エステル、僕の村にお嫁さんに来てくれないか? ~ハーメル村次期村長物語~   作:朝陽晴空

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第三話 遊撃士の本文

<ロレント地方 翡翠の塔>

 

シェラザード、エステルとヨシュアの三人はロレントの北門を出てマルガ街道を翡翠の塔に向かってひた走る。

翡翠の塔近くまで来ても、ルックとパットの姿は見えなかった。

 

「山道にいなかったって事は、結局街から出ていないのかな?」

「子供だからって、あなどっては行けないわ。あんたみたいにたくましい子もいるし」

「あはは、その節はどうも」

 

シェラザードの言葉を聞いたエステルは顔をかきながらごまかし笑いを浮かべた。

エステルも小さい頃、街を抜け出してはシェラザードやカシウス達に心配を掛けたものだった。

 

「静かに、塔の中から声が聞こえる」

 

 

 

ヨシュアに続いて二人が塔の中に入ると、二人の耳にも子供達の声が聞こえて来る。

 

「外が暗くなって来た、もう帰ろうよ」

「そんなにくっついたら歩きにくいじゃんか」

 

子供達の声を聞いたエステルは、大声で呼びかける。

 

「こら、ルックにパット、みんな心配してるわよ、おとなしく帰りなさい!」

「やば、何でエステルが来るんだよ、逃げろ!」

「ま、待ってよ~」

 

足音と共に声が遠ざかって行った。

子供達はさらに上の階へと進んでしまった様だ。

 

「あの腕白小僧達め、絶対捕まえてやるんだから!」

 

逃げられたと知ったエステルは腕まくりをして階段を駆け上がった。

シェラザードとヨシュアも急いで後を追う。

二階に上ったエステル達が細く長い通路に差し掛かった時、分かれ道の左手の方から子供達の悲鳴が上がり、塔の中に響き渡る。

 

「あ、あっち行けよ!」

「助けてお母さ~ん!」

「こっちね!」

「エステル、突出してはだめよ!」

 

シェラザードが引き留めるのも聞かず、エステルは子供達を助けようと全力疾走した。

エステルが細い通路を抜けて開けた部屋に出ると、そこでは子供達が猫のような姿をした魔獣達に囲まれていた。

どうやら子供達は魔獣達の縄張りに入ってしまった様だ。

 

「えいっ!」

 

エステルは前を塞ぐ猫型魔獣を棒で払い除けて子供達の元へと駆け付けた。

 

「エステル!」

「お姉ちゃん!」

「二人とも、もう大丈夫だからね」

 

エステルはそう言って抱き付いて来た子供達を励ますが、周囲を取り囲まれて不利な状況に変わりは無い。

猫型魔獣の飛び蹴りを一斉に食らえば、気絶してしまうかもしれない。

仲間を傷つけられた猫型魔獣達は怒りに燃えてじりじりと包囲の輪を縮める。

対するエステルは子供達が邪魔になって武器を振り回す事ができない!

 

「エステル!」

 

そこへヨシュアとシェラザードが追い付き、シェラザードのアーツと鞭で猫型魔獣は四散する。

 

「ふう、あれだけ脅しておけばしばらくは戻って来ないでしょう」

「すげえ!」

「かっこいい!」

 

一躍ヒーローとなったシェラザードに、子供達は駆け寄った。

 

「ヨシュア兄ちゃんも助けてくれてありがとう」

 

ヨシュアに気が付いたパットは嬉しそうにお礼を言った。

 

「こらこら、あたしへのお礼は?」

「エステルは役に立っていないじゃんか」

 

ルックがそう言うと、エステルは怒ってルックの頭にゲンコツをした。

 

 

 

「いってー、叩くなよ!」

「あんたはパットまで無理やり連れて来て、何やってるのよ」

「俺達は男の意地ってやつでここに来たんだよ!」

 

 

こぶしを振り上げてまたルックを叩こうとしたエステルを、パットが止める。

 

「エステルお姉ちゃん、もう許してよ」

「まったく、仕方ないわね」

 

エステルはため息を吐き出すと、体の力を抜いた。

そしてエステルは気まずそうにシェラザードとヨシュアを見つめる。

 

「助けてくれてありがとう、あたし一人だったらどうなっていたか……」

「まあ、みんな無事だったんだから良いじゃない」

「うん」

 

そうシェラザードが励ますと、少し凹んでいたエステルは元気になったようだ。

 

「さあ長居は無用よ、帰りましょう」

 

シェラザードがそう言うと、エステルのお腹が大きな音を立てた。

 

「ははは、エステルのやつ、お腹で返事してる!」

「う、うるさいわね」

 

エステルは顔を赤くしてルックに言い返すと、ヨシュア達からも笑いが起きた。

五人は明るい雰囲気でロレントの街の帰路へ着いたのだった……。

 

 

 

 

 

<ロレント郊外 ブライト家>

 

夕暮れ時から少し時間が過ぎ、遅めの夕食となったブライト家の食卓はいつも以上に賑やかになった。

遊撃士協会に戻ったエステル達は、そのまま子供達と一緒に受付のアイナも加えて帰宅する。

アイナから話を聞いたレナが皆を夕食に招待したのだ。

 

「父さんってば、知っていたのに助けに来てくれないなんて」

「お前達を信頼していたからな」

 

ぼやくエステルにカシウスは笑顔で答えた。

 

 

「エステルのかーちゃんの作ったビーフシチュー、うめーな!」

「ふふ、たっぷり作ったからたくさん食べてね」

 

レナはエステルがお腹を空かせて帰って来るだろうと、寸胴鍋いっぱいにビーフシチューを煮込んでいたのだった。

 

「さてと」

 

夕食が一段落するとシェラザードはエステルとヨシュアを手招きして、テーブルに銀の小箱を二つ置いた。

 

「ひょっとして、くれるの?」

「ええ」

 

エステルの質問に、シェラザードは頷いた。

 

「でも、僕達は試験を失敗してしまったんじゃ……」

「あなた達が子供達を助けに行こうとした気持ち、それが遊撃士にとっての基本精神よ。だから、再試験は免除したの」

 

 

シェラザードの笑顔にホッとしたエステルとヨシュアは、箱を開けて準遊撃士の紋章を手に入れた。

そして二人はしっかりとした手つきで紋章を胸に着けた。

 

「エステル・ブライト、ヨシュア・アストレイ。本日20:00をもって両名を『準遊撃士』に任命する。以後は遊撃士協会の一員として人々の暮らしと平和を守るため、そして正義を貫くために働くこと」

 

シェラザードの宣誓が終わると、見守っていたアイナ達から拍手が起こった。

 

「子供たちが成長する節目の場面をこの目で見れるなんて……私は……幸せです」

「ああ、シェラザードも粋な事をする」

 

カシウスはレナの肩を抱いて微笑んだ。

シェラザードにとってエステルとヨシュアが試験に落ちてしまったのは予想外だったが、何とか事件解決を口実に予定通り二人に紋章を渡す事が出来てホッとした。

アイナもシェラザードに計画を打ち明けられた時は驚いたが、喜んで協力したのだった。

 

 

 

「やったね、ヨシュア! これで晴れてあたし達、遊撃士協会の一員よ」

「僕が遊撃士……何だか夢みたいだ」

 

エステルに声を掛けられても、ヨシュアはぼう然と立っていた。

 

「ヨシュアってば、ぼーっとしてないでもっとパーッと喜ばないと!」

 

そう言ってエステルは嬉しそうに飛び跳ね、体全体で喜びを表現した。

 

「はしゃぎすぎだよ、エステル」

 

ヨシュアは疲れた顔でツッコミを入れた。

見ていた子供達も同じようにあきれていたのだった。

 

「ふーっ、これでやっと肩の荷が降ろせたわね」

「お疲れ様」

 

ため息を吐き出したシェラザードに穏やかな笑顔を浮かべたアイナが労いの言葉を掛けた。

 

「そっか、忙しい仕事の合間に付き合ってくれたんだっけ。シェラ姉、ホントありがとね」

「お世話になりました」

 

二人は深々とシェラザードに向かって頭を下げてお礼を言った。

 

「まあ、新人を育てるのも遊撃士の義務ってやつよ。あたしも昔、カシウス先生の研修を受けたわ」

「あ、それで父さんの事先生って呼んでるんだっけ?」

「先生はあたしに遊撃士として大切な事をいろいろ教えてもらったわ。もちろん、今でも尊敬してるわ」

「えーっ、軍の仕事が面倒で辞めちゃった不良中年なのに?」

 

 

 

エステルの大声を聞いたカシウスは食べ物をのどに詰まらせ咳き込む。

 

「違う、軍の給料だと家のローンを払いきれずにお前に背負わせてしまうからだ……」

 

カシウスの小さな声での抗議はエステル達には届かなかった。

そんな理由で軍を退役して遊撃士になったカシウスにモルガン将軍がご立腹なのもうなずける話ではある。

もっとも、それは軍を辞めるための口実の一つでしかなかったのだが。

 

 

 

「ねえヨシュア、あたし遊撃士になっていいのかな?」

 

夕食の余韻に浸り談笑を続ける皆の輪から離れたエステルは憂鬱そうな顔でつぶやいた。

 

「ひょっとして、塔での出来事を気にしてる?」

 

ヨシュアの問い掛けにエステルは頷く。

 

「あの時、あたしが無謀な突撃をしたからルックとパットを危ない目に遭わせてしまった。シェラ姉やヨシュアが間に合わなかったら、二人に大怪我させてたかもしれない……」

「エステルらしくないよ」

「えっ?」

 

エステルは驚いてヨシュアを見つめた。

 

「今日の失敗は、明日取り返せばそれでいいじゃないか。尻込みしてたら何もできない」

「そうかな?」

 

ヨシュアはエステルをさらに励まそうと早口でまくし立てる。

 

「それに棒術の腕前も体力もそれなりのレベルだと思うし……困っている人がいたら放っておけない、お節介な性格にも遊撃士に合っていると思うけど」

「お節介は余計よ」

「ごめん」

 

顔を膨れさせたエステルに、ヨシュアは自分の失言を謝った。

 

「ヨシュアと話してたら気分が軽くなって元気が出て来たわ、ありがとう」

 

 

月明かりに照らされたエステルの笑顔はいつもより輝きを増しているようにヨシュアには見えた。

 

「ど、どういたしまして」

 

ヨシュアは顔を赤くして照れながら、ぎこちない手つきで、差し出されたエステルの手を握った。

 

「二人は良いパートナーになれそうですね」

「うむ、これなら安心だ」

 

遠くからエステルとヨシュアの様子を見守っていたレナとカシウスは穏やかな笑顔で言葉を交わした。

何かを決意したかのような真剣な顔つきになったカシウスは、エステルとヨシュアを呼び寄せる。

 

「お前達、俺の代わりにいくつか依頼をこなしてみないか?」

「えっ!?」

 

カシウスの提案を聞いた二人は目を丸くした。

 

「もちろん、あなた達でもこなせそうな仕事をお願いするつもりよ」

「わかりました」

 

アイナの言葉に安心した二人は提案を受ける事にした。

 

「よし、これで俺も楽が出来るな」

「父さんも中年だからね、娘のあたしが労ってあげないと」

「ぐっ、俺はまだまだ若いぞ!」

 

カシウスは声を張り上げてエステルに反論した。

 

「それで早速だが……遠方から仕事の依頼が来てな。しばらく留守にするぞ」

「いつからなの?」

「明日からだ」

「あんですって!? いくらなんでも急すぎるわよ!」

「何か事件が起きたんですか?」

 

ヨシュアが不安そうに尋ねると、カシウスは首を横に振る。

 

「単なる顔見せさ、まあ……営業回りみたいなものだ」

「まったく、そんなにお金を稼ぎたいの?」

「エステル、お金は大事なものよ。カシウスさんにはたっぷり働いてもらわないとね」

 

エステルをなだめるようにレナは穏やかに諭した。

しかしカシウスはレナの冷たい視線を感じ、寒気がした。

 

 

 

「お前達は俺の名代(ミョウダイ)として依頼を引き受けてもらうんだ、しっかり頼むぞ」

「うん、父さんの評判を落とさないためにも頑張るわ!」

「気を引き締めて取り組みます」

 

エステルとヨシュアの返事にカシウスは満足したようだった。

 

「シェラザード、後は任せたぞ」

「はい、ではそろそろ私達はこれで失礼します。レナさん、今日はご馳走様でした」

「またな、エステル、ヨシュア兄ちゃん!」

 

シェラザードとアイナ、ルックとパットは手を振ってロレントの街へと帰って行った。

その姿が消えるまで見送ったエステルは大きな欠伸をする。

 

「あたしもそろそろ寝ようかな。母さん、明日は見送りに遅れないように、起こしてね!」

「はいはい」

 

苦笑しながらレナが返事をすると、エステルは安心して自分の部屋へと戻った。

子供達が去り、エステルが眠りに就き、静かな夜がブライト家に訪れる。

カシウスはテラスで椅子に座り、テーブルに置いたワインをグラスで飲んでいた。

 

「……眠れないのか?」

 

家の中から姿を現したヨシュアに、カシウスは声を掛けた。

 

「うん、何となくね」

「……お前を預かって、もう5年になるか」

 

カシウスはそうつぶやくと、遠くの方へと視線を動かした。

ヨシュアも従うように、同じ方向を見つめる。

しばらくの沈黙の後、ヨシュアはゆっくりと口を開く。

 

「父さんから手紙が来たよ。村の仕事が忙しくなってきたから、帰って来いって」

「そうか、ハーメル村は持ち直したようだな」

 

ヨシュアが預けられた当時は貧窮極まって危なかったハーメル村だが、カリン達の努力も実って、少しずつ果樹園が広がって来たのだ。

 

「それで、お前は帰るのか?」

 

カシウスの問いにヨシュアは首を横に振る。

 

「ううん、僕は遊撃士としての修行中の身だから、投げ出しては帰れないよ」

 

それ以外にも理由がある、とカシウスは見抜いていた。

帝国にも遊撃士協会の支部はあるし、兄のレーヴェも居る。

 

「……もしお前がハーメル村に帰ったとしてもだ。俺もレナもエステルも、お前の家族だ」

「ありがとう。……おやすみ」

 

ヨシュアはそう言って家の中へと姿を消したのだった……。

 

 

 

<ロレント市 空港>

 

次の日の朝、カシウスは出張先に向かうため、飛行船の定期便乗り場へと来ていた。

旅立つカシウスを見送るのはエステルとヨシュア、レナ、シェラザードの四人。

 

「エステルも母さんやヨシュアの言う事を聞いて困らせるんじゃないぞ」

「もう、あたしの方がお姉さんなんだってば」

 

エステルはカシウスの言葉にうんざりとした顔で答えた。

 

「ふん、それなら朝は自分で起きれるようにするんだな」

「先生が帰るまでに二人をビシバシ鍛えておきますから」

 

シェラザードが微笑みながらそう言うと、エステルとヨシュアは冷汗が出た。

 

「ああ、エステルを社会人にしてやってくれ。俺達は甘やかしすぎたからな」

「はは、覚悟しないとね」

 

カシウスとヨシュアにからかわれたエステルは、顔を膨れさせた。

話しているうちに飛行船が到着し、空港の職員達が慌しく動く始めた。

 

 

「どうやら来たようだな」

「あなた、例の物……よろしくお願いしますね」

 

レナはカシウスにそっと耳打ちをすると、カシウスは頷いた。

そして四人に向かって手を振った後、ゆっくりとタラップを歩いて飛行船へと乗り込んだ。

旅客の乗降が終わると飛行船のタラップが収納され、エンジンが回転を始める。

激しい風と轟音と共に、飛行船は西の彼方の空へと飛び立って行った。

 

「行っちゃったね」

「うん……」

 

ヨシュアの呟きに答えたエステルは寂しそうな表情を見せた。

 

「先生に頼まれた仕事をこなしているうちにすぐ帰って来るわよ」

「あたしはファザコンじゃない!」

 

シェラザードに向かってかみつくようにエステルは抗議した。

レナはハンカチを取り出して涙を拭く仕草をする。

 

「母さんが側に居るのに悲しいわ」

 

 

 

漫才のようなやりとりを見ていたヨシュアは肩をすくめてため息をついた。

 

「さてと、私も仕事に行くとするか。困った事があったら、遠慮なく私かリッジに相談しなさいよ」

「うん、でも始めは自分達の力だけでやってみる」

「僕達は半人前ですけど、力を合わせて頑張ります」

 

エステルとヨシュアはシェラザードの目をしっかりと見つめて答えた。

その力強い言葉に満足したシェラザートは悠然と立ち去った。

レナも笑顔で手を振って商店街のへ方と姿を消す。

 

「さっそく遊撃士協会へ行こうか」

「うん、掲示板をチェックしなくちゃね。レッツゴー!」

 

エステルは弾ける笑顔でヨシュアに答え、ヨシュアの腕をつかんで階段を元気に駆け下りるのだった……。

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