エステル、僕の村にお嫁さんに来てくれないか? ~ハーメル村次期村長物語~ 作:朝陽晴空
<リベール王国 ロレント郊外 ブライト家>
ヨシュアがブライト家に来てから、五年の時が流れた。
小鳥のさえずる音だけが聞こえる爽やかな朝。
カシウスが鼻歌を歌いながら台所で料理をし、レナは柔らかい日差しに目を細めながら洗濯物を干している。
明るい日差しは窓からエステルの部屋にも降り注ぎ、ベッドで寝ていたエステルは目を開いた。
起き上がったエステルは盛大な欠伸をする。
「あーあ、良く寝た」
そうつぶやいたエステルは顔を洗うため、二階にある自分の部屋を出た。
階段の下から漂ってくる美味しそうな匂いに、エステルのお腹の虫が鳴る。
「今日は父さんが料理当番だったっけ。ヨシュアはまだ寝てるのかな」
エステルは隣のヨシュアの部屋へと視線を送った。
外から漏れ聞こえるハーモニカの音に、エステルは笑顔になる。
そしてエステルは廊下の突き当たりに向かって駆け出した。
二階のバルコニーで目をつむってハーモニカを演奏するヨシュアの所に、エステルが室内のドアを開けて姿を現す。
ちょうど演奏が終わった時、エステルの拍手が鳴り響いた。
「おはよう、エステル」
明るい笑顔でやって来たエステルに、ヨシュアは穏やかな笑顔で応える。
「ごめん、もしかして起しちゃった?」
「ううん、ちょうど目が覚めちゃったところよ」
首を軽く振って答えたエステルはヨシュアに近づいて、彼の脇腹を肘で突く。
「ヨシュアってば朝っぱらからハーモニカだなんてキザなんだから。お姉さん、思わず聞き惚れちゃったわ」
「なにがお姉さんなんだか、僕と同い年のくせに」
ヨシュアはあきれ顔でため息をつく。
それに対してエステルはしたり顔で指を振る。
「ふん、甘いわね。同い年でも、父さんに師事しているのはあたしが先なんだから。言うなれば姉弟子ってやつ?」
「はいはい、そうですか」
ウンザリとした顔でつぶやくヨシュアに、エステルは頬を膨れさせる。
「なによその気の無い返事は。でも、ホント良い曲よね。明るいんだけど、どこか切なくて……家に来た時カリンさんが吹いてくれた曲よね?」
ヨシュアがブライト家に預けられた後しばらくして、カリンとレーヴェはラヴェンヌ村に来る度にロレントにあるブライト家にも足を延ばしていたのだ。
「うん、『星の在り処』だよ」
「そうそう! ……あーあ、あたしも何か楽器が弾けたらいいんだけどな」
「やる気があればできるよ」
励まされたエステルは腕組みをして難しい顔でうなる。
「うーん、体を動かさないチマチマする事って、イライラするのよね」
「じゃあマラカスやタンバリンでも振ってれば」
ムッときたエステルは怒った表情になり、ヨシュアに指を突き付ける。
「ヨシュアもアウトドアの趣味を持ちなさいよ! ヨシュアの趣味って、ハーモニカの他は読書と武器の手入れぐらいでしょ?」
「武器の手入れは趣味じゃないさ、アルバイト先で自然と身に付いたんだよ」
ヨシュアはロレントの街の《エルガー武器商会》で店番をたまにしている。
遊撃士になるなら武器の知識も大事だとカシウスに助言されたのだ。
「今時インドアばっかりじゃ、女の子のハートはつかめないわよ!」
「僕は女の子にもてるためにハーモニカを吹いているわけじゃ」
ヨシュアは肩を落として大きなため息を吐き出した。
「そういう君の方こそ、趣味がアウトドアに偏ってると思うけど。釣りとか虫取りとかスニーカー集めとか」
「いいじゃない、楽しいんだし」
腰に手をあてて胸を張り言い放つエステルに、ヨシュアはあきれた様子でぼやく。
「だから子供なんだよ」
「あんですって!」
「早く着替えて顔を洗ってきなよ」
「あっ!」
ヨシュアに指摘されたエステルは、自分がパジャマ姿のままだと気づき、慌てて家の中へと戻るのだった……。
「ご馳走様でした」
カシウスの作った朝食に舌鼓を打ったエステル達は手を合わせて感謝の挨拶をした。
「うーん、お腹いっぱい!」
満足した様子でエステルは笑顔でお腹をさする。
「エステルは朝からよく食べるよね……」
「いいじゃん、成長期なんだから♪」
少しあきれた様子でつぶやくヨシュアに、エステルはポンポンとお腹を叩きながら笑顔で答えた。
「せいぜい食って英気を養う事だな」
カシウスは笑みを浮かべてそう言った。
「そうそう二人とも、今日は大切な研修があるんでしょう?」
レナの言葉にヨシュアは頷く。
「うん、今までの総復習」
「それが終われば明日から、あたしたちも父さんと同じ《遊撃士》よ。もう、大きい顔はさせないんだから!」
そう言ってエステルはカシウスに人差し指を突き付けたが、
「チッチッチ甘いな、最初になれるのは《準遊撃士》。俺とタメ張りたかったら早く《正遊撃士》になれ」
人差し指を横に振って気にしていない様子のカシウスを、エステルは腕まくりをしてにらみつける。
「むむっ、見てなさいよ! いっぱい功績を上げまくって父さんを追い越してやるんだから!」
「エステル、それは無理だよ」
ヨシュアは熱くなっているエステルをなだめようと、S級遊撃士は功績を立てるだけではなく、大きな事件を解決しないとなれない特別なクラスだと冷静に説明した。
「なによ、そのインチキみたいなルールは!」
さらに怒りが増してしまったエステルはテーブルを思い切り叩いた。
そんなエステルの反応が面白いのか、カシウスは余裕の笑みで挑発する。
「はっはっはっ、やれるもんならやってみろ」
「こうなったら、実力行使よ!」
ついにエステルはカシウスに飛び掛かり、正面から両手を握り合っての力比べを始めてしまった。
意地の張り合いにウンザリしたヨシュアがレナに助けを求める。
「母さん、そろそろ二人を止めてよ……」
「はいはい」
席に座ってお茶を飲みながら落ち着いていたレナは立ち上がり、ゆっくりと取っ組み合いを続ける二人に歩み寄る。
「エステル、お父さんと仲直りしないと、お弁当が無くなるわよ」
「うげっ!」
エステルは踏みつぶされたカエルのような悲鳴を上げて、カシウスから手を放した。
そして先程とは一転、カシウスに向かって祈りのポーズをとる。
「お父様、お弁当をよろしくお願いします」
「任せておけ」
カシウスはそう言うと、キッチンへと行き弁当箱に料理を詰め込み始めた。
「やれやれ、これで遅刻しないで済みそうだ」
丸く収まった二人を見てヨシュアはホッと胸をなで下ろした。
研修に遅刻をしたら、指導役の先輩遊撃士にまた補習を言い渡されてしまう。
「それにしても、エステルの負けず嫌いで意地っ張りな性格は誰に似たんだろうな」
「あなたですよ」
ぼやいたカシウスにレナが澄ました顔で答えると、カシウスは笑みを浮かべてヨシュアの方を見る。
「じゃあ、どっちに似たのかヨシュアにはっきり聞こうじゃないか」
「望むところです」
レナも穏やかな微笑みでヨシュアの方に顔を向けた。
二人は自分をからかっているのだと感じたヨシュアは、慌ててエステルに話しかける。
「エステル、早く遊撃士協会へ行こう」
「了解、シェラ姉の罰ゲームは嫌だしね」
「行ってきまーす!」
エステルとヨシュアはカシウスの作った弁当の包みをつかんで家を出たのだった……。
<リベール王国 ロレント市>
ブライト家を飛び出したエステルとヨシュアはエリーズ街道を通って遊撃士協会のあるロレント市へ向かう。
ロレント市までの距離はわずか50セルジュ足らず。
二人は慌てることなくのんびりとした足取りで歩いていたが、エステルが何かに気が付いたように大声を上げる。
「あっ、忘れた!」
「何を?」
「3時のおやつよ!」
エステルの言葉を聞いたヨシュアはずっこけた。
「父さんは弁当にバナナを入れてくれたじゃないか」
「バナナはおやつに入らないもん」
むくれるエステルを言い聞かせるようにヨシュアはエステルの肩に手を置く。
「研修の最中に3時のおやつなんて食べる余裕はないし」
「じゃあさ、休み時間を作ってもらえば……」
そんなくだらない事を話しているうちに、エステルとヨシュアはロレント市の入口までたどり着いた。
「なんとか間に合いそうだね」
「遊撃士になるためにこんなに勉強しなくちゃいけないなんて夢にも思わなかったわよ」
余裕そうなヨシュアとは対照的に、エステルは憂鬱そうな顔でため息を吐き出した。
「それも今日で最後じゃないか」
ヨシュアがそう言って励ますと、エステルは拳を握りしめて大声を出す。
「よしっ! 今日は気合を入れて、シェラ姉の特訓を乗り越えるぞ!」
エステルとヨシュアが遊撃士ギルドのドアを開いて中に入ると、受付のカウンターに居る金色のウェーブのかかった髪の女性が落ち着いた穏やかな笑顔で迎える。
「あら、おはよう。エステル、ヨシュア」
二人も元気よく挨拶を金髪の女性に返す。
「アイナさん、おはよう」
「おはようございます」
「シェラ姉、もう来てる?」
「ええ、二階で待ってるわ」
「よーし、やってやろうじゃないの!」
「今日は気合が入ってるわね」
腕まくりをして鼻息を荒くし、のっしのっしと階段を上がって行くエステルをアイナは微笑んで見送った。
ヨシュアはアイナに軽く頭を下げる。
「じゃあ、行ってきます」
「ふふ、エステルが無茶しないように抑えてね」
「はい」
アイナの言葉にため息交じりの返事をしながら、二階へ消えたエステルの背中を追いかけるのだった……。
その頃、 二階の部屋では褐色の肌に銀色の髪をしたミステリアスな女性が机に置かれたタロットカードを前に真剣な顔で何やら悩んでいた。
「このカードは、どう言う意味かしら……」
「シェラ姉、おっはよー!」
元気なエステルの声が響き渡り、エステルが階下から部屋に姿を現した。
「おはよう、エステル」
「シェラ姉、また恋愛占い?」
机に置かれたタロットカードを見て、エステルが銀髪の女性に尋ねた。
銀髪の女性の名前はシェラザード、ロレント支部出身の正遊撃士。
『銀閃のシェラザード』と称賛されるほどのB級遊撃士だ。
彼女の姉から教わったタロット占いも得意なのだが、シェラザードは自分の理想の王子様を探す事ばかりしているのだった。
「いいじゃない、別に」
シェラザードはそそくさと机にタロットを片付けた。
そして追い着いたヨシュアも顔を出す。
「おはようございます、シェラザードさん」
「あら、ヨシュアも来てたのね、おはよう」
「さっさと研修を始めようよ、シェラ姉!」
「珍しくやる気じゃない」
遊撃士になるための研修は、いつも講義から始まる。
本と黒板を見ると眠くなる性格のエステルは、教会の日曜学校の頃から講義を嫌がっていた。
「早く遊撃士(ブレイサー)になりたくてウズウズしてるの!」
「じゃあ心意気に免じて厳しく行こうかしら」
「それは勘弁して~」
エステルは祈るように両手を合わせてシェラザードにすがりついた。
「今日で最後だからこそ、容赦はしないわ。とっとと席に着きなさい!」
そう言ってシェラザードは腰から取り出した鞭で、床を思い切り叩いて鳴らした。
鞭の音に驚いたエステルはヨシュアに泣き付く。
「ヨシュア、シェラ姉が怖いよー!」
「なら怒られないようにずっと集中して起きているんだね」
「薄情者~!」
つれない態度をヨシュアにとられたエステルは、机に突っ伏して崩れ落ちた。
「ほら講義を始めるわよ、シャキッとしなさい!」
「は、はい!」
黒板の前に立ったシェラザードがそう言うと、エステルは慌てて椅子に座った。
「今まで教えた事を総復習するからね、最後までついて来なさい」
「了解!」
エステルは敬礼のポーズをとってシェラザードに答えた。
「まったく、返事だけは良いんだから」
シェラサードは額に手を当ててため息をついた。
そのシェラザードの心配は的中する事になる。
「七耀歴1150年、エプスタイン博士によりオーブメントが発明されて、導力革命が……」
歴史の授業が始まった途端に、エステルは眠くなって来た。
「遊撃士協会規約第二項は『民間人に対する保護義務』で……エステル、聞いてるの?」
「ふぁーい、起きてまーす」
さらに時間が経ち……
「リベール王国の国土はエレボニア帝国のドルトムント州と同じ広さ、人口はカルバード共和国の5分の1に過ぎないとされているわ」
「起きて、エステル」
机に突っ伏して寝てしまったエステルはヨシュアに揺り動かされた。
「エステル、あんたって子は最後まで!」
ついに堪忍袋の緒が切れたシェラザードのげんこつがエステルの後頭部に炸裂したのだった……。
「痛たた……シェラ姉ってば、手加減無しで殴るんだから」
深い眠りに落ちていたエステルは手で頭を押さえながら起き上がった。
「すみません、帰ってから復習させますから」
ヨシュアの言葉に驚いたエステルは何か言おうとしたが、ヨシュアに手で口を押えられた。
「仕方ないわね、ヨシュアに免じて許してあげるわ」
シェラザードはため息をつきながら、講義に使っていた教科書を閉じた。
「さあ、次は実地研修よ。着いて来なさい」
「やった!」
退屈な講義から解放されると分かったエステルは飛び上がってシェラザードの後を追って部屋を出た。
「さて、あなた達には遊撃士の仕事の流れを理解してもらうわ」
一階に降りたエステルとヨシュアに、シェラザードはそう告げた。
「もう用意はできているわよ」
受付のカウンターで待っていたアイナがシェラザードに声を掛けた。
「ありがとう。じゃあ二人とも渡す物があるから、アイナから受け取りなさい」
「もしかして、おやつかな?」
エステルがそう言うと、ヨシュアはずっこけて床に転んだ。
「ヨシュアも、カシウス先生の家のカラーにすっかり染まったわね……」
ヨシュアの大げさなリアクションを見て、シェラザードはそうつぶやいた。
「はい、遊撃士の身分を証明する大切な物だから、失くさないように気を付けてね」
アイナはそう言ってエステルとヨシュアに手帳を手渡した。
「これって、シェラ姉や父さんが持ってるのと同じだ!」
エステルは真新しい手帳に歓声を上げた。
ヨシュアも手帳を見つめて感激しているようだ。
「それはブレイサー手帳といって仕事の記録を残すための公式な手帳よ。どんな話を聞いたのか、どこで何をみつけたのか……些細な出来事が手掛かりになる事も多いわ。細かい事でも必ず記録を残すようにね」
「公的な書類も兼ねているから、丁寧な字で書いてね」
シェラザードとアイナの言葉に、ヨシュアはしっかりと頷く。
「わかりました」
「はーい……」
気の無い返答をしたエステルに、シェラザードは喝を入れる。
「返事はきっちりしなさい!」
「りょ、了解!」
エステルは慌てて敬礼のポーズをとった。
「よろしい、じゃあ実際にやってもらうわよ。あそこに掲示板があるでしょう? 掲示板には依頼の内容が書かれた紙が張られているの。あなた達宛ての依頼を確認しなさい」
シェラザードが指差した掲示板には《実地研修・宝物の回収》とタイトルが書かれた張り紙がされていた。
内容は、「地下水路を探索し、宝箱に収められているものを回収してくる事。詳しくはシェラザードまで」と書かれている。
「掲示板の確認は遊撃士にとって基礎中の基礎、毎朝必ず目を通しなさいね。緊急性の高い依頼もあるから」
「なんだか毎日忙しそうね」
話を聞いたエステルはウンザリとした顔でため息をついた。
そんなエステルをヨシュアはなだめるように声を掛けて励ます。
「確かに休みは少なそうだけど、それだけやりがいのある仕事だよ」
「ヨシュアは凄い張り切りようね」
「はい、僕も早くレーヴェ兄さんの様な遊撃士になりたいと思っていたんです!」
シェラザードにヨシュアは目を輝かせて答えた。
「ああ、彼って良い男よね♪」
カリンとレーヴェがカシウスの家に寄った時、シェラザードも二人に会っていた。
「シェラ姉、レーヴェさんにはカリンさんが居るんだから、手を出しちゃダメよ」
「はいはい、分かってるって」
シェラザードの酒癖の悪さを知っているエステルは、そう言って釘を刺したのだった……。
遊撃士協会での説明は終わったとエステル達に告げたシェラザードは二人を外へと連れ出す。
「それじゃ、次の場所へ行くわよ」
「まだ続くの?」
「こらこら、気を抜かないの」
ぼやいているエステルを、シェラザードが注意した。
ロレントの街を歩いていると、三人はすれ違う人達に声を掛けられる。
大都会では希薄になってしまっている地域住民の付き合いが残っているのもこの街の特徴だ。
そして先頭を行くシェラザードは《メルダース工房》の前で足を止める。
「これから二人には《戦術オーブメント》の取り扱いについて学んでもらうわ」
戦術オーブメントとは、遊撃士各自に貸与される機械装置だ。
金属のフレームに覆われたその心臓部には七耀石を精製した《クォーツ》と言う小さな宝石を装着するためのスロットがある。
クォーツとは単独で、または配列により、その石の中に秘められた力を使い、火の玉を発生させたり、突風を起こしたり、傷を癒したりと、魔法の様な事ができる。
その戦術オーブメントにより引き起こされる魔法は《アーツ》と呼ばれていた。
先日、カシウスがエステルとレナの前でヨシュアの姿を隠していたのも、バニッシュのアーツを使っていたのだ。
もっとも、戦術オーブメントは遊撃士の仕事を助けるための物であって、カシウスのように遊びに使ってはいけない……。
「営業時間中に教えてもらうんだから他のお客さんの迷惑にないようにね」
「はーい」
返事をしたエステルはシェラザードに続いてメルダース工房の中へと入るのだった……。
「こんにちは、メルダースさん、フライディさん!」
「や、やあ、エステル」
店に入るなり元気良くあいさつをしたエステルに、カウンターの中に居るベテラン店主のメルダースと弟子の若きオーブメント技師フライディは引きつった笑みで答えた。
エステル達がこの工房に来るのは初めてではない。
様々なオーブメント製品を取り扱うこの場所は、エステルが小さい頃からの遊び場だったのだ。
エステルは興味を持った物は触るだけではなく、弄り回してしまう性格。
そしてエステルが壊してしまったオーブメント製品は数知らず。
日頃カシウスに世話になっているロレント市民のメルダース達は弁償代もなかなか請求できず、悩みの種だった。
「エステルの事はしっかり見ておきますから」
「頼むよ、ヨシュア君」
「まったく、失礼しちゃうわね!」
ヨシュアとフライディのやり取りを聞いたエステルは頬を膨れさせた。
「それではメルダースさん、よろしくお願いします」
「おう、任せておけ。まず、オーブメントの成り立ちについてだが……」
導力オーブメントの歴史から語り始めたメルダースの話に熱心に耳を傾けるヨシュアとは対照的に、エステルは再び眠気に襲われた。
エステルが眠りそうになる度に、シェラザードは背中を叩いて気合を注入する。
戦術オーブメントの基本的な使用方法とメンテナンスの仕方を教わった後、エステルは火のクォーツを、ヨシュアは水のクォーツを中央のスロットに装着した。
借り物だとは言え自分専用の戦術オーブメントを手に入れたエステルとヨシュアは歓喜しながらメルダース工房を出るのだった……。
「今度で研修は最後よ」
「それじゃ、あたし達はこれが終われば遊撃士になれるのね!」
「おバカ、まだ認定試験があるわよ」
「試験!?」
浮かれていたエステルはシェラザードの言葉を聞くとショックのあまり驚いた表情で石像のように固まった。
「エステル、エステルってば!」
ヨシュアが声を掛けてもエステルは反応を示さなかった。
「はーっ、仕方ないわね。さっさと試験場所の地下水路へと向かうわよ」
「えっ!?」
疲れた顔でシェラザードがそう話すと、固まっていたエステルがビクッと動く。
「試験ってペーパーテストじゃないの?」
「さっきの研修で掲示板見せたわよね。あれに書かれていた《実地研修・宝物の回収》が実地研修を兼ねた最終試験よ」
エステルはほっと息を吐き出すと笑顔になり祈るようなポーズで空を見上げる。
「ああ、空の女神エイドス様、ロレントに地下水路を創ってくださってありがとうございます」
「別に地下水路が無くても実地研修はやると思うけど」
すっかり元気を取り戻したエステルにヨシュアがあきれながらぼやいたのだった……。
「さてと、これから試験を始めるわけだけど……試験に落ちたらキツイ補習を受けてもらうわよ」
遊撃士協会でお昼のお弁当を食べた後、三人はロレントの街の教会の裏手にある地下水路への出入り口へと向かった。
「大丈夫だって!」
体力、気力十分のエステルは自信たっぷりにシェラザードにVサインを突き付けた。
「まあ、実戦に期待しましょう」
「そうですね、動物的な勘だけは鋭いから」
シェラザードの言葉にヨシュアも同意した。
「さあさあ、早く始めようよ!」
「講義もこれくらいやる気になってくれればね……」
少し疲れた顔でそうぼやいた後、シェラザードは試験の内容を説明した。
試験の内容は地下水路内を捜索し、どこかにある宝箱の中身を回収することが目的だ。
「水路の構造は単純そうですけど、魔獣とかがうろついていて危険そうですね」
「魔獣なんかひとひねりよ!」
考え込むヨシュアに対して、エステルは腕まくりをして意気込んだ。
「危なくなったらこれを使いなさい」
シェラザードはエステルとヨシュアに一個ずつ《ティアの薬》を手渡した。
これはHPが少量回復する最下級の傷薬だ。
「サンキュー、シェラ姉! ……ところで、おやつはどこに?」
「そんなものあるか、さっさと行け!」
エステルの不用意な一言に激怒したシェラザードに驚いた二人は慌てて地下水路へのはしごを下りて行ったのだった……。
「あっ、魔獣みっけ!」
二人が地下水路に入ってしばらく歩くと、エステルが行く手に大きなヤドカリの様な姿をした水棲系甲殻魔獣を発見した。
魔獣の方は二人に気が付いていないようだ。
遠くから様子を見ているヨシュアは深刻な表情でつぶやく。
「どんな能力を持っているんだろう……」
「警戒してたって仕方ないわ、相手は一匹。この程度で物怖じしてたら、遊撃士になれないわよ!」
「……そうだね」
エステルの意見にヨシュアは賛成し、二人は魔獣に正面から接近した!
そして傷を負う事無く完全勝利を収めたのだった。
次に二人が遭遇したのは蛾の群れのような魔獣。
「エステル、敵によっては武器攻撃が命中しにくい。積極的にアーツも使っていこう」
「面倒だから、ヨシュアに任せる!」
「ダメだよ、虫系の敵にはエステルの火系のアーツが効果的なんだから」
ヨシュアに促されて、エステルは自分の戦術オーブメントを動かして《ファイアボルト》のアーツを発動させた。
放たれた火球は見事に魔獣の中心部を射抜き、密集していた蛾はそのほとんどが燃え尽きる。
「やった!」
エステルは歓声を上げてガッツポーズをとった。
メルダース工房では説明を聞いているか怪しいものだったのに、実戦で成功してしまうエステルのセンスにヨシュアは舌を巻く。
「よし、僕も頑張らないと」
先程の甲殻魔獣二匹に遭遇すると、ヨシュアは素早く攻撃を繰り出し、二匹とも倒してしまった。
「なかなかやるじゃない!」
エステルは笑顔で拍手をしてヨシュアを褒めた。
「速さでは誰にも負けないようにしようって鍛えてたからね、はあ、はあ……」
「でも、そんなに息が切れてちゃ連続してできそうにないわね」
「そうだね」
肩で息をしながらヨシュアはエステルにそう答えた。
「あ、宝箱だ!」
エステルは右に折れまがった通路の突き当たりに古びた木箱があるのを見つけた。
ヨシュアは木箱を壊さないように慎重に開けて中身を確認する。
「中身は《セラスの薬》だね。気絶した仲間を回復する、遊撃士にとっては役立つ薬だ」
「じゃあさっそくシェラ姉の所に戻ろう!」
二人は自信満々に持ち帰ったセラスの薬をシェラザードに見せたが、シェラザードはため息をついて首を横に振る。
「これは目的の物とは違うようね」
「えっ!? でも地下水路にある箱の中に入ってたよ!」
「そうですよ、シェラザードさん」
思わぬ事態にシェラザードは頭を抱えた。
シェラザードが試験のための宝箱を設置しようと地下水路に入った時、細部まで探索しなかった。
これでは自分の考えた計画が失敗してしまうと焦ったシェラザードは必死に考えを巡らせる。
「二人とも、手帳を渡しなさい」
エステルとヨシュアから手帳を受け取ったシェラザードは先ほどの依頼のページが書かれたページを開いて『宝箱』の前に『赤い、大きさ約30リジュの』と書き加えた。
「これなら間違いないわね」
「そんな、ズルい!」
「うるさい、さっさと行って来なさい!」
エステルの抗議はシェラザードに聞き入れられず、二人はまた地下水路へと戻る羽目になった。
余計な時間を費やし、お腹も空いてきた二人は、遭遇した魔獣相手に暴れる事で怒りを発散したのだった。
そして二人は水路の深部で赤い宝箱を発見する。
「あれが目的の宝箱ね!」
自然とエステルのテンションも上がった。
しかし宝箱は魔獣の住処の近くに置かれているらしく、魔獣の数が多い。
「これは今までのように無傷ってわけにはいかないかもしれないね」
「大丈夫、ティアの薬もあるし、ヨシュアのアーツでも傷を治せるじゃない」
二人は顔を見合わせてうなずくと、正面から魔獣の集団に戦いを挑んだ。
住処を奪われるかと魔獣達も抵抗を見せ、囲まれそうになったりしたものの、二人は魔獣を蹴散らす事が出来た。
戦いを終えた二人はヨシュアの水系アーツ《ティア》で傷を回復して一息付く。
「これで邪魔者は居なくなったわね」
エステルは赤い宝箱に手を伸ばして開けると、30センチの箱の中にはさらに銀色の小箱が二つ入っていた。
「箱の中に、また箱がしまってあるなんて変ね。二個あるって事は、あたし達へのプレゼントかな?」
「そうかもしれないね」
「やった!」
歓声を上げたエステルは、小箱を開けてしまった。
「あっ……」
青ざめて固まってしまったヨシュアの前で、エステルは満面の笑みを浮かべる。
「遊撃士のバッジだ♪」
「やってしまったか……」
ヨシュアは天を仰ぎながら今日最大のため息をついた。
不思議そうな表情で自分を見て首を傾げるエステルに、ヨシュアは説明する。
「今回の依頼は目的物の回収だから、中身の確認は含まれてない。それに第一、この箱は依頼人の所有物だよ」
「それが?」
理解していないエステルに頭痛を覚えながらもヨシュアはさらに話を続ける。
「配達を頼まれた郵便屋さんが、勝手に封筒を開けて中身を見てはいけないのと同じ事だよ」
「ああっ!」
ヨシュアの言わんとしている事が分ったエステルは悲鳴を上げた。
そして震える手で遊撃士バッジを箱の中に戻すと、すがるような目でヨシュアに尋ねる。
「ど、どうしよう、ヨシュア……」
エステルの自業自得なのだが、ヨシュアは泣きそうなエステルにはとことん弱い。
「分かった、シェラ姉さんの前でばれないように徹底的にとぼけよう」
「ありがとう、ヨシュア!」
二人は固く手を握り締め、秘密を守ると誓い合ったのだった……。
陽が傾き始めた頃、地上へのはしごを上がると、シェラザードが出口で待っていた。
「二人とも、よく頑張ったわね。まずは捜索対象を確認させてちょうだい」
「は、はい」
ヨシュアは震える手で二つの銀の小箱を渡した。
シェラザードは舐めるように小箱を見回した後、鋭い目つきになって二人に問い詰める。
「あんた達、途中で開けたわね!」
エステルとヨシュアは激しく首を横に振った。
しかしシェラザードはさらに険しい表情になり、二人を強く追及する。
「この期に及んで白を切る気? この箱の留め金にはね、小さなツメがあるの。封を開けたら閉じても戻らない仕組みになっているのよ」
「ええっ、そんなものがあるの!?」
「……すいません、開けてしまいました」
ヨシュアが謝っても後の祭り。
シェラザードは怒りの表情を崩さず、鞭を鳴らす。
「開けた事をごまかそうとするなんて、遊撃士としての心構えが足りないわね!」
「ご、ごめんなさい!」
シェラザードの雷が落ちたエステルは手で頭を抱えて目を閉じて必死に謝るのだった。
「オホン、とりあえず研修を続けるわよ」
「えーっ、まだ終わりじゃないの?」
咳払いをして気分を落ち着かせたシェラザードの言葉に、エステルは疲れた顔で尋ねた。
「仕事をしてもやりっ放しってわけにはいかないでしょ。報告するまでが仕事なの」
シェラザードを先頭に、エステルとヨシュアはうなだれながら遊撃士協会へと入って行ったのだった……。
「どんな小さな仕事でも達成したら報告すること。解決の経過を報告するのも大切な事だからね。ロレントではアイナが担当者になっているわ」
「二人とも、よろしくお願いね」
受付カウンターのアイナがそう言ってエステルとヨシュアに微笑みかけた。
「さあ、あなた達の言葉で説明しなさい」
シェラザードにうながされ、二人は受付のカウンターで手帳をチェックしながら認定試験の報告をする。
案の定、任務の途中で銀の小箱を開けてしまったので失敗と判定されてしまった。
「残念ながら、遊撃士の紋章はお預けね」
そうシェラザードに告げられたエステルとヨシュアはガックリと肩を落とした。
「あ、あの、大変なんです!」
突然、外から幼い少女が遊撃士協会の受付へと駆け込んで来た。
「どうしたのユニちゃん、そんなに慌てて?」
「ルックとパットが街の外へ行っちゃった!」
「ええっ!?」
アイナの質問に幼い少女がそう答えると、エステルは驚きの声を上げた。
ルックとパットはユニと同じ年ぐらいのロレントの街に住む腕白小僧だ。
二人は他の街からやって来たカレルと言う少年と言い合いになり、北の郊外にある《翡翠の塔》に行ってしまったらしい。
翡翠の塔は街の管理が行き届いていないため、賊や魔獣が出没する事もある危険な場所だった。
「今すぐ追いかければ、子供の足なら途中で追いつけるかもしれないわね」
「シェラ姉、あたし達も行くわ!」
シェラザードの言葉にエステルがそう言うと、アイナは心配そうな顔で止めようとする。
「でも、あなた達はまだ遊撃士ではないのよ」
「遊撃士の資格なんて関係ありません、僕達にはみんなを守る力があるんです」
二人の意志の強さを感じ取ったアイナは、真っ直ぐにシェラザードとエステル、ヨシュアの瞳を見つめて告げる。
「……わかりました、責任は全て私がとります。遊撃士協会からの緊急要請よ、一刻も早く子供たちの安全を確保して」
「これは研修じゃなくて実際の現場よ。足手まといになったら切り捨てるから、気合入れていきなさい」
「了解!」
「わかりました」
アイナとシェラザードの言葉にエステルとヨシュアは力強くうなずいた。
そしてアイナに見送られ、三人は遊撃士ギルドを飛び出したのだった……。
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