彩へ   作:ゆめの

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桃色

 

「演技の仕事を貰えたの?」

『うん、そうなんだ! だから頑張らないと!』

「どうだろうね、トチりやすいからね」

『もぉ〜! ちゃんと応援してよ!』

 

 今日はいつもの美術室ではなく、お互いが各々の自宅に居て、メッセージアプリの通話機能を使って会話をしていた。

 普段から必要最低限のやり取りしかしていなかった白色の生活が、彼女と連絡先を交換してから、その生活は目まぐるしく変わっていった。

 少しだけ、出会った当初のことを思い出す。僕が美術室で絵を描いている時に突然現れた、彼女との思い出を。

 

 後に、鮮やかな色彩を僕にくれる人。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 美術室で今日も一人キャンバスに向かって筆を走らせる。走らせると言っても黒い線画で描かれるソレに、白い色以外が付くことはない。僕は白い色が好きだったから。

 何も足さずに、何も考えずに、無心で付けられる白が一番好きだった。

 

 ガラッ

 

 僕以外の美術部の部員は皆幽霊部員で、当然美術室ここに訪れる事はないし、顧問の先生も今日は出張で学校には居ないはずだった。

 

「……えっと」

 

 そんな思考を巡らせながら、僕はいきなり部屋に入ってきた少女と目が合った。なかなか見かけないピンク色の髪を胸元辺りまで伸ばし、急いでいたのだろうか、息は上がり頬は朱色に染まっていた。すると、彼女は僕が絵を描いていたキャンバスの前まで来て、自分の身を隠すようにうずくまる。彼女の行動の意味が分からず、僕は困惑して灰色の表情を浮かべる。

 しばらくしてから、こちらに近づいてくる複数の足音が聞こえてくる。その足音は僕の居る美術室の扉の前で歩みを止めた。そして、勢いよく扉は開かれた。

 

「あれ? 丸山さんいねーぞ」

「本当だ」

 

 彼等の言った丸山って名前に聞き覚えはなかったが心当たりはあった。扉の前で辺りを見回している彼等と目が合うと、その中の一人が僕に尋ねてきた。

 

「丸山さん見なかった?」

「君らの言う丸山さんって人を僕は知らないし、見かけた記憶もないかな」

「チッ、使えねーな。行くぞ」

 

 自分の求めた返答じゃなかったのか、そんな暴言を吐いて彼等は美術室を後にする。今の一連の流れを聞いていたであろう彼女が、盛大なため息を吐いて、ゆっくりと腰を上げた。またしても、僕と彼女の視線が交わった。

 

「助けてくれてありがとう……!」

「助けたつもりはないけど、一応ワケありな気がしたから」

 

 彼女はあははと苦笑いをしながら頬をかいた。僕はその指先に視線が奪われた。特別何かがあったわけじゃなくて、本当になんてことのない普通の指先なのに、ソレがやけに美しく見えたのだ。

 

「やっぱり、こうやって迫ってくる人は……少なからずいるから」

「結構モテるんだね」

「そ、そんなんじゃないよ……みんなが欲しいのは、丸山彩ってブランドだけだから」

「個人で何かブランドを立ち上げてるの?」

「え?」

 

 なんだか、彼女と上手く話が噛み合っていないような気がした。丸山彩って名前のブランド名は聞いたことはなく、化粧品なのだろうか、それともバッグとかその類のモノなのだろうか。

 暫しの休憩も兼ねて、思考を巡らせると。元々そう言った嗜好品に関しての知識には疎く、当然その答えなんかが出てくることなんてなかった。

 

「私、アイドルなんだ」

「アイドル?」

 

 アイドルとは本来偶像という意味で、神仏をかたどった彫像のことをいうが、一般的にはあこがれや崇拝の対象となる人物の例えとして表現されることの方が多い。

 

 アイドルとはを従えた若い芸能人のことを崇拝者(ファン)いい、歌手、テレビタレント、モデルなどを職業としている場合が多いだろう。

 歌手、タレント、モデルであるからには、歌がうまかったり、話術に長けていたり、スタイルが抜群であったりする必要があるだろう。

 現に、目の前にいる彼女も、歌が上手いのか、話術が長けているのかは分からないが、第一印象、見てくれだけを評価するならば、顔立ちは整っており一般的にも可愛いと言われる対象にはなるだろう。

 

「うん。って、流石に知ってるよね……!?」

 

 少しだけ口角を上げてそう言う彼女とは対照的に、僕の表情は冴えないモノとなっているだろう。その理由としては、僕は彼女がアイドル活動をしている事を知らなかったからだ。さも、当たり前かの様に告げられるその言葉に、僕は疑問符しか思い浮かべていなかった。

 

「あれ? もしかして知らなかった?」

「あまり、テレビとか見ないから」

「あははは……なんかごめんね」

 

 彼女は頬をかきながら困惑の表情を浮かべる。少し悪いことをしてしまったかなと思いながらも、変に気を遣った方が、バレた時のショックは大きいだろう。なら、知らないモノは知らないと素直に言った方が賢明だった。

 

「キミはここで何をしてるの?」

「絵を描いてるけど」

「へぇ〜、どれどれ!? 見せてよ!」

 

 僕の側まで来て、興味津々に僕に尋ねてくる彼女。異性がこんな近い距離にいたことがないので、動揺して身体が固まってしまう。

 

「コレって花の絵だよね? 何て名前の花なの?」

「カモミールって花だよ」

「かもみ〜る?」

 

 知らないやと言って、彼女はポケットからスマホを取り出して操作をし始める。きっと、カモミールについて調べているのだろう。しばらくすると彼女が僕にスマホの画面を見せてきた。だけど、そこに写っているのはカモミールの花ではなく、知らない女の子と犬のツーショットだった。

 

「コレ、私の友達の千聖ちゃんと愛犬のレオンくんなんだけど、可愛いよね!? 2人とも!」

「…………」

 

 カモミールの花を調べていると思っていたので、流石に面食らってしまう。少しだけ、彼女はどこか抜けている印象を抱いた。でも、偶像崇拝にとって、不思議系と言うのだろうか? その系統はさして悪くないモノで、むしろ向いてると言えるだろう。

 僕はそのままキャンバスに白い絵の具を塗り始める。黒で縁どった線画に沿って、筆の先に少しだけ付けた白を重ねていく。今日の白は、少しだけ黒ずんでいるように僕の目には映った。

 

「なんか言ってよ……」

「ごめん。コメントしづらかったから」

 

 誰が見ても分かるくらいに彼女は頬を膨らませて不満気な表情をしていた。その表情を横目にチラッと見ながら、僕は相変わらず筆を走らせる。

 

「かもみ〜る……あ、これか!」

 

 再度スマホをいじっていた彼女。今度はちゃんとカモミールを調べていたらしい。画面をスクロールする動きの様に、指先を下から上へと緩やかに移動させていた。

 

「綺麗な花だね!」

「そうだね」

 

 僕は相変わらず白い色でカモミールを染めていく。そんな僕の様子を見て、彼女が疑問に思ったのだろう。素直にソノ疑問を僕に伝えてきた。

 

「カモミールって真ん中は黄色だよね?」

「そうだね。カモミールの花托は黄色だね」

 

 僕は白い色が好きだった。だから、描く絵を全部白い色で塗り固めていく。でも、白い色にはいくつかの種類がある。同じ白でも色味や色気は違う。付け足す水の量で、塗り固めていく厚さで、回数で様々な変化をしてくれる。

 当然、他の色でも条件は同じなのだが、最終的には、白い色が好きだから、というトコに落ち着く。きっと、彼女もソレを変なコトだと思うだろう。例え変と言われたからって僕のこのやり方が変わるわけでもない変えるつもりもない。僕の中でコレが当たり前な日常で、でもそれを他人は変人って呼ぶ。

 

「すっごく綺麗だね!」

「え?」

 

 自分の抱いていた価値観が真っさらになっていくのを感じた。彼女の思考が僕の思考と同じなのだろうかと変な錯覚を起こす。

 

「綺麗?」

「うん。すっごく綺麗だよ!」

「……そっか」

「全部白いけど、その中にも微妙に違うなって思えるよね!」

 

 その時の彼女は、虹色に、とても色鮮やかに輝いて見えた。僕の抱いていた感覚と同じコトバを彼女は言ってくれた。その時初めて僕は彼女に興味を抱いた。

 僕の真っ白に染まっていた心に入り込んできた黒が、僕の日常をモノクロに変えていた。僕の平凡な日常に彩りを加えてくれた彼女に、その時初めて興味を持って惹かれていく。

 一目惚れとはまた少し違うだろうけど、とても印象的で、忘れられない出来事だった。

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

『ねぇ、聞いてる?』

「ん、ごめん。聞いてなかった」

『酷くない!? ちゃんと話聞いててよ〜』

「ごめんごめん。次はちゃんと聞くから」

『もぉ! だからね──』

 

 彼女との思い出を振り返っていて肝心な話を聞いていなかった為、電話越しの彼女を少し不機嫌にさせてしまったらしい。

 赤色の感情で、強めの口調で僕に文句を言ったかと思えば、今度は緑色の感情で、優しい声音で聞きそびれた話を再度話し始める。

 

 こうやって、他愛のない話でお互い盛り上がって、彼女の声音(子守唄)に癒されて、通話時間がとんでもない時間になっていることに、朝方気がつくんだろうな。

 そんなコトを考えていると、また彼女の話を聞きそびれてしまいそうなので僕は気を取り直して彼女の言葉に耳を傾ける。

 未だに元気に、はしゃぐ様に話す彼女。まだまだ、夜はこれかららしい。

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