エステル、僕の村にお嫁さんに来てくれないか? ~ハーメル村次期村長物語~   作:朝陽晴空

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ロレント地方編
第一話 ハーメル村郊外での出来事


英雄伝説、それは古き時代より大陸を救った人物達の物語。

リベール王国建国の祖である《セレスト・D・アウスレーゼ》もその一人。

近年のゼムリア大陸ではエレボニア帝国とカルバード共和国の二大強国が台頭し、版図を広げ始めた。

そしてついに両国の間に位置するクロスベル州の帰属を巡って緊張は最大限に高まる。

国境付近に軍が集結し、大規模な衝突が起こると思われた矢先、事態は遊撃士と星杯騎士団の一組の夫婦により無血で解決された。

この件を契機に両国は国交を樹立し、平和への一歩を踏み出した。

後に夫婦の名前は大陸の人々の心に刻み込まれる事になる。

しかし、彼らの意志を受け継ぐ小さな英雄達が誕生しようとしていた事はまだ知られていない……。

 

 

 

<エレボニア帝国 ハーメル村 広場>

 

エレボニア帝国の南部、リベール王国との国境付近に位置するハーメル村。

この地域は未開発の山岳地帯だったが、リベール王国側のラヴェンヌ村で七耀石(セプチウム)の鉱山が操業を開始すると、帝国側も対抗するように入植を進めた。

鉱山の労働力として、帝国各地から貧しい者たちが集められた。

しかし、鉱山の七耀石埋蔵量は期待を大きく下回り、開発を推し進めた貴族達の思惑は大きく外れる事になる。

産出される七耀石の枯渇と共にハーメル村は帝国政府からも見捨てられた村となってしまった。

村民達は帰る当ても無く、山を切り拓いて生計を立てるしか道は残されていなかった。

ある日、ハーメル村で事件が起こる。

立ち寄った旅の商人の荷物が、目を離した隙に村の若者により盗まれてしまったのだ。

たまたま村に居た準遊撃士が荷物を取り返し、犯人が商人に謝罪したせいもあって幸いにして大事にならずにすんだものの、村の貧しさは村民全員の悩みの種だった。

山間部の気候は厳しいもので、土地も豊かではなく食べる分を自足するだけで精一杯。

蓄えも底を底を突きかけ、質素で素朴な生活に苦しんでいた。

村の広場に集まっている人々もため息をつき、一様に暗い表情だ。

そんな沈んだ雰囲気の中、果物を握り立っていた長い黒髪の女性が口を開く。

 

「父さん、私、ラヴェンヌ村に行きたい!」

「な、何を言い出すんだカリン?」

 

強い黒い瞳を揺らしながら放ったカリンの言葉に、父親をはじめとして集まっていた村人達も目を丸くした。

 

「この果物が、村を救う希望になると思うのよ」

 

そう言って目を輝かせたカリンは自分の持っていた果物を父親に突き付けた。

旅の商人は村の貧しさに同情したのか、旅の途中で立ち寄ったラヴェンヌ村で手に入れた果物を、村長であるカリンの父親に渡して行ったのだ。

国境を隔てたリベール王国の向こう側にあるラヴェンヌ村は、七耀石の鉱山が閉鎖された後も果樹園を造り賑わいを見せている、と商人は話していた。

 

「ラヴェンヌ村と同じ果物が、この村で作れるとは限らないぞ?」

 

カリンの話を聞いた村長は渋い顔でつぶやいた。

 

「それに、ラヴェンヌ村のやつらが我々を助けてくれるわけがない」

 

その場に居た村人達も硬い表情で同調する。

ラヴェンヌ村は過去に七耀石の採掘を巡って競争したライバルだった事もあり、ハーメル村からは近くても遠い場所だった。

 

「もう七耀石も無いし、私達がラヴェンヌ村と争う理由は存在しないわ」

「だがな……」

 

なかなか同意しない村長に、カリンは周囲の村人の空気を変えようと訴えかける。

 

「みんなは貧しい生活を続けて良いと思っているの? 今回は大事には至らなかったけど、このままじゃもっと深刻になるかもしれない」

 

怒気を含んだカリンの言葉を聞いた村人達は、一斉に辛い表情で頭を垂れた。

ハーメル村の様に貧しさに苦しむ村はいくつもある。

その中には追いつめられて家族を売ってしまう事や、村の住民ごと盗賊団などになってしまうものもいると言う。

 

「……わかった、負けたよ」

「ありがとう、父さん」

 

長い沈黙の後、村長がつぶやくと、カリンは村長の方に振り返り、穏やかな顔でお礼を言った。

 

「ああ、お前にハーメルの希望を託してみよう」

 

その村長の言葉を聞いた村人達に困惑が広がった。

期待と不安が入り混じっている顔で、お互いに囁き合っている。

まだカリンに任せていいのか半信半疑な様子だ。

 

「だが独りで危険な村の外に行かせるわけにはいかない、誰かラヴェンヌ村までの護衛を引き受けてくれるものは居らんか?」

 

村長は集まった村人達の顔を見回して尋ねたが、誰も名乗り出る者は居なかった。

 

「それなら、僕が姉さんを守るよ!」

「ヨシュア!?」

 

そんな状況に苛立ったのか、今まで黙って話を聞いていたカリンと同じ黒髪の少年が、声を荒げて村長とカリンの前に進み出た。

自分達を見つめるヨシュアの琥珀色の熱い瞳に、カリンと村長は困った表情になる。

 

「あのね、村の外は魔獣や野盗が出て危険だから……」

「そうだ、お前が行く必要はない」

 

カリンと村長にたしなめられたヨシュアは、ショックを受けた様子で後ずさる。

 

「でも僕だって、レーヴェ兄に剣術の稽古をつけてもらってるから、魔獣にだって負けないよ!」

 

そう訴えかけるヨシュアだったが、村長はなだめるようにヨシュアの両肩に手を置き言い聞かせようとする。

 

「お前はこの村の長を継ぐ大切な身だ、だから他の者に任せておけ」

「僕が村長の息子だからって、何で村から出ちゃいけないんだよ!」

 

村長の言葉を聞いたヨシュアは怒鳴ると、村長の腕を振り切って広場の外へと駆け出して行ってしまった。

 

「早くレオンハルトを呼んで来るんだ!」

「はい!」

 

村の外へヨシュアが出ては危険だと、村長に頼まれたカリンは広場を出て大急ぎでレーヴェを呼びに行ったのだった……。

 

 

 

<リベール王国 ボース地方 ラヴェンヌ村郊外 山中>

 

それから二週間後、雨が降りしきるラヴェンヌ村の奥深い山中に、カリンは銀髪の剣士と共に居た。

銀髪の剣士の名前はレオンハルト、レーヴェと呼ばれる事も多い。帝国の遊撃士ギルドに籍を置く準遊撃士。

休暇で村に居たレーヴェはカリンがラヴェンヌ村に行くと聞き、護衛役を引き受けたのだ。

二人はヨシュアの名前を呼びながら、辺りを見回して山道を歩いている。

 

「ごめんなさいレーヴェ、私が不用意に駆け出したから、ヨシュアが私をかばって……」

「自分を責めるな、守りきれなかった俺が遊撃士として未熟だったんだ」

 

ヨシュアが見つからず、膝を折って泣き崩れてしまったカリンをレーヴェは優しく抱いた。

二人がヨシュアを捜しているのは、ヨシュアがハーメル村を出てついて来てしまったからだ。

そしてラヴェンヌ村に着いたカリン達に、村人達は快く果樹園の経営のノウハウを教えた。

村人達の話によると、廃坑となった鉱山のあるラヴェンヌ山の奥地に、村の果樹園で採れるものよりも良質な果物を育てている老人が住んでいるらしい。

興味が湧いたカリン達は、危険な魔獣が出ると村人達が止めるのも聞かずに、山に向かってしまったのだ。

晴天の中、曲がりくねった山道を歩いていた三人だったが、行く手に目的地が見えると、感激したカリンが足を速めてしまった。

その時物陰から突然姿を現した魔獣がカリンに襲い掛かった!

 

「姉さん、危ない!」

 

ヨシュアはそう叫んで魔獣を止めようと、勢いよく体当たりをかました。

驚いた魔獣はバランスを崩し、ヨシュアと共に崖下へと転落したのだった……。

 

「……やばいな、村へと引き返そう」

 

風が強まり、雷まで鳴りはじめた空を見上げて、レーヴェがそうつぶやくと、カリンは血相を変える。

 

「そんな、ヨシュアを見捨てるの!?」

「このままだと、俺達まで遭難してしまうぞ!」

 

レーヴェはそう言って嫌がるカリンの手を引いて、村への道を引き返し始めた。

 

「でも、私のせいでヨシュアが……」

「いいから行くぞ!」

 

駄々をこねるカリンにレーヴェが手を焼いていると、ゆっくりと近づいて来た人影が二人に陽気に声を掛ける。

 

「はっはっは、こんな所でケンカか? さすが若いカップルは元気がありあまっているな」

 

こんな山奥で人に遭うとは思わなかったレーヴェ達は驚いて固まってしまった。

 

「貴方はもしや……正遊撃士ですか?」

「いかにも。お前さんは準遊撃士か」

 

レーヴェが近づいて来た長い棒を持った壮年の男の胸に、正遊撃士の紋章が着いているのを見てレーヴェが尋ねると、壮年の男はうなずいた。

 

「ヨシュア!?」

 

カリンが壮年の男に背負われているヨシュアに気が付いて声を上げた。

 

「おっと、この坊主はお前さん達の連れか?」

「はい、山の中ではぐれてしまったんです」

 

壮年の男にそう答えたカリンは、ヨシュアを捜していた事を話した。

 

「なるほど、俺はこの山に住む知人に用があって来たんだが……引き返した方が良さそうだな」

「そうですね」

 

レーヴェも壮年の男の言葉にうなづき、四人は山を下りる事にしたのだった……。

 

 

 

<リベール王国 ボース地方 ラヴェンヌ村>

 

気を失ったヨシュアを背負った壮年の男とカリン、レーヴェの四人は無事に下山し、村の宿屋に腰を落ち着ける事になった。

宿への道中、村人から壮年の男がカシウスと呼ばれたのを聞いたレーヴェは、少し慌てた様子を見せる。

 

「貴方があの"S級"遊撃士の……!?」

「ねえ、そんなに凄い方なの?」

 

レーヴェのうろたえぶりに驚いたカリンが問い掛けると、レーヴェは首を縦に振る。

 

「ああ、遊撃士の中でも"S級”の肩書を持つのは大陸でも数人しか居ないと聞いている」

「えっ?」

 

答えを聞いたカリンは思わずカシウスから飛び退いて離れた。

 

「はははっ、そんなにかしこまる事は無いさ」

「ど、どうも……」

 

カシウスが気さくに言うと、カリンは照れくさそうに笑いながら距離を戻した。

宿屋のベッドにヨシュアを寝かせた三人は、二階の小さな酒場で食事をとる事に。

席は果樹園での労働を終えた村人でそれなりに埋まっていた。

 

「ヨシュアが無事で本当に良かったわ」

「崖から落ちて擦り傷だけで済むとは幸運だったな」

 

勢い良く転落したヨシュアだったが、下敷きになった魔獣がクッションになったのだ。

血の匂いを嗅ぎつけたカシウスに発見された時は、魔獣は息絶え、ヨシュアは気絶しているだけだった。

 

「しかし、捨て身の攻撃とは無茶をする。あの坊主、いつか命を落としかねんぞ」

 

カシウスが厳しい顔つきで指摘すると、カリンとレーヴェは暗い表情でうつむく。

 

「あの子、早く強くなるんだって焦っているから……」

「だが、俺がずっと村に居てあいつを見ているわけにもいかない」

 

深刻に困った様子の二人に、カシウスがゆっくりと口を開いて声を掛ける。

 

「それなら、あの坊主を俺に預けてみないか? もちろん、お前さん達が良ければの話だが」

 

突然のカシウスの提案に、カリンとレーヴェは開いた口が塞がらなかった。

 

「ですが、これ以上ご迷惑を掛けるわけには……」

「家には女房と娘が居る、子供が一人増えるくらいどうと言う事は無いさ」

 

カシウスはカリンの発言を遮って豪快に笑い飛ばした。

 

「それに、お前さん達にとっても悪い話じゃないだろう?」

「俺達の事、全てお見通しのようですね」

 

さすがS級の遊撃士、洞察能力や推理力も長けているとレーヴェは感心した様子だった。

隠し事は出来ないと観念したカリンとレーヴェは全てを話して、カシウスに任せてみようと言う気持ちになる。

 

「でも、弟は私達と離れるのを嫌がるかもしれません」

「あいつはまだまだ甘えん坊だからな」

「それなら、あの坊主が目を覚ます前に村を発ってしまったらどうだ?」 

 

いたずらを思い付いた子供の様な笑顔を浮かべたカシウスを見て、二人はカシウスはこの状況を楽しんでいるのではないかと感じた。

 

「それに、顔を合わせるとお前さん達の方も別れが辛くなるだろう」

 

寂しくてたまらないのはカリンとレーヴェも同じ。

完全敗北を喫した二人は、カシウスの助言に従い村を早く出発する事にしたのだった……。

 

 

 

<リベール王国 ロレント郊外 ブライト家>

 

ロレントの街から少し離れた郊外の静かな森の開かれた場所にある一軒家。

そこは妻と娘と暮らすカシウス=ブライトの自宅だ。

カシウスの家では、カシウスの娘エステルが父親の帰りを首を長くして待っていた。

 

「ねえねえ、おかーさん! おとーさん、早く帰って来ないかな!」

 

ダイニングキッチン兼リビングである一階の大部屋の窓から外を眺めているエステルは、母親譲りの栗色のツインテールの髪を揺らし、父親から受け継いだルビー色の瞳を輝かせながら母親に尋ねた。

 

「もう、エステルってば、さっきも聞いたばかりじゃない」

 

キッチンで料理をしているエプロン姿のレナは紫色の瞳を嬉しそうに細めながら、はしゃぐエステルの声に答えていた。

 

「だって、おとーさん、とっても凄いお土産を持って帰って来るんでしょ?」

「そうね、遊撃士協会のアイナさんの話だと、ボース支部からの動力通信でそう言ってたみたいね」

 

娘の問い掛けに答えながらレナは、カシウスのお土産は何だろうと考えを巡らせていた。

ボースの街は国際的な貿易が盛んだから、外国製のとっても珍しい物かしら?

そうそう、今夜はお客様を連れて帰るって言ってたわね。

 

「ただいま、帰ったぞ!」

 

玄関のドアが開くと、カシウスの声が響き渡った。

 

「あなた、お帰りなさい」

「わーい!」

 

カシウスの姿を見たエステルは満面の笑みを浮かべて飛び上がった。

 

 

「エステルは母さんの言う事を聞いて良い子にしていたか?」

 

そう言ってカシウスはエステルの頭を優しくなでた。

 

「あれ、おとーさん、お土産は?」

 

愛用の武器であるロングスタッフ以外、手ぶらで帰って来たカシウスを見てエステルが不思議そうに首を傾げた。

 

「それにあなた、お客様は?」

 

独りで入って来たカシウスに、レナも不思議そうな表情で尋ねた。

 

「それはな……」

 

意味ありげに笑うカシウスは着ていたマントを脱いで二人の前に掲げた。

 

「こういう事だ!」

 

威勢のいい声と共にカシウスがマントを取り払うと、そこに縄で後ろ手に縛られ、口を布でふさがれた黒髪の少年が横たわっていた。

 

「まあ!?」

「な、何これー!?」

 

突然手品のように出現した少年に、レナとエステルは叫び声を上げた。

 

「ほら、こいつが新しい家族だ」

「ど、どういう事ですか?」

 

カシウスの言葉にレナは困惑し、口を手で押さえ、次の言葉が出て来なかった。

 

 

「もしかして、この子ってとーさんの隠し子?」

「おい!」

 

エステルがぼそっとそう言うと、カシウスは盛大にずっこけた。

すると、レナの表情が鬼のような形相に変わる。

 

「あ・な・た! そうなんですか!?」

「ま、待て、違うんだ! 話せばわかる!」

 

今度はカシウスの方が驚いてレナから逃げ惑う番だった。

右手にフライパンを持って迫り来るレナの姿に、しりもちをついたカシウスは目を閉じて覚悟を決めた。

 

「なんて、冗談ですよ」

「へっ?」

 

一転して笑顔に切り替わったレナに、カシウスはキョトンとした顔になった。

 

「あなたが私達を驚かせるものだから、やり返しただけ。あなたに愛人を作るなんて甲斐性は無いって私には分かってますから」

「はっはっは、そりゃ参ったな」

「よかったね、おとーさん」

 

和やかに笑う三人だったが、椅子が倒れる大きな音がするとそちらの方を向いた。

縛られて口をふさがれた黒髪の少年が、縛られた足で椅子を蹴り倒したのだ。

琥珀色の瞳が恨めしそうにカシウスを見上げている。

 

「すまん、すっかり忘れてた」

 

微笑みを浮かべながらカシウスは黒髪の少年を縛っていた縄と口を塞いでいた布を取り払った。

拘束を解かれた少年は大きく深呼吸を繰り返している。

 

「私達を驚かせると言っても、やりすぎですよ」

「バニッシュのアーツで姿を消したのはいいが、この坊主が非協力的だったからな」

 

カシウスはレナにそう答えると、ボースで黒髪の少年――ヨシュアを預かった事を話した。

 

「あなたは相変わらず思い切った事をするんだから……」

 

事情を聴いたレナは感心とあきれた気持ちが入り混じった深いため息をついた。

 

「あたしはエステル、あんたの名前は?」

「ヨシュア……」

 

エステルに話しかけられたヨシュアは、目を伏せながらつぶやくように答えた。

 

「俺にはお前さんと同い年の娘がいると話しただろう?」

「そんなの覚えてないですよ」

 

気さくに声を掛けたカシウスに対しても、ヨシュアは下を暗い表情で向いたままだ。

 

「おいおい、顔を上げて話さんか」

「僕なんて、どうでもいい人間なんだ」

「どうして?」

 

エステルが不思議そうに尋ねると、ヨシュアは自分に言い聞かせるようにつぶやき続ける。

 

「誰にも必要とされないから、僕は見捨てられたんだ……」

 

話しているうちに悲しみがぶり返ったのか、ヨシュアの瞳に涙が浮かんだ。

 

「こらっ!」

 

軽い破裂音を鳴らし、エステルのビンタがヨシュアの頬を打った。

驚いたヨシュアは殴られた頬に手をあて、ぼう然としてエステルを見つめた。

 

「男の子は、いつまでもメソメソしちゃいけないの!」

「……放っておいてよ」

「そうはいかないわ。だって、あたしはヨシュアのお姉さんなんだからね!」

 

エステルはヨシュアに人差し指を突き付けてそう宣言した。

 

「な、何を言ってるんだ、君は。僕には姉さんが……」

 

居る、と言いかけた所でヨシュアはハッと気が付いた表情になり口を閉ざした。

 

「だから、あたしがヨシュアのお姉さんになってあげるってば。もう寂しくないよ」

 

そう言ってエステルがヨシュアの手を引いて、レナの作った料理の乗るテーブルの席へと座らせた。

 

「……あなた」

「ああ、エステルも解っているようだな」

 

レナとカシウスは見つめ合いながら、娘の成長を確認するのだった……。

 

 

 

<リベール王国 ロレント郊外 ミストヴァルトの森>

 

「さあ、今日こそ《伝説のアノ虫》を捕まえに行くわよ!」

「はいはい……」

 

ヨシュアがブライト家に来てからと言うもの、エステルは毎日ヨシュアを連れまわすようになった。

庭の大木に腰掛け無気力な日々を送っていたヨシュアに、エステルは声を掛け続けた。

そしてしつこく森への虫取りに誘うエステルに根負けしたヨシュアは、ついに承諾してしまったのだ。

 

「伝説の虫だなんて、そんなの居るわけないじゃないか」

 

エステルの耳に届かない小さな声で、ヨシュアはそうつぶやいた。

しかしこの茶番も今日で終わる。

ヨシュアはミストヴァルトの森に生える数本の樹に、甘い液を塗っておいたのだ。

それはカシウス秘伝の調合で、たくさんの虫が集まるだろうと期待できた。

 

「ねえ、こっちの方に居るかもしれないよ」

 

森の中でヨシュアはさりげなく仕掛けたポイントにエステルを誘導した。

 

「うーん、これも伝説の虫じゃない……」

 

ポイントに到着するとヨシュアの期待通り多くの虫達が集まっていたが、エステルが満足するほどのものはなかなか居ないようだ。

さらにポイントをいくつか巡り、ヨシュアも諦めかけた頃、その瞬間は訪れた。

 

「ここにも居ないみた……」

 

そう言いかけてエステルはヨシュアの方を振り向いたが、

 

「ぷっ、あはははっ!」

 

ヨシュアはエステルの顔を見て吹き出してしまった。

エステルの顔面には樹から落ちて来た大きなカブト虫が止まっていたのだ。

それに気が付いたエステルも大笑いすると、驚いたカブト虫は飛んで逃げて行った。

 

「じゃあ、帰ろうか」

 

あっさりとした態度のエステルに、ヨシュアは驚いて尋ねる。

 

「でもまだ伝説の虫は見つかってないけど?」

「だって、ヨシュアが笑ってくれたんだもん」

 

どうやらエステルは、ヨシュアを元気付けるために伝説の虫を探していたようだった。

なんて単純なんだとあきれながらも、ヨシュアは自分の胸に暖かい気持ちが広がって行くのを感じた。

 

「ヨシュア、どこか怪我したの?」

 

突然目に涙を浮かべたヨシュアに、エステルが慌てて問い掛けた。

ヨシュアは手で涙を拭きながら軽く首を横に振って否定する。

 

「ううん、嬉し涙だよ……ありがとう、エステル」

 

泣き笑いのヨシュアがエステルに手を差し出すと、エステルも手を握り返した。

こうしてヨシュアは心を開き、ブライト家の家族となったのだった……。




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