ボクは遂に退院となり、まだ松葉杖はいるものの久しぶりのトレセン学園にやってきた。そして、一番に向かったのは……
「トレーナー!!」
トレーナーの部屋だった。最近、部屋から出てきていないことは会長から聞いていたのでここにいるのは間違いない。
でも、話によれば声をかけても出てこないらしいんだけど……
「テイオー」
扉の向こうからトレーナーの声がした。
「うん、ボクだよ」
本当は今すぐにでも泣き叫んでやりたい。でも今は出来る限り平常心を保って話す。
「入れ」
扉が開くとそこにはかなりやつれたトレーナーの姿があった。
「トレーナー!?大丈夫なの!?」
「立ち話もなんだから早く入れ」
いつにも増して冷たい声に威圧されて中に入る。トレーナーの部屋は生活感のない部屋になっていた。
「テイオー、聞いてるんだよな。その様子だと」
「……本当に辞めるの」
「……あぁ、お前もこの前の記事見たろ」
トレーナーが、他のウマ娘と話していただけで担当交代などと騒ぎ立てた記事。今はトレセン学園の圧によって非公開になっているが、1度拡散されればそれは止めることは出来ない。ネットではトレーナーについて物凄く色んな意見が出ていた。
「でも!!ボクは大丈夫だよ!!あのくらい!!だから……さ」
「まぁ、正直テイオーならそういうとおもったよ」
「だったら…」
「でもな」
トレーナーはボクの目をしっかり見て言った。
「僕はやっぱり辞めるよ」
「なんで……だよぉ……」
我慢していた涙がこぼれてくる。
「約束…したじゃん……」
「その約束だよ」
トレーナーの言葉に首を傾げる。
「お前にとって、約束は重荷でしかないだろ。これからは自分のために走れ」
「約束が……重荷……いや、ちがっ!?」
「話は以上。何かまだある?」
トレーナーの部屋の中が凍ってしまいそうなほどの冷たい声。
「……トレーナーのバカ」
「あぁ……大バカモノだね」
もう、話せることは無かった。
「テイオー、もう帰ってくれ。これで二人の関係は終わりにしよう」
ボクはその冷たい声に蹴落とされて、部屋から出ようとしたその時だった。
「待ちなさい!!」
突然、ボク達二人とは別の声が部屋に響き渡った。
「えっと……キング?なんの用?」
「そう!!私がキングヘイローよ!!」
突然、現れて大声で自己紹介をしたキングヘイロー。何さ、今そう言う空気じゃなかったじゃん。
「キング、用がないなら出てってもらうよ」
「用ならあるわ」
「なら何さ」
トレーナーの冷たい声がキングにぶつけられる。でも、全く動じることはなかった。
「今度の選抜レース!!私も出るの、見に来てくれない?」
「……はい?」
「いいから見に来るの!!分かった?」
「えっと……」
トレーナーがキングの圧に押されている。それにしてもなんで突然、そんなことを……
「テイオーさん、ごめんなさい。でも今はこれしかないと思ったから」
「……何か考えがあるんだよね?」
「もちろん!!キングに任せてもらって構わないわ!!」
……今は信じよう。何かよくわかんないけど、何もしないよりマシだ。
「トレーナー!!見に来るの!!いい!!」
「なんでさ」
「……レースで今のあなたが気づいてないことに気づかせてあげる」
キングは少し考える仕草をした。
「私ね、こんどの選抜レースで負けたらお母様に学園を辞めるよう言われてるの」
「……そっか」
トレーナーの返しはやっぱり冷たかった。
「だからこそ、今度のレースをあなたに見せたい」
トレーナーは何も返事をしない。聞いていないフリをしているようにも見える。
「……見に来てくれたら、何か1つお願いごとを聞いてあげてもいいわ」
「……あぁもう分かった。見に行くから早く出てけ」
「よし!!約束よ!!それじゃあ、テイオーさん。一緒に帰りましょ」
「えっと……うん、分かった」
訳が分からなかったが、ボクはキングと共にトレーナーの部屋を出た。
「ごめんなさい!!」
「いやぁ……謝らなくてもいいんだよ?」
トレーナーの部屋を出て二人でベンチに座って喋りたいと言われたのだけど……キングは第一声でボクは謝ってきた。
「私のせいよ、こんなことになったの……」
「いや、大丈夫だから……ね?」
「……大丈夫な訳ないでしょう。担当トレーナーがいなくなることがどれだけ寂しいか私には分からないけれど……辛いでしょう?」
物凄く辛い……と言いたかったけどここはグッと言葉を飲み込む。キングにまで迷惑をかけられない。
「実はトレーナーとずっと話しがしたくて部屋から出てくるのを毎日待ってたのだけれど……なかなか出てこなくて……そしたら、テイオーさんが入っていくのを見たから飛び込んできたってわけ」
「トレーナーに選抜レースで何を見せるつもりなの?」
選抜レースを見て欲しいというのがキングのトレーナーに対してのお願いだった。今考えてみても意味がわからない。
「それは、走った後に話す予定よ」
「……分かった。ありがとう、キング」
キングは普段はなかなか見せない柔らかい笑顔で去っていった。
「大丈夫……かな」
ただ、物凄く心配なボクは暗い顔をしていたと思う。
選抜レースの日がやってきた。僕はキングを見に、レース会場にやって来ていた。正直、来なくても良かったんだけど……
「何かに期待してるんだろうなぁ……」
なにを期待しているのかは分からない。ただ、本能的に今は行くしかないと感じていた。
「やぁやぁトレーナー君。久しぶりだねぇ」
ハッと後ろを見るとそこには久しぶりに見るアグネスタキオンが居た。
「全く心配したよ……ほら、これを飲むといい」
タキオンから薄い桃色の液体が入った試験管を一本渡された。
「その様子だと……あまり調子が良くないようだね。それは疲労回復剤だ。副作用も、私の体でないことは検証済みさ」
「……あぁ」
タキオンから貰った薬を飲むと、少しずつ体から力が湧いてくるような気がした。
「……おぉ」
「どうやら効果があったようだね。昔、君に飲ませてあまり効果がなかった薬品をリメイクしたものだ」
そういえばタキオンと出会ったばかりの頃にそんなものを貰った。そんなに経っていないのに懐かしく感じる。
「……おぉ、レースが始まるみたいだ。しっかり見るといい」
「うん」
避けていたくせに久しぶりタキオンを見ると、少し気持ちが落ち着く。やっぱり不器用だけど優しいこの感じが凄くしっくりくる。
ゲートが開く音がした。
『さぁ、始まりました。芝2000mの選抜レース。今回はどのウマ娘が実力を見せつけるのか』
キングは、前の方で先頭集団にいた。
特にメンバーも確認していなかったのだが、今見返してみるとこのレースにはセイウンスカイ、グラスワンダーとかなり実力派のウマ娘の姿が見える。
「なかなか厳しいメンバーだな」
「テイオー君から話は聞いている。キング君を見ているのだろう?確かになかなか厳しいメンバーだ」
キングは相変わらず、先頭集団に着いている。先頭には逃げを得意とするセイウンスカイがおり、集団の後ろにグラスワンダーが着いている。
「……はぁ」
レースを見るのは物凄くワクワクするから走ることの次に好きだ。でも、今はなぜだか見るのが楽しくない。
「……トレーナー君、しっかり見たまえ」
『さぁ!!先頭が最終コーナーに差し掛かった!!このままセイウンスカイが逃げ切るのか!?いや、しかし!!後ろからグラスワンダーが上がってきた!!これはセイウンスカイとグラスワンダーとの一騎打ちか!!』
キングは……集団に埋もれて、かなり厳しい状況だった。
「あぁ……」
このレース展開は負ける。グラスワンダーはあっという間にキング達の集団の前に出た。
少し期待した僕がやっぱりおかしかったのだろうか。もう見ていても何も変わらない。もう帰ろう……そう思っていた。
『いや!!来た!!ここで来た!!キングヘイローが来た!!』
その声を聞くまでは。
スカイの温泉イベントで頭溶けました