私は、見知らぬ場所にいた。場所という表現が適切かはわからない。何しろそこは非現実を極めた光景で。
万華鏡のように光が散らされた空と地面。幻想色の車輪がゆっくりと廻り、夢幻色の窓たちが底すら見えず揺らめいている。
誰かの夢だというのなら、筋が通っているかもしれない。それほどまでにアンリアル。あるいは誰かにとっての心安らぐ場所なのかもしれない。謂わば、そう。
楽園のような。
「……どなた、ですか……?」
おっと。この舞台の主であろう声が私に呼びかける。如何なる状況でも礼儀というのは大切だ。そう思い、振り返って挨拶をしようとしたところで。
「おや」
「……アナタは……」
そこにいたのは、私と瓜二つのウマ娘。見た目だけではない、何もかもが同じに感じられた。あり得ないことだけれど、その感覚を受け入れた。
「……アナタは……『お友だち』……では、ないですよね」
「貴女は自らと同じ姿を見て、鏡以外に心当たりがあるのですか?」
「……そう言うアナタも、鏡を見たような反応ではないですが」
「そうかもしれませんね。職業柄自分の姿を眺めることは多いですし、鏡とは自分自身のことですから」
風景はまだ夢想の中。そこに居るのは私と、もう一人の私。何かは確かに違うけれど、間違いなく同じものがある。
「……ここに誰かが"入ってくる"ことは……初めてかもしれません」
「ここは貴女だけの場所。そうだとしたら、お邪魔してしまいましたね」
「……いえ……あの子も。『お友だち』も、居ますから。……あるいは私よりも、ずっと」
「『お友だち』、ですか。ひょっとしたらこの邂逅も、その子の差金なのかもしれませんね……少し、話をしましょうか。ここで会ったのも何かの縁」
「……縁、ですか……実はその言葉について考えたことは何度かあります」
ほう、興味深い。無言で続きを促すと、己の写身のような少女は語り始めた。
「何処か、繋がるべき定めがあって。我々ウマ娘という種は、運命というものを色濃く印す種族なのではないか」
「運命、ですか。私もそれを感じたことがありますね。……憎たらしいほどに、我々を縛る」
「……そうですね。思えば私も、ずっとあの子に縛られているのかもしれません。追いつき、追い越す。それを目指すのも、運命故なのかもしれません」
「追いつけるはずの無いものを追いかける。それが貴女の目標ですか」
「……おかしい、でしょうか……」
無論。
「いいえ。我々が目指すのは寓話や神話でなければなりません。……素晴らしいじゃないですか」
「……私が追いかける程、あの子は速くなります。さらに、さらに。追いつけないからこそ、追いかけるのです」
なるほど寓話のようだ。物語は役割の下に進行して、常に何かを教えるもの。
「なるほど。私の場合と似ているかもしれません」
「……アナタも、誰かを……?」
「私の場合は、『楽園』でした」
その言葉について説明するのは初めてかもしれない。でも彼女になら、伝わる気がする。
「何処までも、果てなく続いていく楽園へ。方角は知れど、距離はわからない。遠すぎて視界に入れることすら叶わない。……けれど、必ず辿り着くと」
「……似ているけど、違いますね」
「ほう」
「……私はいつまでも追いかけます。ずっと背中が見えるからこそ、『お友だち』を追いかけます」
「そうですね。私は遥か先を求めた。未だ道筋すら判らず、それでも動かぬ楽園を求めた。……永遠に届かないなんて、退屈が過ぎますから」
「……今は、届いたのですか……?」
「一人では叶いませんでしたよ」
そうだとも。君が連れて行ってくれた、場所だ。
「……でも、貴女は永遠に追い求めるのでしょう。そこに、幸せを見るのでしょうね」
「私とアナタは結局違う。そういうことかも、しれませんね」
黒の長髪。金の瞳。その奥に潜む魂さえも同じに見えたけれど。
「……アナタにあの子は見えないし、私に楽園は見えません……けれど、それは悪いことではない」
「我々には差異がある。故に、我々のどちらかが消える必要はない、ですか」
「……随分と、物騒なことを考えるのですね……」
「これは失礼。けれどドッペルゲンガーとは、本来相手を呪い殺すものでしょう」
「……逆説的に、私たちは幽霊や怪異ではないのですよ。……互いに、一人のウマ娘なのです」
奇妙で奇怪な出会いだが、結論は随分と現実的だ。うん、悪くない。
「……そろそろ、夢が明けるようです」
目の前の彼女がそう言うと、呼応するように視界が歪む。
「さようなら。恐らくきっと、これきりですね」
私がそう言うと、更に世界は途絶えていく。
「種の巡り、神の思し召し。……私とアナタの出会いもまた、そう言ったものだったのでしょうか」
「運命や神に左右されるのはそれほど好きではありませんね。それより、私たちの手で掴んだものがいい」
消えて、光は白くなって。
「……ならば、またの出会いも掴みます……少なくとも私は、そういうウマ娘です。……マンハッタンカフェさん」
「なるほど、やっぱり私たちは似たもの同士ですね。私が辿り着いたものも、同じです。……さようなら、マンハッタンカフェさん」
そうして、終わった。
そういえばタキオンさんが言っていた。並行世界というものはそれほど非現実な話ではないし、カフェなら非現実だとしても別世界と巡り逢い得るのではないか、と。
目標の差、魂の在り方。それらは違いを見せ、同一性を思わせる。光と運命を超えた先に、この出会いがあったのかもしれない。
私と私の、出逢いが。
今度会ったのなら、彼女のいう楽園で。あの子と私と、更なる私とで。そう未来に想いを馳せた。
静かなる陽射しを受け、夜から目覚める。
今日も、『お友だち』を追いかけるのだ。それがマンハッタンカフェというウマ娘なのだから。