うーん、モデルにした紅茶を飲みたくなった。
臨時スタッフのメイクに指示を出し自室へ戻る。
これから休憩時間だが先ほどのアドバイスが気になっていた。
「最近だとこんな紅茶もあるんだ。そうね確か入荷した中にアレもあったはず……」
休憩中だがホテルをよりよく出来る事があるとなればメモリを割かれてしまう。
「うん、後で初陽さんに一度意見を聞いてみましょう。きっとサンライズがもっと素晴らしいものになるわ」
そうとなればいてもたってもいられない、すぐに準備を始めなければ。
『ルクレール、セレスト今大丈夫?』
『うん。…いや、ちょっとお客様対応中』
『私はだいじょぶですよ、エステラ』
ではセレストにちょっと付き合ってもらおう。ルクレールに邪魔したことを詫びつつ厨房に向かう。
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「エステラぁ、さっきの呼び出しってこのこと?」
「ええ、お客様により満足頂けることは無いか輸入業者の方がアドバイスをくれたの」
セレストが少し間延びした声で聴いてくる。
彼女はセレスト、同じ自立人型AIで後輩にあたる。私やルクレールの次に長い経験を持ち頼りになる存在だ。
背が低いセレストに合わせかがむ。彼女と情報伝達する際にはどうしてもこうなってしまうがその際の表情は実に微笑ましい。笑顔とはまた違った形で暖かな気持ちにしてくれる。
彼女も同じライフキーパーだが体格的にお客様に対して柔らかな雰囲気で対応出来る。そのためデータのみならずなんとも感覚的な表現になってしまうが、雰囲気というものを感じ取ることがうまい。
「ほ~ん……なるほどなるほど。相変わらず勉強熱心だね~、でも適度に力抜いてこ~」
「あなたはそのままでもいいと思うわ、お客様から好評だもの」
使命とは各々のAIによって違う、もちろん同じ使命を持ったAIもいるが全く同じ行動をとるだろうか?
それは全く持ってありえない。例えば歌で幸せにする事を使命とするAIがいるとする。
そのAIがフェスに出場するならば全く同じ曲、同じ衣装を選択するだろうか?
抽象的な表現しかできないことがもどかしいがこれが最もしっくりくる、要は経験、蓄積だ。
そのためAIであろうと意見をもらうという事は驚くほどに重要だ。
「う~ん、確かにいい品質で目玉になりうるかもしれないけど……」
「正直、ちょっとメインにするには難しいのよね」
なんだ分かってるじゃんとセレストも安心した様子で笑う。
新商品に目が眩んでしまっているがあくまで
お客様が専ら期待されているのはディナーやランチのメインデッシュ。
そこに紅茶をはいどうぞというのは些か思考が青い。紅茶は赤いのだ。
しかしメインディッシュを無理に変えてもちぐはぐな印象になり、改悪になってしまう。
「内容は大きく変えない方がいいと思うの。元々しっかり考えられていた内容だし」
「私もそう思うよ~、飽きがこないよう計算されて時季のものも入ってるからね~」
「なら……どこを変えるべきだと思う?」
自分の中である程度答えは決まっているが、別の視点から考えられた意見も欲しい。それがこの打ち合わせの目的だ。
「ん~、1個組み込むかな」
おやと思う、自分としてはやはりデザートにと考えていたが新しく組み込むというのは想定外だ。
「新しく組み込む案?正直ちょっと内容が厚くなりすぎてお客様からすればくどいかなと思ったのだけれど」
「そんな大層なもんじゃないよ、ただフロマージュ――要はチーズ――をご要望の方がいらっしゃったんだけど結構評判良くてね~他のお客様も注文されていたから」
フロマージュか。確かにテーブルの整理を兼ねてフロマージュを出す事はコース料理でもままある。
「デザート前に飲み物を出すのはおかしくないし、そのタイミングでサービスをってね」
「なるほど、確かにいいアイディアね。今度担当の方と打ち合わせだから提案させてもらうわ」
よろしく~と手をひらひらとさせ業務に戻る。
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「やあエステラさん。今日は先日の続きという事でいいかな?」
お客様兼スタッフという立場である
その後ろにはサポートAIであるメイクがじっと佇んで命令を待っている。
「おはようございます初陽さん。はい、ご用意頂いた紅茶でご提案の仕方をこちらでも少し考えてみたのですが……」
ほうそれはぜひ聞きたいという様子でこちらに続きを促す。
「現状のコースメニューの中にデザートがあります。そちらの前にフロマージュを加え、紅茶と一緒に提供させて頂きます」
「ふむ、なるほど。だが少々インパクトが弱くないかね?確かにフロマージュやチーズとは紅茶の相性は抜群だ。召し上がられたお客さんからの手応えは悪くないだろう。だが
少し落胆した様子で初陽が首を振る。期待外れ、そんな様子だ。
「その通りです、なので『宇宙ホテル サンライズ』らしいサービスのご提案をと。そこで専門家の方にご相談なのですが……」
既に興味を失ったような雰囲気を見せる初陽だったが次の一言で大きく興味をそそられる事になった……。
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悪くはなかったなここのメインディッシュは。
この宇宙ホテルサンライズに赴いたのは今回が初めてだ。とある仕事とそのついでに輸入業者をやっている。
前々から宇宙ホテルは高い評判で噂になっていた。地球のどこでも見れない光景、満天の星空を楽しめるのはここだけだと。
それだけではない、『心を込めたおもてなしを』というAIが言うには皮肉めいたCMは存外好意的に受け止められている。客は再びこのサンライズにまた訪れたいと、
全く持ってばかばかしい、AIと人間は別物だ。
AI人権法成立でより人間とAIの距離感は近くなった。先のCMのような表現も最近では珍しくない。
ふさわしい距離感というものがある。何もAIよ全て滅びろと極端な事を言うつもりはない。
だがこのままいけば人間のあらゆる立場が危うくなりかねない。その意味では線引きをし、そこから超えないよう弁えさせるのは生み出した人間が負うべき責任、コントロールする責任だ。
そんな中でほぼ自立人型AIにより管理されたこのサンライズに赴くというのは些か恐怖すらあった。あらゆる管理をAIに任せているともなれば小さな事故でも致命的になりかねない。
ビジネスだからと自分の中で割り切りをつけ気合を入れてやってきたが拍子抜けた雰囲気だ。
確かに近年飛躍的進歩した科学技術は宇宙ですら観光を可能にした。現在の科学力ならば気にしすぎとも言える。
そんな中で出会った自立人型AIのエステラというホテルオーナーだった。
まったく今ではAIがオーナーになるのかとすら最初は憤慨した。だが堂々としたサービスは遺憾ながら満足できるものだった。
その表れが先日相談されたサービス内容だろう。ただ食事を出すだけでない、まさしくこの宇宙ホテルという場と茶という考えを一体化させるようなアイディアだった。
(実際に試し、反応を見てみないとな)
AIの躍進におもしろからぬ心はあるが、興味深い提案を断るほど融通が利かないわけではない。そうしてビジネスとしての枠を超え少しばかり趣味の領域で手伝うことになった。
「お待たせ致しました。本日の紅茶でございます」
そういってサービスを行うのはエステラだった。どうにもこのホテルのAIは役職関係なく様々な仕事を行うらしい。全く持って昔の価値観だ。嫌いではないが。
「ありがとう。これが例のものかな?」
「はい、アドバイス頂きありがとうございます。おかげ様で心を込めたサービスを行えます」
たいした事はしてないさと綺麗なお辞儀をするエステラに手を振る。
どうぞこの後もごゆっくりお楽しみくださいと告げ離れていく。どうやら内容の説明に移るようだ。
「皆さま、メインディッシュはいかがでしたでしょうか。少しでもお客様のご期待に添えられたのであれば幸いです」
案内に歓談を楽しんでいた客がエステラへと注目する。
「さて、当ホテルは間も無く夜に入ります。……しかしながら皆様がおやすみになるには少々早い時間です」
付近から小さな笑い声が上がる、気持ち的にはまだ6~7時といったところか。子供すら寝るには早いだろう。
そして、満点の星空が顔を出す。
成程これは見事なものだ。空とはいつみても同じものだろうと思っていたが自分の思い違いだったようだ。
「本日は実によく星空が見える日で、皆様の旅を祝福しているかのようです」
「ひと際目立つ星はうしかい座のアルクトゥルス。別名五月雨星とも呼ばれます」
「ささやかながら、私どもよりサプライズを。ただ今出させて頂いた紅茶ですがそのアルクトゥルスをイメージして特別にブレンドされたものとなっております」
「暖かな気候の中でうっすらと肌寒い梅雨が近づく5月の頃、そんな日にほっと落ち着く紅茶に仕上がっております」
そう言ったところでウェイター達――もちろんAIだ――が小さな容器をもって各テーブルへと近づく。
「こちらの紅茶は濃厚な味わいに仕上がっております。ストレートでも美味しいですがぜひこちらの金平糖を加えお試しください」
そう
今回エステラから提案があったのは紅茶に加える砂糖は他のものでもよいか だ。
この提案には非常に驚いた。てっきり素晴らしい紅茶には素晴らしいデザートをと安直な提案がされるのではないかとすら思っていた。
そもそもの大前提として、私の、極上の品質の紅茶という言葉を頑なに信じていた。
この紅茶は疑いようもない素晴らしいものだ、であればこの紅茶を活かさなければならない。
どのようにすれば素晴らしい味以上の感動を得るか?
その答えがこの宇宙ホテルサンライズという場。
カップに注がれた深紅の紅茶は宇宙のような深みを思わせ、金平糖――星に例えられる事が多いそれは――宇宙に星を加えるような所作は格別の味わいと感動を与えてくれる。
「金平糖……紅茶にいれるなんてあまり聞かないですが、美味しいんですか?」
どこかからそんな質問が上がる、確かにあまりメジャーではない。だが隠れた楽しみとして最近喫茶店でも使われている。
「はい、一般的なスティックシュガーに比べるとゆっくりと溶け味が変化していきます。さながら星の瞬きのような変化をお楽しみいただけます」
他の客も興味深そうに手元のティーカップを覗く。特に子供は興味津々の様子だ、子供には甘くない紅茶よりも甘い紅茶だろう。
ただしとエステラが付け加える
「宇宙に星は限りありませんが、この宇宙には味わいというものがありますので数個程度にされるのがおすすめです」
場がどっと湧く。やれやれ最近のAIは比喩もうまいものだと感心する。
さて、自分も頂くとしよう。
口に含んだ瞬間、口当たりはすっきりとして、砂糖によって引き出されたコク。
それが口いっぱいに広がる。
「上手く引き出されているな。この紅茶の良さを」
今回専用にブレンドした紅茶――アルクトゥルス――はコク深い、奥行きのある味わいに仕上げた。
いうなれば単体で楽しむよりも何かと組み合わせる事でより楽しめる紅茶だ。
満足いく仕上がりだ。それを引き出したのがAIというのがなんとも皮肉めいているが。
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「初陽さん、色々とありがとうございました」
早いものであれから数日。例のサービスは好評なようで星を飲むと話題になっていた。シャンパンではあるまいし。
「いえいえ、私も仕事だけでなく趣味もかねての滞在でしたがとても楽しめた」
これは偽らざる気持ちである。
「おかげ様でとてもよいサービスが出来ました。先の便で帰られたお客様もとてもご満足いただいた笑顔でいっぱいに」
そう語るエステラは満足そうだ。笑顔、笑顔か。彼女の使命はお客様に笑顔とかそんなところだろうか?
軽く彼女と話したところで地球への便がまもなく出発すると案内が出る。
「初陽様。お客様として、スタッフとしてどちらの形であれまたお会いできる事を楽しみにしております」
「ええ、機会があればぜひ」
そう言って別れ、通路をサポートAIのメイクと共に進む。
「……確認事項は滞りなく終わっているな?セキュリティはどうだった」
「はい、やはり権限は全てエステラに集中しておりました」
「そうか……やはり、例のAIを使う事になるのだろうな」
ふと立ち止まり窓からサンライズを見る。
「多少惜しくないでもないが……ビジネスはビジネスだ。依頼のほうを優先しなければな」
「トァクに報告しておけ、『初陽は上った、落陽を待つ』と」
「畏まりました」
というわけでエステラ編です。
アニメの1年くらい前の想定です。
トァクもそんなすぐ潜入してテロなんてできんやろ……と思い下準備みたいなものを組み込んでみました。
落陽事件っていうネーミングセンス 超好き
ちなみに話で登場したブレンド アルクトゥルスは勝手にイメージをして作りました。
実際に作って試してみましたが、やっぱりコクを出すならインドのアッサム、濃厚さだけならスリランカのルフナも捨てがたいですが……。
じゃあ混ぜたろと思い2種のブレンドに。
悪くない仕上がりでした。ただちょっとストレートだと飲みなれていない人にとっては重すぎる味わいに。
本編では金平糖でしたがミルクか蜂蜜なんかもよいかもしれませんね