'31/6/14   作:siffis

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xx.3 "Entsorgung"

'31/6/14

 

xx.3

"Entsorgung"

 

 

「はぁ……はぁ……ただいまぁ」

 

 肩で息をしながら、僕は玄関に到着した。玄関の小さな置き時計を見ると、時刻は19時30分を超えている。夕飯は19時。完全に大遅刻だ。牛乳を買いに行くといって、結局一時間半出かけてしまった。

 こういうときは、帰ってくるなり、いつもの「遅い!」という罵声が聞こえてくる。

 はずだった。

 

「ほら、帰ってきたわ。お迎えしてきて」

「うん。へ、変じゃないわよね」

「大丈夫、完璧」

「そ、そうよね! じゃあ行ってくる」

 

 な、なんか変だ! さっき帰ってきた時も、いつもの罵声は無かった。今日は絶対なんか変だ!

 

「お、遅いわよ! 一時間半もどこで油売ってんの!」

 

 その罵声は、ワンテンポ遅れて飛び込んできた。数秒も立たないうちに、その罵声の主が、柑橘系の香りの共に玄関までやってくる。

 

 彼女は、クリーム色のキャミソールと、細いデニムのパンツに着替えていた。

 175cm程まで伸びた身長、適度に膨らんだバスト、白い肌、くびれた腰、締まったお尻、すらっと伸びた細い足。まさに女性の理想の美しさそのもの。オレンジ色のロングヘアを、後ろでシニヨン風のお団子にまとめている。

 この髪型自体とても珍しいが、それより何より、僕が本当に驚いたのは、とても薄いけれど、化粧をしていたことだ。

 ファンデーションやクリームを塗っているかどうかは、元々肌が滑らかすぎて、よくわからない。だが見間違いでなければ、彼女の頬に、淡いチークがほんのりとだけ乗っている。その瑞々しい口唇は、これもわずかにではあるが、ピンク色のグラデーションをなしている。おそらく、薄いピンクのリップを内側にだけ、うんと慎重に引いたのだろう。いつもよりパッチリとした蒼い瞳を見つめると、マスカラと目尻のアイラインが、これもわかるかわからないか程度に、本当に控えめに施されている。ここまできてようやく、先程匂った柑橘系の爽やかな香りは、おそらく彼女の膝裏あたりにそっと振るわれた香水であることがわかった。

 高校生らしい可愛らしい部類に入るその身嗜みであったが、どこまでも整った顔立ちと絶世のプロポーションは、その全てを極限まで肯定しきっており、真に凄まじい美貌だった。

 知らず知らずのうちに見とれていると、その美しさから澄んだ声が鳴る。

 

「……な、なにぼーっとしてんの!」

「あ、ああ……アスカがとっても綺麗になってたから」

「キ、キモい!」

「き、キモくないよ! 何でだよ!」

「うっさいキモシンジ! なんで牛乳一個買うのに一時間半もかかるのよ!」

「いや、アスカが好きな牛乳、どこにも売ってないんだよ? 結局新吉祥寺まで行ったんだ」

「フン! 大馬鹿ね! 電話にも出ないし!」

「あっ! いけね、充電しっぱなしで持ってくの忘れてた……」

「携帯はいつでも連絡を受けられるように携帯するから携帯ってぇのよ、このバカシンジ! しっかり罰は受けてもらうからね!」

「うん、わかってる……アスカ」

「なによ!」

「本当に綺麗だよ。髪型も素敵だ。化粧も香水も、とっても可愛いよ」

「キ、キモい! キモいキモいキモいキモいキモいキモいキモい! とっと飯作れこの変態ブチ殺すわよ!」

「はーい……やっぱキモいのかなぁ、僕……」

 

 アスカが顔をぷいっと向けてリビングに戻ると、その爽やかな香りが玄関に残る。その香りの元を追いかけるようにして、僕も玄関から台所に向かう。アスカはレイとなにやら小さな声でコソコソ話しているが、その様子を見る限り、とにかく今回は寂しいわけではなかったみたいで、とりあえず安心した。ただ、「泣いてなくて良かった、安心したよ」なんて言ったら、多分本当にブチ殺されてしまうだろう。そして僕は半自動的に、シワになってしまったであろう、彼女の制服を心配した。まあ、明日は日曜日だしどうせアイロンをかける。今日が土曜日で助かった。

 僕は無意識のうちにエプロン姿になっていた。高級牛乳を冷蔵庫にしまいに向かうと、すっかり化粧を落として、楽なボーダーパーカーとロングパンツに着替えたレイが、マグカップを持ってふらっと現れる。

 

「アスカ、綺麗でしょう?」

「うん、とっても。もしかして、レイがした?」

「失礼ね。アスカが、自分でやったわ」

 

 だとしてもおそらく、レイが色々と拵えたのだろう。昔の彼女のませた化粧と比べて、今回のアスカのそれは明らかに変容しているのだ。レイの悪戯っぽい笑みに、僕は彼女の協力を悟った。二人で可愛らしく化粧をしている様子を想像すると、僕はなんだか安らいでしまって、笑いながら炊飯器に向かった。

 そこで更に驚いた。なんとスイッチが入っている。

 

「米、そろそろ炊きあがるみたいね」

「炊いといてくれたんだ……!」

「はぁ、炊飯の予約もできない奴隷に、果たして価値ってあるのかしらね……」

「あ、味噌汁も作ってある! アスカ! ご飯と味噌汁ありがとう!」

「……なんでわかんのよ、やっぱキモい……」

 

 わからないはずがない。アスカのご飯と味噌汁だ。さらに味噌汁の入った小鍋の他に、土鍋2つがコンロの上に置いてある。

 

「え! 鍋もつくったの?」

 

 蓋をパカっと開けてみると、乳白色の液体が、たっぷりと入っていた。どっちにも。

 

「それは、ミルクティー」

「……レイ?」

「うん、いっぱい作った」

「レイ……これはちょっと作りすぎかな……」

「あんたそれ一気飲みだから」

「え!」

「今日、レイとのデートを蔑ろにしたでしょ。だからその罰」

「で、デート?」

「いいから、10秒以内に飲み干せ!」

「ううっ、無理だよ! せっかくだから美味しく飲みたいし!」

「今日のはよくできた。アスカも、たくさん飲んでくれたの」

 

 レイは土鍋からお玉でミルクティーをマグカップに入れ、僕に分けてくれた。

 

「どうぞ」

 

 僕はそれを受け取って、一口飲んでみる。

 

「えっ!」

 

 これは!

 絶品だ!

 ロイヤルミルクティーは鍋で煮出すと美味しいことは知っていたが、レイが土鍋で煮出したミルクティーは、僕が作るものと比べてそもそも滑らかさが段違いだ。土鍋は熱を通しにくい。その性質が相まって、牛乳をゆっくりと温めたことが原因だろう。それでいて紅茶の香り成分も全く壊れていない。渋味であるタンニン量も完璧。そしてなんといっても、この柔らかくて優しい口当たり。ここまで美味しいとなると、大量に作るのも味の秘訣かもしれない。

 

「これすっごい美味しい! 僕にも作り方教えて!」

「……ありがとう」

 

 レイは頬をピンク色に染めて、恥ずかしそうに綻んだ。

 僕は二人に本当に感激して、最高の気分だった。

 

「アスカ美味しいねこれ! 僕びっくりだ!」

「……フンだ! うまいんなら一気飲みしろ!」

「そ、そりゃ無理だって」

「無理ならとっとと飯作れ! このバカシンジ!」

 

 そう言われつつ、僕はいつの間にか冷蔵庫から食材を取り出していた。

 もうレイとアスカは十分自炊ができる。最初の方は、まあ、ちょっと、色々あったけど。しかし、そうはいっても流石は元エヴァパイロット、あの七面倒臭いマニュアルをこなす能力も手伝って、得手不得手はあれ、料理の基本は殆どものにしている。

 それでも彼女らは、僕の料理を毎日食べてくれる。奴隷根性というわけではないが、みんなの食事を作るのは、まさに僕の生きがいだ。今日のレシピもある程度決まっている。しかし、この大量のミルクティーを見て、僕はあることに気がついた。

 

「あれ、もしかして、牛乳もうない?」

「ええ……夕飯で、使う予定だった?」

「あ、いや、別に大丈夫。全然問題ない」

「ごめんなさい」

「いいんだ。ミルクティー、とっても美味しかった。ごちそうさま」

「……とても、嬉しい……」

「……もう! いちゃついてないで、トンカツでも唐揚げでもなんでもいいからパッと作んなさいよ!」

「揚げ物ばっかじゃないか。太るよ? せっかく綺麗なのに」

「キモい! うっさい! 余計なお世話よ! アンタが遅いからお腹すいてるのよこっちは! っていうか何作るつもりだったのよ!」

「えーっとね、けーべにすべるくくろすぺ? だったかな?」

「はぁ!? これで何も決めてないんだったらアンタマジで殺すから!」

「あれだよ、ドイツの。ミートボールにホワイトソースかけたやつ」

「Königsberger Klopse?!」

「あ、それそれ、けーにへすべるがーくろぷせ。まあでも、メンチカツとコロッケにしよっかな。揚げ物が良さそうだし」

「ダメ! それ作って!」

「え、でも」

「でももへちまもない! 牛乳なら買ってきたやつあるでしょ!」

「こ、これ高いやつだよ! こんなん料理に使ったらバチ当たるよ」

「いいから! とにかく!」

「わ、わかったよぉ」

「……シンジ」

「あ、豆腐のも作る」

「……うん」

「フン! いいから急いで作んなさいよ!」

 

 もちろん、この高級牛乳を使う気はサラサラない。貧乏性が身についた僕に、そんなもったいない事、できるわけないじゃないか。確かに牛乳を入れるレシピで勉強したが、今までの経験を応用すれば、牛乳がなくても作れるだろう。

 土鍋のミルクティーをガラスの保存ケースに移し替える。これはアイスでも絶対に美味しい。

 そして、いつもより入念に手を洗って、僕は調理を開始した。

 

 ボウルを2つ取り出す。木綿豆腐の水を切りつつ、玉ねぎをみじん切りにして、バターで軽く炒める。続いて人参、ネギをみじん切り、じゃがいもはくし切りにする。炒めた玉ねぎをパットにとり冷ます。1つ目のボウルに水を切った豆腐、パン粉、人参、塩コショウ、刻みネギ、玉ねぎなどを加えよく混ぜ、肉なし肉団子の種をつくる。2つ目のボウルには、牛ひき肉、パン粉、炒めた玉ねぎ、卵、塩コショウ、ナツメグ、アンチョビをいれ、ハンバーグを作る要領で滑らかな肉団子の種を作る。コンロは3台フル使いだ。まず一つの鍋には水、ローリエなどのスパイス、玉ねぎなどを入れて火にかけ、簡単な野菜ストックを作る。沸かしている間に、種を大きめの団子状に整形する。そしてフライパンにオリーブオイルをしき、肉なし肉団子の表面を焼く。これは煮崩れを防ぐためだ。一方で、肉団子の方は、焼かずに沸いたストックに入れて茹でる。豆腐団子の方の表面がカリッと焼き上がったら、期を見てそれもストックの中にいれる。レイは若干の肉や魚のエキスなら大丈夫なことは確認済みだ。ここで3つめのコンロにもう一つのフライパンを用意し、小麦粉とバターを加える。肉団子の様子を見つつ、決してダマができないようにしっかりと撹拌する。肉団子の茹で汁を入れさらに撹拌し、生クリームとケッパーを加え火を止める。塩コショウレモン汁で味を整え、茹で上がった団子をソースを絡める。これでメインのKlopseは完成。次は付け合せだ。くし切りにしたじゃがいもをレンジに入れ時間を短縮する。茹で汁をこのまま捨てるのはもったいないので、ブロッコリーといんげんを入れて茹でる。フライパンにオリーブオイルを軽く追加し、レンジに通したじゃがいもを焼く。当初の予定ではマッシュポテトにする予定だったが、あくまで僕個人の意見としてはマッシュポテトは牛乳がないと絶対に駄目だ。粉吹き芋でも良かったが、今回は時短の目的もありベイクド風のポテトに予定を変更した。いんげんとブロッコリーが茹で上がる。ストックはもう使わないのでコンロから外し、アスカが作ってくれた味噌汁の入った鍋を弱火にかけた。玉ねぎが少し残ったので、スライスして、冷蔵庫にあるきゅうり、トマト、カッテージチーズ、加持さんからもらったディルで簡単なサラダにする。ベイクド風ポテトが仕上がったら付け合せも出来上がり。冷蔵庫から、常備菜──レバーの甘辛煮、白菜の浅漬、きんぴらごぼう、キャロットラペ、ザワークラウト、かぼちゃの煮物などなど──を栄養バランスを考え適切にチョイスし、小鉢に盛り付ける。アスカが炊いてくれたご飯と、アスカが作ってくれた味噌汁をよそう。サラダを食卓に出し、最後にメインを再度軽く温めて、ベイクドポテト、ブロッコリー、いんげんを添え、刻んだパセリを散らして完成。

 

 時計を見る。1時間を切った。夕飯の時間は基本19時、遅くとも20時までにしているが、今日はかなり遅めの20時30分。反省しつつ、3つのグラスと、麦茶とミルクティーのボトルを用意する。

 

「アスカー、レイー、ごはんできたよー」

「……遅い!」

「ごめんごめん、遅れちゃった」

「これが、ケーニヒスベルガー・クロプセ……」

「ドイツの定番料理よ。まあ見た目は悪くないわね」

「アスカ、ご飯と味噌汁、作ってくれてありがとう。助かったよ」

「嫌味にしか聞こえないんですけどぉ〜」

「あ、なんでそういうこというのさぁ」

「あ〜、無敵のシンジ様はすごいわねぇ〜! すぐこんなの作れちゃって!」

「アスカ、だめ」

「あによ、コイツの肩持つつもり?」

「そうじゃない。どういたしまして、と言うべきよ」

「へ?」

「今日の食卓のご飯と味噌汁、アスカが作った。誇りを持つべきだわ」

「……レイ」

「……」

「……」

「どういたしまして! いつもありがとう! これでいいの!?」

「ええ」

「アスカ……ありがとう!」

「ハン! さ、食べるわよ!」

 

「「「いただきます」」」

 

 いつもの三人での食事が始まった。手始めに、僕はミルクティーを氷を入れたグラスに注ぎ、喉を鳴らして一気に飲み干した。

 

「ふぅ、レイのミルクティー、アイスにしても最高だ」

「どういたしまして。ケーニヒスベルガー・クロプセ、美味しい」

「ホントに! 口にあって良かったぁ。変じゃない?」

「初めて食べる味。でも、美味しいと思う」

「嬉しいなぁ。作った甲斐があるよ」

「ホワイトソース、少し酸味が効いているのね」

「そうそう、こんな感じの味だった。うん、まあまあね!」

「へへっ。どう、本場の味?」

「甘い! まだまだ精進なさい!」

「そっかぁ……行ってみたいなぁ、ドイツ」

「ドイツにぃ?」

「うん、本場の味とか知りたいじゃん」

「本場のほうが美味しいってわけでもないわよ」

「え、だって精進しろって」

「それはそうよ。美味しくて当たり前! アンタは私の奴隷なんだから!」

「……はいはい。アスカのご飯と味噌汁、いつも美味しいよ」

「フン! どうせレイより下手ですよーだ!」

「ううん、とっても美味しい。いつもありがとう」

「……このバカ! 当たり前でしょ! 舐めんじゃないわよ!」

 

 僕は頭をバコッと叩かれる。

 こうしてお互いの料理を月並みに褒め合うことが、余りにも心地が良いものだったから、僕は叩かれてもあまり痛くなかった。

 

「イテテ……でもさ、本場のソーセージとか、色々食べてみたいかも」

「豆腐ソーセージ、あるかしら……」

「あるわけ無いでしょ、って、あー。今はどうなのかしらね……?」

「はは。もし行ったらさ、アスカに色々案内してほしいな」

「良いわよ。ま、私の知ってるお店、一軒も残ってないと思うけど」

「行ってみなければ、わからないわ」

「そういうもんかしらねぇ……っていうかさ、何で今日いきなりドイツ料理なの?」

「うーん、なんとなくかなぁ。毎週一回、新しい料理に挑戦するって決めてるんだ」

「……またヨワムシの弁当と同じメニューじゃないでしょうね?」

「ギク、バレた……」

「ギク、じゃないわよ! 献立考えるのサボったわね!」

「さ、サボりじゃないよ! ホント! 副菜とか全然違うんだから!」

「……フン、今日は別に良いけどねっ。あいつには貸しあるし」

「貸し?」

「アンタには関係ない! 今日私にしたローゼキの数々、覚えときなさいよ!」

「はぁ……高級牛乳じゃ許してもらえないか……」

「あんたバカぁ!? そんなので許されるわけないじゃない!」

「……うん。そうだね。今日は、本当にごめん」

「……ったく。ちゃんと充電しとけ、このバカシンジ」

 

 僕はレバーの甘辛煮に手を出しながら、流石に携帯の充電を切らしていたことを反省した。普段全く使わないので、ついうっかりしてしまうのだ。携帯もS-DATみたいに電池でも動けば良いのに。そうすれば、充電が切れても電池交換で対応できるし。平成生まれにも関わらず、そんな昭和なことを考えていると、少しソワソワとしているレイと目があった。

 

「……ん? レイどうしたの?」

「相田さんは、豆腐クロプセだったの?」

「ううん、お肉で作ったよ。気に入ってくれたかなあ? 感想一つも言ってくれないからさ、わかんないんだよね……」

「……シンジ。お肉の方、一つ食べたい」

「え、ホント! じゃあ僕のあげるよ!」

「……レイってわかりやすいわよね?」

「わかりやすくても、伝わらなくては、意味がないわ……」

「……そうよねぇ」

「なぁに? どういうこと?」

「はぁ、バカシンジにゃ関係ないわよ……」

「そう、バカシンジには、関係ない……」

「レイにまでバカシンジだなんて……もうおしまいだ……ハイこれ」

 

 テーブルには常備菜をとるための菜箸がある。僕は自分の皿の上の肉で作ったKlopseをとり、レイのお皿に乗せた。レイは、それを箸で割いて、一口の大きさにまとめて、口に入れる。

 

「……おいしい?」

「肉の味がする。でも、食べられる。美味しいと思う」

「……やった! 気に入ったら言ってね!」

「あたしも豆腐の一個もーらい!」

「あ、なにすんだよぉ!」

「調子に乗ってるからよ! バカシンジ!」

「ふふっ、そのとおりね。バカシンジ」

「おかずなくなっちゃった……泣きそうだ僕……」

 

 いつもの三人での食事。こんなふうに会話があるときもあれば、ないときもある。僕にとって、一番大切な時間。

 泣きそうなのは本当だ。大げさにすると、きっとアスカもレイも気分を害するだろうから、そうとは言えないけれど。

 レイのカメラを買った時の、踊る心。美しい装い。最高に美味しいミルクティー。

 アスカの写真を撮った時の、輝く心。可憐な装い。最高に美味しいご飯と味噌汁。

 

 二人は現在進行系で、こんなにも綺麗に成長している。

 二人はたった今、こんなにも元気に日々を暮らしている。

 僕はそれを、こんなにも間近で感じ取ることができる。

 こんな幸せが、こんな特権が、まさか僕に与えられるなんて、思ってもいなかった。

 

 

 やがてこの幸せは終わる。

 その終焉は受け入れる。

 それまではその健やかな成長を絶対に死守する。

 

 

 食事が終わると、僕はテレビをみているアスカに話しかけた。

 

「アスカ。あのさ」

「なに? 洗い物ならやんないわよ」

「そうじゃないんだ。今日、新吉祥寺でなにかあった?」

「え? 友達と食事して、カラオケ行ったけど?」

「そうなんだ。さっき街に行ったら、アスカを探している人がいて」

「ハァ? どういうこと?」

「ガラの悪い人だった。僕は牛乳を探してたんだけど、スーパーで話しかけられちゃって」

「……もしかして、今日ナンパしてきたゴミかしらね」

「……大丈夫だった?」

「フン、ぶん殴った後、顔思いっきり蹴ってやったわ! あーウザかった! アンタも気弱そうにしてるからそんなゴミにナメられるのよ! もっとシャンとしなさい!」

「アスカ」

 

 僕はアスカのその蒼い瞳を見つめた。

 やはり、彼女は、誰よりも、美しい。

 

「……なによ」

「そういうときは、周りの人に助けを求めてほしい」

「ハン。あんなゴミ、ぶん殴って黙らせるのが早いでしょ」

 

 僕は首を横に振った。それは、アスカの役割じゃないんだ。

 

「アスカ、そうじゃないんだ。それは危険なんだよ。だからやっちゃ駄目だ」

「……守ってくれないんだ。じゃあ警察にでも連絡したら?」

「違う。何があっても、僕は絶対アスカを助ける。誓う。僕の約束だ」

「絶対助けるっていってるのに、助けを求めろって? 絶対的な力を失って自信がなくなっただけじゃない。くだらない」

「そうだ。僕は弱くなった。だからアスカを常に助けるには、ずっとアスカのそばにいなきゃならない」

「……ずっとそばにいてくれればいい」

「それでも良いかも知れない。でもアスカには、僕以外との繋がりのなかに、もう大切な物ができてる。それは大事にしてほしいんだ」

「……結局、本当の二人っきりじゃないと、そばにいてくれないのね」

「……アスカのずっとそばにいて、ずっと守るだけなら、全部滅ぼしてしまえばいい。でもそれは、アスカの望みじゃないと思う」

「……なんにも知らないくせに……!」

 

 彼女は唇を噛んで眉を顰めた。僕は彼女の望みを、無意識にもう一度推し量ろうとして、ハッとした。

 

 僕が彼女を推し量る。

 僕が彼女の望みを決めつける。

 僕が彼女の役割を決めつける。

 

 絶対にやってはいけない。

 

 まず前提として、何人たりとも彼女の邪魔することは許されない。

 そして、僕には何の権利もない。

 

 僕は気が抜けていた。

 

 完全に消え去ってしまいたいが、それは不可能だった。

 大声を出して泣きじゃくりたいが、親友との約束がある。

 

 もう前に進むしかない。

 

 僕は我儘を通すことにした。

 

「……ごめん。そうじゃない」

「……降り掛かった火の粉くらい、自分でなんとかする。それの何がダメなのよ」

「違う、これは僕のためなんだ。アスカに健やかでいてほしい。だから危ない時は、助けてって声をあげてほしい。これは僕の願望なんだ」

「……やっぱりね。要するに、私を助ける気がないんだ」

「絶対助ける。絶対に。約束する」

「だったら! アンタ以外の助けなんかいらない!」

「でも、レイだってアスカを助けてる」

 

 僕は、アスカの瞳を見つめたまま、彼女の綺麗な手を、僕の両手でそっと覆った。

 

「それだけじゃない。加持さん、ミサトさん、リョウジ、アスカ、マリさん、レイ、ケンスケ、トウジ、いいんちょ。まだまだ足りない。いろんな人が、アスカを助けてるんだ」

「……偽物は嫌い。シンジのだけが、本物だもん」

「違う。レイのだって本物だ。その事をもう知ってる。アスカも。僕も」

「……」

「とにかく危ないときは、誰かに助けを呼んでほしい。アスカと僕だけじゃ、どうしようもないことが、この世の中には多すぎる。それだけなんだ」

「……」

「そして僕は、必ずアスカを助ける。何があっても、絶対に」

 

 アスカは僕の手を払う。

 

「……わかった。これからは助けを求めるようにする」

「アスカ……!」

「あと、アンタがやっぱり薄情者ってこと、私を信用してないってこと、よくわかった」

「……」

「二度と話しかけないで」

「アスカ」

「嘘つき」

「……」

「嘘つき、嘘つき、嘘つき! 嘘つき!!」

 

 そう叫ぶと、アスカは思いっきり通学鞄を僕に投げつけた。そして、リビングのドアをまるで壊すかのように乱暴に締め、部屋に消えていった。

 止められるわけがない。

 

「シンジ」

 

 背後に、レイの気配を感じ取った。

 赤い瞳は凛として、なにか決意を決めたような表情だった。

 

「……レイ、僕は──」

「それじゃない」

「……」

「真希波さんから連絡があった。アスカを追っているヒトたち、捕まったって」

「……良かった」

「ゴミ袋に詰められて、町外れのゴミ捨て場に捨てられていた」

「……」

「全員酷い大怪我で、病院に緊急搬送された。死ぬかもしれない。メッセージには、そう書かれていたわ」

「……少し、複雑な気分だね」

 

 バァン、という大きな音が、リビングに響いた。

 レイは、右腕を思いっきり振り切り、その手のひらを、僕の左頬にぶつけた。

 久しぶりの、全力でのビンタだった。

 

「あなたには、助けを求めるヒトがいないのね」

「……」

「あなたは、他人を無力だと感じているのね」

「……」

「アスカだけでなく、誰も信用していないのね」

「……」

「世界を滅ぼすことでしか、アスカを救えないのね」

「……」

「洗い物はやっておく。ここから出て行って」

「……」

 

 外に出た。今度はちゃんと、充電した携帯を持って。

 左頬がミミズ腫れになっているのがわかった。

 レイが泣いているのもわかった。

 俺はゴミ以下のカスだった。

 












【おまけ】










◎あまりにも雑な登場人物紹介

惣流シンジ
26歳。今までに振るった料理に関する経験を全て覚えているため、歴史上最も料理が上手い存在になってしまった。自分がループの度に料理が上達していっていたことを知り色々と腑に落ちた。世界中の料理を作ることが叶わぬ夢。揚げ物リクエストで明日はエビフライを決意。

惣流レイ
29歳。料理は上手だが限界を超えた分量を作りがち。包丁をもたせると途端に危なっかしい。家にはレイ専用のプラスチック製包丁がある。寸胴鍋の使用はアスカによって禁止されている。肉は食えるようになってきたが、進んで食べるほどでもない。
アスカとお化粧について話してたら、アスカに化粧をさせればええやんと思いついた張本人。こっそりアスカの化粧道具まで揃えているほどのシスコンだが、部屋が汚すぎてどこに置いたか探すのに時間がかかった。シンジが帰ってくるのが遅くて助かった人。ルームウェアはアスカとおそろい。全力ビンタは4回目くらい。

惣流・アスカ・ラングレー
15歳。料理は普通にできるがちょっと味付けが濃いめ。フライなどの後始末が面倒なものは苦手。たまにハーブソルトなどの変化球系調味料を買ってくるが結局殆ど使わない。
レイにあれやこれやでほだされて、久しぶりに化粧をした。臆面もなくレイの前で恥ずかしいことを言いまくるが本人は全く気づいていない。二人っきりのころはもっとずーっと恥ずかしいことをしゃべりまくってたせいでその線引きができない。キャミソールとデニムパンツは自分で買った。

相田・アスカ・ラングレー
29歳(15歳)。料理は普通にできるがちょっと味付けが濃いめ。天ぷらなどの後始末が面倒なものは苦手。たまにかんずりなどの変化球系調味料を買ってくるが結局殆ど使わない。
どーせ惣流家の食卓に並んだ残り物の弁当なんでしょ、とか思っていることもあるが、実際には逆に流用されているとは夢にも思っていない。お化粧はまだ未経験。

ナンパ男
31歳。おっかない奴。料理はしない。

真希波・マリ・イラストリアス
料理は上手だがしない。イギリス料理、ギリシャ料理は結構得意。他にもモンゴル料理、セネガル料理などなどが得意。

加持リョウジ
45歳(31歳)。料理は殆どしてこなかったが、今は妻や息子のために作ることもしばしば。得意料理はカレー。

加持ミサト
44歳。そろそろ体にガタがきているため、レトルトとコンビニ中心の生活からは足を洗いつつある。大体ヴィレに居るので、食堂から注文する弁当がメインの食事。家にいるときは夫にご飯やつまみを作らせている。たまには自分で作る。得意料理はカレー。

加持リョウジ
15歳。料理はまあまあ。師匠直伝のサバイバル料理を作れる。親には食べさせたことがない。得意料理はカレー。

洞木レイ
15歳。料理は上手。包丁も普通に使える。作る量も適量。全然肉も食う。洞木家直伝のド直球な家庭料理を受け継ぎし女。

相田ケンスケ
29歳。料理は上手だが若干サバイバル料理に寄っている。米は炭火+飯盒が最強だと考えている。

鈴原トウジ
29歳。料理は簡単なものなら。理想の距離感で台所に立つ男の鑑。

鈴原ヒカリ
29歳。シンジに勝るとも劣らない腕前。特に家庭料理に関しては人類最強説が唱えられている。ループを認知できていないのに腕前がメキメキと上達していった謎の女。
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