ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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ちょい暗いです


セイウンスカイと嘘と本当

 自分の心に嘘を吐くというのはよく聞くことだがとても難しい。たとえば私がトレーナーさんのことを愛しているなどと自分に嘘を吐こうものなら、心の中には嘘とホントの心が内在することになる。トレーナーさんのことを愛しているという嘘。トレーナーさんのことを■しているという本当。

 こういう場合の嘘は自分を騙すために吐くわけだが、騙しているのも自分なのだから順当に行けば騙されるわけがない。二つの心を両立することはできない。ではどうやって騙すのか? 方法は一つ。ホントの心と嘘の心を、どっちがどっちかわからないくらいにかき混ぜる。二つの心を持てないのなら、二つを一つにするしかない。そうやって自分でもどっちが本当かわからなくなった時に、漸く嘘を吐けるのだ。

 つまり。私達は嘘の気持ちをあっという間に本当にしてしまう。冗談めかして狂言を紡ぐたび、心は罪深い嘘に染まってしまう。そうして嘘は本当になり、めでたく嘘吐きは正直者に変わるというわけ。

 だから、私は嘘を吐いた。どうしてもどうしても止められなくなる心を、穏便な嘘で封印するため。あなたを愛している。今はそれが本当だ。そういうことになった。それで良かったのに。

 嘘吐き。私を私が苛む。嘘吐き。私に私が貼り付けたレッテルは、私の心が嘘だという事実をずっと覚えている。嘘吐き。私は何のために自分を騙して、何を自分の心に閉じ込めたのか。それはもうわからないけれど、嘘を吐いたという事実だけが残る。

 嘘吐き。嘘吐き。嘘吐き。私は何度も夜中に目を覚ますようになり、あなたとの時間に幸せを感じるほどに、身体を引きちぎられそうな痛みを覚える。何かが違う。お前は愛という嘘で大事な人を苦しめている。恋に染まって盲目になり切ろうとしている。そう私の中で私が囁く。

 嫌だ。今の私は確かにあなたを愛している。もう離れたくない。離れられない。昼寝の時間に飛び起きるたび、あなたは心配してくれる。何度やっても心配してくれる。それがとても愛おしい。これを嘘だなんて思いたくない。

 そう思えば思うほど、自分は何度も嘘を吐くことになる。罪悪感が心臓を捻り潰そうとする。愛していないのだろうか。なら私はどうしてあなたを愛しているのだろうか。思考の支離滅裂は極まり、命が擦り減る音が聞こえる。

 それはある日のこと。なんてことない日に限界を迎えた。ただかぼそく、懇願する。

 

「助けて」

 

 トレーナーさん。

 

「わかってた。でも、俺はスカイに幸せになって欲しかった。あの日走るのをやめて、お前の心が拠り所を失う音が聞こえた。だから、こうなった」

 

 違う。私は。

 

「本当は、憎かった。トレーナーさんに全ての憎悪を向けた」

 

 口が勝手に動き出す。正解を見つけてどす黒く晴れ渡る。

 

「あなたを信頼していたから、走ったのに。あなたが万知万能なら、全ての傷を事前に見つけて治せたのに」

 

 そんな無茶な憎しみを向けた自分を呪った。だから、その自分を嘘で塗り潰して殺した。

 

「俺を憎めばいいって、あの時俺は言ったから。だから、それで良かった。自分で自分を憎んだら、心は壊れてしまう」

 

 私は二重に嘘を吐いた。私を憎悪していた。その気持ちに嘘を吐いてあなたを憎悪した。それらを全て反転させ、あなたを愛した。

 

「ねえ、トレーナーさん」

 

 どうしたら良かったんだろう。その言葉は出てこず、ただ嗚咽が漏れる。自分に正直になる。それは簡単に言われるが、とても難しい。ただ、子供のように泣きじゃくる。あなたの胸をぽかぽかと叩いて、愛と憎しみを込め続ける。

 あなたは優しく頭を撫でて、そこには愛があるように見えた。

 悪くない。悪くない。きっと誰も悪くない。理屈ではわかっているのに、誰かに罪をなすり付けたくてたまらない。無実の罪を被せるほどの大罪はないと私は思う。私は嘘を吐いて、あなたに罪を与えた。もうそれ以上、何も言葉は必要ない。私が悪い。私が悪い。きっと私が悪い。

 

「ねえ、トレーナーさん」

 

 また、口を開く。

 

「抱きしめてよ。キスしてよ。愛してよ」

 

 あなたは無言でそれに応える。私の身体はあなたの体温を感じ、私の唇はあなたの舌を求める。女は男を求め、男は女を支配する。聖書の言葉だったか。誰もが生まれながらに罪を背負うというが、これがそうなのだろうか? 私があなたを求めるのは、罪なのだろうか?

 それで、それで。しばらくの間、偽りの愛を重ねた。

 満たされたような錯覚を覚える。あなたを愛した嘘は、まだ身体に染み付いているから。ようやく落ち着いた。今までの感情はきっと発作のようなもので、私の本当はやはりあなたを愛している。

 

「なあ、スカイ」

 

 あなたの声が愛しい。あなたの全てが愛しい。

 

「いつか、スカイの言葉を聞きたいな」

 

 きっとそれは、単に言葉を交わすという意味ではないけれど。

 

「いつでもどうぞー」

 

 茶化してしまおう。

 いつか幸せになれるのだろうか。今は幸せではないというのか。幸せになる権利はあるのか。お前は愛する人を苦しめているのに。心のねじれが裏表でくっついて、流れる思考は一秒ごとに食い違う。私はあなたなしでは歩けなくなった。これが私が私に与えた罰なのだろうか。

「ねえ、トレーナーさん」

 

 しばらくぶりにあなたに声をかける。本当か嘘かはわからないけれど、心の底にある声を。

 

「私は、どうすれば良かったのかな」

 

 ようやく。いつか言いたかったことが、言えた。

 

「なあ、スカイ」

 

 不思議と、私の心は落ち着いていた。

 

「どうもできてなくていい。これから。これからでいいんだよ。今までのことは全部忘れるんだ。俺のことを忘れたっていい」

 

 それは別れの挨拶。私があなたから離れるための言葉。

 

「全部忘れて。たとえばなにか新しいこと……釣具屋なんてどうだ。お得意様になるよ」

「……うん、楽しそうかも」

 

 あなたがこの一歩を押してくれること。それはかつての信頼関係を思い出させた。あなたが言うことなら、信じられる。恋愛とは違う親愛のカタチ。

 

「……じゃ、荷造り手伝うよ」

「ううん、一人でやる。独り立ちするんですから」

 

 ……久しぶり、トレーナーさん。お得意様になるって言ってたのに全然来てくれないから、セイちゃんショックでした。

 でも、一人で生きていけました。距離が離れるから、恋でなくなるから。それだけで切り離されるわけじゃないって、感覚で掴めました。ありがとう、ございます。

 でも、久しぶりに会って思いました。やっぱり私、トレーナーさんのことが好きみたいです。心のもやを全部取っ払って、今度こそ本当、です。まあ、もうどっちでもいいんです。大事なのは、自分を信じてあげること。その心が嘘でも本当でも、自分を信じます。だから、トレーナーさん。

 好きです。私と付き合ってください。

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