まだシンボリルドルフとなる前だったルナにとって、ダンテというトレーナーは不思議な存在だった。
あの後、ルナはダンテのことを観察してみたのだが、ダンテはトレーナーであるにもかかわらず担当のウマ娘を持たず、まだ専属のトレーナーのいないウマ娘に指示を出しているのだが、その指示というのも『本当にトレセン学園のトレーナーなのか?』と思えてしまうくらい大雑把で適当なものであった。
しかしウマ娘達はダンテの指示を率先して行なっていた。しかも真剣な表情でだ。
するとどうだろうか? ダンテの指示を受けたウマ娘達は他のウマ娘達よりも明らかに速度が上がっているではないか。しかも走り切ったにもかかわらず、その息は走る前と全く変わっていない。
なぜあのような適当な指示だけでここまでウマ娘の能力を引き出せるのか、ルナは不思議でならなかった。当時の生徒会長も『そこが彼の魅力よ』とだけしか語らず、ダンテのことを気に入っていた。
さらに独自に調査してみると、彼には双子の兄がいるという。
名前は『バージル』といい、トレセン学園でチームリギルのサブトレーナーをしている。
彼はダンテとは対照的で、彼のトレーニングはスパルタであるがどれも理にかなっているものだ。ちなみに妻子がいるらしい。
調査すればするほどダンテの謎がますます深まっていき、気がつけばルナはいつもダンテのことばかり考えていた。
『自分にはどんなトレーニングメニューを考えてくれるのだろうか?』や『レースで勝ったらなんて言ってくれるのだろうか?』というトレーニング関係のこともあれば、『普段はどんな生活をしているんだろう?』や『何が好きで何が嫌いなんだろう?』という些細なものまで、様々なことを考えるようになっていた。
そしてトレーニングからの帰り道、ダンテの姿を見たルナは思わず駆け出し、そして彼に言った。
「ダンテさん! 私のトレーナーになってください! そして私の夢を一番近くで見守ってください!」
────こうしてルナはダンテと専属契約し、そして皇帝へと至る道を歩き出したのだった。
………
……
…
あのあと、ルナを甘やかしまくったダンテだったがルナの機嫌はなかなか治らず、結局ダンテの家に泊まって一緒に寝るにまで至った。その際わかっていたことだが、理性のタガが外れたルナにうまぴょいされそうになったので、ダンテは『おとなしく寝ないと追い出すぞ』と
まあ翌朝にはルナからいつものルドルフに戻っていたので、とりあえずは機嫌は治ったようだ。
その後もう一度話し合い、『休日に二人きりで遊びに行くこと』を条件に新たなウマ娘の担当を持つことを快く了承してもらった。
「………とは言ったものの、そう簡単に見つかるわけじゃねえんだけどな」
そして現在、ダンテはトラックのそばのベンチに座ってトラックを走っている今年度の新入生達を眺めていた。
新たなウマ娘の担当を持つことになったとはいえ、そんなすぐに担当するウマ娘が見つかるはずもなく、ダンテはただ眺めているだけであった。
そもそも、何故まだ新人のダンテがルドルフ以外のウマ娘の担当を持つことになったのか? いや、十中八九ルドルフが叩き出した功績によるものだろう。
無敗の三冠バにしてG1の七冠達成、勝利よりも三度の敗北を語る方が簡単な絶対強者。そんなシンボリルドルフの担当をしているのだから、あのちびっ子理事長に目をつけられるのも無理はない。
しかしその功績を叩き出したのはルドルフ本人であって、ダンテは何もしていない。ダンテはただ彼女に合ったトレーニングメニューを考えて渡していただけだ。なのでダンテを評価するというのは少々間違っていると思う。
まあ辞令を渡されている以上、新しいウマ娘の担当を持たなければならないのだが。
そんなことを考えていると、ふと一人のウマ娘が目に入る。多くのウマ娘が仲良さげに走っている中、漆黒の長髪に青い薔薇が添えられた帽子を被ったウマ娘は一人で淡々と走り続けていた。
他のウマ娘に比べると走っている姿は安定しており、何より息が全くと言っていいほど上がっていない。よくよく見てみると、身体も一見すると小柄でひ弱そうだが、ジャージから覗く腕は少女には見合わないほど筋肉質であった。
一体どれだけトレーニングをすればあそこまで筋肉質になるのだろうか? ルドルフでもあそこまで筋肉はついていないというのに。
(なかなかガッツのあるやつだな)
気がつけばダンテはその小柄なウマ娘に興味を惹かれていた。今度顔を合わせた時に声をかけてみるとしよう。
そう決めたダンテはやることも無かったので、ルドルフのトレーニングメニューを考えるためにトレーナー室へと戻ることにした。
………
……
…
「あ、トレーナーさん。失礼してるよー」
トレーナー室に入ると、そこにはルドルフことルナがソファに寝転がって寛いでいた。ダンテと二人きりの時はルナの方でいるようになっていた。
「生徒会の方はいいのか?」
「うん、今日はトレーナーさんに会いたくて早く終わらせてきたんだー」
「そうか。まあ直近でレースは無いからな、今日はゆっくりしていけばいい」
そう言ってダンテは自分の席に座り、デスクに足を乗せる。こっちの世界に来てもデスクに足を乗せるという癖は治らなかった。
そのことをルナは咎めることもなく雑誌のページをめくる。当初はダンテに注意していたのだが、何度言っても治らなかったので結局諦めたのである。
「それで? 興味を引くウマ娘は見つかったの?」
「ん? あー、まあな。気になるやつなら見つけた」
ルナの言葉にダンテはそう返し、先ほど見たウマ娘のことを話す。その話を聞いていたルナは雑誌のページをめくりながら口を開いた。
「んー、多分その子は『ライスシャワー』だね」
「ライスシャワー?」
「うん。去年の菊花賞でミホノブルボンの三冠を阻んだウマ娘」
「へえ、あの嬢ちゃんがねぇ」
「あと、トレセン学園でも結構な問題児かな」
「問題児? ヤンチャでもするのか?」
ダンテの問いにルナがフルフルと首を横に振る。
「ううん、その逆。ライスシャワーはむしろ優等生。ただ性格は内気で臆病なんだけどね」
「ならどこが問題児なんだ?」
ダンテの言葉にルナが困ったように笑みを浮かべながら口を開いた。
「あの子、菊花賞で一位を取るために担当トレーナーに対して、無断で外出と外泊してトレーニングしたの。それで菊花賞で一位を取っちゃったから、『私を必要としなくても一着を取れるんですね』って担当トレーナーに一方的に契約を破棄されたみたい」
「へえ、あの嬢ちゃんがねぇ」
ルナの言葉を聞いたダンテは感心するように返す。
確かに無断外出に無断外泊はいただけないが、それだけ勝ちたいという想いがあったのだろう。
(見た目に反してなかなかガッツがあるじゃねえか)
ルナの話を聞いてますますライスシャワーに興味を惹かれるダンテ。するとルナがジト目でこちらを見ながら口を開いた。
「………まさかと思うけど、ライスシャワーを誘うつもりなの?」
「なんだ? 嫉妬してるのか?」
「そんなんじゃないもん」
ニヤニヤと笑いながらダンテがそう言うと、プイッと顔を背けるルナ。実にわかりやすい。
「まあ、最終的にはあのお嬢ちゃんが決めることだ。無理には誘わんさ」
そう言って、ダンテはパソコンを開いて仕事を始めるのだった。
………
……
…
「あ、あの、ライスを強くしてください!」
夕方頃、ダンテが仕事を切り上げようとしたとき思いがけない客人がトレーナー室に訪れた。
その客人は小柄で華奢でありながら、引き締まった体をしている黒髪のウマ娘、ライスシャワーである。
今日の帰り辺りにでもスカウトしようと思っていたダンテにとって、向こうから訪ねてくるとは予想外であった。
とりあえずダンテはライスシャワーに尋ねる。
「あー、まず聞かせてくれ。なんで俺のところに来た? お嬢ちゃんほどの実力者ならチームリギルでも通用するはずだろ」
「えっと…実はリギルのサブトレーナーさんに言われたんです。『お前はリギルよりもダンテの方がいいだろう』って言われて」
ダンテの言葉にライスシャワーがそう返してくる。どうやらバージルはダンテがライスシャワーに目をつけていたことを知っていたようだ。
「ライスがいると迷惑でしょうか………?」
いきなりとんちんかんなことを聞いてくるライスシャワー。なぜライスシャワーがいるだけでダンテの迷惑になるのか?
「何でだ?」
「だって…ライス、強くなりたくて…でもトレーナーさんに迷惑をかけたくなくて、一人でがんばって……でも結局トレーナーさんを怒らせちゃって……そんなライスが入ったら、また迷惑をかけちゃうのかなって………」
ウマ耳を垂らせながら悲しそうにそう言ってくるライスシャワー。一体何をどう考えたらここまでネガティブになれるというのだろうか。
何にせよこのままウジウジされても鬱陶しいだけなので、ダンテはライスシャワーにデコピンを一発お見舞いする。
「あうっ」
「あのな、お前が来たところで迷惑になんかならねえよ」
「そう、なんですか……?」
「ああ。そもそもお前は菊花賞で勝ちたくて一人でトレーニングしたんだろ? ならそれでいいじゃねえか」
「でも、トレーナーさんはそのことを怒って………」
「それはそいつが見る目が無かっただけだ。本当にウマ娘のことを信じてるんだったら、そんなちっちゃいことで契約を破棄することなんてしねえよ」
ダンテがそう言うとライスシャワーが驚いたように目を見開く。ダンテにとってはなんともないことだが、ライスシャワーには衝撃的だったらしい。
「じゃあ……じゃあ、ライスはここにいてもいいの……?」
「いてもいいも何も、元々俺はお前をスカウトするつもりでいたんだ」
「そ、そうなんですか……?」
「ああ」
ダンテがそう返すと、ポロッとライスシャワーの目から一筋の涙が流れる。どうやら前のトレーナーに見捨てられた自分をスカウトしようとしてくれていたことが嬉しかったらしい。
ダンテはライスシャワーの頭にポンと手を置く。
「これからよろしく頼むぜ」
「は、はい! こちらこそよろしくお願いします!」
ダンテの言葉にようやく笑顔になってそう返すライスシャワー。やはり名前の『祝福』の通り、彼女は笑顔の方が似合うというものである。
「………で、なんでお前がここにいるんだ? ブルボン」
そう言ったダンテの視線の先には、もう一人のウマ娘『ミホノブルボン』が立っていた。
「実は私もダンテさんの元でトレーニングするために、今日訪れました」
「トレーニングって、お前には黒沼のおっさんがいるだろ」
ミホノブルボンには専属のベテラントレーナーである黒沼トレーナーがいる。なのでダンテの元でトレーニングをする必要はないはずだ。
するとミホノブルボンが手紙を差し出してきた。
「これは何だ?」
「マスターからの手紙です。『ダンテさんに渡してほしい』とのことで預かっておりました」
「あのおっさんが?」
首を傾げながら手紙を受け取り、中身を見る。
「なになに……『この度、地元の幼馴染みと結婚することになり、よって寿退社することになった。つきましては、ダンテにミホノブルボンの面倒を見てやってほしい。よろしく頼む。PS.お前も早く嫁さんを見つけろ』………」
手紙を読んで黙ってしまうダンテ。
最近見かけないと思っていたら、どうやら結婚を機に退職していたらしい。それでミホノブルボンの後任のトレーナーとしてダンテを指名してきたというわけか。
いや、まあそれは別にいい。黒沼トレーナーには新人だった頃に指導してもらった恩があるので、ミホノブルボンの面倒を見てもらいたいというのなら喜んで面倒を見る。
ただ、一言でも結婚のことを言ってほしかった。そしたらお祝いしたというのに。そして最後の一言は余計だ。
「………まあいい。とにかくあのおっさんからの頼みは断るわけにはいかねえし、理事長からの辞令に『何人まで』っていうのは書かれてなかったからな。ライスシャワーと一緒に面倒をみよう」
「ありがとうございます。ではただいまよりあなたを新たなマスターとして承認します。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼むぜ」
そう言ってダンテはミホノブルボンと握手を交わす。
こうしてダンテの元に黒い刺客と栗毛のサイボーグが新たな担当ウマ娘として加わったのだった。