私は星が好きだ。輝ける星の煌めきが好きだ。ひとり孤独に、何者にもまつろわぬ一番星が好きだ。この都会でも、一番星は街の灯りに負けず輝いている。その有り様が好きだ。
わたしは星が好きです。輝く星の光が好きです。みんな一緒に、夜空を埋め尽くす流星群が好きです。トレセン学園では、あまり星は見えないけれど。それでも必死に煌めく、そのど根性が好きです。
そうして、人気のない夜の道。空を眺めてふらりふらり。私、アドマイヤベガはダービーをあのテイエムオペラオーから勝ち取った後、ばったり調子を崩してしまった。もう、走る感覚も朧げになっていて。引退も少し頭によぎる。
そうして、人通りのない夜の道。空を眺めて歩いて。わたし、スペシャルウィークは最近いまいち調子が出ません……。グラスちゃんに負けて、前の京都大賞典も。なんだかもう勝てないような、そんな不安も頭をよぎります。
「はぁ……」
ため息をついて、私は前を見てなくて。
「ふぅ……」
空を見上げて、わたしはぼーっとしていて。
どしん。思いっきり、衝突した。互いにうめき声をあげる。この道を人が通るなんて珍しい、そんなことを思った。ただまずは、謝らなければ。
「……すみません」
「ごめんなさい……。いたた……」
目の前の娘を見て。わたしは、痛いのも忘れて驚き慌てました。それは、向こうも同じだったようです。また小さく、互いに叫びました。
「スペシャルウィークさん……!」
「アドマイヤベガさん……!」
「あの、私。アドマイヤベガって言います。……ダービーの先輩として、尊敬してます。スペシャルウィークさん」
「わたしもです、アドマイヤベガさん! わたしも貴女のダービー見てました! ……あっ、よろしく、スペシャルウィークです!」
目の前の人は、礼儀正しくハキハキと。見ていると元気を貰えるような気がした。こちらも深くお辞儀をする。
「あの……星を眺めてたんですか?」
「……うん、ベガさんも?」
「そうです、あの一番星……。歩いても歩いても、場所が変わらないのがなんだか素敵で。私、星を見るのが好きなんです」
「……わたしもです、ベガさん! 子供の頃はね、おかあちゃんと一緒に満天の星を眺めてて……。こっちに来て、星の見える数は減ったけど。星が光ってることは変わらない。おかあちゃんも見てるかな〜って、すこし寂しくなるんです……」
気づけばわたしたちは、河川敷のふわふわした草むらに腰を下ろしていました。まさに星の巡り合わせ。運命的な出会いのように思えました。
「秋の星空。綺麗ですね……。本当に、どこでも星は光っている」
「そうですね……。……あっ、今の、流星! 見たみた!?」
「……えっどこですか! ……って、もう遅いですよね……はは。……はぁ。流星、ですか。流星って一瞬激しく輝いて、でも消えてしまうじゃないですか。それが、なんだか寂しく思ってしまいます。……いまの、私のようで」
少し、弱音を漏らしてしまう。ダービーの後の私は、スペシャルウィークさんのそれとは違う。このまま走りきれず、終わってしまうのだろうか。あの流星のように、最後は誰にも見えない暗さになって。
ふとあの人……オペラオーの姿が頭に浮かぶ。そういえばあの人も、最近はいまいち勝ちきれていないようだ。元気にはしているだろうけど。大丈夫、だろうか。
「ベガさん……。……実は、弱気になってるのはわたしもなんです。わたし、最近怖い。走るのが、怖い。この前の京都大賞典なんか、一番人気なのにぼろぼろで。期待を裏切るのが、怖い」
「スペさん……」
「でもわたしには、夢があるから。日本一のウマ娘になるって夢が。だから。今日だけ。今日だけ弱音を吐こうと思って、星を見に来たんです」
「……やっぱりすごいです、スペシャルウィークさんは。私にも夢があったんです。でも。私の夢は、ダービーで燃え尽きてしまった。世代最強にはもうなれない。それは誰かのせいとかではなく、私が走れていないから」
肩を寄せ合い。星を見上げて。今だけ、弱さを曝け出す。わたしたちだけの秘密を、星の前に並べてゆく。
「グラスちゃんにね、負けちゃって。負けるのは何度もあったけど、今度の負けは初めてだったんです。なんだか完敗、って感じがしちゃうような。それっきり、一番にはなれないような」
「オペラオーって人が、どんどん強さを見せていて。あの人がシニア級の先輩方にも負けない走りを見せるほど、同世代でオペラオーに勝ったはずの、私の存在が小さくなっていく気がして」
その名を聞いて、少し先輩が反応する。
「ああ、オペラオーさん! 前の京都大賞典で悪いことしちゃったなあ……。わたし、全然ダメで。それをマークしてたオペラオーさんも伸び切らない結果になったというか……。わたしのせい、なんて言うのは傲慢ですけど」
「世代最強の一番星。それは多分、あの人のことなんだろうなって。今なら思います。……私じゃ、ない。……私、聞いちゃったんです。黄金世代に比べたら、オペラオーが勝てるのは同世代が弱いだけだって。……一番を目指してたはずなのに、私はいつのまにか一番の足を引っ張るだけに……」
「それは、違うと思う」
世代最強。その言葉は、わたしたちにとっても重いもの。だから、分かる。
「たとえば上の世代に憧れる人がいて。その人を目指して、走る。それは素晴らしいことですけど、それだけじゃダメなんです。
競い合う仲間がいるからこそ。近くにいる相手を見据えてこそ。強く、速く走れるんです。最強は、一人で走って決めるんじゃなくて。レースで決めるんだから」
「誰かと、走る」
「そう! だから。ベガさんもきっといつか、また。一緒に走れるようになります! みんな、みんながライバルなんだから!」
ちょっと受け売りだけど、と先輩は笑って付け足した。でも、確かに染み入った。ライバル。私はオペラオーのライバルだ。そう言うことになっていた気がする。
気がつけば、すっかり暗くなっていて。そろそろ門限が近い。寮に帰らないと。……明日は少し体調が良くなっていたらいいな。そう思った。その時、横から不意に声がした。
「……あっ!」
「……あっ」
釣られて声を上げたのではない。しっかりと、その目の先にあるものを一緒に見たから。1秒間ほど。とても長くて短い時間。星がきらり、明るく燃えた。
「……こんど! こんどこそ! ベガさんも見ました!?」
「はい! 見えました!」
俄然、二人で盛り上がってしまって。ベガさんがそんなに興奮するのは滅多にないことのような気がしたので、それもまた嬉しくて。
思わず高揚してしまう。レースに出た時の、一番になった時のそれを思い出すように。二人で感情を分かち合えるのが、とても素敵で。
わたしも頑張らないと。弱音を吐いて、心を見つめ直して。何かが、掴めた気がした。
私も頑張らなくちゃ。誰かとたくさん話すのは、本当に久しぶりだった。また、いつか。
「あの、スペシャルウィークさん」
「……? なんでしょう?」
「いつか、一緒に。走りたいです」
それは、出会いに対する最大の賛辞。
「……うん! 一緒に。走ろう!」
自分がそんなことを言われる側になるとは、思ってもなかったけど。少しこそばゆいです……。
「だから」
そう、だから。
「……また一緒に、星を見ましょう!」
今日から、わたしたちは友達です。