「やあトレーナー君、待っていたよ」
部屋の中央で仁王立ちしているシンボリルドルフがダンテを見るなりそう言ってくる。
その顔には微笑を携えていたものの、その目は暗く濁っている。耳は後ろ向きに伏せられており、物音の正体は足でトントンと床を掻く行為『前搔き』を行なっていた。これはウマ娘が何かを伝えたい時、もしくは不満を表す時に行う仕草だ。
つまるところ、目の前にいる皇帝サマは現在大変機嫌が悪いということである。
「ああ、ルドルフか。てっきりコソ泥でも入ったかと思ったぜ」
ダンテは笑いながらそう返す。どうやって家の中に入ったのか気になるが、大方知らないうちに合鍵でも作っていたのだろう。そうでなければ気がつかないうちに家の中に入っていることなどできない。
しかしダンテの軽口にも反応することなく、機嫌の悪いルドルフは微笑を崩すことなく口を開いた。
「今日、『噂話』を聞いてね。なんでも君は今年度から新しいウマ娘を担当することになったとか」
「………耳が早いな」
ルドルフの言葉にダンテは苦笑いして返す。この話はまだダンテをはじめとしたトレーナー達にしか話されていない。それを知っているということは誰かが口を滑らしたか、もしくはルドルフが無理矢理聞き出したか。
どちらにせよ、ルドルフの機嫌を悪くするには十分な噂話である。
ここで無理にでも誤魔化そうとすれば余計にややこしいことになるだろう。なのでダンテは正直に話すことにした。
「ああ、お前の言う通り今年からまた取ることになった」
「………」
ダンテのその言葉にルドルフがピクリと反応し、微笑が消えて無表情となる。どうやら今の言葉が琴線に触れたらしい。
しばらく見つめ合っていたが、不意にルドルフが腕組みを解き、こちらに向かって歩いてくる。もしかしたら新しいウマ娘にダンテを取られる前に無理矢理にでもうまぴょいしようとしてくるのかもしれない。
ウマ娘と人間では身体能力に圧倒的な差があるので、捕まったらまず逃れることはできない。しかしダンテは半人半魔なので、ウマ娘よりも圧倒的な身体能力を誇っている。なのでたとえルドルフに捕まったとしても簡単に逃れることはできるだろう。とはいえ一応ダンテの愛バであるので、傷つけることは憚れるのだが。
そしてルドルフはついにダンテの目の前にまで迫ってくる。もしルドルフがうまぴょいをしてくるのなら………仕方がない、受け入れるしかないだろう。
しかしルドルフはダンテにうまぴょいしようとしてくる様子もなく、ただ俯いているだけである。
どうしたことだろうか? いつもならここでウマ乗りにしてくるのだが。
ダンテが首を傾げていると、ルドルフが俯いたままぽすんとダンテの胸の中に力無く飛び込んできた。
「おっと」
少し驚いたものの、ダンテは飛び込んできたルドルフを受け止める。ルドルフがこういった行動をすることは珍しい。特に高等部に上がってからは皆無に等しかった。
するとダンテの胸に顔をうずめたまま、ルドルフが口を開いた。
「………トレーナーさんは、わたしとの約束を忘れちゃった………?」
その口調は普段の凛々しいものではなく、不安げで今にも泣き出してしまいそうなものだった。どうやら今の彼女は
「忘れてねえよ。今でもしっかり守ってるさ」
ダンテは安心させるようにルナに言う。
ルナとの約束、それは彼女の『全てのウマ娘の幸福を実現してみせる』という悲願の達成を一番近くで見守っていてほしいというものだ。そう言われたダンテはこれを了承した。そしてダンテとルナは契約したのだ。
それが今年度からまた新しいウマ娘の担当をすることになった話を聞き、『自分との約束を捨てて新しいウマ娘の専属トレーナーになってしまうんじゃないか?』と不安になってしまったのだろう。
当然ダンテはそんなことはしない。ルナが悲願を達成するまではそばにいるつもりだ。
「ホント………?」
「ああ、本当さ。俺が今まで約束を破ったことなんてあるか?」
「……ううん、ない」
微妙な間が空いたものの、ルナが首を横に振る。多分一瞬迷ったのだろう。まあ心当たりもないこともないので、そのことにダンテは何も言わない。
「だから俺が新しいウマ娘の担当を取っても、お前から離れることはないから安心しろ」
「……うん」
ダンテの言葉にルナがゆっくりと頷く。どうやら納得してくれたようだ。
しかしルナはダンテから離れようとしない。
「……ルナ、そろそろ離れてくれねえか?」
「……やだ。もう少しこうしていたい」
ダンテの言葉にルナが首を横に振り、ダンテにしがみついてくる。どうやらわがまま甘えん坊モードに入ってしまったようだ。
「……わかったわかった。しばらく自由にしてな」
ダンテはため息混じりにそう返し、ルナの自由にさせることにしたのだった。