ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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捏造です


マルゼンスキーと父親のプレゼント

 君が生まれた日のこと。可愛らしい栗毛の尾と、元気のいい泣き声。妻……つまり君のお母さんが、この子は素敵なウマ娘になるとそう言ったのを憶えている。僕にはレースのことはよくわからなかったが、何かを与えられたらいいなと思ったものだ。

 時が経つのはあっという間で、君はすくすくと育った。ただ可愛らしいだけでなく、性格に個性が出てきてますます愛しくなる。君はいつでも本当に楽しそうに走っていた。自分の脚が風を切る感覚。僕ら人間には味わえないそれを存分に楽しむ君は、少し羨ましかった。

 そんなある日のことだった。ガレージに入れていた僕の愛車に君が興味を持ったのは。日本に来て、すっかり走るのを忘れてしまって、ピカピカに磨かれたままでいた紅い外国車。それを見た君は、ぽつりとこぼした。この子はまだ走れるのに、走れないなんてかわいそう。そう、言った。

 違う視点に気付かされた気分だった。僕はそれまで、車を大切にするとは丁寧に手入れをしてあげることだと、そう思っていた。気持ちよく走るのは乗る側のエゴで、乗られる車には関係ないと思っていた。君が、同じく走る者の視点として気づかせてくれたことだった。

 愛車を久しぶりに走らせたのは、しつこく懇願する君を乗せてだった。感覚が蘇り、エンジンをいっぱいに吹かせる。路上で出してはいけないスピードだったかもしれないな。……当の君が車酔いしているのにも気づかず、僕は愛車との走りを楽しんでしまった。

 その後でお母さんには大目玉を食らってしまったが、君はそれでも乗りたがったので困ったものだった。目をキラキラさせて車の中を覗き回る君を見て思った。この子は本当に走るのが好きなんだと。自分にも、彼女のためになることができるのだと。

 今日は父の日だな、マルゼンスキー。父のわがままを聞いてあげると思って、この車を君が受け取ってくれないか。この子は今日から、君の相棒だ。……免許を取っていたのは知っているよ。なに、いいんだ。君は本当に楽しそうに走るから。きっと君なら、この子も楽しませてあげれる。持ち主の僕が言うんだから間違いない。

 運転は少し難しいかもしれないな。それも今から教えよう。手入れの仕方も教えてやる。……もうすぐ一人暮らしを始めるだろう? その前に1日、親子二人の時間が欲しい。それも含めて、僕のわがままだ。

 大きくなったな。本当に、君は大きくなった。君は僕の誇りだよ、マルゼンスキー。きっとこれから、君は大きな舞台で勝ち続ける。誰もに夢を与えるスターウマ娘になれる。けれどそれは、苦悩を伴うものかもしれない。

 みんな楽しく走る、というのは一種の幻想だ。君の望みは日を追うごとに困難なものになるかもしれない。僕も昔は走りの世界に身を置いていたからわかる。……君たちのレースとは違うけどね。

 けれど、こうも思う。ウマ娘は夢を駆ける存在だ。幻想を、現実に。そうすることができる。君なら、できる。だって君は、僕らの自慢の娘なんだから。

 さて。それじゃあこの子の手入れから教えよう。僕じゃなく、マルゼンスキーに合うチューンを見つけないとな。……ああ、そうだとも。とても楽しい。君のおかげで、とても楽しいよ。

 ありがとう。君が生まれてきてくれて、良かった。

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