年末の中山。そこでは皆の夢が叶う。あなたの夢、私の夢。誰もがその舞台に夢を見る。私たちトレーナーは、夢を叶えるためにいる。ファンの夢と、他でもない担当ウマ娘の夢。そして、私たち自身の夢。
皆の夢を重ね合わせて、実像を浮かび上がらせる。浮かび上がる場所はそう、ステージのセンターだ。そこしかない。
さて、あなたに問おう。あなたは誰に夢を託しましたか? 史上初の七冠達成? 誰もに愛される芦毛の怪物? 奇跡の復活を遂げた帝王? きっと、その夢はどれも素晴らしい。どんな夢も、見る権利がある。だから。
だから。私が見た夢は、この子だ。いつでも自信満々で、いつでも全身全霊で。がむしゃらに、ひたすらに。
私の夢はツインターボ。前代未聞の大逃げで人々を引っ張る拙い輝き。でも、あなたは紛れもないスターだと。私は信じている。
「ターボ今度こそ勝つもん! 絶対一番!」
「あのねえターボ、私は何もあなたに勝たせたくないわけじゃないの」
最初にツインターボから二度目の有馬記念を提案された時、真っ先に否定したのを覚えている。ここ最近は負け続き。そろそろ彼女の距離適性も見えてきたところだ。それに。彼女の脚に衰えが見え始めていたのも、分かっていた。
勝てる見込みのないレースに無理に出る必要なんてない。それは着実に勝利を掴むためには当たり前のことだった。だったのだが。
「ねえお願いトレーナー、もう一回! もう一回有マ記念に出させて! ターボ出たい!」
そう言って聞かない。前回の有マを忘れたわけじゃないだろうに。私だって、忘れもしない。新人だった私と、調子に乗っていたツインターボは3年前、有マ記念への出走を決めた。初のGⅠで年末の中山を選択する。我ながらとんでもない奴らだったと、振り返って思う。根拠もないのに、負ける気はしなかった。
しかし結果は惨敗中の惨敗。後数百メートル短ければなんてのは、最後の数メートルまで分からない勝負の世界では全く意味のない仮定だ。GⅠという大舞台、その最高峰の洗礼を二人して受けたことになる。
その上ターボは体調を暫く崩すことになったので、私は大いに反省した。今ではいい思い出……なのだろうか。
「……はぁ」
「お? トレーナー諦めた? ターボの勝ち!?」
「なわけないない。まったく、どこに勝ち目があるっていうの」
昔の自分は二つ返事していたわけだが。私はこの4年で良くも悪くも成長した。まあそういうわけだと思って、そっちが諦めて欲しい。
「……トレーナーは、悔しくないの」
「悔しいよ。悔しいから、ちゃんと勝てそうなレースを選んで、それ以外は休むべきだって言ってるんだけど」
変わらない、デビューした時から変わらないツインターボに少し苛立ちを覚えてしまう。ツインターボにとっては、きっとそんな私こそ苛立たしい存在で。
「……もういい」
「……? どうしたのターボ」
「もういいもん! ターボ一人で走るもん! トレーナーなんかいらない!」
「えっ、ちょっとターボ……!」
ばたん、と勢いよく扉が閉められる。一筋の涙を残して、ツインターボの姿が消えた。彼女は直情的な性格で、泣くのはそんなに珍しくなかったけど。泣きついてこなかったのは、初めてだった。
トレーナーなんか、いらない。乱雑に残された言葉が、私の心臓に深々と突き刺さる。苛立ちと焦りと戸惑いがない混ぜになる。そんなに、私は必要とされていなかったのだろうか。そう思ってしまった。立ち止まってしまった。
彼女は寮へ帰ってしまったらしく。その日のトレーニングはお流れになった。独り片付けをして、帰路につく。思えば学園にいる間はいつも一緒で、離れたのは初めてな気さえした。
「ターボは全員をぶっちぎって勝つ!」
デビュー戦の前から、スカウトする前から。ツインターボは注目の的だった。……主にその大言壮語と、それに違わぬ逃げ足と、後負けっぷりで。
「途中までは本当にぶっちぎってるんだがなあ」「大逃げは見る分には楽しいが……」
それでも時々勝つので、注目されていたのは間違いない。……レースを乱す厄介なペースメーカーとして見られていたかもしれない。……あれ。……なんで私はツインターボのトレーナーに収まれたんだっけ。
布団の中で、彼女との出会いを思い出す。今でこそいつも一緒にいるけど、私も最初は物珍しく見ていたような。まさかここまで濃い子とずっと一緒にいるなんて、思ってもなかったような……。思考を巡らせる。思い出に胸を馳せる。
「はぁ……はぁ……まだ、まだ走れるもん……」
ここに冷たい一言を浴びせたんだっけ。今の私ならそうするな。……記憶を辿ると、そうではなかった。
「かっこいい……! ねえ! あなた! 私、感動した!」
「むぅ……トレーナーのひとぉ……?」
昔の私は、貴女に負けず劣らずの勢いがあった。そうだったな。
「まだトレーナー決まってないかな……? もし、こんな新人で良かったら、本当に良かったらだけど」
彼女にそこまで焦がれていた自分に笑ってしまう。けれど。三日月を描いた口元に、塩辛い水滴が当たる。私はいつの間にか、泣いていた。
「え、いいの……?」
「良いに決まってるじゃない! あんなかっこいい走り、絶対みんな夢中になるよ! 貴女は未来のスターだよ!」
「ふへへ……。ターボ、スターウマ娘になれる……?」
走り疲れて息も絶え絶えな彼女へ、矢継ぎ早に言葉を浴びせていたっけ。今とはまるで逆だ。
「そうだよ! ……ねぇ、ツインターボ。貴女、有マ記念って知ってる?」
「それぐらい知ってるもん……」
記憶を辿り、気づく。有マ記念の思い出。
「私、有マ記念に出れるほどすごいウマ娘を探してるんだ。そう! 夢はでっかく、年末のグランプリ! ……ツインターボなら、きっといける」
私と貴女の最初の約束。
「……! わかった! ターボ有マに出る! それなら、契約してくれる……?」
「もちろん! だってね、有マ記念は凄いんだよ!」
思い出す。私の憧れ、私の夢。
「"みんなの夢が叶う場所"! そう、貴女は夢を叶えるウマ娘になるんだよ!」
「夢を叶える、凄い……! ……決まりだもん! 今日からトレーナーとターボで、有マを目指して逃げて逃げて逃げまくるもん!」
そうして、私の夢は。あなたの夢にも、なった。
「あはは、号泣してる。だっさいなあ……」
独り言が漏れ、現実に戻る。私の顔は涙でびしょ濡れだった。布団でそれを拭い、物思いに耽る。いつから、いつのまにか。私は夢を見ることを忘れてしまっていた。
貴女はその憧れを、ずっと覚えていたのに。当の本人が忘れてどうするんだ。……まだ間に合うだろうか。灯りをつけて、書類に目を通す。ウマ娘のための手続きをするのがトレーナーの仕事だ。
明日、朝一番に。誰より疾く、貴女に謝ろう。また一緒に、夢を見たい。貴女の走りは、沢山の人に夢を見せてくれるのだから。
「……あんなこと言って、トレーナー怒ってるかな……」
「……おはよう、ターボ」
「……! トレーナー、寮まで来てくれたの……?」
当然だ。貴女の速さに間に合うには、これくらいじゃなきゃやっていけない。
「はい、これ。有マへの出走登録。……ごめんね、ターボ」
それ以上言葉を紡ごうとすると、また涙が出てきた。夜に泣いた分の跡も消えていないのに。
「……いいの?」
「いいのって、むしろこっちからお願いしたいくらいだよ。"夢を叶えるウマ娘になる"、だったでしょ?」
「……トレーナー……!」
泣き出していたのは、ツインターボも同じで。抱きついて来る彼女を、私は躱せなかった。躱すつもりもなかった。
「ごめん、ごめんなさい、トレーナー! ターボ酷いこと言っちゃった……」
「ごめんね、ごめんねターボ……。約束したのに、忘れるなんて……」
やっと、元の二人に戻れた。誰がなんと言おうと、これでいい。これがいい。
「緊張してる?」
「そういうトレーナーこそ、緊張してる?」
「私は見守るだけだし。貴女がぶっちぎって勝つところをね」
「ターボは全然緊張してないもん! むしろ緊張してなさすぎて怖いくらいだもん」
「……行っておいで。みんな待ってる。あなたに夢を託した人が、沢山いる。もちろんここにいる私が、一番大きな夢を託してるけど」
「……うん! ターボが速すぎて見失わないよう、気をつけてね!」
とん、と肩を押す。
私の夢は、元気にパドックへ向かっていった。