マヤノトップガンの朝は目覚めのキスから始まる。自分が大人になるまで待っていたのだから、トレーナーちゃんにはご褒美が必要だ。毎日あっても足りないくらい。それで、こうしている。
「おはようございます、あーなーた❤️」
「おはよう、マヤノ。……いつもありがとう」
あくびをしながらあなたが目覚める。今日のあなたはなんだか眠そう。とってもとっても大好きなトレーナーちゃん。寝ぼけ眼も可愛らしい。飽きっぽい私でも、あなたのことなら永遠に見ていられる。そんな気がした。
朝食を食べ終え、あなたの服を用意する。出来るオンナはいつ何処でどうするかというのを、結婚を決めてからずっとずっと勉強してきた。あなたはきっと、私に夢中になる。そう思っていたのだけど。
「……む〜ん」
「どうした、マヤノ」
なんか違う。けど、それを口にすると心配させてしまうだろう。ここは我慢だ。
「……なんでもないよ! それより、今日はどうしよっか」
そうしてあなたに向き直ると、あなたは少し悩んでみせる。不安。フアン。自分の抱えているものがわかった。不安だ。けれど、不安の原因はわからない。
「今日はそうだな……ゆっくりするか」
ゆっくり。家で二人きり、仲睦まじく。とってもいいと思った。
「……アイ・コピー!」
マヤノトップガンの休日は、抜かりなく。あなたのために私はある。
「トレーナーちゃん」
「なんだ、マヤノ」
「呼んでみただけー♪」
「ああ、安心した。今日はゆっくりする日だからな。何事もない方がいい」
太陽は真ん中を超えて、私とあなたはお昼ご飯を作り始めていた。私の背丈は残念ながらあまり変わらなかったので、家事は二人で分担するのが似合っている。一心同体。以心伝心。私たちは二人で幸福を積み上げていく。
「はい、トレーナーちゃんが先に座って! サンドイッチはー、お互いがお互いの作ったのを食べたらラブラブだと思うの!」
「そうだな、それはいい。……うん、いただきます。……美味しい。美味しいよ、マヤノ」
「やった! じゃあマヤもいただきまーす!」
夢中になってあなたのサンドイッチを食べる。……ほおにマヨネーズが付いてしまった。拭き取らなければ。
「あっマヤノ、俺が」
「いいのいいの! マヤがこれくらい自分で拭けるから!」
トレーナーちゃんを制止して私はティッシュを取る。これくらい、そう、これくらいだ。これくらいのことで頼っていてはいけない。私はもう、大人のオンナなのだから。
ぽつり。不安が少し大きくなる。自分を追い立てるなにかが、迫り来る。不安を振り払うため、私はあなたのそばへゆく。
「トレーナーちゃん、抱きしめてもいい?」
「ああ、もちろん」
言い終わるのを待たずに、私はあなたの胸へ飛び込む。きっときっと、今はとても幸せだ。あなたがいて、それだけで満たされているから。なのに、何故か胸が痛くなる。いやいやきっと、これはあなたのことを考えすぎたから。
でも。どうしても、どうしても。不安は大きく広くなってゆく。それで私の口は、言ってはいけないことを口走る。
「ねえ、トレーナーちゃん」
「どうした? マヤノ」
「……マヤ、今幸せだよね?」
あなたの返事はなくて。私の口は、私の結論へ突き進む。
「どうしてかな、トレーナーちゃん。マヤ、立派な大人になれて、あなたと結婚できて。絶対幸せなはずなのに、何故かとっても不安なの。これから先が怖いの。……なんで、かな」
暗闇が目の前にある錯覚。暗雲だけが身を纏う幻覚。なにも、わからない。こんなのは初めてだった。
「えっ……くっ……トレーナー、ちゃん……」
こわくて、こわくて。涙さえも出てきてしまう。もう私はダメなのかもしれない。何もかもを失くしてしまったのかもしれない。大人になったはずなのに、何もわからないようになってしまったのかもしれない。滴る涙を拭うこともできず、ずっと泣き続けてしまう。幻滅されただろうか。そう思った時だった。
「……頑張った。マヤノはひとりでそこまで考えていたんだ。それは、すごいことだ。成長の証だ」
あなたの腕が私を包んだ。私は言葉の意味を理解できなかったけれど、心が晴れていくのがわかった。あなたは、言葉を続けた。
「不安になる。見えないものは見えないと、わかる。どうしようもないもので、心がいっぱいになる。それは間違いなく、マヤノが大人になった証なんだよ」
「……おと、な?」
大人は、泣くのだろうか。大人は、わからないことがあるのだろうか。大人は、不安だらけなのだろうか。次々に、疑問をぶつける。あなたはそれに、そうだよと返す。
「わからないことが、わかる。初めての経験だとしたら、それが成長の証だ。……君は、立派な大人だ」
「……これで、いいの?」
「いいとも。……やっとマヤノの顔を全部見れた気がする。君と結婚して良かった」
よしよしと、頭を撫でられる。子供扱いされた気分だけど、その後に抱きしめられたので。私は今度こそ、幸せになれた。
「夫婦はね、辛いことも分け合える存在なんだ。どんな時でも、むしろ幸せであればそれだけ。辛いことや怖いことが表に出てくる。大人はそういうものがないわけじゃない。見せないようにしてるだけなんだ。……こうして、大事な人の前でだけ、見せてもいい」
頬を伝う涙は、溢れて、溢れて。
「なあ、マヤノ。きっと君の不安は、簡単には取り除けない。考えてもわからない、未来の話。大人にとっての未来は子供にとっての未来と違って、冷たくて、近い」
「不安は、なくならないの……?」
「……だけど、分け合うことはできる」
やっと、わかる。不安があなたに吸い込まれていくのが、わかる。抱え込んでいたものは、小さくなっていった。
「……落ち着いたか?」
「……うん」
涙が乾くまで、トレーナーちゃんは私を抱きしめていてくれた。愛するあなた。あなたを振り向かせた後のミライ。それが今で、そのマヤノトップガンは生まれたばかりなのだ。
「……良かったな……って、うわっ!」
だから、これからもあなたを飽きさせない。奇想天外変幻自在、段取りなんて捨ててしまおう。
「……トレーナーちゃん、かーくご❤️」