胸が張り裂けそうだという表現がある。アタシから言わせれば胸が張り裂けそうになるのはレースを走り切った時、つまり物理的に胸が張り裂けそうになるような場合のみであって、そうそう簡単にあの苦しみを比喩で使われてたまるかと思う。
とはいえこれは悲しみや苦しみで心臓が飛び出そうなことにアタシが出会ったことがないというだけであり、つまりはアタシはまだまだ幸せな子供なのだ。
きっとこれは、トレーナーさんから見てもそうなのだと思う。いつもアタシは善戦上等、スターダムにのし上がるやる気も勇気もなかった。つまりはレースで負けても胸が張り裂けそうになるのは文字通りの意味であって、ちゃんと悲しいと思えなかったのだ。でも、トレーナーさんは色々なものをアタシにくれた。アタシが一番になれなくても、アタシのことを一番だと思い続けてくれた。
彼は、アタシが負けるたび。アタシの代わりに悲しみや苦しみを背負ってくれていた。素直なフリをして、素直になれなかった。そんなアタシはきっと、トレーナーさんから見たら子供なのだ。
大人になりたい。でもアタシが大人になるまでに、トレーナーさんはもっと歳をとってしまう。もしかしたら、素敵な人を見つけてしまうのだろうか。そう考えると、胸がちくりと痛んだ。その感覚に、戸惑う。
アタシはトレーナーさんを独り占めしたいのだろうか。子供がおもちゃから手を離さないように、一生トレーナーさんから離れられない子供なのだろうか。また、ちくりと痛む。
子供だから。アタシはトレーナーさんに見て欲しいと思ってしまう。子供だから。トレーナーさんはそれを受け入れてくれる。けれど、本当は。
本当は。大人になりたい。けれどこの気持ちから手を離さないまま、大人になりたい。既にこの気持ちは大人に憧れる子供の図式から外れているのだ。そう信じたい。泣きそうになる。アタシのこの気持ちは、大切に想っている一番大事な人は。子供の気まぐれに過ぎないのかもしれない。胸がずきりと痛む。
ああ、胸が張り裂けそうだ。
トレーナーさんが素敵な人を見つけたとして、アタシは祝福できるだろうか? 大事な人が幸せになっているのに、胸が張り裂けそうになるのだろうか? 或いはアタシのこの気持ちは、取るに足りない子供の背伸びなのだろうか? アタシは無情にも、それを忘れて育ってしまうのだろうか?
大人にならなければ、きっと見てはもらえない。大人になれば、アタシはアタシでなくなってしまうかもしれない。そんな二律背反に殺されそうになる。胸の痛みはピークに達し、本当に張り裂けてしまいそうだった。
どうすれば、この悲しみから。なにをしてやれば、この苦しみから。それを考えれば考えるほど悲しみと苦しみが増すような気さえした。
孤独な戦い。誰もが寝静まった夜、アタシはアタシと戦っている。ひとりぼっちの戦争だった。
「……すき……」
胸を圧迫した言葉が、口から漏れ出す。
「すき……すき……トレーナーさん、すき……」
祈るように呟く。
「すき……すきなの……トレーナーさんのことが、だいすき……」
そうすると力は抜けて、言葉が消えるのと同時に意識も消えていった。
あれだけ悩んでいたのに、すっかり寝てしまった。思えば何も起こっていないのに、よくあれだけ悩めたものだ。"素晴らしい素質"とは、悩む素質のことじゃないか、などと苦笑する。
「マーベラ───ス!!! ……あれ、早起きだね☆」
マーベラス目覚ましより先に起きたのは久しぶりかもしれない。今日は眠れないとまで思っていたのに、頭は冴えていた。
思う。アタシはウジウジしがちだけれど、ウジウジするのはそう悪いことじゃないんじゃないか。ウジウジしてから目を覚ませば、心は寝ている間に落ち着くことができる。悩みすら持てないよりはその方が幸せかもしれない。
「今日もいっちょ、やりますか」
そう簡単に悩みは解決しないけれど、人は悩むことでじりじりと前に進めるのだ。
……寝る寸前のうわごとを思い出してトレーナーさんの顔をしばらく直視できなかったのは、また別の話。