彩へ   作:ゆめの

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夏色

 

「夏祭り行こうよ!」

 

 無邪気な彩りが涼しい夏風と共に言葉を運んできた。目を輝かせて、足音を鳴らし、彼女が僕の元へやってきて、時間差でパッションフルーツの匂いと共に優しい風が僕を包み込む。

 

「行くのは構わないけど、人が多いだろうし注目されない?」

 

 彼女は有名で人気のあるアイドルバンドのメインボーカルを務めている。要は有名人なのだ。

 そんな人気のある彼女が男と二人で夏祭りに行ったなんてスキャンダルを撮られた日には、彼女の人生は一気にどん底に落ちてしまうだろう。

 

 好意を寄せてしまった僕にも、彼女を守る義務は当然出てくる。だから、彼女にそういう煙が立たない様することも常に念頭に入れている。

 そう考えた時に、やはり人目が多い場所に二人で行くのは避けた方が良いと思った。

 

 彼女と付き合う以上、我慢しなきゃいけないコトは今までもあったし、これからもたくさん出てくるだろう。でも、彼女が僕の隣で優しい彩りをくれるならば、僕はそれだけで良いと思っていた。

 

「人目は多いけど、多過ぎて逆に目につかないと思うんだよ?」

「決定打に欠けるね」

「キミは心配し過ぎだよ〜」

 

 そう言って頬を膨らませて赤色の感情を見せる彼女に、少しだけ困惑してしまうが、ここで僕がブレるわけにはいかなかった。

 今、僕が歩んでいる道は僕1人だけの道じゃない。僕は彼女のコトを背負っているのだ。ずっと憧れてきて、彼女なりの努力をして、やっと掴んだ夢を壊したくない。

 

 それでも、彼女が欲しいと思ってしまった僕。だから、最後まで、僕と彼女が包み隠さずに関係を公表できるようになるまでは、僕が彼女を守りぬかなければいけない。それが、僕が彼女と付き合う上で掲げた決意だった。

 

「ん〜。でもキミと夏祭りには行きたいもん」

「今年じゃなくても、来年もあるだろうし、再来年もあるだろ──」

「それじゃダメなんだよ」

 

 彼女が珍しく、僕の言葉を遮って発言をしてきた。その声音は、落ち込んでいるようでどこか儚げで赤色のような青色の感情だった。

 

「どうして?」

「この先の未来に、キミが居るとは限らないから」

「……ふむ」

 

 確かに、僕と彼女がこれから先もずっと、付き合っている保証なんてどこにもない。僕が彼女に嫌気がさしてしまうかもしれないし、逆に僕が彼女に愛想を尽かされてしまうかもしれない。

 人の気持ち、感情に絶対なんて保証はない。だからこそ苦しくて悩ましいのだ。彼女の言ったその言葉にすぐに反論できなかった自分に悔いてしまう。

 今現在、僕は彼女と別れようなんて気はさらさらない。だけど、彼女はもっと先の、でも近い未来を見据えていた。

 

「じゃあ来年って約束をして、キミが私の目の前からいなくなっちゃったら……行けないから」

「確かに、保証はどこにもないよね」

「だからね、今年行きたいの」

「今年に関しても、同じコトは当てはまるけどね」

 

 ここから後数週間程でこの関係が何も変わらない保証もどこにもない。人の気持ちなんて空模様と同じくらい簡単に変わるモノでもある。

 

「そうかもしれないけど、来年よりは近い未来だから、その尺度で考えた時に、今の方が確実性はあるんだよ」

 

 彼女のその言葉に僕は納得した。確かに、来年の話より今年の話の方が近い未来であって確実性のある話なのも頷ける。

 

「……分かった。夏祭り、行こうか」

「ほんとっ!?」

 

 彼女の表情がパァっと明るく黄色に変わっていた。何だかんだ言って、彼女には甘い僕で、僕自身も彼女と夏祭りに行きたいとは思っていたので、総合的に折れてしまった。

 せめてこの選択で後悔しないように、当日は細心の注意を払う必要があった。僕のそんな気も知らずに、彼女はひまわりの花のように満開の笑顔を見せてくれた。

 彼女のその表情が、僕の青い気持ちをどんどんと晴らしてくれた。やはり僕は彼女の彩りに恋をして、彼女に恋をしていると実感した。

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 待ち合わせは夏祭りの会場とは少し離れた、あまり人通りの多くない公園の中だった。

 スマホから繋がっているイヤホンを片耳に付けて音楽を聞いていた。

 いつの日か彼女に聞かせて貰ったしゅわしゅわ弾ける夢のような明るくポップな曲。

 懐かしい気持ちと共に自然と笑みが溢れてしまう。ふと、視線を空に移すとそこには綺麗なオレンジ色が広がっていた。

 1つ、また1つと星が見えてくる。いつの日か彼女と並んで歩いた何気ない日のソライロと同じ色をした今日を彼女への想いと共に重ねてみた。

 

「お待たせっ!」

 

 イヤホンを付けていなかった方から優しくて甘い声音が聞こえてきた。

 向けていた視線を空から外し、声のした方へ向くと、そこには彼女が立っていた。だが、彼女の姿は普段とは少し違っていた。

 

「なるほどね、ウィッグか」

「ピンポーン! 正解だよっ!」

 

 そう言ってウインクをしながら、ピースサインを僕に向けてくる彼女にホッと安堵のため息を零す。そのままの姿だとどうしようかと、不安に思ってた僕の気持ちはどうやら杞憂に終わったようだ。

 

「他にもあるでしょ!?」

「他にも、ね」

 

 そう言ってきた彼女は僕の目の前でひらりと1回転して見せてくれた。ピンク色をベースにして、その中に色とりどりのカラーが散りばめられたその装いは、少なからず僕の心を躍らせていた。

 

「浴衣、似合ってるよ」

「うん、正解っ!」

 

 僕の答えに彼女は満足したのか、満面の笑みでそう言ってきた。

 行こうかと言って伸ばしてきた彼女の手を、僕は優しく、それでいてしっかり握り返した。

 手を繋ぐ行為は本来、男から促して求めるモノだとは思うが、彼女の楽しみな思いが、興奮している気持ちがソレを先走らせてしまっているのだろう。

 

 僕より先をいく彼女の夕焼け色に染まる背中が綺麗で見惚れていると、急に彼女が振り返ってきて目があった。満面の笑みで笑う彼女の鮮やかな彩りに僕は心を躍らされて思わず赤面してしまう。顔が、耳が熱くなっていく感覚を覚えた。

 

「どうかしたの? 顔、赤いよ?」

「そりゃ、もう日没だからね」

 

 彼女に恋をして、赤く染めた頬を無理矢理、今のソライロのせいにした。そんな僕の様子を見て彼女は微笑みながら可愛いと一言だけ呟いた。

 僕の照れ隠しなんか彼女にはとっくにバレていて、その事がまた更に恥ずかしくなり僕は羞恥の赤色の表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 夏祭りの場所に近くにつれ、人混みが多くなり、今はもう、はぐれないように気を使って歩くのが精一杯だった。

 離さないように、逸れないようにしっかりと彼女の手を繋ぎ、彼女も僕の気持ちに応えて強く握り返してくれた。

 

 その事が嬉しくて、少しだけ恥ずかしくて甘酸っぱい青春を味わっていた。オレンジ色に染まっていた空もいつのまにか黒く堕天していて、その暗さをオレンジ色の電球の光が淡く照らしていた。

 

「ふふふっ! 来ちゃったね」

「そうだね」

「どこから回ろっか?」

「行きたい場所はあるの?」

「えっとね〜、焼きそばとかたこ焼きとかりんご飴とか、たくさんあるよ!」

 

 子供のように無邪気にはしゃぐ彼女、食べたいモノ、行きたいお店の名前を次々と出しながら微笑む彼女。その姿に少しだけ頬が緩むのを感じた。

 

「キミは、どこか行きたい場所はあるの?」

 

 彼女にそう質問されたが、答えノーだった。僕が個人的に行きたいお店は何もなかったが、それにはちゃんと理由があり、彼女と一緒ならどこだって良いからだ。

 彼女の照らす光に、塗り固められる彩りに導かれるままに進んでいく、歩んでいくのが至福だった。

 

「特にないよ。一緒に居られれば、どこだっていいからさ」

 

 僕がそう言うと、彼女は目を見開いて僕を見つめていた。しばらくしても動かない彼女の頬にソッと優しく触れてみる。

 

「大丈夫?」

「へ……? ちょ……」

 

 彼女のオレンジ色に染まっていた頬が朱色に変わっていくのが目に見えて分かった。それ以上顔を見られまいと彼女は僕に背中を向けてしまう。

 その挙動が愛しくて可愛かったのは、今でも心に残っているし目にも焼き付いている。

 

「わ、わたあめ買いに行こう……!」

「うん、いいよ」

 

 彼女がそう言って一人歩いて行ってしまう背中が寂しくて、彼女の左手を僕は右手で掴んだ。こういう場所では手を繋ぐ、っていう恋人らしい理由ではなく、このまま彼女が遠くへ行ってしまいそうな不安が僕をそうさせていた。

 一瞬驚いた彼女も、すぐに僕の手を彼女なりの強目の握力で握ってくる。僕にも彼女にも不思議と笑みが零れる。あの時、彼女の想いを汲み取っていて良かったと、まだ祭りが始まって間もないながらも、そう思える事ができた。

 

 

 

 

 

 ▼

 

 

 

 

 

 彼女と過ごす祭りの時間はあっという間に過ぎていった。

 

 金魚すくいで袖を濡らしそうになる彼女。

 

 フライドポテトを特別山盛りにしてもらってる彼女。

 

 絶対に取れないであろうぬいぐるみめがけ玉を射ち放ち、的に当たりすらしない彼女。

 

 一気にカキ氷を食べ過ぎたせいか、頭が痛くなっている彼女。

 

 フランクフルトを食べながら、頬にケチャップを付けている彼女。

 

 終わる時間なんて考えずに、ただひたすらに彼女と楽しんで、駆け抜けたお祭りだった。

 

 楽しそうにはしゃぐ彼女も。

 

 食べ物を美味しそうに食べる彼女も。

 

 射的が何も取れなくてむくれる彼女も。

 

 その、どれもが僕にとって新鮮で新しくて、大切で忘れられない思い出となった。赤や青や黄色や緑と様々な色模様で僕に魅せてくれる彼女の、鮮やかな彩りに僕はもう一度恋をした。

 

「そういえば、最後には花火上がるんだよね!」

「花火か、実際に見たことはないかな。テレビとかではあるけど」

「えぇ〜!? ないの!? もったいないよ〜」

 

 こ〜んなに大きいんだよ! っと身体全体を使って表現してくれる彼女が少しだけおかしくって頬が緩む。

 彼女いわく、花火の彩りはとても鮮やかで綺麗らしい。彼女の見せてくれる彩りと、どちらが美しいのだろうか? まぁ、それは比べるベクトルの違うモノなので結論なんて出ないだろう。

 それに、どちらかを選べばと言われれば、彼女と答える以外の選択肢はないだろう。昔も、今も、これからだってそこのポジションは変わらない気がした。

 

 彼女のくれた彩りが、彼女が見せてくれた彩りが僕の中で一番鮮やかで美しくて綺麗なのだから。

 花火の開始アナウンスと共に打ち上げられるソレらは、僕の想像を遥かに超えて美しいモノだった。それこそ、まさに色とりどりで様々な色合いを見せてくれた。意外にもカラフルな印象で、それなりに音は大きいモノで、それでいて見てて楽しい。そんな気分になれた。

 

 コレを楽しめてるのは、同じく隣ではしゃいでいる彼女と見れているからかもしれない気がしなくもないが、たとえ一人で見ていたとしても綺麗とは答えるだろう。

 

 きっと、コレが俗に言う夏の音というモノなのだろう。

 

 ここへ連れてきてくれた彼女への感謝の想いと、好きだって想いをこの夏の花火に乗せて伝えてみる。

 

「ありがとう、好きだよ」

 

 花火の音に紛れ隠して彼女にそう言った。当然、彼女には聞こえていないので返答は何もないが、それだけでも満足だった。それ以降も次々と花火は打ち上がる。

 そんな花火に照らされている彼女の横顔に、心が躍るのを自覚した。

 そして、フィナーレに一際大きな花火が僕らの頭上に咲いた。僕ら二人の影と赤、青、黄色が混ざり合い、こうして夏が過ぎていく。

 

 美しい花火がパァっと咲きほこり、この世で一番の輝きを放つ。でも、その輝きは一瞬で崩れ去ってしまう程に儚いモノではある。でも、形に残らずその一瞬に全てを賭ける姿がまた良いのだろう。また来年来ようねと小指と小指を絡ませる。分かったと僕も頷く。

 

 約束だよと彼女が微笑む。これがそう、僕らの夏の恋物語。

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