彩へ   作:ゆめの

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黄色

「今週の土曜日さ、予定とかあったりする?」

 

 いつものように美術室の机の上に座りながら、僕に美しい横顔を見せながら彼女がそんな事を言ってきた。僕は一旦筆を置いて彼女の問いに答える。

 

「むしろ、僕に予定があると思うかい?」

「あはは! それもそうだね!」

「……もう少し、気を使って欲しかったな」

 

 ごめんと言いながら淡いピンク色の舌を出して僕に謝る彼女に、思わず笑みが溢れてしまう。

 実際のところ、休日に僕が何かしらの予定を入れていることなんてほとんどない。親もどこかへ出かけるタイプではないし、僕自身も、どこかへ出かけるようなタイプではないし、そもそもそんな相手がいなかった。

 

 窓の外から時折見える白い雲が、あまりにもスローモーションに思えてしまう。それ程にゆったりとした空間に彼女の足音だけが響き渡る。

 

「星、見に行かない?」

「星?」

「うん。星!」

 

 彼女は風のように僕の横へ来て、星のように目をキラキラ輝かせて、子供のように無邪気な声音で僕を誘ってきた。

 彼女に誘われて、僕が首を横に振るはずがない事は、他でもない彼女自身が良く分かっている事だった。

 

「いいよ。行こうよ」

「やった!」

 

 彼女が喜び、はしゃいで笑みが溢れ、この空間が蜜柑色に染まっていく。僕よりも大人な部分も当然あるけど、やはり彼女は甘えさせてあげたいような、子供のような印象の方が強かった。

 

 もう、随分と星は見なくなってしまった。

 夜道を歩く時に空を眺める時は当然あるのだが、星を見る目的じゃなくて、ただ何となく空を眺めてるに過ぎなかった。

 真っ黒に染まる空を見上げ、何色でもない色の感情を抱き、瞳を閉じる。そして、閉じていた瞳を開けると、どうしてかその先の未来が見えなくなっていた。

 

 あの散りゆく星々のように、こんな、なんて事のない人生を送っている僕も、刹那の幻のように消えていくんじゃないかと思っていた。

 星を見ると、どうしても過去のこういったネガティブな思考が生まれてしまう。自分の苦しさや弱さを痛感して冷静でいられなくなる。

 

 黒や灰色や深い青。それらの色が僕の心の中をひたすらに駆け回る。それでも、彼女と星を見れば何かが変わるんじゃないかって、そう思えた。今までの僕をたくさん変えてくれた彼女と一緒なら、これからの僕もきっと変わることができて、乗り越える事ができるんじゃないかと。

 

「楽しみだなぁ! キミとどこかへ行くのって久しぶりだよね?」

「そうだね」

「むぅ、もう少し楽しそうにしてくれても良くない!?」

 

 そう言って頬を膨らますその赤い感情を見る度に、愛おしくてたまらなくなってくる。

 ごめんねと言うと、彼女が許したと言ってくれて、こんな喧嘩の内に入らないような言い合いをして、僕は彼女との幸せな時間を過ごす。何物にも代え難い、幸せなひとときを。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 待ち合わせ場所には約束の時間の15分前には既に着いていた。

 今日は何故だか少し冷え込んでいるので、厚着をしてきて正解だった。

 

 静寂の中に、風が目の前を通り抜ける音が聞こえる。遠くでクルマが走る音が聞こえる。風に揺れる木々のざわめきが聞こえる。そして、一歩ずつ確実に近づいてくる足音が聞こえる。

 

「お待たせ!」

「そんな事ないよ。今来た所だよ」

「うん。合格かな! はい、ご褒美のアメちゃんあげる!」

 

 異性と待ち合わせをした際に、相手の方が遅くきたら、今来たところだよ。っと返すのがセオリーだった。それ以来、僕は待ち合わせの時は毎回その言葉を口にした。

 これも、紛れもなく目の前にいる彼女から教えてもらったコトだった。

 

「どこで星を見るんだい?」

「それはね、ナイショだよっ!」

 

 彼女はウインクをしながら人差し指を立てて、自らの口元へと運んでいく。そんなイタズラ心が芽生えた子供のような仕草をする彼女に、また魅せられて惹かれていく。

 彼女に連れられながらも、彼女の歩幅に合わせ、彼女の隣を同じペースで歩く。街灯の灯りが何回か僕と彼女の影を重ねていた。

 しばらくすると、人気のない森のような場所の前で彼女は歩みを止めた。まさかここに入る訳ではないよな? そんな思考の答えは、直ぐに彼女から直接伝えられた。

 

「こっちだよ」

「うん」

 

 暗闇は苦手なはずなのに、自ら選んで進んで行くのはどうしてなのだろうかと思い歩いていると、僕の左手と、おそらく彼女の右手の甲が何回か触れる。きっと、暗いから距離感を計るのが難しいって理由もあるだろうが、この場合は彼女からのサインの方が正しいのかな。僕はそのまま彼女の右手を僕の左手で優しく包み込む。

 

「は、恥ずかしいね……」

「イヤだったかい?」

「…………」

 

 彼女は何も言ってはこなかったが、強く握り返された左手が、イヤではないと僕の問いに対する答えを教えてくれた。僕と彼女の手の間には湿り気のある温もりを感じ、僕の心も温色に染められていく。

 

 この先はどこに向かうのかは分からなかったが、それでも彼女と一緒に手を繋げて歩いてることが何より嬉しかった。しばらく歩くと、茂みで生い茂っていた周囲を抜けて開けた場所に出た。そこから見える星空は邪魔な灯りがほとんどないせいか、一段と輝いて見えて儚くも美しいモノだった。

 

「……キレイだね」

「そうでしょ!? ここは私の特別な場所なんだ!」

 

 僕と彼女は芝生の上に並んで腰を下ろし、空高くにキラキラと輝く星々を眺めていた。深い青色の、普段であれば負の感情の色が、今の僕には輝かしい色に見えていた。

 同じ色でもこんなにも捉え方が変わることを彼女は教えてくれた。隣で同じ様に星を眺める彼女。キレイだねと言って顔を上に向けている横顔は、暗闇の中だけど僕にははっきりと見えて、ソレが美しいものだった。

 

「綺麗だよ」

「さっきも聞いたよ! それ!」

「星も綺麗なんだけど、それを眺めてる横顔も綺麗だなって」

「へ……?」

 

 そう言うと彼女はバカと言い残して、顔を隠してしまう。その青い感情の言葉に、僕は微笑みながらごめんと言葉を紡ぐ。

 

「嫌だった?」

「い、イヤってわけじゃないけど……」

「なら、いいじゃないか」

「不意打ちは……ダメ」

「なら、事前に宣言すればいいの?」

「それも……ダメ」

 

 どう転んでも、僕が彼女を素直に褒めるのは許されないらしい。彼女の口数が減って、僕も何も言わず、ただ静寂の時間が訪れる。

 

 不意に吹く風が気持ち良くて。

 

 木々のざわめきが心地良くて。

 

 ソレを、彼女と味わえている事が嬉しくて。

 

「私のこと、好き?」

 

 少し灰色な、不安そうな声音で彼女がそんなことを言ってきた。答えなんて考える必要がないくらいに纏まっていたけど、どうしてそんなことを思ったのかが知りたくて、僕は彼女に聞き返す。

 

「どうしてそんなコト、聞くの?」

「……いいじゃん。別に……」

 

 そして、また暫くの静寂。膝を立て、そこに顎を乗せて彼女が蹲る。僕は、そんな彼女の左肩に、抱き寄せる様に左手を回した。

 最初は驚いていた彼女も、すぐに頭を僕の左肩にあずけてくる。彼女の髪の香り、パッションフルーツの匂いが鼻腔をくすぐる。

 

「いきなりどうしたの?」

 

 今度は彼女が僕にその言葉を言ってきた。別に、深い意味なんてなかったけど、不安にさせたくはなかった。だから、僕の体温で彼女の体温を優しく包み込む。触れた指先が愛おしい程に冷たくて、少しずつ温かくなって、絡み合う。

 

「恋人繋ぎ、好きだよね」

「キミとの距離をもっと近くに感じられるからかな」

「はぁ……ズルいのはお互い様かな」

「えへへっ! 照れちゃったかな!?」

「別に」

 

 朱色に染まっているであろう頬を隠すように、僕は彼女の居る方の反対側を向く。彼女に左肩を叩かれて、名前を呼ばれる。

 

「なん……」 

 

 僕が言葉を紡ぐ前に、彼女の唇によって僕の唇は塞がれていた。唇と唇が触れるだけの初なモノだったけど、僕にとっては充分刺激的で、きっと彼女にとっても精一杯なのだろう。

 

 時間にしてほんの数秒だけど、僕にはとても長く感じた。パッションフルーツの香りが彼女の吐息と共に僕を優しく包み込む。

 刺激的な行為の後はいつも脱力感に襲われるので、僕はそのまま後ろに寝転がる様に倒れ込む。溜め込んでいた息を一気に吐き出す。

 

「今日は桃の味がしたよ!」

「そりゃ、貰ったアメを舐めてたからね」

 

 すると、彼女は僕の上に覆いかぶさってくる。どうやら今日はまだ、満足していないらしい。

 優しくもしっかりと繋がれる手と手。逃さないように離さないように指の間に指を絡めてくる。

 

「……おかわり、したいな」

「好きにしたらいいさ」

「うん、好きにするね……!」

 

 そしてまた、僕と彼女の唇はお互いの気持ちを確かめ合うように触れていく。今度はさっきより長く、僕は彼女のパッションフルーツの匂いに包まれ、彼女は桃の味を堪能しながら、優しく、撫で回すようにお互いのソレが絡み合う。

 

「ふふっ、綺麗だね」

「僕がかい?」

「違くてね、キミの瞳に映る星空がねっ!」

 

 そう言ってキミは虹色の笑顔を僕に見せてくる。まるで、星々の光のように感じて、手が届きそうで届かなくて、触れたくて触れられなくて、愛おしくて離れたくなくて、あぁ、今日は僕も満足できていないみたいだな。

 

「僕もおかわり、いいかな?」

「好きにしたらいいよ!」

「どっかで聞いたね、その言葉」

「さぁ、どこだろうね!」

 

 そしてお互い笑いあって、一瞬の静寂の末に、3度目の口づけを僕は彼女と交わした。

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