エステル、僕の村にお嫁さんに来てくれないか? ~ハーメル村次期村長物語~   作:朝陽晴空

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第七話 ナイアルさんとドロシーさん

<ロレント市 遊撃士協会>

 

次の日の朝、ヨシュアとエステルが気合を入れて遊撃士協会の受け付けに入ると、いつものようにアイナが穏やかな微笑みを浮かべて二人を迎える。

 

「おはよう、二人とも」

「今日も気を抜くんじゃないわよ」

 

受付にはアイナと仕事の話をしていたシェラザードも居た。

エステルはシェラザードの言葉に力強くうなずく。

 

「うん、父さんの代理の仕事もこれで最後だもんね」

「シェラザードさんの方は空賊の調査ですか?」

「ええ、でも翡翠の塔は空振りだったわ」

 

ヨシュアが尋ねると、シェラザードはため息をついて空賊の手掛かりが得られなかった事を話した。

話が終わると、エステルはアイナに問い掛ける。

 

「それで、あたし達はどんな仕事なの?」

「リベール通信の記者さんの護衛をして欲しいそうよ」

「えっ? いいの、あたし達で?」

「まあ、ロレント近郊なら大丈夫でしょう」

 

シェラザードは二人にそう告げると、遊撃士協会を出て行った。

 

「民間人の保護は遊撃士の仕事の中でも基本的な物よ、頑張ってね」

「はい、分かりました」

 

アイナの言葉にうなずいた二人は依頼主の記者が居ると言うホテルへと向かった。

ホテルに着いた二人はフロントでリベール通信の記者が泊まる部屋を尋ね、二階の客室のドアをノックする。

 

「誰だ?」

 

部屋の中から男の声が返って来た。

 

「遊撃士協会の者です」

 

ヨシュアが名乗ると、再びぶっきらぼうな男の声が戻って来た。

 

「鍵は空いてるぞ、入ってくれ」

 

二人が部屋に入ると、タバコをくわえた不精そうな男が窓辺に立っていた。

 

「リベール通信の記者の、ナイアルさんですね?」

 

男は二人をチラッと見てダルそうに答える。

 

「そうだが……お前達みたいなガキが遊撃士協会の使いか?」

「ガキじゃない、遊撃士!」

 

エステルは怒った表情で、ナイアルに遊撃士協会の委任状を突き付けた。

するとナイアルは戸惑った顔で部屋の中をきょろきょろと見回す。

 

「カシウス・ブライトはどうしたんだ?」

「他の仕事で忙しくなって、あたし達が代わりに来たの」

「何だと、せっかくカシウス・ブライトを取材できると思ったのによ!」

 

ナイアルはがっかりした顔で頭をかきむしった。

 

「カシウスさんの取材ですか?」

「アリシア様の誕生祭の記事と、国を救った英雄カシウス・ブライトのインタビュー記事を載せたいと思ってな」

「じゃあ、あたしが父さんの代わりにインタビューを受けるわよ」

「お前、カシウスの娘なのか」

「そうよ!」

 

エステルは自分が偉いとでも言わんとばかりに、腰に手を当て胸を張り堂々とナイアルに答えた。

 

「ほう、それは面白いな。よし、取材させてもらうぞ」

 

ナイアルはエステルに興味をもったらしくニヤリと笑いを浮かべた。

 

「エステルってば、聞かれれば何でも答えてしまいそうだな」

 

ヨシュアは背筋に冷たい汗が流しながらつぶやいた。

一方エステルは興奮してウズウズしているようだ。

 

「で、まず何から話せばいいの?」

「おっと、その前にカメラマンがカメラの修理に行っているんだ、少し待ってくれ」

 

やる気満々のエステルをナイアルが手で制した。

 

「こっちから迎えに行くって言うのはどう?」

「そうだな、様子を見に行くか、心配だしな」

 

エステルの提案を受け入れたナイアルは、吸っていた煙草を灰皿に押し付けると、面倒臭そうに伸びをした。

そして部屋を出た三人は、メルダース工房へと向かうのだった……。

 

 

 

<ロレント市 メルダース工房>

 

「お願いです、私のカメラを返してください」

「ダメだよ、修理代を払ってもらわないと……」

 

その頃、メルダース工房のカウンターではピンク色の髪をしたファンシーな服装の若い女性が店員のフライディと押し問答をしていた。

 

「お財布を落としてしまって、払えません」

「じゃあ、遊撃士に探してもらえば良いじゃないか」

「だから、そのお金が無いんです」

「こ、困ったなあ」

 

フライディは頭を抱えてため息を吐き出した。

先程からこの調子が延々と続き、師匠のメルダースにはどうにかしろと目くばせをされているのだ。

 

「おはよう!」

 

そんな状況で、元気いっぱいのエステルが店に姿を現した。

 

「ああエステルか、今取り込み中なんだ」

「ドロシー、カメラの修理は終わったのか?」

「先輩!」

 

若い女性はナイアルの姿を見ると、飛び付いて泣きじゃくった。

 

「おいおい、どうした」

「泣きたいのはこっちだよ」

 

フライディは疲れた顔でぼやくのだった。

ドロシーの話は要領を得ないので、フライディとメルダースが事情を説明する。

結局ナイアルが修理代を支払う事で、カメラはドロシーの手に戻った。

ドロシーは感激して助けてくれたナイアルを拝み倒す。

 

「あ、ありがとうございます」

「畜生、絶対経費で落としてやる」

 

ナイアルは悔しそうに歯ぎしりをしながらメルダース工房を出た。

 

「じゃあ、さっそくインタビューを始めようか?」

「そんな気分じゃねえよ……」

 

張り切るエステルとは対照的に、ナイアルは憂鬱な顔でぼやいた。

 

「では、ドロシーさんの財布を僕達が捜しましょうか?」

「フン、どうせ中身は抜き取られてるさ」

 

ナイアルは鼻で笑ってヨシュアの提案を一蹴した。

 

「それなら、家でご飯を食べない? 食事代が浮くと思うし」

「なにっ、カシウス・ブライトの自宅にか!?」

 

エステルの言葉を聞いたナイアルは顔色を変えた。

 

「エステル、勝手にそんな事約束しちゃって……」

「いいのよ、母さんは家にお客さんを招待するのが好きなんだし」

 

心配するヨシュアに対して、エステルは自信満々に答えた。

 

「でも準備もあるだろうし、行くなら夕食にした方が良いんじゃないかな」

「よし、それなら夕方まで街の周辺の取材をするぞ」

「急に元気になったわね」

 

ヨシュアの言葉を聞いて落ち込んでいたナイアルがやる気を見せると、エステルは少し驚きあきれた顔でぼやいたのだった……。

 

 

 

 

 

<ロレント市郊外 翡翠の塔>

 

その後ロレントの街で主婦仲間と買い物をしていたレナと出会ったエステル達は、夕食の約束を取り付けると、街の中を散策した。

四人は街の人々にカシウスの話を聞いて回っているうちに、教会の前で困っている若い男女のカップルと出会った。

カップルはロレントに来た観光客で、二人で結婚指輪を空にかざしていた時、カラスにひったくられてしまったのだ。

そのカラスは街の外の北の空へと飛び去ったらしい。

 

「カラスが向かったのは、多分翡翠の塔だろうね」

「お、その塔の事なら聞いた事あるぞ。古代ゼムリア文明の遺産だってな」

 

ヨシュアの推測を聞いたナイアルは、翡翠の塔に興味を持ったようだ。

そして四人はカップルの依頼をこなすついでに翡翠の塔の取材をする事で話がまとまった。

途中のマルガ山道ではドロシーの破天荒な行動にエステルとヨシュアは面食らってしまう。

 

「魔獣さん、こっち向いて!」

「ドロシーさん、前に出たら危ないですよ!」

 

ヨシュアのガードをかいくぐり、ドロシーは遭遇した魔獣をカメラで撮影しようとした。

エステルは棒術で何とか近づいてくる魔獣を追い払う。

 

「ナイアルさん、ドロシーさんを落ち着かせて!」

「それを何とかするのがお前さん達の仕事だろう?」

 

泣きついて来たエステルに、ナイアルはニヤリとした顔で答えた。

しかしドロシーが戦いの役に立つ事もある。

カメラのフラッシュを浴びた魔獣は目がくらみ、あっさり撃退出来た。

 

「これが翡翠の塔ですか、良い面構えですね」

 

そして翡翠の塔に到着すると、ドロシーは目を輝かせて塔を見上げた。

 

「よし、写真を撮ってくれ」

「了解!」

 

ドロシーはナイアルに敬礼すると、塔の写真を撮り始めた。

 

「いいですよ、その表情!」

「ポーズはそのままでお願いしますね」

「とってもキュートです!」

 

まるで人間のモデルに対して話しかけるかのように接するドロシーに、エステルとヨシュアは目を丸くして驚いた。

 

「こんなとぼけた奴なんだが、凄え写真を撮りやがる」

 

ナイアルは頭をかきむしりながら、面倒臭そうにぼやいた。

 

「何か信じられないけど」

「そうだね」

 

エステルとヨシュアは顔を見合わせ、四人はいよいよ塔の中に入った。

塔の中にはルックとパットが迷い込んでしまった魔獣の寝床のように危険な場所がある。

シェラザードが助けてくれない、民間人二人の護衛任務。

カシウスから命じられた三つの仕事の内、この最後の仕事が、見習い準遊撃士としての総まとめ的なものであるとエステルとヨシュアは感じ、気持ちを引き締めた。

 

「うわあ、良い眺めね!」

 

屋上に到着したエステルは、その解放感からか一気に緊張を緩めた。

しかしヨシュアは厳しい表情を崩さずに考え込んでいる。

 

「塔の中から誰かにつけられていた気がするんだ」

「えっ?」

 

ヨシュアの言葉にエステルは絶句した。

 

「ずっとこんな所に隠れているなんて、僕らを襲った奴らの仲間の可能性が高い」

「でも、シェラ姉は空賊達は居なかったって言ってたじゃない」

 

エステルは信じられない様子で反論した。

 

「念のため調べて塔の中を調べてみる、エステルはナイアルさん達を見てて」

「そんな、一人じゃ危険よ!」

「いいえ、その必要はありませんよ」

 

二人が揉めていると、眼鏡を掛けた穏やかな顔をした青年がゆっくりと階段を上って来た。

 

「あなたは?」

「驚かせてすみません、私の名前はアルバ、考古学の教授です」

 

ヨシュアが尋ねると青年は照れくさそうに頭をかいて答えた。

屋上で写真を撮っていたドロシーや煙草を吸っていたナイアルも突然姿を現したアルバ教授に気が付いて寄って来る。

 

「あれ、その人誰ですか?」

「何者だお前?」

 

アルバ教授は落ち着いた穏やかな笑顔で再び名乗った。

 

「しかしあなたはどうやって一人でここに来れたんですか?」

「それは、こう言う事ですよ」

 

ヨシュアの質問に答えたアルバ教授の姿が薄らいで透け、

 

「ゆ、幽霊!?」

 

エステルが悲鳴を上げてヨシュアの背中に隠れた。

 

「ふふ、違いますよ」

 

アルバ教授はそう言って身に着けていた戦術オーブメントからクォーツを外した。

するとアルバ教授の姿は元通りに戻る。

 

「《葉隠れ》のクォーツ、これをセットしておけば魔獣からは見つかりません。遺跡を探索する時は便利ですよ」

「戦術オーブメントを持ってるなんて、アルバさんって遊撃士なの?」

「いえいえ、この戦術オーブメントは国立博物館からの借り物で」

 

興奮したエステルが尋ねると、アルバ教授は首を横に振った。

 

「それで、教授はこの遺跡の調査に来られたんですか?」

「はい、アレを調べに」

 

ヨシュアの質問に答えたアルバ教授は屋上の中心にある台座を指差した。

 

「何だろう?」

「古代文明の物だろうけど……」

 

エステルとヨシュアには台座がどんな意味を持つのか、さっぱり見当がつかなかった。

 

「あの厚かましいお願いですが、この台座を撮っては頂けませんか?」

「えっ?」

 

アルバ教授に声を掛けられたドロシーは驚いて目を丸くした。

 

「それなら教授さん、俺達にこの塔の考古学的解説をしてくれれば現像した写真を渡してやるよ」

「お安いご用です」

 

ナイアルの提案にアルバ教授はうなずき、翡翠の塔についての成り立ちからの講義を始めた。

ヨシュアとナイアルはメモを取るほど熱心に解説を聞いていたが、エステルとドロシーは欠伸をして眠そうにしている。

 

「なるほど、この台座は古代の装置なのか」

「はい、他の四輪の塔の物と同じく起動していないようですが」

「惜しいな、それじゃ記事としての魅力が無いぜ」

 

質問に答えたアルバ教授の言葉を聞いて、ナイアルはガッカリした顔でため息を吐き出した。

中央の装置についての調査が終わった後、屋上を調べて回り、エステルはカラスの巣を見つける。

 

「あ、キラキラ光る物がたくさん!」

「この中に指輪があるかもしれないね」

 

ヨシュアとエステルが巣の中を探すと、結婚指輪が見つかった。

刻まれているイニシャルも依頼人のカップルの物だ、間違いない。

 

「へえ、クォーツやミラ硬貨まであるじゃねえか」

 

ナイアルはそうつぶやくと、カラスの巣の中に手を伸ばそうとした。

 

「落し物は国に届けなくちゃダメですよ、教授まで何をしてるんです!」

「すみません、貧乏なもので」

 

アルバ教授も慌てて手を引っ込めて照れくさそうに笑った。

そのアルバ教授の言葉を聞いたエステルは嬉しそうな顔になり手を叩く。

 

「そうだ、教授もうちで一緒に晩御飯を食べない?」

「でもご迷惑では……」

 

エステルがナイアルとドロシーも夕食に招待していると話すと、アルバ教授は申し出を受けた。

屋上の調査からしばらく時間が経ち陽が傾きかけると、ナイアルは撤収を命じた。

 

「えーっ、もうちょっとでこの子の表情が変わる所なのに」

「日暮れまで待ってたらカシウスの家に着くのが夜になっちまう、塔を撮るなら降りてからにしろ」

 

不満を漏らすドロシーをナイアルはなだめ、五人は塔を降りたのだった……。

 

 

 

<ロレント市郊外 ブライト家>

 

街に戻った五人は遊撃士協会に顔を出し、アイナに事情を説明して夕暮れ時にブライト家へと帰った。

 

「母さん、ただいま!」

「おかえりなさい、エステル。皆さんも、お待ちしていましたわ」

 

玄関前の庭先で箒を持っていたエプロン姿のレナが笑顔でエステル達を出迎えた。

 

「今夜はどうも、お招き頂いてありがとうございます」

 

ナイアルは愛想笑いを浮かべながらレナにお礼を述べた。

 

「こんばんは! はい、チーズ!」

 

ドロシーが挨拶と共にカメラを向け、シャッターを切ると微笑みながら手を振る。

 

「さあさあ、夕食の用意は出来ています、冷めないうちにどうぞ」

 

そう言ってレナは五人を家の中へと招き入れた。

六人分の席が用意されたテーブルにはレナの手料理が並べられている。

 

「うわあ、おいしそう!」

「リベール通信の記者さんにご馳走するって街のみんなに話したら、食材をおまけしてくれたのよ」

 

大盛りの料理に大喜びするエステルに、レナは訳を話した。

 

「自らロレントの広告塔になるなんて、奥さんもやり手ですねえ」

「ロレントの料理もよろしくお願いしますね」

 

冗談めいた口調で話すナイアルに対し、レナも軽い口調で答えた。

食事をしながらのインタビューはにぎやかでワイワイと楽しいものになり、取材とは無関係のアルバ教授の口からも笑い声が上がった。

そしてレナもアルバが国立博物館の研究員だと知ると、興味を持ったようだ。

しかし二人の話は少し専門的に偏っているらしく、他の面々には解らない事もあって引かれてしまった。

 

「それじゃ、取材も十分させて頂いたんでこれで失礼します」

「あら、もう少し良いじゃありませんか」

「こいつが限界のようでしてね」

 

ナイアルはそう言ってテーブルに突っ伏して寝てしまっているドロシーを指差した。

 

「お腹いっぱいで食べられないですー」

「まったく、幸せそうな寝顔しやがって……ほら、起きろ!」

 

体をナイアルに揺さぶられても、ドロシーは目を覚まさなかった。

 

「ダメだ、こうなったら朝まで起きねえ」

 

ナイアルはウンザリした顔で大きなため息を吐き出した。

 

「僕達が街のホテルまで送りますよ」

「すまねえな」

 

エステルがドロシーを担ぎ、ヨシュアが街まで護衛して行く事になった。

にぎやかだったブライト家の食卓は静かになり、レナとアルバ教授だけの二人きりとなった。

 

「……これでゆっくりと話せるわね」

「そうですね、シスター・レナ」

 

アルバ教授は敬礼してレナに答えた。

二人は深刻な表情で話を続ける。

 

「翡翠の塔を調べて来たそうね」

「はい」

 

レナは緊張した口調でアルバ教授に尋ねる。

 

「それで、封印の様子は?」

「装置は完全に停止しています、起動された形跡もありません」

 

アルバ教授の返事を聞いたレナは安心して胸をなで下ろした。

 

「あれは人には過ぎた力だわ」

「ええ、その通りです」

 

二人は決意を秘めた強い瞳でうなずき合った後、元の柔らかい表情になって雑談を再開するのだった……。




加筆修正がなかなか上手くいかないので、メッセージや自分のサイトのWeb拍手でリクエストをお待ちしています。割合平和な日常世界が続くので、サブイベントも加えられると思います。

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