウスさんは、生まれたお子さんとの時間を作るためにも遊撃士になったのですよ」
「正遊撃士なら、自分の意志で所属先を決められるからね」
リシャールが事情を説明すると、シェラザードはそう付け加えた。
「じゃあ父さんが軍を辞めたのはあたしのため?」
エステルが驚いた顔でそう呟いた。
「リシャール、お前も結婚したら退職するつもりか、どいつもこいつも愛国心と言うものが足りん!」
「……なんだか、話がそれてません?」
ヨシュアに指摘されて、シェラザードとリシャールとモルガン将軍はハッと気がついた表情になった。
アガットはすっかりあきれていたようだ。
「あんた達軍人がしっかりしていないから、強盗団を今まで見つけられないなんて事になるのよ。今まで遊撃士協会に事件の捜査を丸投げして、犯人の潜伏先が見つかったらしゃしゃり出るなんて、おいしい所だけ持って行こうとするんだから」
「なんだと!」
止まらないシェラザードの嫌味に、モルガン将軍はブチ切れていた。
「この事件は私達遊撃士の手で解決すべき事件よ、明らかさまに包囲なんかしたら、犯人は飛行艇でまた逃げて別の場所に潜伏してしまうわ」
「ここはシェラザード殿の言う通りかと」
「ボース地方の治安を守るのはワシらの役目だ! 中央から来たお前は黙っておれ!」
再び議論は振り出しに戻ってしまった。
言い争うシェラザードとモルガン将軍、そして仲裁に入るリシャール。
このままじゃらちがあかないとルグラン老人も頭を抱えていた。
「なんで、みんなで協力できる作戦を考えないのかな?」
エステルがそう大声でつぶやくと、シェラザード達の言い争いが止まった。
「みんなで事件を解決すればみんなの手柄になるじゃない。どうして縄張りとか気にするの?」
エステルの言葉に納得したのか、モルガン将軍とシェラザードはようやく具体的な協力作戦の話し合いを始めた。
「ちょっとあなた、リシャール様に近づきすぎですわ!」
「近づかないと話し合いが出来ないじゃない、そうですよね?」
「は、はぁ、それでも少し近すぎではないかと」
シェラザードの付けている香水の匂いがリシャールの鼻孔をくすぐる。
モルガン将軍とシェラザードの言い争いは治まったが、今度はシェラザードとカノーネが仲が悪そうににらみ合っていた。
<ボース郊外 霧降り峡谷>
強盗団を捕獲する作戦の話し合いを終えたリシャール達王国軍情報部は案内役のシェラザード達と共に霧降り峡谷へと向かった。
モルガン将軍率いる王国軍の兵士と飛行警備艇は国境を固めていた。
リベール王国で罪を犯したとは言え、空賊団は帝国人だ。
身柄がリベール王国に引き渡される可能性は低い。
帝国側に逃げてしまったら、リベール軍が捕縛するのは難しくなってしまうからである。
「やはり、いつも開いているわけではないか」
リシャールは切り立った岩壁のようにしか見えない強盗団達が立て篭もっているアジトの入口を見てそうつぶやいた。
「犯人達が出入りするのを待ちますか?」
カノーネにそう言われたリシャールは首を横に振った。
「いや、それだとかなり時間がかかる可能性もある、長引くとそれだけ向こうに逃げる機会と時間を与えてしまう事になるな」
「そうなると向こうから開けさせるしか無いわね……でも、どうやって?」
シェラザードは考え込む仕草をしながらそう言った。
「カプア運送の従業員達は仲間意識が強く、強盗団になった後も解雇された元従業員を引き入れているらしい」
「なるほど、あいつらの仲間の振りをするってわけね」
リシャールの言葉を聞いたシェラザードはそう呟いた。
「じゃあ、あたしが行ってこようか」
エステルが立候補すると、シェラザードはそれを押し止めた。
「カプア運送の従業員は男性が多いから、女性は目立つのよ。エステルが行っても怪しまれる可能性が高いわ。ここはアガットに行ってもらいましょう」
「俺か?」
シェラザードに白羽の矢を立てられたアガットが、目をぎろりとさせて声を上げた。
「カプア運送の元従業員だと思わせて相手の油断を誘うんだ。そして扉の開閉装置を押さえる。きっと扉の近くにあるはずだ」
「ちっ、芝居なんて面倒なのは好きじゃないんだがな……」
リシャールにそう言われたアガットは正遊撃士の紋章を外し、カプア運送の制帽を被り、自分のトレードマークとなっている重剣をシェラザードに預けた。
そして隠れていた場所から大きく迂回して周り、岩壁のドアに近づくと軽くノックして囁くような声で呼びかけた。
「おい、俺も仲間に入れてくれ」
「……誰だ、お前は? どうしてこの場所の事を知っている?」
しばらくすると岩壁の向こうから若い男性の声が返って来た。
「俺も会社を解雇されたんだ。仲間に入れてくれ!」
「誰だ、お前は?」
「同じカプア運送の仲間だった俺を疑うのか?」
アガットの言葉を最後に辺りは沈黙に包まれた。
相手は迷っているのかなかなかドアを開こうとしない。
「そうか、俺達の絆はその程度のものだったのか。他の仲間の連中にも話してやる」
「ま、待て……!」
慌てた若い男性の声と共に、ゆっくりと岩壁が開きはじめる。
開きかけたタイミングを狙って、アガットは扉の向こうに立つ若い男性にタックルをかました。
「うわっ!」
若い男性はアガットに押し倒されて、腕をねじ上げられ、持っていた銃を叩き落された。
「覚悟しやがれ!」
「ちくしょう、だましたな!」
アガットに取り押さえられた若い男性は悔しそうに叫んだ。
その様子を隠れた場所から見守っていたリシャール達はすぐに開かれた入口に向かって突進した!
中に居た手下達は入口の扉を閉めようとするが時すでに遅し、リシャール達は全員アジトの中に入り込んでいた。
「侵入者だー!」
「キール兄を助けろー!」
たちまち辺りは騒がしくなり、強盗団の一味であるカプア運送の元従業員達が武器を持ってどっと押し寄せてくる。
「アガット、お疲れ様。コイツはあたしに任せて、あんたは思いっきり暴れて良いわよ」
シェラザードはそう言ってアガットに預かっていた重剣を返し、キールと呼ばれていた若い男性を笑みを浮かべながら縛り上げた。
「やっぱりこれが無いとしっくり来ねえな」
重剣を背負ったアガットも、強盗団と戦うリシャール達に加勢する。
リシャール達の兵力は副官カノーネと部下の特務兵の隊員4人、エステル、ヨシュア、シェラザード、アガットの計10人だったため数の上でも不利では無かった。
戦闘力に優れたリシャール達は、ただ力任せに戦うだけの強盗団の男達を次々に蹴散らして行った。
「うひゃあ、なんて強さなんだあ!」
恐怖に駆られた強盗団達が上の階へ向けて逃げ出して行く。
リシャール達と特務兵達は階段を昇って追撃を始める。
「君達はこの階に敵が残ってないか調べてくれ」
リシャールにそう言われたシェラザード達遊撃士のグループは一階の部屋を調べる事になった。
そして、人の気配がする部屋を見つけ、一気に踏み込んだ!
「侵入者はあんた達だったのか!」
部屋の中に居たのはジョゼットとカプア運送の元従業員だった。
シェラザードが鞭を構えて宣言する。
「遊撃士協会規約第二項により、あなた達を逮捕するわ」
「宝石を盗むだけじゃなく、強盗もするなんて!」
エステルも怒った顔で装備している棒を構える。
「仕方無いだろう! あの宝石だけじゃお金が足りなかったんだから!」
ジョゼットは逆ギレしてそう叫んだ。
「くそっ、お嬢だけでも逃げてくだせえ!」
ジョゼットに声を掛けた強盗団の一味の大男は導力砲を軽々と脇に抱えてエステル達に向かって撃ってきた。
「うわっ!」
エステルとヨシュアは慌ててその爆風を伴った攻撃を交わした。
「エステル、ヨシュア、安易に固まるのは止めなさい!」
シェラザードはエステルとヨシュアに拡散するように注意を促した。
集団戦闘の時、固まって戦った方が有利とされる。
しかし、導力砲のように範囲攻撃が出来る武器の標的にされてしまう場合もあるのだ。
大男は部屋の四方に散らばったエステル達に向かって導力砲を撃つが、なかなか標的が定まらなかった。
苛立ったジョゼットが大男に声を掛ける。
「ギルバルドの下手っぴ、攻撃が当たらないじゃないか!」
「あ、あっしも慣れていないんでさあ」
ジョゼットに責められたギルバルドは導力砲の反動に驚いているようだった。
勝利を確信して余裕の表情のアガットとシェラザードがジョゼットとギルバルドに迫る!
「ちくしょう、こっちに来るな!」
ジョゼットは戦意喪失し、そう声を上げる事しか出来ない。
「ちくしょう、これまでか!」
敗北を覚悟したギルバルドは煙幕弾を床に向かって投げつけた!
室内に煙が充満する……!
「しまった、また煙幕弾か!」
「みんな、早く外に出て!」
ゴホゴホと咳き込みながら、アガットとシェラザード、エステルとヨシュアは部屋の外に出た。
「エステル、ヨシュア、大丈夫?」
「のどがヒリヒリするけど……平気みたい」
「僕もガスを少し吸ってしまいましたが、何ともないみたいです」
難なく立ち上がったエステルとヨシュアにシェラザードはホッとした表情になる。
通路には既にジョゼットとギルバルドの姿は見当たらなかった。
「二階に逃げたら、リシャールの奴らと鉢合わせになるはずだな」
アガットは腕組みをしてそう呟いた。
入口で縛られているキールを含めて空賊強盗団は全員捕まえたも同然、とシェラザード達は安心していたのだが、縛られていたはずのキールの姿が無かった。
「まさか、さっき部屋に二人が残っていたのは捕まえた男を逃がすための時間稼ぎ!? 他にも仲間が居たんだわ」
「俺達は陽動作戦に釣られたのか……」
たかが強盗団と侮っていたシェラザードとアガットは、知的な作戦に舌を巻いた。
するとリシャール達が二階に追い詰めた強盗団にも策略があるのかもしれない。
「やつらが外に逃げた形跡は無し……か。煙のように姿を消せるとは思えないけど」
「隠し通路があるんじゃない?」
考え込むシェラザードにエステルはそう声を掛けた。
確かに入口のドアの仕掛けと言い、この建物は怪しい、調べてみる価値はありそうだと、四人は二階で戦っているリシャール達の加勢に行く前に、一階の通路や部屋の壁を詳しく調べてみる事にした。
ヨシュアが調べていると、壁の一部が押して凹むようになっていた。
スイッチが押されると天井の換気口が開き、金属製のハシゴが降りて来た。
「シェラさん、ここに隠し通路がありました!」
「ちっ、上の階へ直通みたいね!」
四人は急いで出現したハシゴを昇る。
リシャール達が戦っている階段を通らずに二階へ上がれる裏ルートのようだ。
アジトの中の喧騒が収まっていないところをみると、リシャール達は未だに他の強盗団のメンバーと戦っているようだった。
「リシャール様、強盗団が飛行艇に!」
「何だと?」
カノーネとリシャールが慌てふためく声を聞いて、エステル達は隠し通路のハシゴを昇るスピードを上げた。
ハシゴを登りきったエステル達が目にしたのは、洞窟に空いた大きな穴から飛び去って行く小型飛行艇の姿だった。
「しまった、逃げられた!」
「撃て!」
リシャール隊長の命令で、特務兵達が導力銃を撃つが、飛び立った飛行艇には届かなかった。
アジトを飛び出したカプア兄弟の乗る小型飛行艇『山猫号』は、帝国のラインフォルト社によって製造された飛行船で、最高速度はリベール王国の警備飛行艇を上回る性能を持っていた。
山猫号を発見したリベール軍の警備飛行艇が後を追いかけるが、振りきられてしまった。
帝国の領空に逃げられてしまっては手が出せない。
「どうやら、無事に逃げられそうだな」
山猫号の運転席で、キールがホッとしたようにため息をもらした。
「でも、みんなは乗れなかったね」
ジョゼットが暗い顔でポツリとつぶやいた。
「ああ、二階で敵を食い止めていた奴らは全員捕まっただろうな」
「これじゃあ、ボク達の負けじゃないか」
「諦めるな、ジョゼット!」
キールはジョゼットの肩に手を置いて励ましていた。
「キール坊ちゃん、目の前に巨大な影が。うわあああっ!」
運転をしていたギルバルドが悲鳴を上げると、山猫号は空中で謎の大きな飛行物体と正面衝突をした。
スピードを失った山猫号は墜落し、地面にたたきつけられる運命をたどるかと思われたが、山猫号はぶつかった“何か”に抱えあげられた。
「ひ、ひえっ! ド、ドラゴン?」
キールは驚きの声を上げた。
ドラゴンは山猫号を抱えながら、霧降り峡谷の奥地へと戻って行く。
「もしかして、巣に持ち帰ってボク達を食べる気なの?」
「そ、そんな、冗談じゃねえ、勘弁してくれよ!」
ジョゼットとギルバルドは身体を寄せ合い、震え上がりながらそう叫んだ。
<ボース郊外 霧降り峡谷>
霧降り峡谷の強盗団のアジトを制圧したリシャール達は、逮捕した強盗団の護送や事後処理などを行っていた。
その一方でエステル達は、逃げたカプア兄弟達を探すため、霧降り峡谷の捜索を諦めずに続けていた。
仲間を取り戻すため、またリベール王国内に戻って来る可能性もあるからだ。
「竜が住んでいるって言い伝えがあるぐらい危険な場所だ、気をつけてな。もっとも、俺は長くここに居るが竜の姿なんて見た事が無いけどな」
「ありがとうございます、ウェムラーさん」
ヨシュア達はウェムラーに礼を言って掛けてもらったつり橋を渡ろうとする。
「本当に腹ごしらえをしないで大丈夫か? 俺がまた鍋を作ってやるぞ?」
「私達、急いでいるので……」
シェラザードはウェムラーの申し出を丁重に断った。
そして、ウェムラーから完全に見えない場所まで移動したエステル達はそこで携帯食を食べ始めた。
「なあ、そんなに断るほどのものだったのか?」
「アガットさんは知らないだろうけどさ、ウェムラーさんの作る鍋は『極楽鍋』っていうより『地獄鍋』よ」
「あたし達は半日ほど寝込むはめになったわよ」
シェラザードとエステルの話を聞いたアガットは意地悪そうな笑いを浮かべる。
「そうか、それなら是非作り方を教えて貰うとするか」
「ええ~っ」
「それは許して下さい」
エステルとヨシュアはゲンナリとした顔でそう答えた。
「……シェラザード、手前にも俺を酔い潰れさせたお礼にお見舞いしてやるからな」
「まだ覚えていたんだ」
シェラザードはアガットにそう答えてペロッと舌を出した。
エステル達は姿を消したカプア兄弟を逃がしてはならないと、洞窟の多い山中を捜索して行った。
やがて辺りを崖に囲まれた広場にたどり着くと、エステル達はとんでもない光景を目撃した。
大きな竜が岩の台の上に寝そべって居て、その前に三人の人影が見える。
そのうち二人は探していたカプア兄弟達、そしてカシウスの姿があった。
「ド、ドラゴン?」
「うわ……」
物陰から様子をうかがったシェラザードとヨシュアは思わず固まってしまった。
しかし、エステルはドラゴンの存在に物怖じせずにヒョコヒョコとカシウスの元に向かって行った。
「父さんってば、こんな所で何しているの?」
そのエステルの後ろ姿を見て、シェラザードとヨシュアはドラゴンを警戒する自分達が馬鹿らしくなり、物陰から出て行った。
笑顔で歩いて近づいてくるエステルを見たジョゼットが声を荒げる。
「あーっ、お前までボク達の敗北した惨めな姿を見て笑いに来たんだな!」
「あたしには仲間のために一生懸命頑張るジョゼットを笑う事なんて出来ないよ」
エステルは悲しそうな瞳でジョゼットを見つめている。
「な、なんだよ、ボクはお前に同情なんかされたくないんだからな……」
そう言ったジョゼットはエステルの前で泣き出してしまった。
キールとギルバルドはすっかり観念して逃げる気は無くなっているようだった。
「父さんは何でドラゴンになんか乗っていたの?」
エステルに質問されたカシウスは豪快に笑った。
「レナに頼まれたクロスベル名物店のチーズケーキを買うのに時間が掛かってしまってな。乗る予定だった飛行船に乗り遅れてしまった」
「また食べ物オチですか、父さん……母さんも母さんだけど」
ヨシュアはそう言ってため息をもらした。
「だからこのレグナートに迎えに来てもらったのだが、ボース地方の上空で小型飛行艇にぶつかって救助しようとしたら、たまたま逃亡中の犯人だった」
カシウスはそう言って後ろに居るドラゴンを指差した。
ドラゴンは退屈そうにあくびをしていた。
「偶然に逃亡中の犯人を捕まえてしまう事が先生の凄い所ね……」
シェラザードは感心したようなあきれたような、どっちにでもとれるようなため息をついた。
「では、これから急いでレナにチーズケーキを届けに行くから、後はよろしく頼む」
「父さん、もう行っちゃうの?」
エステルがそう言うと、カシウスは困ったように笑いを浮かべた。
「モルガン将軍に見つかると厄介だしな。遊撃士の仕事、頑張れよ」
「母さんにあたし達は元気だって言っといてね!」
カシウスはエステル達に手を振りながらレグナートの背中に飛び乗ると、ロレント地方の空に向かって飛び去ってしまった。
「ドラゴンを自家用機みたいに乗り回す、あんたの親父って何者なの?」
ジョゼットが驚き果ててしまったような口をあんぐりと開けた顔でエステルに尋ねた。
<ボース市街 レストラン《アンテローゼ》>
強盗事件の解決を喜んだボース市長はアンテローゼでパーティを開いた。
パーティには功労者であるエステル達、リシャール達が招かれていた。
モルガン将軍も市長に声を掛けられたが、真面目なモルガン将軍は国境の警備があるからと辞退したらしい。
「うわあ、おいしそうな料理がいっぱいある!」
立食バイキング形式なので、エステルは本能の赴くままに自分の皿に料理を取り分けた。
「エステル、食い意地が張って遊撃士協会の恥になるような事は止めなさい」
そんなエステルを見かねて、シェラザードが注意をした。
「シェラ姉だって、さっきからお酒をガブガブ飲んでいるじゃないの」
「こんなの水みたいなものよ」
エステルとシェラザードが話していると、にこやかな表情でメイベルがメイドのリラを従えてやって来た。
「エステルさん、料理はお口に合いましたか?」
「うん、とっても美味しい!」
メイベルの質問に、エステルは元気いっぱいの笑顔でそう答えた。
「それは良かったですわ。カシウスのおじ様も来ていただけたらよかったのに……残念です」
そう言ってメイベルはしょげた顔でため息をついた。
「メイベルさんは父さんと知り合いなの?」
「ええ、市長である父の依頼を受けて下さいますから、顔なじみですわ。面白い話をたくさん聞かせて頂きました」
エステルが尋ねると、メイベルは目を輝かせながらそう答えた。
「へえ、父さんって色んな街を遊び歩いているだけだと思ったけど」
「子煩悩なカシウスさんが君の側を離れるなんて、遊撃士の仕事だからに決まってるだろう」
ヨシュアはため息をつきながらエステルにツッコミを入れた。
「それじゃあ、私はリシャールさんのところへ行ってくるわね」
「シェラ姉、まだ運命の男性探しを諦めてなかったのね」
「そうみたいだね」
エステルとヨシュアは半ばあきれた顔でシェラザードがリシャール達の居る席に向かうのを見ていた。
「何で、貴方がここに来るんですの?」
「別にかまわないわよね、リシャールさん」
カノーネはやって来たシェラザードを思いっきりにらみつけた。
「ええ、歓迎しますよ。私も遊撃士の方には興味がありますから」
「まあ、それは嬉しいですわ」
リシャールの返事に好感触とばかりにシェラザードの胸はときめいた。
しかし、生真面目なリシャールが興味があったのは純粋に遊撃士に関しての事で、話題も遊撃士の仕事に関するものばかりだった。
「うーん、リシャールさんは私自身に興味を持ってくれないのかしら。こうなったら酔わせてあたしのペースに持ち込むしかないわね」
そしてアルコール度数の高い銘柄のワインをリシャールに勧めるシェラザード。
魂胆を見抜いたカノーネはそれを阻止しようと割って入る。
「シェラザードさん、わたくしもあなたと交流を深めたいと思いますわ」
カノーネはそう言って負けじとアルコール度数の高いワインをシェラザードに飲ませようとする。
しかし、カノーネはシェラザードが底なしの酒飲みだとは知らなかった。
「うーん、もうダメですわ……」
企みに反して、カノーネは酔い潰れてしまった。
「大丈夫かい、カノーネ君? ……すみません、シェラザードさん。私はこれで失礼します」
「ちょっと待ってください」
シェラザードが引き止める間もなく、リシャールは酔い潰れたカノーネを抱えてレストランを出て行ってしまった。
「結果……オーライですわ……うっぷ……」
真っ赤な顔で泥酔したカノーネはポツリとそうつぶやいた。
「あーあ、残念」
シェラザードはガックリと肩を落としてエステル達の席に戻ると、そこにはオリビエが同席していた。
「あら、何であんたがここに居るの?」
「フッ、メイベル市長令嬢にピアノの演奏を頼まれてね、今まで弾いていたってわけさ」
シェラザードに尋ねられたオリビエは、髪をかき上げながらそう答えた。
「オリビエさんって礼儀作法とかテーブルマナーとか詳しいんだよ、まるで貴族の人みたい」
「エステル、あんたのテーブルマナーがだらしなさすぎるのよ……」
シェラザードはそう言った後、気が付いたようにオリビエの服装を頭のてっぺんからつま先までなめるように眺めた。
「どうしたんだい、そんなに僕の事をじっと見て。顔に何かついているかい?」
「ずいぶんと、高そうな服を着ているのね。その服、帝国の高級ブランドでしょう」
「へえ、オリビエさんってどっかの国の皇子様だったリして!」
シェラザードの言葉を聞いたエステルは冗談混じりに声を上げたが、シェラザードは『皇子』という言葉に反応した。
「……そうね、こいつに賭けてみるか」
シェラザードはオリビエを見つめてそうつぶやいた。
<ボース市街 ボース空港>
そしてその翌日、シェラザードは運行を再開した飛行船でロレントの街に帰る事になった。
エステルとヨシュアとアガットの三人は仕事を始める前にシェラザードを見送ることにした。
「じゃあ二人とも、アガットにみっちりと鍛えてもらうのよ!」
「はーい!」
「はい!」
エステルとヨシュアはシェラザードに元気良く返事をする。
「任せておきな」
アガットも腕組みをして自信たっぷりにそう言い放った。
「オリビエさんも一緒にロレントに行くんだ?」
「ボース地方の観光も終わったからね、ロレント地方の観光を彼女にお願いする事になったんだ」
オリビエを見て、エステルとヨシュアは顔を合わせてボソボソと話し出した。
「大丈夫かな、オリビエさん。シェラ姉は運命の男性だと思いこんで暴走しちゃいそうだし」
「アイナさんと三人で飲んだら命にかかわるよ」
ヨシュアの言葉にエステルは同意してうなずいた。
「おや、どうかしたのかい?」
「いえ、別に何でもないです」
不思議そうな顔のオリビエに尋ねられて、エステルとヨシュアは愛想笑いを浮かべてごまかした。
「ロレントに着いたら、私の親友を紹介するわ。三人で飲みましょう」
「それは楽しみだね」
言葉を交わしながら飛行船に乗り込んで行くシェラザードとオリビエ。
エステルとヨシュアはオリビエの無事を空の女神に祈るのだった……。