もし、私が空に堕ちていけるなら。脚を離せば宙へと転じ、浮遊感が私を赦すなら。
あの青空に浮かぶ雲のように。私の名前の通りに。堕ちて。堕ちて往きたい。
どうしようもない空間。取り返しのつかない過去。ありえない未来。物事は時間軸と重力に支配されて、私は何処へも逃げれない。
ただ、空を見て思うのだ。どうして雲は、いつでも浮かんでいるのだろう。どうして雲は、どこまでも堕ちずに進むのだろう。
河川敷に独り。担い手を失った私はただ、ただ。ありえない空想に縋るように、届かない現実に浸るように。青から藍へと変わる空、夕焼けに染まりかけの刹那の青空を、ただ。
ああ、空に堕ちれたら。あの青が、手に届きそうなほど遠く感じる。そこに飛び込めば、またあなたに逢えるのだろうか。とん。久方ぶりに脚を跳ねさせてみても、空への感覚は掴めなかった。
空は綺麗だ。私にとって、青空は常に憧れだった。あのようにありたいと思っていた。憧れという言葉は、手の届かないものには不適切だとも知らずに。
どれだけ想いを馳せようと、どれだけ愛を語ろうと。空には決して届かない。吸い込まれるように消えてゆく。私はシニカルを気取っていながらその実夢見る少女だったというわけだ。
でも、今でも想ってしまう。視界の半分上側に、常に広がる絶景に。消えゆく人を想うように、消えない青に心を染める。
もし、もし。空へと言葉が届くなら。愛する蒼空が聞く耳を持っているのなら。私はなんと言えばいいだろう。素敵な名前をありがとう? 素敵な景色をありがとう? あなたのようになりたい? あなたのことが愛しい? それらはもう遠くに消えた何かで、今の私が述べるには拙すぎる。
今の私は、今のあなたに。もしも、言葉が届くなら。
どうして。
それだけ。それだけ。今度、もう一度声を聴きたいなんて願えない。今度はしっかり愛するなんて言えない。最高の景色を、今度は。そんなのは、もう。今度なんて、もうないのだから。
青は藍から黒へと変わり、夜がやってくる。あなたはまだ黒い青空の中にあるだろうか。夜の闇はあなたにとって束の間の安らぎなのだろうか。わからない。わからないとも。
永遠に。
流星のある夜空はあなたにとって、或いは青空よりも素敵な輝きだったかもしれない。そうだとしたらそれでもよかった。空色は千紫万紅で、きっと私だけでは掴み切れないほどの魅力がある。だから。まだ見ていたかった。
幸せになるあなたが見たかった。素敵な人と笑うあなたが見たかった。私はそこへ涙を以って祝福を授ける。空に浮かぶ雲のように、明瞭だけど触れられない。あなたにとってそういった存在であり続ける。
例えば10年後。笑って最初の憧れを語られる。そしてこっそり私も語る。あるいは騙る。どちらか掴めない私の雲のような振る舞いは、その時になっても変わらないのだ。
例えば20年後。私もあなたも幸せを掴んで、それぞれの子供達に囲まれている。皺の増えた顔を笑い合い、これから先のいのちを語る。あるいは駆ける。永遠に揺らめく私の雲のような振る舞いは、きっとあなたの力になれる。
例えば。1秒先でもあったなら。何かが変わっていたりしないだろうか。雲というのは一瞬だって同じ形をしていないし、空というのは一刻だって同じ色をしていない。
あなたが空で、私が雲。そう思って、想い続ける。
私の心は、まだあなたへと堕ちたまま。