ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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take me to paradise.


初期設定のマンハッタンカフェと楽園

 屈腱炎。ウマ娘が一生走れなくなるような病気で、レース引退の原因としてはポピュラーだ。幻の無敗ウマ娘アグネスタキオンも例外ではなかった。運命には逆らえなかった。はず、だった。

 しかし彼女は再び走り出す。光を超え、運命さえ超えた。復帰戦は今年の有馬記念らしい。一年以上ぶりのレースが年末の中山とは、つくづく馬鹿げたウマ娘だとは思うけど。それならば、宣戦布告を受けた私も馬鹿げていなければならないだろう。

 日本に帰国してからの2ヶ月。この極めて短い期間で私も屈腱炎を克服するのだ。まだ凱旋門での敗北も、そこで気づいてしまった脚の違和感も色濃く覚えている。でも、その先の道へと私たちは一歩足を踏み出した。

 全てが激しい向かい風の中だとしても。それでも、前へ。前へ。

 そう、前へ。

 

 

「ふっ……!」

 

 トレーニングマシンを使って、脚に負担をかけないように全身を慣らしていく。早期に気づいた故に私の脚はまだ軽い炎症で済んでいるらしい。それならば、次の一度さえ我慢すれば─。

 そんな思考をすぐさま止める。君が抱きしめてくれた時の熱い身体と心臓を思い出す。私だけなら壊れ果ててもいいかもしれない。でも、私たちは無限に羽ばたくのだ。果てなく続く楽園への道は、漆黒と純白の二重奏によってのみ踏破される。

 君のためにいることが、私の存在意義で。私のためにあることが、君の存在意義だと。私たちはそれぞれの役目を、相思相愛となんら変わりないものだと見つけたのだ。

 求むこと。与うこと。それらは等しい。貪られることを望むが故に差し出し、噛み砕くことを望むが故に捧ぐを受ける。だから。

 

「どうだ、カフェ」

「おや、トレーナーさん。トレーナーさんにも調べることがあるのでは?」

「……すまん、君が気になって」

「私もです。……来てくださって、嬉しい」

 

 私たちは、互いだけを見ていていい。

 

「出走登録なんだけどさ、当然脚の不調は隠せないし、治る、走れると言えるようになってからにしなきゃいけない」

「当然のことですね。私の惨敗はきっとこちらでもニュースになっていたでしょうし、脚の不調も知れ渡っている。……以前なら、苦痛くらいは隠して走れたのですが」

「もちろん、俺はそんなの許さないよ。君の細かい表情から、痛みを隠してたとしてもそれを見逃さないつもりだ」

「でしょうね。トレーナーさんにはバレてしまいます」

 

 もちろんあらゆる治療は受けているが、走行途中の違和感はまだ拭えない。そのことに私が気付けば、トレーナーさんはすぐさま走るのをやめさせる。私の未来を慮ってくれているから。

 

「でも、出ますよ」

「……ああ。君は有馬記念二連覇を成し遂げるんだ」

 

 心の一致。これ以上に優しく強い力なんてない。だからそれは必然。脚を治す時間がなくとも、相手があの超光速の粒子でも。

 私たちが再び頂点に座するのは、必然なのだ。

 

 

 まず一枠一番───。

 

 誰かの名前が挙げられるたびに、大歓声が巻き起こる。当然、ここに並び立つのは並大抵のウマ娘ではないからだ。

 

 五番人気は───。

 

 ああ、ならば血湧き肉躍るとも。我が本質は大罪の獣。血に飢えた猟犬なのだから。

 

 復帰戦とは思えない抜群の仕上がり! 一番人気、アグネスタキオンの登場です───。

 

 これまでで一番の歓声。私を追う立場に立ったといいながら、結局貴女が一番人気か。私の唇から苦笑が漏れる。

 

 そしてこちらも注目のウマ娘! 目指すはライバルの打倒か、二連覇か! マンハッタンカフェ!

 

 ワアァァァァァ───。

 

 パドックに、私が立つ。私が目指すもの。否、私たちが目指すもの。愚問だ。そんなものはあの日、三年前のあの時からずっと変わらない。

 楽園だ。それ以外には、何も要らない。

 だからその前に立ち塞がる敵は、牙を以って罪科に溶かすのみ。

 輝く闇に身を包んだ少女は、光る羽飾りに触れながら一人想う。たとえ一人で舞台に立とうとも、既に彼女は独りではないから。

 運命は姿を変えた。この先の勝負の行く末は、誰にもわからないだろう。

 翼を広げて。彼女に今見えているのは、運命でもゴールでもない。そういった決まり切ったものは、既に役目を失った。

 黄金色の瞳が捉えた、楽園への道標は。唯一ずっと変わらないものは。

 

「さあ各ウマ娘、揃ってゲートに入ります」

 

 君しかいない。君が、連れて行ってくれるのだから。

 

「スタートしました!」

 

 運命の外へと、駆け出そう。

 

 

 アグネスタキオンは先頭集団に付けている。私は後方内側で、どちらもきっといい位置なのだろう。私がマークするとすればやはり、彼女しかいない。

 中山レース場のコーナーは六つ。内側を回っていけばそれだけ有利になる。そういった知識はアグネスタキオンも持っているだろうが、私には去年の経験がある。依然、有利だ。

 しかし、それでも警戒せねばならない。いくら復帰戦でも、初めてのコースでも、相手はあのアグネスタキオン。光と運命を超えたウマ娘なのだから。

 

「ふーっ……」

 

 息を入れる。徐々に前方に進出し、スパートのタイミングを見極める。中山ラストの直線は310mで、決して長くはない。差しの戦法を取る私はここで勝負を決める必要がある。……行こう。

 四つ目のコーナーを曲がり、バ群が出来て来た。……ここまで来たなら、内側を走り続ける必要はない!

 だっ、と大外へと向かう。刈り取る体勢に入る。ステイヤーとしての私の素質は、この距離でもそれなりに余裕を持って走り続けさせてくれる。……そして、アグネスタキオンは。

 

「アグネスタキオン、抜け出した! この距離からロングスパートをかけるか!」

 

 ちっ。早めにねじ伏せてしまうつもりか! 彼女には先行バの中では負けるはずがないという自負があるのだろう。故に、警戒するべきは私のような差しウマ娘のみ。だから早めにスパートをかけ、距離を取ってしまうのだろう。……だが、なら。やるしかない。

 私だって、この程度の早仕かけに耐えられないような脚はしていないのだから。

 

「おっと! マンハッタンカフェ、大外から猛追! ぐんぐん伸びていきます!」

 

 貴女が力でねじ伏せるというのなら、私はそれ以上の力を振おう。

 集団から抜け出して、二人の一騎討ちが始まる。こんなにも早く勝負を仕掛ければ、それだけスタミナ切れのリスクを背負わなければいけないけれど。

 

「私は貴女に負けるわけにはいきません……アグネスタキオン」

「ふぅン……。同感だね、カフェ!」

 

 宣戦布告を受けた手前、勝負しないのはあり得ない。激しく競り合い、そのまま直線へともつれ込む。

 

「……はあっ……はあっ……!」

「アグネスタキオンにマンハッタンカフェが追いついた! しかしアグネスタキオンも差し返す! これは意地だ! かつて世代最強と言われたウマ娘と、"今"世代最強と言われたウマ娘の意地だ!」

 

 思えば彼女が居なくては、私はここまで辿り着けなかった。さまざまなサポートを受けた。挫折からの立ち直りに於いて、彼女の助けは必要だった。そして、最後。この瞬間。

 

「二人とも失速しない! 衰えない! 最強がここで決まるのか!」

 

 もう、一、回!

 

「おっと僅かに、僅かにマンハッタンカフェ! まだ脚が動く、動いている! そのまま───」

 

 ありがとう、アグネスタキオン。貴女のおかげでまた、私は未来を目指せる。

 

 

「……ふぅ」

「はっ……はーっ……」

「お疲れ様、カフェ」

「そちらこそ、タキオンさん」

 

 芝の上に寝転がり、互いを労う。

 

「……やはり早仕かけはまずかったかな! 私としたことが……早く走りたくってたまらなかったんだ」

「おやおや、負けた途端に言い訳ですか?」

「これは手厳しいね。……でも、やっぱりいいものだね」

「……ええ」

 

 レースでしか得られないもの。その最後のピースを、ライバルを。漸く私たちは見つけられた。

 

「また走りましょう」

「ああ、勿論だとも」

 

 やがて意識がはっきりしてくる。二人の会話は、称える大歓声に覆われていく。

 

 

「カフェ! その、その……」

 

 地下に戻ると、トレーナーさんが出迎えてくれた。言葉に詰まるのを見るのは初めてだ。でも、私も告げられる言葉がない。……ああ、一つあった。

 

「ねえ」

「私は、辿り着けた?」

 

 息も絶え絶え。思考も拙い。それでも、これだけはずっと揺るがない言葉だ。

 

「ああ」

「俺たちは、互いをここまで連れて行ったんだ」

 

 そう、返答があった。側から見れば意味のわからない会話でも、私たちにとってはこれ以上ない。

 そのまま、倒れるように君に抱きついて。君も、私を抱きしめてくれて。

 

「……トレーナーさん」

「おめでとう」

「そうですね、ここだったんですね……楽園は」

 

 魂が満ち足りる場。二人の場所。それはつまり二人で互いを見つめながら居るならば、何処であろうとも。

 

「漸く、しっかり口にできることがあります……いいでしょうか」

「もちろん。カフェの頼みなら」

 

 かぷり。君の舌に噛み付いて。吸い尽くすように貪って、唇を離した後に言の葉を紡ぐ。

 

「好きです、トレーナーさん」

 

 それは何度も咀嚼した気持ちだったけど。きっとそれを初めて告げた私の顔は、くしゃくしゃの笑顔で染まっていたのだ。

 ずっと、本当の永遠。楽園は、私の傍に。

 

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