TS聖女見習いがダンジョンに潜るのは間違っているだろうか 作:大丈夫、問題ない
目が覚めると、俺は廃墟の中にいた。
「…」
しんと静かな空気が広がる、どこか静謐な印象を与える空間。倒れた椅子、壁に立てかけられた女神の肖像画、中央の祭壇には半壊しているものの、厳かに教会のシンボルが置いてあった。
廃墟、というよりも…廃れた教会と言ったほうが正しい。そんな場所で、唯一無事だった木の椅子に座っていた俺は、目をパチクリとさせていた。
「…何だここ…俺、どうして…」
俺は…俺は、確か死んだはずだ。バイト中に心臓発作で倒れて、それから死後の世界に行ってデウスエクスマキナを名乗る謎の存在Xに『お前は死んだ』と言われて…。
…それからどうしたっけ?
「…そうだ。俺、転生することになったんだ…」
存在Xは娯楽を欲しているようで、いたずらに転生者を生み出してはその姿を眺めるのが趣味なのだと言っていた。かなり傲慢だし自己中心的、人間を虫か何かだと思っているその態度。かなり怪しかった。その上でやつは、俺に転生するか否かの選択を持ちかけてきたのである。
随分と趣味の悪い話だが、とはいえ、このままだと魂が浄化されてお前という存在が消えるがそれでもいいか?と聞かれると、それは良くない訳で…。
俺は、結局折れた。
じゃあ、つまり、ここが転生先…なのだろうか。
俺は猛烈な勢いで立ち上がって、そして周囲を猛スピードで見渡した。中央のシンボルの鏡面…はだめだ。ホコリで汚れているし傷だらけ。窓のガラスはどうだ。だめだ、ほとんど割れている。
「…ここらへんなら…!」
窓枠に付いた、できるだけ綺麗目な割れた窓ガラスの破片を手にとって、それを服の裾で拭って鏡にした。暗めの壁に押し付けるとちゃんとそこに『俺』が写った。
「…なんじゃこりゃあ!」
俺は目を剥いた。
俺は、前世では普通の社畜(オス)のはずだった。それが何ということをしでかしてくれたのでしょう。
髪は絹のように美しくさらさらで、肌は陶磁器のごとく白く滑らか。幼気ながらも整った顔立ちと、かすかに女らしさを見せ始めている発展途上というよりも、まさに今から発展していきますよと言ったような華奢だが僅かに膨らみを見せ始めている身体つき。
そう、一言で言うならばそれは、プラチナブロンド前髪パッツン美少女だった。
見覚えは有る。これは俺がとあるMMORPGで使っていたサブキャラだ。メインキャラは男で剣士、サブキャラは女でヒーラーを使っていた。そのキャラの見た目にそっくりなのだ。
ご丁寧に服も、派手さは一切ない、清楚な白と黒のローブ。これはガチャで手に入れた見た目装備、『見習い聖女の服』である。派手な感じの服よりも、こういう地味めな服のほうが好きだったので着せていたのだ。
ゲームのキャラで転生させるのは意味不明だがまあ良い。だが何故メインキャラではなくわざわざサブキャラの身体で転生させた!?
わけがわからないよ…(静かなる怒り)。
いや、待て。そもそもステータスはどうなってるんだ?その辺りで色々と変わってくるが。
「…『イノセントノヴァ』。『ホーリーヒール』。『サンクチュアリ』…。『ファーストエイド』…」
…結果、唱えてみた所、下級魔法すら使えない、と。
そもそも魔力すら感じられない。嘘だろ…これじゃあ俺、危険いっぱい(予想)の異世界にか弱い系美少女の姿で転生しただけじゃん…。
「…これからどうしよう…」
外を見てみると、そこには廃墟街が広がっていた。人っ子一人いない。…本当、どうすれば良いのだろう。
「…あのー、そこの君」
「…はい?」
早々に人生に疲れて木の椅子に座ってぼおっとしていると、ふと後ろから話しかけられた。振り返ってみると、そこにはツインテールの幼女が…いや幼女じゃない。何だこの胸。
ロリ巨乳…だと…?
「君は、一体こんな所で何をしているんだい?」
目と目があい、俺は思わずパチクリと目を瞬かせた。
「えっ?あ、その…ぼ、ぼおっとしてます…?」
「ぼおっとかぁ。確かにすごくぼおっとしていたけれども。むしろ、ぼおっとしすぎて死んだ目になってたけども」
「そうじゃなくて」と幼女は言葉を続けた。
「こんな所に女の子一人で来るなんて感心しないなぁ。それに、ここって一応僕の家だしさ。流石に自分ちで女の子に黄昏れられるのはちょっと気になっちゃうっていうか…」
「えっ、えっ…家?こ、ここがですか…?」
「ああうん。地下が住居スペースになってるんだ」
地下なんてあったのか。言われてみると、先程まで壁だった場所が開いていて、奥に階段が続いているのが見えた。なんであんな、忍者屋敷みたいな造りなんだ。
「あはは、家に見えないのは当然だよね。僕も初めてここを紹介された時は目を点にしたものさ」
「あ、あはは…す、すみません」
「いやいや、良いよ。それよりも、何か困りごとかい?ここに迷い込んできたよしみだ。僕が相談に乗ってあげるよ!困ってる子供たちを放っておくほど僕も落ちぶれちゃいないのさ」
「はあ…?」
「あ、自己紹介がまだだったね。僕は神ヘスティア。ヘスティア・ファミリアの主神をしてるんだ」
「…?」
「…あれ?う、嘘はついてないよ?…そんなに神様に見えないかな、僕…」
目を点にした俺に、少女は不安そうに眉を下げた。
…なんだ?どういうことだ?俺の聞き間違いじゃなければ、今目の前のこの幼女は自分のことを神様だと言った。
訳がわからない。訳がわからないが、しかし俺はすでに神…と呼んでいいほどの強力な存在がこの世にいるということを知ってしまっている。俺にとって、『神』という言葉は他の人間よりも強い意味合いを持つ言葉だった。
…まさか、奴の関係者か?
「…その…神様ってなんの冗談ですか?神なんて、存在するわけないじゃないですか」
「あはは、何言ってるんだい。神様なんて、この街だと掃いて捨てるほどいるじゃないか」
「…は?」
「…へ?」
固まる俺と少女。
再起動して、俺は恐る恐る、疑問を口にした。
□
「なるほど…ありがとうございます。正直わからないことも多いですけど、色々と分かりました」
「いやいや、お礼なんていらないよ」
数十分後。俺は少女から話を聞いて、この世界の大まかな情報を得ることに成功した。
この世界では、神が実在するらしい。
神はもともと住んでいた天界からこの外界に住み着き、ほとんどの場合ここ、迷宮都市オラリオで人を集め、ファミリアと呼ばれる派閥を作り、この街の地下に広がる迷宮…ダンジョンを攻略することで生計を立てる。
神はファミリアに所属する人間に『恩恵』を与えることができ、ソレ目当てで人が集まる。恩恵は、経験値をもとに人を大きく強化するステイタスの事を指し、ステイタスがあれば、エルフでなくとも魔法を扱え、更にスキルといった人智を超えた能力を得ることができるらしい。
神が実在していたり、ダンジョンがあったり、モンスターがいたり…本当にファンタジーの世界に来てしまったんだなと実感する。
「神が住む街なんて…凄いなぁ…」
「こっちこそ驚いたよ。本当に何も知らないんだね」
「うっ…いや、まあ…はは…」
心底不思議そうにそういう少女…いや、女神に、俺は何も言えなかった。向こうからしてみれば、俺は今いる街のことすら知らない、唐突に現れた不審者だ。怪訝に思うのも当然だろう。
だが、それでも一つ尋ねなければならないことがある。
「…あの、デウスエクスマキナって知ってます?俺がここにいるのはそいつの所為なんですけど…」
「デウスエクスマキナ…神デウスならよく知ってるけど…ごめん、分からない。それがどうかしたのかい?」
「うーん…」
彼女は本当に何も知らなさそうだ。
このまま全部話すか?相手は本物の神様だ。なら、俺が元の世界に帰れる方法だって知っているかも知れない。
「…あの、神様」
「う、うん。何?」
「…その…相談があるんですけど」
俺は全て話すことを決心した。
俺の話を聞いて、ヘスティアは大きな目をパチクリさせてぽかんとした表情を浮かべた。
「…待ってくれ。つまり、君は別世界の住人で、死後デウスエクスマキナを名乗る神的な存在に出会い、この世界に転生させられた…ってことかい?」
「は、はい…」
「む、むむむむ…嘘は付いていないね。なるほど…ごめん、何も分からない!」
「ええっ!?」
ばっと手を合わせて頭を下げられて、俺は愕然とした。
「僕ら神の間でも、天界よりももっと高次元に何かが住んでいるのではないか、みたいな噂があったりはするけど、それくらいだよ。そもそも、魂一つ分とはいえ、世界を超えて何かを成す存在なんて…それは、この世界で言う、僕ら神よりももっと別のもの。根本的に、もっと別の存在なんだと思う」
「そう、ですか…」
「でも」とヘスティアは俺を見た。
「そいつが何者かは知らないけど、多分やってることは僕ら神と同じ事だと思う。僕らはほら、天界が退屈だったから、可能性に溢れたこの世界にやって来たわけだけどさ。そいつも多分同じようなことをしようとしてるんだと思う。まあ、つまり、僕は、そいつの考えに色々と思い当たる点はある」
「…つまり、どういう事ですか?」
「それはね…これ以上は、恐らく奴は君になんの干渉もしないだろう、ということさ」
「…なるほど」
その言葉を聞かされた時、俺は目からうろこな気分だった。そもそも、この先存在Xに干渉される可能性があるという事すら頭から抜け落ちていたのだ。
「そりゃ、ソレだけ巨大な存在なら、自分が手を加えてしまえば本当になんだってできてしまうだろうからね。折角娯楽を求めて人を送ったのに、あとから自分が手を加えてしまえば、それは一気に『つまらないこと』に変わってしまう。それはソイツも望む所じゃないだろう」
「…つまり、俺は元の世界に戻る手がかりを失ったということですね…」
俺がそう言うと、ヘスティアはツインテールを力なくへにょらせた。
「…でも、逆に言うと、この世界で自由に生きていけるって事でもあるよ。何かしたいことはないのかい?」
「したいこと、ですか…?」
したいこと。つまり、この現状を受け入れて前向きに考えろ、ってことだろうか。
そうだな…そう言われると、折角ファンタジー世界に来たのだ。色々とこの世界にしか無いものを見てみたり、旅をしてみたりはしたい。
つまりはというと。
「…冒険とか、してみたいですね」
「冒険!良いよね、冒険!うんうん、やっぱりそうだよね!」
ヘスティアが俺の手をばっと取った。ひんやりとした滑らかな女性の手が触れる感触に俺は思わず目を丸くする。
「なら、なろう!冒険者に!そして、僕のファミリアに入ってくれ!」
目を輝かせてそう声を張る女神に、俺はというと。
「は、はあ…」
ただただその圧に負け、面食らって曖昧にうなずいてしまっていたのだった。
その直後、少女の無邪気な喜びの声が、廃墟街に木霊したのだった。
□
「よし!これで君は、晴れて僕の
半裸になって幼女に背中に乗られている図。
恩恵をもらう為とはいえなんとも犯罪的な香りだ。ベッドからもいい匂いがしてくるし。
「ははは…はい。よろしくお願いします、ヘスティア様」
まだ背中がむず痒い。ベッドの上でさっさと服を着直す。
ちなみに、テレサとは俺の身体の元となるキャラの名前だ。テレサ・ホワイト。生憎俺の元の名前は響きだけは雄々しいものだったので、名乗るには違和感ありまくりだったのだ。遺憾ながらもこっちを採用させてもらった。
「はい、これが君のステイタスを写した紙だよ」
「あ、ありがとうございます」
そう言って渡された紙には、こう書いてあった。
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テレサ・ホワイト
Lv.1
力:I0
耐久:I0
器用:I0
敏捷:I0
魔力:I0
《魔法》
【ファーストエイド】
・速攻回復魔法
《スキル》
【見習い聖女】
・回復魔法の効果上昇
・補助、回復魔法に持続回復効果付与
・祈ることで自身と周囲の汚れを浄化する
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「わー…見事に回復職だ…」
予想していたとはいえ、こうも偏るものなのか。
しかも使える魔法は超初級魔法のファーストエイドのみ。スキルもまたゲームにあったものだ。効果も説明の文句が多少違うだけでだいたい一緒。
渋い顔を浮かべる俺の横から、同じく紙を覗き込んできたヘスティア様も唸った。
「むむむ…それよりも問題なのはこの速攻魔法って文字だよ…これ、詠唱がいらないって事だと思う。そんな魔法、見たことも聞いたこともないよ…」
「えっと…つまり?」
「…あまり、人には見せないほうが良いかな」
「人に向けて使う魔法なのに…」
嘘だろ。せっかく覚えた魔法なのに、入ってすぐに制限をつけられてしまったんだが…。
「それに、最初から魔法もスキルも両方持ってることもかなり珍しいはずさ。君、これまでどんな風に生きて来たんだい?」
「普通に生きてきたはずですが…」
ちなみに、流石にヘスティア様には俺が元男だってことは言っていない。いずれバレそうではあるけど、正直自分から言う勇気はまだない。
それで下手に引かれたりしたら、俺はきっと立ち直れなくなってしまうだろう…。
「…そういえば、ここのファミリア?の他のメンバーは今どこに…?」
「あ、ああ!そろそろ帰ってくると思うよ。時間も時間だし…っと、噂をすれば!」
ヘスティア様が猫のように軽やかにベッドから飛び降りた。遅れて気がついたが、上の石のドアが開かれる音がかすかに響いている。どうやら帰ってきたらしい。
「べっるくーん!」
「うわっ、神様!?」
ドアを開けて現れたのは、白髪の少年だった。何かを言う前にヘスティアに飛びかかられ、顔を真っ赤にしながらその華奢な体を受け止めていた。
「ベル君、おかえり!聞いてくれ、僕はついにやったぞ!」
「や、やったって、何を…?」
「新しい眷属さ!さあ紹介するよ、この子が僕の第二の眷属!テレサ・ホワイトさんだ!」
ヘスティア様が手を俺に差し出してくる。白髪の少年…ベルは目をパチクリとさせていた。どうやらまだ状況に追いつけていないらしい。
「…えっと、ど、どうも。テレサです」
「あっ、ぼ、僕ベル・クラネルって言います…って、えええええええええ!?」
遅れて、ベル・クラネルは驚愕の声を上げ、そしてすぐに喜色満面の笑みをヘスティア様に向けた。
「神様!凄い、凄いです!新しいメンバーを連れてくるなんて!」
「だろう!?もっと褒めてくれよ、ベル君っ」
「神様凄い!神様かわいい!」
…俺は一体、何を見せつけられているのだろうか。二人してはしゃぎまくるショタとロリに、俺はこの先大丈夫なのだろうかと一抹の不安を抱かずにはいられないのだった。