ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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イマジナリーフレンド


スイープトウショウと魔法の友達

 人殺しか否か。大半の人がノーと即答するであろうその問いに、アタシは悩んで答えを出す。それは自覚があるかとかではなく、アタシがそれを殺したというのが言葉として正しいのかどうか。あるいは、それが殺せるようなシロモノかどうか。

 アタシが殺したのは、イマジナリーフレンドだ。

 アタシはおばあちゃんの元で育てられた。おばあちゃんは色々なことを教えてくれたけれど、その中の一つが不思議な友達の作り方。不思議な友達。そのフレーズにワクワクした。魔法みたいだと思った。

 やり方は簡単。人形遊びで喋り出すお人形の中身を、"誰か"にしてしまう。さあクマちゃんおままごとですよ、ではなく、さあクマちゃんそちらの人形役をよろしく、といったように。

 

『仕方ないなあ、大魔法少女スイーピーのためなら』

 

 そう言葉がひとりでに動き出せば、頭の中に住む不思議な友達の出来上がり。しもべを作り出した魔法少女はいい気になって、どんどん頭の中に友達を生み出す。いつも仕方ないと言いながら遊んでくれる子、いつもアタシが間違えそうになる時に止めてくれる子、いつも怒っていて、アタシに勇気をくれる子、それから……

 気がつけば大所帯で。大家族の長になったようで、とても楽しかった。大家族はたったの数日で、脆く消え去るのだけれど。

 頭が痛い。すぐに頭痛という形で異変は現れた。頭の中では賑やかな友達がにこやかにアタシに話しかけてきたり、あるいはお互いの意見を交換したり。それらは全てアタシの頭の中で行われるので、アタシはろくに眠れすらしなかった。ひとり立ちした友達が、アタシの脳みそを奪っちゃう─────。そんな不安をおばあちゃんに話したのを覚えている。するとおばあちゃんは少し考えて。

 

「よく眠りなさい、スイーピー。その友達たちは、あなたが起きている間しか生きていられないの。あなたが寝ている間は必死に息を止めて、あなたが起きるのを待っている。だから、ぐっすり寝ればいい」

 

 けどね、とおばあちゃんは付け足す。

 

「その子たちはあなたが思っているより、ずっと儚くて消えやすい。友達として付き合っていきたいなら、しっかり忘れてあげないことよ─」

 

 うんざりだと思っていた。その話を聞く間も彼らはずっと喋っていて、疲れ知らずに思えた。消えるなら、消えて仕舞えばいい。そうとさえ思った。思いっきり、寝る。布団を被り羊だけを数える。友達が話しかけてきても、無視。彼らはおやおやとか、おいおいとか。真剣に困っているようには思えなかった。

 だから、私は間も無く眠りにつき。夢を見ることもなく、次の朝まで寝続けた。

 目を覚まし、寝ぼけ眼で時計を見る。布団から這い出し、朝食を食べに向かう。全部を食べ終わるまで、何かを忘れたことにすら気づかなかった。虚数を失っても、喪失感など起こり得ないのだ。

 そういえば、と。心のうちに思考を巡らせた時、彼が再び現れた。

 

『やっと、思い出したね』

 

 その言葉で気づく。そもそも忘れていたことすら気づかなかった。忘れられている間彼らはどうしていたのだろう。そう問う。

 

『どうもしてない。いなくなっていた。……他の子、呼べる?』

 

 問われて、他の友達を呼んでこようとした時。心臓の中に伸びる手が、手応えがまるでないことに気づいた。

 結論から言えば、これがアタシの人殺し。あれだけくっきりしていた彼らの言葉すら朧げで、どういう人々だったかを思い出せない。間違いなく自分は忘却の海に彼らの身体を沈めて、手遅れになってから引き揚げたのだ。これを人殺しと言わなくてなんと言おうか。

 そうして、そうして。最後に残った彼の感覚も、少しずつ抜け落ちていっていることに気づく。あれだけ騒がしかった頭の中はスッキリして、空っぽで。考えて、考えて。彼を頭の中にもう一度引きずりあげては、沈むまでの時間でまた考える。脳みそを使う行為と脳みそに友達を住まわせる行為を両立できないのは、当たり前のことだった。

 考えなければいいと気づいたのは、もう昼ごはんが近い頃。お腹が鳴って頭が回らなくなった頃。おばあちゃんの作ったランチの匂いが、鼻をくすぐった。

 

『美味しそうだね』

 

 あげないわよ、と心の中で返事をする。あげることなんてできないけれど、そう答えてやれば彼に人間らしさが増える気がした。死んで欲しくない、殺したくない。

 ごちそうさま、と早口で告げて。何も思考の邪魔がないところへ行きたかった。彼と二人きりになりたかった。

 庭へ出て、そこで立ち止まる。壁にもたれて、彼との会話を再開する。全ては心の内で、すぐに消えてしまいそう。おばあちゃんの言っていた儚さというのがわかった気がした。

 彼のことなど、何も知らない。正しく言えば、彼のことを何も決めていない。好きなものも、見た目も。ただアタシの気まぐれで生み出されて、何も為せずに消えてゆく。そんなのは魔法少女のやることじゃない。おばあちゃんのような立派な魔女なら、なんとかできるのだろうか。

 

『どうにもならないよ。君が消えるのを望んでいるから、消える。それだけのことさ』

 

 そんな、望んでなんて。それでも彼は多くを語らずに消える。当たり前のことだった。彼はアタシの中から生まれたのだから、どんなに大人ぶってもアタシより何かを知っていることはありえない。

 そうしてあっという間に最後の一人が消える。さよならすら、言葉にはできずに。アタシは大声で喚いて泣いて、その日はおばあちゃんと一緒に寝た。

 

 季節は巡り、歳をとる。薄情にもそんな頭の中に住む友達のことなど、すっかり忘れた頃だった。

 

『久しぶり』

 

 頭とは面白いもので、完全に忘れたと思っていてもふとした拍子で記憶の箱は開く。今回は何の拍子かわからないけれど、消えたはずの彼がまた出てきた。酷くあっさりした再会だった。

 彼は最近のアタシについて聞いて、次々に相槌を打つ。トレセン学園に入るために頑張っていること、一人前の魔法少女への道は未だ遠いこと。彼の存在は以前より遥かにくっきりしていて、今なら忘れ去らずにずっと一緒にいれる気がした。

 でも。

 

「お別れしましょ」

 

 アタシも少しだけ、大人になって。あの時作った友達の正体を知った。あれはきっと、アタシの中の一部が他人のフリをしているだけなのだ。心を切り離し、自分を切り分けて。感情の別側面を、別人格に見せかけているだけに過ぎない。

 

『ああ、そうだね』

 

 お別れだ。アタシが彼のことを考えるのを止めると、すぐにその存在は霧散する。いいや、正確に言えば自分の心の一部へと、戻る。心の発達はこうして終わった。彼の存在は幼い頃の自分には手に余ったし、少し成長した今の自分には無用の長物だ。だから、さようなら。

 その日のアタシは、一人で泣いた。

 魔法とは、タネも仕掛けもわかっても、不思議なものであると思う。今のアタシが精一杯近づけたのは、このことが一番。すこし不思議な思い出。一人歩きする人形遊び。なぜあの日また彼が浮かび上がってきたのかはわからないけれど、そのおかげでアタシは成長できた。しっかりとお別れを言って、アタシの中に取り込むことができた。

 だから、アタシはこう答える。人殺しなんかしていないと。たとえ彼が人だったとしても、アタシの中で彼は生き続けているのだから。

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