エステル、僕の村にお嫁さんに来てくれないか? ~ハーメル村次期村長物語~ 作:朝陽晴空
<ロレント市郊外 マルガ山道>
「あいつらが、七耀石を持っているの?」
「魔獣達が引き付けられているから、多分そうだろう」
道から外れた山間で双眼鏡を使いエステルとヨシュアを見ていた覆面姿の男女はそう囁き合った。
二人は数日間、仲間と交代しながらマルガ鉱山を出入りする人間を見張っていたのだ。
そしてエステルとヨシュアに目を付けた覆面の男は、狼煙を上げて町の近くに居る別の覆面グループに合図を送る。
どうやら彼らに先回りをさせるつもりのようだ。
「よし、あの二人はあいつらに任せて、俺達は念のため場所を移るぞ」
「オッケー!」
男の言葉に、女は元気な声で答えた。
二人はエステル達から目を離し、翡翠の塔の方へと移動を始めるのだった……。
「まったく、次から次へとやって来るわね」
「街に帰るまで気を抜けないよ」
その頃、エステルとヨシュアは息を弾ませながらマルガ山道を歩いていた。
鞄の中にしまったとはいえ魔獣達は七耀石の匂いを感じ取る事が出来るらしく、エスメラスとホタル茸が強力な発生源になっているのだろう。
二人は襲って来た魔獣を追い散らしながら山道を下りて来たのだ。
「ほら、また魔獣のお出ましみたいだよ、頑張ろう」
「はいはい」
気配を感じたエステルは少し疲れた顔でヨシュアに返事をして武器を構えたが、
「な、何よ、あんた達!」
突然物陰から目の前に現れて立ち塞がった三人組の男達に、エステルは驚きの声を上げた。
「お前ら、身包み置いて行ってもらおうか」
「へへっ、命までは取らねえよ」
ゴーグルを頭に着けたその男達はナイフをちらつかせてエステル達を威圧した。
「ふん、遊撃士はそんな脅しには屈しないのよ!」
エステルは威勢良く言い放って棒を振り回した。
「ゆ、遊撃士だと!?」
堂々としたエステルの態度に、逆に男の方が動揺した。
「こんなガキ共にビビってんじゃねえ!」
「それにこっちは三人もいるんだ」
「そ、そうだな」
他の二人の男になだめられた男は気を取り直してエステル達の方を向く。
「さあ、怪我をしたくなかったら早く荷物を渡せ!」
「痛い目に遭うのはそっちよ!」
エステルは怒鳴ると同時に持っていた棒を男に向かって振り下ろした!
「痛えっ!」
男は反射的に腕でエステルの攻撃を受け止めたが、持っていたナイフを落としてしまった。
「ぐわっ!」
もう一人の男にもヨシュアが詠唱していたアーツ、ソウルブラーが直撃し、気絶してしまった。
「さあ、覚悟しなさい」
「お、覚えてろ!」
残った男とナイフを落とした男は気絶した男を肩に担いで翡翠の塔方面への道へと逃げ出してしまった。
「こら、待ちなさい!」
追いかけようとしたエステルをヨシュアが肩をつかんで引き留める。
「エステル、行っちゃダメだよ」
「どうして、逃げちゃうじゃない!」
「早く市長さんの所に結晶を届ける方が優先だよ。それに、わざと逃げて僕達をおびき寄せる罠かもしれない」
「なるほど、それもそうね」
ヨシュアの説明に納得したエステルは体の力を抜いた。
「でも、マルガ山道に山賊が出るなんて聞いてなかったわよ」
「いや、彼らは他の地方から流れて来た空賊じゃないかな」
あの男が落として行ったナイフをヨシュアは慎重に拾い上げた。
「そのナイフで分かったの?」
「風よけのゴーグルを頭に着けていたじゃないか」
遊撃士には洞察力が必要だとヨシュアに注意され、エステルは少し凹んでしまったのだった……。
<ロレント市 市長邸>
街に戻った二人は七耀石の結晶が狙われた事もあって、一直線に市長の家に七耀石の結晶を届ける事にした。
市長は二人が強盗に襲われたと聞くと、目を丸くして驚く。
「まさか、そんな事があったとは。……君達を危険な目を合わせてしまって、本当にすまない」
深々と頭を下げた市長に、二人はとまどってしまった。
「市長さん、そんなに謝らなくても」
「僕達は遊撃士ですから……」
二人がなだめても、市長は深刻な表情で考え込んでいる。
「最近ロレントでは事件が起きていなかったから、油断してたのだ」
「この件は遊撃士協会に任せてくださいませんか?」
「しかし、これ以上君達を巻き込むわけには……」
ヨシュアの提案を聞いた市長はさらに渋い顔になった。
「あたし達もシェラ姉の指示に従って、無茶はしないから」
「本当に危険な場合はシェラザードさんに頼みます」
「……分かった、引き続き遊撃士協会にお願いしよう」
二人の必死の説得に折れた市長は、七耀石の結晶の強盗未遂事件についても調査を依頼するのだった……。
そして二人は、事件の報告をするために遊撃士協会へと帰った。
「おお、間に合ったか!」
遊撃士協会の受付で待っていたオーヴィットは二人の姿を見て歓声を上げた。
「うわっ、忘れてた」
「ではホタル茸は?」
エステルの反応を見て、オーヴィットはショックを受けた。
「あっ、それならここに……」
鞄からエステルがホタル茸を取り出すと、オーヴィットはパッと笑顔になる。
「驚かさないでくれたまえ、いやあ本当に助かった!」
「こんな魔獣を引き寄せるキノコ、何に使うんですか?」
ヨシュアが疑うような表情で尋ねると、アイナも少し困った表情で話を切り出す。
「もし悪用される事があれば、遊撃士協会としては没収しなければなりませんが……」
「そ、そんな! 料理に使うんだよ!」
「ええっ、食べるの!?」
オーヴィットの言葉を聞いたエステルは驚きの声を上げた。
「そうさ、外国を渡り歩いていた時にホタル茸の料理を食べたら、もうビックリするほどおいしくてね」
「へえ、あたしも食べたい」
「エステルってば……」
話を聞いて目を輝かせたエステルにヨシュアはあきれてため息をついた。
「今日はありがとう、また仕入れの時はよろしく頼むよ!」
オーヴィットはエビス顔で遊撃士協会から去って行った。
「あんなに喜んでくれるなんて、遊撃士をやっていてよかったわね」
「うん、そうだね」
笑顔のエステルの言葉に、ヨシュアも素直にうなずいた。
「さて、市長さんの依頼について報告をお願いね」
二人は帰り道のマルガ山道で三人組の男に襲われたが、市長の家に七耀石の結晶を無事に届けた事を報告する。
「それにしても僕達の帰り道を待ち伏せするなんて、タイミングが良すぎるとは思いませんか?」
「七耀石の結晶の情報が漏れていたと言う事ね」
ヨシュアの問い掛けにアイナは真剣な表情でつぶやいた。
「あなた達は、どこから情報が漏れた可能性が一番高いと思うかしら?」
アイナに質問されて、エステルは難しい顔をして考え込む。
「そんなの犯人を捕まえて吐かせればいいじゃない」
「犯人をどこから捜し始めるのか見当をつけろって事だよ」
エステルの答えにヨシュアはため息を吐き出して、
「鉱山の関係者を洗うのが良いと思います、特に素性を問われない日雇い労働者とか」
「ヨシュア、いい線を突いているわね」
アイナは二人の遊撃士手帳に評価を書き込んだのを見て、エステルは不思議そうにアイナに尋ねる。
「えっ、まだ依頼は終わってないけど」
「ここから先はシェラザードの領分よ」
「つまり、危険が伴うって事ですか」
「何か悔しいわね」
アイナの判断にヨシュアは納得した様子だったが、エステルは少し不満そうだった。
「カシウスさんが引き受けていた依頼はもう一件あるから、明日はそちらの方をお願いね」
「わかりました」
二人はアイナに返事をして、遊撃士協会を後にするのだった……。
<ロレント市郊外 マルガ山道>
「……それで、どうして家に帰らないでこんな所へ来ているわけ?」
「あたしもホタル茸を食べてみたいかなーって」
ジト目で質問を浴びせて来たヨシュアに、エステルはごまかし笑いを浮かべて答えた。
エステルはホタル茸を探すと口では言っているが、草むらを熱心に見ている様子は無い。
だんだんと翡翠の塔の方へと近づいているのがヨシュアにはバレバレだ。
「あっちの方にホタル茸があるかもしれないわね」
「ねえエステル、もしかして自分達で空賊達を捕まえようとしていない?」
「そ、そんな事無いわよ!」
わざとらしいエステルの誘導をヨシュアが指摘すると、エステルは動揺した。
「だ、だけど、ホタル茸を探すついでに見つかったら仕方ないかなーって」
そう言ってヨシュアの腕を引っ張って進むエステルだったが、
「ダメよ、あんた達!」
「げっ、シェラ姉!」
街の方からやって来たシェラザードの姿を見て驚きの声を上げた。
シェラザードは腕組みをしてため息を吐き出す。
「まったく、油断できないんだから。あなた達は家に帰りなさい」
「だから、あたしはホタル茸が欲しくて……ごめんなさい、嘘です!」
シェラザードが鞭を地面に振り下ろすと、エステルは頭を手で抱えて謝った。
「ヨシュアもエステルに引きずられるんじゃなくて、危ないと思ったら全力で止めなさい」
「はい、すみません」
「どうして、そんなに危険だって分かるの?」
エステルの質問に、シェラザードは相手の規模が解らないからだと答えた。
二人を襲った三人組は前方からやって来たのだから、他に二人を見張っていた仲間が存在するはず。
賊は逃げ去った方向にある翡翠の塔をアジトにしている可能性もあるが、二人が数日前に子供を探しに行った時には賊が居た様子は無かった。
するとヨシュアが指摘した通り、二人をおびき寄せる罠の可能性も捨てきれない。
潜入捜査は人数が少ない方がやり易いとシェラザードは二人に告げた。
「要するにあたし達は足手まといって事?」
「まあ、身も蓋もない言い方をすればそうね。でも、気を落とすんじゃないわよ。あなた達はまだまだこれから何だからね」
「分かりました、シェラザードさんも気を付けて」
丁寧に諭されたエステルは納得した様子で、ヨシュアと共に翡翠の塔へ向かうシェラザードを見送った。
「さてと、あたし達はホタル茸を探しに行きましょう!」
「あまりウロウロしてると、またシェラザードさんに怒られるよ」
「だからシェラ姉が戻って来る前に採って帰るのよ!」
マイペースなエステルに、ヨシュアはちょっとあきれてしまいながらも付き合ってしまうのだった……。
<ロレント市郊外 ブライト家>
「あらエステル、そんなに嬉しそうにどうしたの?」
その日の夕方、満面の笑みで帰って来たエステルを、レナは穏やかな微笑みを浮かべて迎えた。
「ジャーン、見て見て!」
エステルは鞄からホタル茸の山を取り出した。
「綺麗ね、まるで七耀石の光みたいだわ」
「そのせいで酷い目に遭ったよ」
ヨシュアはウンザリとした顔でため息を吐き出した。
「それで、料理すればとってもおいしいって話を聞いたのよ」
「食べられるの?」
エステルの言葉を聞いて、レナはキョトンとした顔で尋ねた。
「外国にはホタル茸を使った料理もあるみたいだよ」
「うーん、もしかしてあそこで食べた料理に似ているかも……」
ヨシュアの話に、レナは思い当たる節があるのか考えを巡らせていた。
そして、レナは様々なキノコ料理を試行錯誤して作り始める。
キノコの焼ける良い匂いが辺りに漂い、ブライト家の煙突から煙が上がると、家の周囲に異変が起きた。
「エステル……」
「どうしたの、ヨシュア?」
「外を見てよ」
真剣な表情のヨシュアに言われた通りに、エステルは窓から外を覗く。
「げげっ!」
ブライト家の庭を取り囲むように魔獣達が輪を作っていたのだ。
「か、母さん!」
「どうしたの、そんなに慌てて?」
「外に魔獣が集まってる!」
二人がレナに詰め寄っても、レナは落ち着いて答える。
「そう? じゃあ結界を張っておこうかしらね、庭を荒らされても困るし」
レナが詠唱すると、ブライト家の敷地を守るように光の幕が広がった。
「さあ二人とも、魔獣を追い払っちゃって。しばらくは大丈夫だから」
「そんな、数が多すぎるわよ」
「お腹を空かせた方が、もっとご飯がおいしくなるわよ」
そう言ってレナは強引にエステルを外へと追い出した。
ヨシュアもエステルの後に続いて庭に行く。
「どうやら、ロレント地方に生息する魔獣が集まっているようだね」
結界の中には魔獣が入って来れないと分かっているヨシュアは、浮かれたように情報のクォーツを使い、魔獣達のデータを調べた。
そしてエステルはヨシュアの指示に従って、魔獣達の弱点を狙った攻撃をする。
「なんか、魔獣相手に訓練しているみたいね」
「深追いして結界から出過ぎないで」
一方的に魔獣を攻撃して調子に乗るエステルに、ヨシュアが注意を促した。
「でも、やっぱりあたし達だけで追い払うのは難しいわね」
暴れて疲れたのか、エステルは弱音を吐いた。
その時、旋風が巻き起こり正面の魔獣達の壁が崩れた。
「シェラ姉!」
「いったい何の騒ぎが起きてるのよ」
魔獣を吹き飛ばして出来た道を、シェラザードは悠然と歩いてブライト家の玄関前へと到着した。
「実はエステルがホタル茸を食べたいって言い出して……」
「またあんたのせいなの?」
ヨシュアの話を聞いたシェラザードはエステルをにらみつけた。
「シェラ姉も手伝ってよ」
「もう、仕方ないわね」
シェラザードは風のアーツ、エアリアルで小さな竜巻を発生させて魔獣の集団を散らして行った。
弱い魔獣は気絶するか逃げ去ってしまったが、体力のある魔獣は舞い戻って来てしまう。
「これは思った以上に骨が折れそうね、あなた達も気張りなさいよ!」
「了解!」
「はい!」
シェラザードの号令に、二人も武器を握り締めて答えた。
しばらくしてブライト家の煙突が吐き出していた煙が止まると、レナが家の中から姿を現す。
「シェラちゃん、これをお願いね」
レナは微笑みながらホタル茸のバター焼きをシェラザードに手渡した。
「なるほど、分かりました」
シェラザードはうなずくと、それを持って家に入り、屋根裏の窓から顔を出した。
そしてエアリアルのアーツを詠唱し、横方向に発生させた竜巻にホタル茸のバター焼きを放り込む。
風に乗ったホタル茸のバター焼きが匂いをまき散らしながら森の方へ飛んで行くと、魔獣達はそれを追いかけてブライト家の前から去って行った。
「ふう、これでゆっくりホタル茸料理が食べれるわね」
エステルは安心して一息付いた。
「まったく、さっきまで疲れていたのにすぐに元気になっちゃって」
シェラザードはそんなエステルに肩をすくめた。
「私も結界法術を使ったからお腹が空いちゃったわ」
レナも目の色を変えて食卓に並べられたホタル茸料理を見つめていた。
「それでは、夕食をご馳走になりますか。いただきます!」
シェラザードの合図を皮切りに、エステル達は手を合わせてお祈りを済ませた後、ホタル茸を口に運ぶ。
「な、何よこの微妙な味?」
「甘味と塩味と酸味と辛味と苦みがグチャグチャに混じっているような……」
シェラザードとヨシュアはホタル茸を口に入れた途端に複雑な顔になった。
「この味、刺激的で癖になりそう」
「本当、おつまみにしたらワインが何杯でも行けそうだわ」
エステルとレナの母娘は楽しそうな表情で食べていた。
ヨシュアとシェラザードは珍しい動物であるかのように母娘を見つめるのだった……。