彩へ 作:ゆめの
「ん〜、日差しが気持ちいいね〜」
いつもの美術室の、いつもの窓際の定位置で、彼女はいつものように日光浴をしていた。そして欠伸をして眠そうにして、それでも彼女の笑顔は鮮やかだった。
「今日はどうしたんだい? 休日のはずだけど」
僕は相変わらずの口調で筆を走らせながら彼女にそう質問した。
「ん〜。ここにくればキミが居るかなって思ったの!」
「そりゃ部活動だから当然居るよ」
「美術部なのに休日まで部活するって、相変わらず変わってるね。キミは」
彼女の言う通り、今日は平日ではなく休日だったのだ。それなのに、僕は部活動と称して学校に訪れて絵を描いていた。そして、丁度お昼が過ぎた頃だろうか、僕しかいないこの美術室に彼女が先程やってきたのだ。
見慣れた制服を着こなし、いつも伸ばしている髪はポニーテールに結ばれていた。そんな彼女は窓の外から降り注ぐ自然光を利用しながら自分の写真を撮り出した。ソレは、自撮りというものだった。様々な角度で撮影して、様々な表情で撮影して、その変幻自在な表情の変化はまさにアイドルそのものだった。
僕は自撮りをしたことがなく分からないが、彼女はいつもモレル? 場所を探しているらしい。何が漏れて何が洩れるのかは分からないけど、彼女の黄色の笑顔を見ていると、そんなコトはどうでもよく感じた。
「いい写真は撮れたかい?」
「ん〜。まだちょっと納得いかないかな〜」
「どんなのを撮ったんだい?」
「だ、だめだよ! キミには見せないから!」
彼女の写真を見たいと思ってそう言ったが、それは他ならぬ彼女自身に拒絶されてしまった。そんな彼女の表情は頬を朱に染め、目は泳ぎ僕を見ていなかった。イメージで言うなら灰色、焦りの様な仕草だった。
「どうせSNSに上げるんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
「なら、遅かれ早かれ僕はソレを見ることになるよ」
「ぶ、ブロックするから!」
「それはそれで悲しいなぁ」
そんな、なんてコトない話を、二人でする他愛のない話をしながら絵を描くのが僕は好きだった。一人で黙々と描いてる時に比べたら仕上がるスピードは断然遅くなったと言えるだろう。でも、その1枚1枚のクオリティーは高くなっていると自分でも気がついていた。
それは、他でもない彼女のシワザなんだということも理解していた。未だ灰色の彼女を見て、これ以上は野暮だろうと思い、僕は筆を走らせる。
それからは、しばらくお互いに無言の時間が続いた。それなりに集中していて、周りの気配を遮断していた為、彼女が隣にいたことにまったく気がつかなかった。
僕の隣に椅子を持ってきてそこに座り、パステルピンク色のイヤホンを耳に付け、リズムを刻んでいた。
この鼻歌は、いつも彼女が奏でているメロディーだった。歌詞は一切歌わず、ふんふんと鼻を鳴らすだけのモノ。ほんの少しだけ、何の歌なのか気になってはいた。
「えいっ!」
すると、僕が一旦筆を置いた瞬間に、彼女が僕の右耳にイヤホンを付けてきたのだ。そこから流れる曲は、彼女がいつも奏でている音楽。こういった曲調の音楽はあまり聞いたことがないので新鮮だった。
しゅわしゅわ弾けるようなテンポに、アイドルらしいキャッチーなメロディーだった。
聞いているだけで清涼感が漂ってくる。水色や黄緑といった淡く明るい楽しい色合いに僕の心は染まっていく。
こうして、彼女はまたしても僕に見たことない色合いを、感じたことのない衝撃をくれた。一曲丸々聞き終えた所で、彼女がイヤホンを外して僕に尋ねてきた。
「どう!? 私たちのデビューシングルなんだぁ〜」
「うん。良かったよ、すごい良かった」
「む〜。もっとなんかこう、なんか違う!」
気の利いた言葉を言ってあげられないことに申し訳なく思うが、それでも笑ってくれる彼女の笑顔がたまらなく好きだった。
いつも、下校時刻のチャイムが鳴る時は、この時間がいつまでも続けばいいのに、なんて乙女の願いみたいなことをついつい考えてしまう。
あははと笑ってお互いがオレンジ色になって。ちょっとした刹那にお互いがピンク色になって。でもそれは、お互いに初だからしょうがないのだ。僕にとっての彼女も、彼女にとっての僕も初めての特別な存在だったから。
それでね、っと言葉を続けて彼女は自分が行なっている芸能活動の話をし始めた。あまり自分のことは語ってくれない彼女が自ら言葉を紡ぎだし、僕はその事が素直に嬉しかった。
最初は上手くいかなくて落ち込んでいたらしい。今の彼女からは想像もできない程に、ネガティブな発言が出てきた。そんな
彼女が辛いと、僕も辛くなってしまう。彼女が嬉しいと、僕も一緒に嬉しくなる。だから、彼女には笑っていて欲しかった。彼女の為にも、僕の為にも。
優しく伸ばした腕が空中で止まり、また元の場所へと引き返す。まだ、僕は勇気が出せないみたいだ。それでも、彼女は諦めなかったらしい。だから、今の自分がいて、今の彼女がいて、僕がいた。
そして、そんな彼女は僕に夢があると言ってきた。私には夢があるんだって、静かな空に誓いを立てるように彼女は僕に打ち明けてくれた。
「トップアイドルになりたい?」
「うん。今はまだ知名度もないしダメダメだけど、いつかメンバーと一緒にアイドルの頂点に行きたいんだ!」
壮大な夢を語る彼女の瞳は、まだ昼過ぎだというのにキラキラとして星が輝いている様だった。現実はそう甘くないと分かってはいるが、それでも僕は彼女ならやれると、信じた。信じて疑わなかった。
こんな僕にいろんな事をたくさん教えてくれた彼女。こんな僕に笑顔を教えてくれた彼女。
僕に
きっと彼女は将来大物になるだろう。身内の贔屓目といえばそれまでだが、絵を描くしか取り柄のない僕にだって、好きな相手の背中を押すことくらいしたって罰は当たらないだろう。
「だから、私のこと見てて欲しいんだ。キミに!」
「そりゃ見てるさ。そうしないと描けないからね」
「もぉ〜! そうじゃないってば!」
僕の言葉に不満があったのか、頬を膨らましながら赤色の表情を見せる彼女に僕は優しく微笑んだ。
彼女のことを見ていないと、これから先のこの絵の続きが描けなくなってしまう。彼女の表情、声音、仕草、今までの彼女、今の彼女、これからの彼女の全てを見ていなきゃ、僕はこの絵を完成させることはできない。
彼女のくれる彩りを僕の気持ちと一緒に筆に乗せて描いていく。もう、この絵は僕だけのモノじゃなくて、彼女と僕の2人のモノなんだ。
彼女が成長した分だけ、この絵も成長していくんだ。こうやって彼女の物語をこの1枚で表現したいんだ。でも、そんなこと言える勇気なんてないから、僕はただ見てるよとしか言わないし、言えない。
もうしばらくは彼女を赤色の気持ちにさせてしまうかもしれないが、いつかこんな僕にも、その言葉を素直に伝えられる日が来たら、その時は改めて伝えるから、それまでは待っていて欲しいんだ。
赤く膨れたその表情も、僕にとっては目に焼き付けたい彼女と過ごした証なのだから。
そんな彼女の夢が、抱いたその夢が叶う時にはその隣に僕がいて、ソッと微笑みあえたらいいな、なんて気が早い気持ちを先走らせながら、今日も僕はキミ色に染められていく。
彼女の彩りに、キミと言う名の