エステル、僕の村にお嫁さんに来てくれないか? ~ハーメル村次期村長物語~   作:朝陽晴空

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外伝
外伝 一話 バレンタインの虫チョコ騒動


<リベール王国 ロレント郊外 ブライト家>

 

 ロレント郊外の森にある一軒家のブライト家。

 その家の台所で一人の少女が母親に見守られながら奮闘していた。

 

「うーん、また失敗だ!」

「あらあら、母さんは上手だと思うけど?」

「味は良くなったと思うけど、生き生きとした感じが出ていない!本当の幼虫はもっとこう曲がって滑っとしているのよ!」

 

 可愛い水色の髪留めをしているちびエステルが作っているのは、カブトムシの幼虫を真似た虫チョコだった。

 本物そっくりの虫チョコをヨシュアに叩きつけてビックリさせてやろうとエステルは企んだのだ。

 

「ゲージュツ家に妥協は許されないのよ!」

 

 こんな頑固な意志の強さはカシウスさんに似たのかしら、と見守る母親のレナはため息を付いた。

 このままエステルが台所の占領を続けると、夕食の時間が遅れてしまう。

 今日はお客さんが居ると言うのに。

 エステルのチョコレート作りのとばっちりを受けているのはレナだけでは無かった。

 このブライト家に来て間もないヨシュアも足りなくなったチョコレートの材料を少し離れたロレントの街まで買いに行くと言う使い走りをさせられていた。

 何度も雑貨屋のリノン、居酒屋のエリッサ、パーゼル農園のティオに頭を下げて材料を分けてもらうヨシュア。

 この件ですっかり3人のエステルの尻に敷かれるヨシュアと印象に残ってしまった。

 遊撃士である父親のカシウスも、女性カメラマンのお守りをしながら街で売っていないレアなアイテムをロレントの街からブライト家のさらに先にある、ミストヴァルトの森の魔獣達から調達する依頼を娘のエステルから請け負っていた。

 戦争を終結させた伝説級の遊撃士を顎で使うとは、かなりの大物である。

 同行している女性カメラマンは、エステルが虫の姿を映した写真が欲しいと言う事で、わざわざ王都グランセルのリベール通信社から来てもらった。

 このドロシーと言う新米カメラマン、期待以上の逸材だった。

 彼女の撮った写真は建物までもがまるで生きているかのような迫力がある。

 

「こういうのを天才と言うのだろうな……」

 

 カシウスは感心した様子で、メルダース工房で現像された写真を見て呟いた。

 ミストヴァルトの森の昆虫や魔獣を撮ったドロシーの写真は、遊撃士協会の魔獣図鑑の写真に採用されて謝礼が出るほど素晴らしいものだった。

 レナは王都から泊まり込みで来てくれたドロシーや、協力してくれたリノンやエリッサ、ティオにお礼として御馳走を振舞おうとしていたのだ。

 こうした周囲のお膳立てを知ってか知らずか、エステルは妥協を許さずに虫チョコと作っていた。

 

「最後にココアパウダーを土のようにかけて……完成だっ!」

 

 エステルは仕事をやり終えたかのように額に浮かんだ汗を腕で拭いて満面の笑みを浮かべた。

 しかし白かったエステルの服は泥塗れに見えるほどチョコ塗れだった。

 レナはエステルに直ぐにお風呂に入るように言うのだった。

 

 

 

 そして夕食の席でエステルはサプライズプレゼントとして満面の笑みでヨシュアに『虫チョコセット』を投げつけた。

 

「どう? 実はバレンタインのプレゼントの虫チョコなんだよ。あれ? あんまり驚かない。作り込みが甘かったのかな……」

 

 ヨシュアの驚きの反応の薄さに、エステルはそう言って考え込むように唸ったが、 チョコレートの材料をヨシュアに買いに行かせたのはエステルだ。

 

「虫チョコ、余っちゃったから皆にも分けてあげるよ!」

 

 エステルは笑顔でそう言ったが、リノンやエリッサ、ティオ、ドロシー達にはありがた迷惑だった。

 

「せっかくの美味しそうな晩御飯の食欲が無くなりそうです……」

 

 ドロシーは困った顔で押し付けられた手の中のカブトムシの幼虫チョコを見て呟いた。

 カシウスとレナは温かい眼差しでそんなエステル達の様子を見つめるのだった。

 

 

 




さすがに私は虫チョコを受け取った経験はありませんが……子供に作ったら喜んでもらえるのでしょうか?

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