わたしはいつも頑張っているとトレーナーは言うけれど、トレーナーはいつももっともーっと頑張っていると思う。だけどそんなトレーナーに、わたしはどうしたらいいのだろう? がんばらなくていいよ、と言えばいいのだろうか? それはなんだかシツレイな気がする。トレーナーのためになるようなことをしてあげたいから、シツレイなのはダメだ。
わたしがもっと頑張って、がんばって。レースに勝てるようになればいいのかもしれない。けれどそのためにはトレーナーももっとがんばることになるだろうし、そうしたらトレーナーは倒れてしまうかもしれない。トレーナーが倒れてしまったら、タイヘンだ。でも、たとえば。わたしが有馬記念に出れたなら、トレーナーは喜んでくれるだろうか?
聞いたことのある、すごいレース。みんなが目指すいちばんのレース。わたしはトレーナーがトレーナーになってくれてよかったと思っている。すぐ色んなことをわすれてしまう私が頑張れるのは、トレーナーのおかげだ。いつも優しくて、暖かくて、大好きなトレーナー。トレーナーのことを考えるだけで、心がすこしあったまる。これは秘密だ。
だから、トレーナーにいつか恩返しができたらいいと思う。びっくりするような恩返し。わたしのトレーナーが、わたしと一緒でよかったと思えるようなプレゼント。……うん、やっぱり。
有馬記念は、わたしでも聞いたことがあるのだから。きっとすごい、すごいレースなのだろう。スペちゃんやグラスちゃんやセイちゃんもよく言っていた。宣伝も聞いたことがある。
『年末の中山では、あなたの夢が叶う』
わたしの夢は、トレーナーが良かったと思ってくれること。ならば、決まりだ。
有馬記念を見に行こう。トレーナーと一緒に。
大勢のひとがスペちゃんたちを見ている。そこはわたしの知っているコースとは違って、緑の芝が綺麗だった。ダートも楽しいけれど、芝も走ってみたい。そう思った。スペちゃんがこわい顔をしているので、トレーナーに何故か聞いてみる。"キンチョウ"ということらしい。キンチョウすると、楽しいはずのレースが楽しくないのだろうか。一瞬そう思ったけれど、皆が一斉に走り出したのを見てその考えは消えた。
ものすごい歓声。足と芝の奏でる音はぱかぱかと素敵で、ずっとずーっと聴いていたいと思った。みんなのホンキが伝わってくる。どこまでも、どこまでも。いっしょうけんめいが束になって、本当に夢が叶ってしまいそうだ。
ちらり。少しだけ、トレーナーの方を見る。トレーナーと目があって、考えることは同じだと思った。大切な人の姿と、このレースを重ねて。何かを考えずにはいられない。きっと、そういうことだ。
ゴールイン。ずっと続いていたような気分だったのに、時計を見たらあっという間だった。スペちゃんとグラスちゃんが、真剣な目でまた走ろうと約束する。約束。わたしとトレーナーの約束。
「一緒に一着、たくさん取ろうね」
なんとなく、だけど。ぜったい、だと思った。有馬記念は、本当に夢が叶うんだ。だから、だから。わたしも、出たい。走りたい。目指したい。トレーナーの思う一着は、ひょっとしたら違うレースだったかもしれない。けれど、一緒なら。わたしは決めた。わたしも、ここで走りたい。息を吸い込み、トレーナーにセンゲンする。
「わたし、有馬記念に、でる────!!」
少し迷ったような、驚いたような。そんな顔の後、トレーナーは言った。
「……できるか?」
「うん!」
トレーナーはびっくりしている。成功だ。トレーナーは喜んでいる。成功だ。なら、わたしはちゃんとトレーナーのためになれている。つまり、わたしは必ず走れる。
わたしはトレーナーのためなら、どこまででも頑張れるのだから。