'31/6/14   作:siffis

4 / 7
xx.4 "Bereuen"

'31/6/14

 

xx.4

"Bereuen"

 

 

 シンジは外に出掛けた。

 私は真希波さんにデバイスで電話をかける。

 

「……もしもーし、マリでーす!」

「もしもし、惣流です」

「レイさん! Good evening!」

「今、大丈夫かしら」

「うちは年中無休24時間営業でござい!」

「ありがとう。さっきのメッセージ、読んだわ」

「……やっぱりわんこ君?」

「いいえ」

 

 嘘。事実ではないこと。ヒトをだますために言う、事実とは異なる言葉。

 事実。真実のことがら。本当にあったことがら。

 推測。ことがらをおしはかること。

 私は嘘をついていない。しかし、推測とは異なることがらを、私は言った。

 真希波さんを、だますために。

 

「シンジは、新吉祥寺には行っていたわ」

「そうなんだ。何時頃?」

「外出したのは18時ごろ。帰ってきたのは19時半ごろ」

「ふむふむ」

「でもそれは、アスカのために、良い牛乳を探しに行っていたから」

「……」

「だから、シンジではない」

「……あのね、レイさん。少し辛いかも知れないけど、真面目に聞いてくれる?」

「はい」

 

 私はメモとボールペンを用意した。

 

「今日のお昼、プリンセスは声掛け被害と痴漢被害にあって、それを返り討ちにしてる。一人は鼻が折れて、一人は中指と人差し指が折れた。それは知ってた?」

「いいえ」

「声掛けは迷惑防止条例違反。痴漢は当然犯罪。だから、正当防衛だよ。それは問題ない」

「はい」

「でも、声掛けしたスカウトがちょっと厄介でね。表から裏まで何でもありのスカウトグループの一人だった。今日プリンセスを聞いて回ってた9人はまさにそのグループ。ここまでオーケー?」

「はい」

「……今回見つかった8人は、多分そのグループ。ただ、顔面がぐちゃぐちゃで身元がわからない。無理矢理ゴミ袋に詰められていたせいで、手足はめちゃくちゃな方向に折れ曲がったり、そもそも取れてたり。骨は粉々で、内蔵もズタズタに破裂してる。まとめて緊急手術中」

「はい」

「今警察は血眼で、今回の犯人と、もう一つの〝ゴミ袋〟を探してる。ヤクザも噛んでる。ちょっと、洒落になってないかな」

「はい」

「……死ぬかも知れないってメッセージには書いたけど、正直言うと、多分死ぬ」

「……はい」

「……詳細、一応聞く?」

「はい」

「じゃあ読み上げるね」

 

 惣流・アスカ・ラングレー。シンジの記憶のなかのヒト。私の記憶のなかのヒト。

 惣流シンジ。アスカの愛するヒト。私がそばにいたいヒト。

 私。惣流レイ。

 

 シンジは、アスカのことになると、見境がない。

 第3新東京市の『外』で暮らしていたときは、アスカのそばから離れることはなかった。

 安全な市内に転入した今でも、彼女の容態が悪くなると、一日中つきっきりで看病する。

 快復するまで、何が起ころうとも、絶対にそばを離れることはない。

 そしてアスカが傷つけられると、それが二度とアスカに手を出さないように、行動する。

 彼の暴力は常軌を逸していた。

 

「……以上。とまあ、ざっとこんな感じ」

「はい」

「第3新東京市の『外』なら、こんな事件は日常茶飯事だったろうけど」

「ええ」

「……捜査の本線は暴力団。だけどわんこ君も視野に入ってるみたい」

「何故?」

「何故ってまあ、『外』では有名な人だったからね……」

「『外』での行動には、一つも証拠がないわ」

「まあねぇ……」

「今回も、シンジではない」

「……家を出て、新吉祥寺に向かって、1時間半で帰ってきたんだよね?」

「そう。アスカが好きな牛乳を買いに」

「移動手段は?」

「わからない。電車だと思う」

「……ふーん」

 

 シンジは、家計のことを常に気にしている。だから、移動は基本的に自転車を使っている。牛乳を探していた今回もそうだろう。

 しかし、再度、私の推測とは異なることがらを、私は言った。

 真希波さんと、確認をするために。

 

「移動履歴を見ると、コンスタントに時速2,30km出てるんだよねぇ。帰りは時速40km以上のスピードが出てる。かっ飛ばしてるねぇ。明らかにチャリだ。このペースなら、1時間以内で帰ってこれると思うな」

「……」

「防犯カメラには、件のゴミ捨て場に向かう9人が映ってる。19時前ね。それが最後の目撃情報。ちなみにわんこ君の最後の目撃情報は、確かに新吉祥寺の高級スーパーの入ってるモールだった。牛乳も買ってる。でもそれが18時30分ごろで、それ以降どこにも映ってない」

「……」

「で、19時ごろ、ゴミ捨て場にわんこ君が居たの、わかってるんだよね」

「……どうしてわかるの?」

「GPSだよーん」

「シンジは、デバイスを置いて出掛けていた」

「……へぇー、そうなんだ」

「何のGPS?」

「知ってるでしょ?」

「警察に言えるの?」

「……言えないねぇ」

 

 DSSチョーカー。シンジに対するヴィレの保険。

 

 エヴァのないこの世界で、DSSチョーカーは、今やごく一部の人間しか知り得ない、失われたテクノロジーだった。装着者をいつでも爆破できる首輪を、人間──かどうかもわからないなにか──につけて、野放しにしている。しかも、首を吹き飛ばしたからといって、『停止』するとも限らない。世界の治安に関わるヴィレが、そんなことを公表できるはずはなかった。

 

「言えないのなら、証拠として、提出できない」

「……そだねぇ」

「直接、シンジに聞いて」

「……ん。わんこ君、居る? 電話代わりたいかな」

「何故?」

「……」

「……そう。電話、したくないのね」

「……That's what I mean.」

 

 電話。遠い位置にいるヒトと、話すこと。

 きっと真希波さんは、シンジに電話を掛けたことがない。

 

「はぁ……いつ頃帰ってくる?」

「わからない」

「……そっかぁ」

「……」

「……ねぇ、わんこ君ってさ、ゲンドウ君に似てきたね」

「あまりそうは思わないわ」

「……レイさんはユイさんそっくりだにゃ?」

「わからない……でも、そうなのね」

 

 碇ゲンドウ。この世界には居ないヒト。

 碇ユイ。この世界には居ないヒト。

 碇シンジ。この世界には居ないヒト。

 綾波レイ。私。

 記憶のなかのヒトたち。

 

「……君たちって、天才一家だね。飽きないよ」

「……」

「わかった。当分、ヴィレは関係ない、で押し通す。報道にも圧力かけとく」

「ありがとう」

「そ・の・代・わ・り! レイさんも協力お願いね!」

「了解」

「そんであの二人、とくにわんこ君にはた〜っぷりお灸を据えておいてね! レイさんだけが頼りよ!」

「了解。お礼、必ずする」

「あ、そーだ。そしたらホントの進捗状況、『三人』のお写真くださいなっ♪」

 

 本当。虚構ではないこと。

 進捗状況。ものごとの進み具合のありさま。

 写真。虚構の現像。

 

「何故?」

「へへ、そんなもんで良いってことよん」

「いいえ、良くないわ」

「……へ?」

「目的と意味が、昔から変化したのね」

「……」

「……」

「……ホント、怖いくらい、ユイさんそっくり」

「今度、私の家に来てほしい。たくさん、お礼をしたいの」

「……ん。負けたよ。行けたら行く」

「真希波さん、嬉しい」

「全く、レイさんには敵わないにゃあ……しょうがないから良いものあげる。皆には内緒ね♡」

「ありがとう、本当に助かっているわ」

「おっけ。んじゃ、お互い頑張ろっか!」

「ええ。さよなら」

「Good luck!」

 

 私は通話を切る。

 真希波・マリ・イラストリアス。愉快なヒト。暖かいヒト。頼もしいヒト。

 真希波さんから送られてきたデータは、直近10分の何かのGPS情報だった。

 移動方向を確認すると、それは私の推測と一致していた。

 

 私は即座に、自宅のアナログ回線で、電話をかけた。

 

「……第3新東京市、新聖ヨハネ教会です。本日は、終了しております……」

 

 自動音声案内を無視して、急いで30桁の数値──492829392029320332043730571068──を入力する。

 電話口から機械音が4回鳴り、勝手に電話が切れた。

 暫く待つと、電話が鳴る。

 それを、私はとる。

 

「Einundzwanzig Trillionen einhundertzweiundzwanzig Billiarden zweihundertdreiunddreißig Billionen fünfhundertfünfundvierzig Milliarden zweihundertfünfundfünfzig Millionen dreihundertvierundzwanzigtausendsechsundfünfzig」

 

 機械音声で読み上げられるメモを、急いで取る。

 電話が切れる。

 急いで電話をかけ直す。

 

「……第3新東京市、新聖ヨハネ教会です。本日は、終了しております……」

 

 私は自動音声案内を無視して、急いで先程の30桁の数値、シャープ、そして10桁の数値──5340225465──を入力する。

 電話口から機械音が4回鳴り、勝手に電話が切れる。

 先程よりも長く待つと、電話が鳴る。

 それを、私はとる。

 

「もしもし、惣流です」

「……」

「……もしもし、惣流です」

「……まだその名字を使っているのかい? 綾波さん」

 

 渚カヲル。不愉快なヒト。冷たいヒト。頼もしいヒト。

 

「ええ」

「勝手にしなよ。所詮名前なんて、不完全な識別子にすぎない。彼の名前だけが特別だ」

「……」

「珍しいね。君が電話をかけてくるなんて」

「今起きている事件、知っているかしら?」

「今起きている事件か、ありすぎてわからないよ。例えば、今からコーヒーを淹れようと思うんだ。以前シンジ君に淹れ方を教わってね。その時彼と一緒に買ったコーヒー豆をたった今開封したんだが、実に素晴らしい香りだ。美味しくできるか、とてもワクワクしているよ」

「……今起きている、ゴミ袋の事件、知っているかしら?」

「ああなんだ、そのことか。もちろん知っているさ。今日は燃えるゴミの日だったんだけれど、1つ出し忘れたゴミ袋があってね。フフ、いやぁ、うっかりしたよ。これが、物凄く邪魔でね。どこに置いていいか困っていた所さ。次の収集日には、必ずそのゴミ袋を出さないといけないんだ」

 

 渚カヲルが苦手。

 

「……なにを狼狽えているんだい? たかが8人だろう? いや、9人だったかな?」

「……シンジは、苦しんでいるわ」

「苦しんでいるのは君たちだろう? すり替えてはいけないよ」

「……」

「彼が何十億人を何回殺したのか、数えたことはあるのかい?」

「……」

「それが受け入れられないのなら、彼を受け入れる資格なんてない」

「いいえ、過去のシンジの問題ではない。今のシンジの問題」

「……さっきも言ったけれど、ならそれは今の君たちの問題だ」

「そう。けれど、シンジも悩んでいるわ」

「彼も悩んでいるだろうね。彼はその優しさゆえに、些細なことでも問題と認識してしまう節がある」

 

 問題。現状と目標との間にある障害。

 些細なこと。取るに足らないこと。あまり重要ではないこと。

 私は苛ついた。

 

「彼は生活環境を守るために、ゴミを出した。たったそれだけのことだ。何も気に病むことはない」

「ゴミではない。ヒトよ」

「そうかい? 例えば君の同居人のあの女なんか、きっとゴミと呼ぶと思うけれどね」

「……」

「ゴミは捨てないと、生活環境を保てなくなってしまう。人をゴミ扱いするくせに、それがわかっていないあの馬鹿女の代わりに、仕方なくシンジ君がゴミ出しをした。少しは彼の親切さに感謝するべきじゃないか?」

 

 ゴミ。ものの役に立たず、ないほうが良いもの。

 馬鹿女。最低の侮蔑。女性を侮辱する言葉。

 バカシンジ。最高の愛称。アスカの愛情のかたち。

 

「アスカの言うゴミは、そのゴミとは異なるわ」

「君も変わったね。嫌いになりそうだ」

「……」

「彼はもう、なにかを戻すことはない。生命の書から、僕らはすでに解き放たれた。先に進んでいる。シンジ君は覚悟を決めた」

「……」

「もう一度だけ言うよ。それが受け入れられないあの馬鹿女に、彼を受け入れる資格はない」

「……」

「僕らの運命は神と共にある。君は未来を歩んでいけばいい」

「そうは思わないわ」

「……君もあの馬鹿女のようになってしまったのかい?」

「シンジは神ではない。人として、支え合っていくのよ」

 

 電話口から、彼のため息が聞こえた。

 

「……かつてリリスだったものよ。僕らは人類となった。彼こそが、彼だけが、神なんだ」

「私はリリスではない」

「そう、君はリリスではない。綾波レイだ、随分前からね。僕も、アダムでも、タブリスでも、第1使徒でも、13番目の使徒でもない。渚カヲルだ。僕たちは人類になった。それを形作ったのは、シンジ君だ。それを神と言わず、なんと言うんだい?」

「……」

「ネオンジェネシス。君だって、それを彼に託した」

 

 ネオンジェネシス。世界の新たな創生。

 世界。エヴァのない世界。他人のいる世界。うまくいかない世界。未来を待つ世界。

 未来。よくわからないもの。避けられないもの。シンジとアスカが愛するもの。

 私が愛するもの。

 

「……要件が2つある」

「……そうか、じゃあ聞こう」

「一つ。シンジがそっちに向かっているから、教会を開けておいてほしい」

「何だって! ああ、それは大変だ! 今日は客人が来たんだが、少し教会を汚していってしまってね。急いで掃除しないと!」

「……客人って、誰?」

「君には関係ないさ。もう一つは?」

「……二つ。ゴミ袋の事件で、大怪我の人が9人いる。可能な限り、救ってあげてほしい」

「なんだ、そんなことか。お安い御用だよ」

「……」

「……君も心配性なんだね。僕もそうだ」

「……」

「わかっているさ。それじゃあ、綾波さん、さようなら」

「レイでいい」

「……」

「私は、惣流レイ」

「……名前を呼ぶのは、日本では親愛の情の証だと聞いたけどね」

「所詮名前なんて、不完全な識別子にすぎない。そう言ったのは、あなたよ」

「……わかったよ。さようなら、レイ」

「さよなら、カヲル」

 

 電話を切る。

 渚カヲルが苦手。

 碇君に会いたい。

 

 バン、とドアが開く。

 綺麗にまとめたシニヨンが解けて、荒れてしまった長髪。腫れた目元。崩れたお化粧。血走った眼。

 血相を変えたアスカが、荒い息とともにリビングにやってきた。

 

「シンジは!?」

「今、出ているわ」

「何で!?」

「落ち着いて。大丈夫」

「駄目! あいつ、なんか変なことしたでしょ!?」

「大丈夫。ゆっくり。全部話すわ」

「嫌、アタシも追いかける! どこ行ったのあいつ!」

「教会よ」

 

 アスカの顔が酷く歪む。

 

「最悪じゃない! 何が起きてんのよ!」

「大丈夫。彼なら、シンジをきっと、助けてくれるわ」

「だめ! あいつは危険よ! 最悪の人間だわ!」

「大丈夫。カヲルは危険で最悪、私もそう思う。でも、彼はシンジの親友。きっとなんとかしてくれるわ」

「でも!」

「まずは何が起きたか、教えて頂戴」

「……」

「……そう、まずは落ち着くのよ。大丈夫だから」

 

 アスカをなだめる。私自身をなだめる。

 

「……言えるかしら?」

「……さっき、今日遊んでいた子から、通話が来たの。変な連中に絡まれたって。それで、アタシの写真を持っていて、アタシのことを教えろって。きっと、シンジが話していた奴よ」

「……」

「変な仕事も持ちかけられたって。なぜかその子たちの名前や住所を知っていて、とても怖かったって云ってたわ」

「……」

「……そしたら、背の高い人が助けてくれたって! ネイビーのウィンドブレーカーを着てたって! シンジよ!」

「……」

「その人は、急いで家に帰るようにって! 連中が探している子が怖がるだろうから、内緒にしてあげてねって! 僕がなんとかしておくから、安心してねって言って、そいつらと一緒にどっか行っちゃったって! それで、その子は家に帰って、怖くなって、アタシに連絡してきたのよ!」

「……」

「きっとあいつよ! 話しかけられたなんて、牛乳探してたなんて、全部嘘だった! あいつ、何したのよ!」

「……真希波さんから、全部教えてもらった。メモがあるわ。でも、まだ見ては駄目。まずは落ち着くのよ」

「嫌よ! 今見せて!」

「駄目。まだ、あなたは落ち着いてない」

「落ち着いてる! メモを見せて!」

「駄目! 後で必ず見せる、だから!」

「これはアタシの問題よ!」

「きゃぁ!」

 

 アスカは私を突き飛ばす。私より身長の高い彼女は、簡単に私の体を倒して、メモを奪い取った。

 

「アスカ! 見ては駄目!」

「……何よこれ」

「……」

「……何なのよこれ!」

「……」

「こんなのもう、無くなったと思ったのに……」

「……」

「ヒッ……もう、いやだ……なんなのよ、あいつ……」

「……思い切りビンタしておいたわ。アスカも、帰ってきたら、思い切りビンタしてあげるのよ」

 

 アスカを抱きしめる。

 アスカの匂いがする。

 涙の匂いがする。

 私の匂いがする。

 

 

  ◎

 

 

 

 

 その男曰く、こうだ。

 

 

 昼頃、駅の近くで、175cmほどもあろう、オレンジ髪のスラッとした絶世の美女が、街を歩いているのを見かけたらしい。かの有名な式波大佐そっくりだが、壱高の制服を身にまとっている。化粧っ気もなく、遊んでいる雰囲気もない、どこか寂しそうな生娘だったそうだ。女を売って生業とするその男は、これは良い商品になると思い、話しをつけにいったらしい。どうも、一週間の大体の目安として、ブスだが若い、もしくは顔は良いが歳を食った女を、3人取れれば良い方らしいが、この女を取れればそんなものは吹っ飛ぶ。お偉いさんに直引きできれば年二億は固い、一生遊んで暮らせるだけのバックが取れると見込んだようだ。だが話しかけるなり、思いきり顔を殴られ、蹴られた、とのことだった。

 

 その男はスカウトマンだった。インパクトが起こる前は、20人程度のグループのスカウトマンとして働いていたそうだ。そのグループがニアサーで吹っ飛び、「復活の日」が来て、この世界にまた戻ってきた。まあこの街の人間は、大抵その日に戻ってきた人間だから、そこは珍しくともなんともない。そのグループのうち、その男を含んだ9人は、この第3新東京市周辺へ戻ってこれたそうだ。たぶん他の仲間は、生きているか死んでいるかはわからないが、『外』だろう、とも言っていた。僕もそう思う。

 

 最初は復興事業の土方をして生活していたようだった。そしてその現場のタコ部屋で、偶然9人は再開することができた。あまりの奇跡に感激したらしい。生きていてこそだ、と思ったようだ。だがしかし、復興事業の労働環境は劣悪だった。糞の肥溜めのような生活の中、裏社会で人身売買が横行しているという噂を聞いて、彼らはニアサー前の生活を思い出した。女に困らない、女を使った、女のための生活。素晴らしい生活だったと、僕に語ってくれた。僕にはよくわからないが、その声は湯悦に浸っていたので、それはそれはさぞ楽しいものだったのだろう。9人はその地獄のような現場仕事を耐えしのぎ、ついにヴィレIDを手に入れた。そして新吉祥寺に根城を移し、以前のような生活を再開した。

 

 スカウトに復帰した直後の生活はまさに最高だったそうだ。特に『牧場』が管理していた記憶障害を起こしている若い女は、IDのない肉人形として高額で捌けた。しかし、ヤクザ、警察、クレーディトの孫請け組織などがその取引に関わりだして以降、その需要と供給のバランスは完全に崩壊した。そして先のテロ戦争が発生した影響で、素人はその仕入れに殆ど手を出せなくなったようだ。今の主な仕事は街でのスカウトらしい。

 

 それでもニアサーの前よりは、だいぶ羽振りがよくなったそうだ。確かに、復興事業に駆り出される若い雄の性欲のはけ口として、違法風俗店の乱立が起きていて、女なら誰でも売れる状況だ。大まかには、30代なら40代の倍の値段、20代は30代の倍の値段、10代は20代の4倍の値段で流せるらしい。さらにお客がお偉いさんとなるとその金額は青天井だ。それだけに、今日のあの女を逃したのは痛かった、と、その男は後悔した。

 

 スカウトマンがよくわからなかった僕は、それについて聞いてみた。風俗店の乱立は、仕入れ元の一部であるところのスカウトマンの増加も意味するようだ。大体のスカウトマンはグループを為し、大きいところだと100人程度の構成員でなっているらしい。ただ、彼ら9人は、かつての友情の元集った、いわば兄弟のような同志だった。ケツモチを持たない。それが彼らの誇りだったそうだ。僕は、もし仮に今回の事件が100人くらいのグループで起きていたら、100個のゴミ袋が出ていたわけで、それだともっと大きなゴミ捨て場が必要になっただろう、と想像した。

 

 自分のルックスには自信がある、とその男は言っていた。そうでないと、スカウトマンはやっていけないそうだ。自己愛が強くないと、とても女を売り捌いていくことはできない。それについては一定の説得力があった。特に自分の鼻立ちが好きだったようで、街にいる団子鼻を見ては兄弟と大声で馬鹿にしていたらしい。それだけに自慢の鼻を折った、あの糞女が許せなかった、俺の商売道具を傷つけられた、と言っていた。しかも間の悪いことにその現場は駅前であり、そこには同業者が何人もいた。ケツモチを持たないグループは、実際問題、同業者とうまく渡り合っていく必要がある。最も回避しなければいけないのは、ナメられることだ、とその男は語った。ナメられると、せっかく揃えた女達は買い叩かれ、スカウトバックも減り、そして最悪の場合、商品がバックレるからだ。同業者の集う駅前で、ナンパした女に暴力を振るわれ、ダウンを取られ、鼻を折られるなど、あってはならないことだった。男は体を鍛えていたが、その自信も喪失した。以上の全てが、これからの商売の、自分の未来の、重篤な危機を意味していた。

 

 8人の兄弟は、その話を親切に聞いてくれた。男は、こんな情けないヘマをしてしまって、今日で縁を切られるだろうと思っていたようだ。しかしその予想に反し、兄弟たちは、必ず仇は取る、いや、一緒に仇を取ろう、と言ってくれたらしい。男は泣いて喜んだ。そして9人は決起し、俺たちの仕事を、俺たちの未来を、俺たちのプライドを取り戻すために、男をゴミのように扱った、この舐め腐ったオレンジ髪の糞女の全ての穴という穴をズタズタになるまで犯しつくし、ボロボロの薬物漬けにしてから売り捌いてやろうと決意した。俺は完全に勃起していたが、兄弟もそうだったよ、とその男は優しい声で話してくれた。

 

 第3新東京市の学校に通う小学生から大学生までの人間は、全てそのグループの所有するデータベース内に記録されていた。そのデータベースと、インパクト以前からある数少ない、しかし太いコネクションが、独立して商売をやっていける秘訣だった。壱高の女のデータを身長で降順にソートすると、その女はすぐに見つかった。住所は非公開だったが、なんと外人との混血であることが判明した。国交が薄い現在、ハーフやクォーターの女は物凄い希少価値がある。値打ちもバンとさらに跳ね上がり、兄弟で盛り上がったそうだ。まだ落ち込んでいる俺を勇気づけるように、「こんないい女、よく見つけたな、ノブオ!」なんて励ましてくれる、最高の兄弟だったぜ、と彼は振り返った。

 

 そうしていきり立った9人は、景気づけに上質なLを一発入れてから、夕闇の街に繰り出したらしい。その糞女の写真を持って街をうろついていると、ショッピングモールではしゃいでいた5人の壱高の女学生グループを見つけたそうだ。なぜかはわからないが壱高は美女揃いで、その女学生達も例外ではなかった。彼らはすぐに端末内のデータベースで、彼女らの名前や住所などを確認した後、監視カメラや人目を避けつつ、その女学生達に話しかけ、その糞女の写真を見せた。知らないです、と言っていたが、それが嘘だとすぐにわかるのは長年の経験の賜物らしい。彼は心のなかでビンゴ! と叫び、「俺達はスカウトマンです。お前たちのことは全て知っています。お前を売るか、この女を売るか、選んでください。警察に言ったら探し出して売ります」という内容を、たっぷりとした婉曲表現で話したようだ。

 

「ヤバめの方法だが、だいたいこのやり口で情報はゲトれる。もうすぐあの女に復讐できると思って、兄弟と笑いあったよ」

 

 そう話しながら、彼は勃起していた。そして彼はこう述懐する。

 

 ──そろそろ、その5人の女の口が割れそうになると、後ろから背の高い優男が、正義感たっぷりで、やめろ、なんて言ってきた。ダサいウィンドブレーカーを首まで締めていて、見ているだけで吐き気がする、最も嫌いなタイプの人間だった。こういうタイプは思いっきりぶん殴ればだいたい黙って帰る。兄弟の内最も喧嘩が強いトオルが殴ろうとしたその時、トオルの耳元で、その優男はなにかを囁いた。するとトオルは殴るのをやめて、その優男は5人の女の元に向かった。トオルに何があったか聞いてみると、なんと耳元で「俺も同業者だ」と囁いてきたらしい。しかも、あの5人の女は優男の売りもんだから手を出すな、代わりに今俺たちが探しているオレンジ髪の糞女の情報をやる、とのことだった。あんなダサい格好をしたやつが信じられない! しかし14年もの間、俺達は居なかったわけで、その間に何かが変わっているのかも知れない。タッパはあるし顔もいい。壱高の女学生5人を手篭めにするとはやるなぁと、トオルはにやけながらつぶやいた。トオルは喧嘩の強い良いやつだが、馬鹿なのが玉に瑕だった。

 

 そして女を帰した優男がやってくると、「そのオレンジ髪の女には俺も手を焼いているところだった」、「しかしさっき拉致した」という。話してみると、どこか凄みのある男だった。俺の経験上、コイツは本質的に孤独だと悟った。それでこちらの状況もその優男に話すと、「ここから歩いて10分程度のところに、ひと気も監視カメラもないゴミ捨て場がある。そこで売ってやっても良い」と言った。おそらくこの行動も、この優男が属するグループからはみ出た単独行動だろう。兄弟もそれを感じ取ったようで、19時にそのゴミ捨て場で待ち合わせることにした。一旦アジトに戻り、ハンドガン、44マグナム、ククリナイフ、防弾チョッキなどで武装して、俺たちはそのゴミ捨て場に向かった。

 

 ゴミ捨て場につくと、Tシャツ姿に着替えた優男が独りで立っていた。オレンジ髪の糞女は居なかった。ダサいチョーカーをしていた。そのチョーカーのダサさとコイツのくだらなさに反吐が出た。つまらないのでもう殺してしまおうと、俺はその男に向けて発砲した。兄弟も腹いせに何発か撃った。ゴミ捨て場に転がった男の頭にマグナムをぶっ放すと、脳みそが下痢みたいに飛び出した。俺たちは爆笑した。本当にくだらねえ野郎だった。

 

 そこからは、何が起きたのかよくわからなかった。殺したはずの首だけの肉体が光り出して、俺たちを猛然と殴りかかった。何発も撃ったし、何回も切りつけたが、全く止まらなかった。ミンチになるまで顔面を殴られ、中身全てが砕け散るまで肉体を蹴られ、壁や地面に向かって物凄い勢いで何度も叩きつけられた。およそ人間の出せる力ではなく、とても痛かったが、早い段階から感覚がなくなった。多分Lによる幻覚だろうが、腕を切っても、切ったそばから生えてきた。そして嵐のような暴力が終わると、兄弟が一人ひとり、なにか光る膜のような物に包まれて、団子のような形に無理矢理に丸められ、ぐしゃぐしゃになってゴミ袋に詰められていった。俺も、この団子の刑で死ぬ、と思った。やがて俺の番が来ると、その男ははっきりこう言った。

 

「その女性に二度と手を出すな。俺のことを誰にも言うな。これを破ったらこの続きを見せてやる」

 

 男は頭が生えていた。この化物がニアサーを起こした野郎だ、と俺は直感した。男はブツブツと何かボヤいていた。そして、俺も団子のように丸められ、ゴミ袋にぶち込まれた。

 

 

  ◎

 

 

「それで、あんたに拾われた」

「うん、面白い話をありがとう。ノブオ」

「あんたは命の恩人だ」

「僕も、君に出会えてよかった」

「……兄弟のことを、知らないか?」

「大丈夫。彼らもじきにここに来る手筈だ。君たちの怪我は、普通の病院じゃ治らない。でもこの施設なら、直すことができるよ」

「……なんと礼を言ったら良いか、わからねえな……」

「良いんだ。素晴らしい話だった」

「……糞みてえな話だろ。俺はこの街のゴミだからな」

「いや、君はゴミじゃなくて、人間さ」

「……ありがとう。あんたと話していると、なぜか死んだ親父を思い出すよ。俺と同じゴミだったけどな」

「それも人間さ。人間なんだから、自信を持って生きていくといい」

「……俺は、スカウトマンをやっているのが楽しかった。天職だと思っていたよ。でも、この世界に戻ってきてから、兄弟と生きていくことが一番楽しいことに気づいたんだ」

「……」

「俺はもう女で勃たないんだ。笑えるだろ? 兄弟と悪事を企んでいるとき、兄弟と女をスカウトするときが、一番勃起するんだ。女を売り捌くのは生業にすぎない。結局、兄弟と笑って生きていきたい。それだけだったんだ。それに早めに気がついておけば、また何か違ったかもな」

「……そうか。僕も女で勃ったことがないんだ」

「なんだ、ゲイなんだな。俺はゲイじゃないぜ。言っておくがな」

「女で勃たないことを、ゲイって呼ぶのかい? まあ、まだ、勃ったこともないんだけどね」

「そうか、インポか……悪いが、つまんねえやつだな、あんた」

「そうなんだ。僕はつまらないやつなんだ。だからこうやって、いろんな人の話を聞くようにしている」

「……」

「今まで、ある男に興味をもって、その人の為に生きてきた。でも、それだけだと何かが足りない、そう気付かされたんだ。人間をもっと知りたい。そんな欲求を、君は満たしてくれた。ありがとう、ノブオ」

「……やっぱりゲイじゃねえか……」

「……」

「……俺は、これからどうなるんだ」

「その男は、もし約束を破ったら続きを見せてやる、そういったんだろ?」

「……ああ」

「その続きだよ」

「……やっぱりか」

「さようなら、ノブオ」

「あんた、名前は?」

「カヲル」

「……ありがとう、カオル。兄弟をよろしく頼む」

「──LCL圧縮濃度を限界まで上げろ」

「はい」

 

 LCLで満たされた水槽がボコッと音をだすと、ノブオは気絶した。

 

「結界起動」

「はい」

 

 その水槽が赤く発光し、ノブオは水中に溶けていく。

 

「あとは強制サルベージだ」

「はい。神父様、他の8人はどうなさいますか?」

「病院に確認だ。電話を」

「はい」

 

 僕の弟子は回線をつなげると、彼女に電話をかけた。

 

「……もしもし」

「私だ、8人の容態は?」

「今にも死んでまいそうです」

「こちらに回す手筈は?」

「整ってます。緊急指示書も回ってます」

「人手は必要か?」

「聖職者と信者で固めてあります」

「ならいい。早めに頼む」

「10分後、教会地下に搬送します」

「了解。サンプルもありがとう。君は仕事が早くて助かるよ」

「……」

「……神の御加護があらんことを」

 

 彼女はその言葉を聞くと、電話を切った。

 

「電話、切れました」

「回線を閉じろ。次はヴィレだ」

「本部にですか?」

「マリアでいい」

「はい」

 

 僕の弟子に通話デバイスエミュレーターを起動させ、彼女に通話をかけた。

 

「……誰?」

「8人は預かる。後1人を探せ。以上だ」

「……へいへい」

 

 僕は即電話を切った。エミュレーターとはいえ足がつくと面倒だ。

 

「エミュレーターを終了しろ」

「神父様、警察はいかが致しますか?」

「リョウちゃんに任せた。貸しがある」

「はい」

 

 そう、そもそもリョウちゃんの「頼れる男になるんなら、やっぱりSUVですよ」という意見に流されず、初志貫徹で軽トラかバンを買っておけば、こんなことにはならなかった。まあいい、そんな後悔も楽しみのうちだ。

 

「さて、8人もじきに来る。同じ手筈で、強制サルベージまでしてくれ」

「はい。神父様、お話は聞かなくて良いのですか?」

「いいんだ。十分面白かったからね。9人とも強制サルベージし終えたら、記憶を全て消してくれ。できるね?」

「はい。神父様、たった今、綾波様のデバイスからお電話を頂いています。どうしますか?」

「それは僕が対応する。問題が発生したら連絡してくれ」

「はい」

「いい子だ。僕は残った仕事を仕上げる。後は頼んだよ、シンジ」

「はい」

 











【おまけ】










◎あまりにも雑な登場人物紹介

惣流レイ
29歳。携帯の入力が世界一早い。
愛と気迫が凄いやつ。

真希波・マリ・イラストリアス
携帯の入力は早い。
メッセージは絵文字ばっかり。

惣流・アスカ・ラングレー
15歳。携帯の入力は早い。
英字だとより早い。

惣流シンジ
26歳。携帯の入力は遅い。
ママチャリは爆速。

渚カヲル
30歳。携帯もってない。
携帯はいらない。

クラスメイト
16歳。携帯の入力は早い。
惣流様親衛隊隊長としての最初の行動は、アスカの安否の確認だった。

ノブオ
30歳(44歳)。携帯の入力速度は早い。
兄弟一のお調子者だが、シンジの方がお調子者。

トオル
30歳(44歳)。携帯の入力速度は遅い。
兄弟一の力持ちだが、シンジの方が力持ち。

イカリシンジ
16歳。携帯もってない。
携帯は欲しい。

鈴原サクラ
24歳。携帯の入力は鬼早い。
マジで渚カヲルが嫌い。

加持リョウジ
45歳(31歳)。携帯の入力速度は遅い。
新しいデバイスに慣れるのに必死。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。