「ねえねぇマックイーン、彦星と織姫ってあるでしょ? 一年に一度しか会えないやつ」
「なんですか、急に」
「急じゃないよ、今日は七夕だよー!」
テイオーにそう言われて思い出す。今日は7月7日、七夕の日だった。イベントごとに浮かれるつもりもないが、忘れてしまうのも不覚。
「七夕くらい知っていますわ。天の川にカササギが橋をかけ、織姫と彦星が一度だけ出会える日。そして私たちは願いを込めた短冊を吊るして、星に望みを託す日」
対抗するように七夕についての知識を述べる。とはいえ誰でも知っているようなことで、テイオーもさらりと受け流す。どうでもいいことで少しムキになったとこっそり反省する。
「でさーちょっと考えたんだけどね、なんで彦星は天の川なんてぴょーんと超えちゃわないわけ?」
……こういう度肝を抜いてくるような発言については、やはりテイオーに分がある。子供らしい発想というのか、それともやはり天才的な視点なのか。
「天の川なんてって簡単に言いますが、テイオーは天の川を渡ったことがあるのですか?」
「……そりゃ、ないけど……」
「きっとそう簡単に渡れる川ではないのでしょう。なにしろ星空に跨るのですから」
「……うーっ、でもさ!」
既に話題は荒唐無稽な分野へ入っているのに、なぜか2人とも譲らない。自分でもそのことが不思議だった。
「でもさ、絶対って思うなら。絶対会いたいのなら。絶対渡ってみせるって、ボクならそう思うよ」
「……テイオー」
彼女のその言葉は無茶や誇張などではなく。覚悟に裏打ちされた、決意の証。
「……流石、と言いたいところですが。貴女が彦星になったところで、織姫がいませんわね。あら、織姫がいないならどうやって織姫に会うのでしょう?」
「……むー……」
「愛しい人がいて、初めて彦星の気持ちは分かると思いますわ。その点まだまだテイオーはお子様ですわね」
「……なにさ、マックイーンは知ってるの?」
「私にはメジロ家がありますわ」
「……それはなんか違うんじゃない……?」
むう。自信満々で言ってはみたが、違うと言われると確かに返す言葉に困る。愛する人というのは大事な人のことだとして、一年に一度しか会うことは出来ない。そんな状況に置かれた時、私は耐えられるものだろうか。いい例えが思いつかず、織姫と彦星の苦しみは測り取れない。
「まあ、ボクもやっぱり分からないかも。好きな人も分からないし、ずっと会えないのも分からない。いつかまた会えると信じて、一年後も好きでいる。そんなの辛いよね、多分」
「いつでも皆に会える私たちは、恵まれているということかもしれませんわね」
自分たちの運命を辿ってみる。それは数奇で、劇的で、容赦なかった。レースに神様がいるとして、決して優しいばかりではないのだろう。何も私たちに限った話ではない。レースが終われば誰かは笑い、誰かは泣く。けれど、それを支える人たちがいる。だから私たちは走り続けることができる。
「そうかもねぇ……ボクたちは幸運だよ」
そう言い切った彼女がどんな道を進んできたのか、私は当然知っている。でも本人がそう言うのだから、間違いない。結局のところ、全ての事象は本人でなければ正しい受け止め方など分からないし、本人が受け止めたならそれは全て正しいのだ。
「幸運。でも織姫と彦星も、案外幸運かもしれませんわね」
「まぁ、そだね。それだけ好きで、それだけ会いたい人に出逢うことができたんだから」
そういうことかもしれない。まだまだこの世界には知らないことばかり。だから、私たちはどうしても会いたい人を見つけてはいないかもしれない。それは焦っても見つからないものだろう。永遠に見つからないかもしれない。終生の存在というのは、何物にも代えがたい貴重なモノで。
「……うーん、決めた!」
少し考えた後に、テイオーが大きな声で言う。
「何をですの?」
「短冊に書く願い事だよ! ……願い事があるんだったら、自分で叶えちゃえばいいのにって思ってたんだけどさ」
それは、同感だ。織姫たちには申し訳ないが、一年に一度しか会えない二人は、願いごとをするには少し頼りない気もする。
「けど、これは決意表明。織姫と彦星に負けないくらいの幸せ者になるぞーってことを書くんだ! ……きっと、二人は幸せだから。どんな逆境にあっても、次の一年を思うだけで前を向ける。それぐらいの元気をもらえる存在がいたら素敵だよね。……恋人とかは、まだわかんないけど」
なるほど。
「それは確かに、素敵ですわね」
理にかなっているのかはわからないが、納得した。
「でしょー? あとはちゃんと夜晴れるといいけど。二人が会えなかったら寂しいもんね」
最初は彦星に文句をつけていたのに、今やすっかり二人の恋路を応援しているテイオーに思わず笑みが溢れる。
「そうですわね、晴れて欲しいですわね」
満天の夜空に光る織姫星と彦星、そしてその間を渡る天の川。こんな会話をしたおかげで、いまからそれが楽しみになってきた。
「……そうだ、マックイーンは何を短冊に書くの?」
そういえば、どうしよう。生半可なことを書いては、テイオーに馬鹿にされてしまう。かと言って思ってもいないことを書いたらバチが当たりそうだ。……よし。
「もちろん」
心の底の底。掬い上げた本当の気持ち。
「貴女とまた走ること。……勝つことは、願うまでもないでしょう?」
「……負けないよ」
「そのままお返し致します」
それは奇跡や夢だとしても。二人が本気で願うのだから。織姫と彦星の逢引きのように、絶対に叶うのだ。