トレーナー君の元にライスシャワーとミホノブルボンが担当ウマ娘としてやってきた。
ライスシャワーのことは、まあいい。元々トレーナー君が目をつけていたし、私自身も彼女の素質には目を見張っていた。故に共にトレーニングできることを光栄に思っていた。
だが、ミホノブルボンのことについては何も聞いていない。トレーナー君の報告で初めて知ったことだ。まあトレーナー君も黒沼トレーナーからの手紙で初めて知ったことらしい。
しかし、しかしだ。理解はできるが納得はできない。ただでさえトレーナー君が他のウマ娘の担当をするのが気に入らないというのに、私に何の相談もせずに担当ウマ娘をもう一人加えているのだ。こんな裏切り行為、私のトレーナー君でなければ完膚なきまでに蹴り殺していたことだろう。
もちろんトレーナー君に悪気があったわけでもないし、引き継いだ黒沼トレーナーにも悪気があったわけでもない。黒沼トレーナーが引退するにあたって引き継がれたのがトレーナー君だったということだったというだけの話だ。
………ただ、少し不穏な空気を感じるのは気のせいではないだろう。ライスシャワーはともかく、ミホノブルボンからは私と同じ気配を感じる。
アレは間違いなくトレーナー君を狙っている。私の本能がそう囁くのだから間違いないだろう。それ以外にもトレーナー君を狙っている輩がいるというのだから、頭が痛いことこの上ない。
悩みの種が増えたことに頭痛を覚えるが────そんなことはどうでもいい。
トレーナー君のパートナーは私だ。
トレーナー君の隣に立つのは私だ。
トレーナー君の寵愛を受けるのは私だ。
トレーナー君は私だけのものだ。
例えトレーナー君が私以外の担当ウマ娘を持っても、それが黒い刺客だろうと、坂道の申し子だろうと、帝王だろうと、その他の誰であろうと皇帝たる私のものを奪うようであれば容赦はしない。
もし本当に彼が欲しいのであれば挑んでくるがいい。その時は容赦なく捻り潰してやろう。
────
………
……
…
今日も今日とてトレーニングの日。ルドルフ達三人はダンテから指示されたトレーニングを黙々とこなしていた。
ルドルフとブルボンはトラックにて併走を、ライスシャワーは持ち前のスタミナをさらに引き伸ばすために一人マラソンをこなしている。
三人のトレーニング姿をダンテはタイムを計りながら眺めているが、その様子に少々違和感を感じる。
ライスシャワーはいつも通りなのだが、ルドルフとブルボンの二人がいつもと様子が違うように見える。といっても調子が悪いわけではなく、むしろ調子が良いといえる。
それは良いことなのだが、トレーニングであるにもかかわらず、二人はどういうわけかピリピリしている。おかげで周囲でトレーニングしている新入生のウマ娘達がビビっているのなんの。
(どうしたんだ、あいつら?)
ダンテは疑問に思いながらも、トレーニングに集中している二人を邪魔するわけにもいかないので、そのまま見守ることにした。
「うーん、今日のカイチョーってなんかピリピリしてない?」
「ああ、ピリピリしてるな。なんならブルボンのやつもピリピリしてる」
「どうしたんだろ? なんか嫌なことでもあったのかな?」
「さあな。さすがに心の中まではわからん。………ところでだ」
「うん?」
「なんでお前がここにいるんだ? 『トウカイテイオー』」
そう言ったダンテの隣にはいつの間にか中等部のウマ娘『トウカイテイオー』がいた。
ポニーテールにまとめた髪型にくりくりと忙しなく動く大きな空色の瞳、ぴょこぴょこ飛び跳ねる小柄な体躯に特徴的な声。
一度会えば忘れられないような要素が揃っている彼女だが、とんでもない悪癖がある。
この少女、ルドルフのことを崇拝レベルで執着しているのである。
ルドルフが三冠を取ることとなった最後のレース『菊花賞』。そこでトウカイテイオーはルドルフのレースを見て、それ以降彼女はルドルフの熱狂的なファンと化した。
とはいえ何処ぞのウマ娘オタクと違い、随分と距離感が近い。
神聖化というよりも身近な憧れの先輩として認識をしているようで、何かと理由をつけては生徒会室に遊びに来て入り浸っているらしい。その度に鬼の女帝サマが雷を落としているそうだ。
そしてそれはルドルフだけではなく、そのトレーナーであるダンテに対しても距離感が異様に近い。まあそれはダンテがルドルフのトレーナーだからというのもあるだろう。
「なんでって、トレーナーがここにいるから」
「俺はお前のトレーナーになった覚えは無いんだが?」
「カイチョーのトレーナーしてるなら、ボクのトレーナーも同然だよ」
「ぶっ飛びすぎだろ」
「そんなことよりも、トレーナーがカイチョー以外とも契約する話を聞いたんだけど」
ダンテの言葉を一切無視してそう言ってくるトウカイテイオー。どうやらトウカイテイオーのウマ耳にもその話が届いているらしい。
「ボクとは契約しないの?」
ぐいっと顔を近づけてくるトウカイテイオー。ぐいっとハナを寄せてくるのはウマ娘の習性だ。そして綺麗な瞳が突然暗く濁るのも習性なんだろう。ルドルフなんかしょっちゅうだし、なんなら真夜中に真っ裸で迫ってくるし。
「さあな。するかもしれないし、しないかもしれない」
ダンテは笑いながらはぐらかす。ただでさえライスシャワーとブルボンと契約しただけでルドルフがすさまじくご機嫌斜めになったというのに、ここでさらにトウカイテイオーと契約したらルドルフが何しでかすかわかったもんじゃない。
とはいえ契約しないわけでもないので、今は何とも言えないといったところだ。
「むぅ~」
「そんな膨れたってスカウトしねえぞ」
「ボクもカイチョーと同じメニュー受けたい!」
駄々をこねるトウカイテイオーだが、だからといって担当ウマ娘にすることはできない。
この少女、天性の才能に加えて負けず嫌い、走ること自体も好き、頭も悪くないと必要な要素自体は揃っているのだが、とにかくルドルフに執着しまくっている。それが悪い方向に行ってしまっているのだ。
ルドルフと同じメニューを施すのは簡単だ。しかしそれだけでレースに勝てるほど世の中は甘くない。そんなので勝てるのなら今頃トレーナー業なんて廃業していることだろう。
憧れの人に近づきたいという気持ちはよくわかるが、その人と同じことをしても追いつくことなんてできない。
「お前があいつと同じメニューを受けたところで、あいつに追いつくことなんざ夢のまた夢だろうよ」
「だったらボクのトレーナーになってよー!」
「気が向いたらな」
押し売りのごとくせがんでくるトウカイテイオーに、ダンテは笑いながらそう返すのみ。こんなやりとりが何回も続いているのだから、もうお馴染みの光景となってしまった。
(どうしたもんかねぇ?)
トウカイテイオーに揺さぶられながら、今後の重苦しい未来を考えてため息を吐くダンテであった。