恋。それは大人への階段。だから私は、日々"いいオンナ"目指して修行中だ。トレンドだって外さないし、いつでもキミを夢中にさせる準備はできている。ああ、でも。"キミ"はいつ現れるのだろう。ムチューにさせてくれる、ステキな人がきっとどこかに────。
「どうしたの、マヤノ? ぼーっとして」
「……うわっ! テイオーちゃん! マヤちょっとオトナな悩みをしてたのに!」
同室のウマ娘、トウカイテイオー。彼女はすっごくキラキラしてる。でもマヤだって負けない! 恋する乙女の力を手に入れられれば、そう! テイオーちゃんにはそれが……ない、はず。……自信がなくなってきた。いつもテイオーちゃんは生徒会長、会長さんのことを喋っている。それってもしかして、もしかすると?
禁断のコイ、かも。
「ねえ聞いてよマヤノ〜! 今日カイチョーがさあ……」
「……テイオーちゃん、会長さんのことが好きなの?」
好奇心。あるいは対抗心。同室の相手はライバルの1人。絶対先にオトナの女になるんだ、そう思っていた相手の1人。恋を知るのは自分が先だと、勝ちたいと思う気持ちはあるけれど。
恋に恋する乙女として、マヤノトップガンは他人の恋にだって気を配らずにはいられない。
「……? 好きだよ? すっごくソンケーしてるんだ!」
もしもそうなら、それは触れてはならぬ恋の形。見てはいけない愛の形。ならば自分は、そっとしておくべきか。
「……恋してるわけじゃ、ないの?」
でも、本で読んだことがある。
「……コイ? 何言ってるのさマヤノ、ボクとカイチョーはウマ娘同士だよー!」
同性同士の禁じられた愛の形が、確かに存在すると。……テイオーちゃんは、それを知らないんだ。
「……あはは、そうだよね! マヤ変なこと聞いちゃった!」
ホントに恋かはわからない。でもなんとなく、テイオーちゃんは隠してるか、わかってないか。何か違うのは、"わかった"。
「カイチョーは、ボクの目標! カイチョーみたいになりたくて、そのために。そのためならボクはなんだってできる」
テイオーちゃんの表情が、少し変わる。真剣だった。本気だった。
「……マヤノは何かそーいう目標、ないの?」
質問者が転換する。
「マヤは……ワクワクしたい」
少し考えて。言葉を吐き出す。
「……ワクワク?」
正確に言えば、きっと。わからない、というのが正解なのだろうけど。
でも、この気持ちはウソじゃない。
「うん、ワクワクして。ドキドキして。そんな気持ちになりたい。……だーかーらー!」
そう、それには何か、ずきゅんと来るものが。
「恋をしたいの! トキメキたいの! ……それで、テイオーちゃんと会長さんのカンケーがそういうのだったら、参考になるかなーって」
そう、ダメ元で直球勝負で聞いてみる。
「……えへへ、カイチョーのことは好きだけど、コイってちゅーしたいとか、そういうのでしょ? ボクはカイチョーに褒めてもらえるならそれで……」
「ホントは?」
「……不安になってきた……。マヤノが変なこと言うからだよー!」
間違えたかも。オトナの女がここにはいない。だから恋の何たるかなんて、自分だってわからない。だから聞いてみたけど、テイオーちゃんにもわからない……。どうしよう。
「うーん……。でもテイオーちゃんのそれって、単純なソンケーだけじゃないと思うんだよなあ……」
「……マヤノがそういうなら、そうかも……。ああでもっ、ちゅーとかは絶対! ぜったいないから!」
2人でぽく、ぽく、ぽく。自分たちはまだ子供で、何も知らないのだとわかる。真剣に考えても、オトナたちから見ればおあそびにしかならないことしか思いつかないのだろう。
「……あーあ、早くオトナになりたいなー……」
「ボクもはやくカイチョーみたいに、かっこよくて、すごいウマ娘になりたいよ……」
「……目標は、具体的な目標はあるの?」
「おお! よくぞきいてくれたまえ!」
怪しい日本語とともに、彼女は一枚の紙を取り出した。そこにサインペンでさらさらと。
「目指せ、無敗の、三冠ウマ娘……と! どう!?」
「……デビュー戦もまだなのに、気が早くない?」
「そんなことないぞよ〜! すぐにすごいトレーナーを見つけて、すごいデビュー戦を飾って、あっという間にカイチョーを超えてみせるんだから!」
少し、羨ましいかも。拙いかもしれないけど、確かなキラキラがテイオーちゃんには見えた。
「いいなあ、マヤも……」
そこですこし閃く。漠然とした彼方の目標で、まだテイオーちゃんには敵わないかもだけど。
「そうだ! 素敵なトレーナーちゃんを見つけて、素敵なランデブーをするの! 飛行機に乗って、窓から綺麗な夜空を見下ろして……」
「……マヤノもすごいと思うよ。……もちろん、ボクが一番すごいけど!」
テイオーちゃんに褒められた。意外だ。
「ボクさ、たまに不安になっちゃうんだ。"もし、夢が叶わなかったら"。だから夢がはっきりしてくるのは、ドキドキする。二つの意味で」
「でもマヤノはさ、走ること以外にも楽しみがあるっていうか、いつでもどこでも何かを楽しめそうっていうか」
面と向かってそんなことを言われたら照れてしまう。悪い気もしないけど。
「テイオーちゃんは、本当に真剣だね」
こっちも、褒めたくなる。
「……マヤそんなに、一つのことに夢中になれないもん。レースは楽しいけど、トレーニングがつまんないから全然走ってない。テイオーちゃんは、我慢してトレーニングしてるの?」
「それは、違うかも」
やっぱり、モノの見え方が違う。でもそれは、悪いことじゃなくて。伸ばすべき長所なのかも。
「トレーニングは、すっごく楽しいんだ。力が湧いてくるって、強くなってるって実感できる。……確かに同じことの繰り返しだけど、結果は毎回違うんだよ? 真剣さが絶対、報われるんだ」
「……マヤは毎回違うことをしたいなーって思っちゃうけど……同じことでも、毎回違うってこと?」
「ふっふーん、マヤノもまだ子供だなあ! ワガハイがこれから教えてしんぜよう〜!」
「授業はつまんないからやだー。……でもさ、やっぱりみんな違うってことかも」
そう、違う。誰一人として同じウマ娘はいない。それがわかった気がする。
「……違う、か……。ボクもカイチョーとは、違う。そういうことかな」
「なんとなく言っただけだよ」
「マヤノのなんとなくは当たるじゃん」
そう、みんな違うなら。誰かのようになりたい、という目標も、成し遂げられないものかもしれない。……でも、テイオーちゃんはそうだとしても、あきらめないと思った。走り続けると思った。
「……さっきも話したけどさ。夢がもし、叶わなかったら。叶ったとしても、叶った後。ボクたちが、大人になった後」
なんとなく、テイオーちゃんの言いたいことがわかった。
「将来って、未来って。どうなるんだろうね。早く大人になりたくても、早くなることはできなくて。ずっと子供でいたくても、子供のままではいられない」
当たり前のことを言ってしまう。でも、これが私たちの同じ悩みなのかも。
「デビュー、怖いね……」
「……うん」
夜空を見上げる。夜の空に光る星は、何億年もずっと同じ姿をしているらしい。……それでも、ずっと光っているわけじゃなくて。何億年が終わった後、その星はいのちを終える。その時、どんな気持ちなんだろう。
「どうしたの、マヤノ」
「あそこに光ってる星にも、命の流れが、始まりと終わりがあるんだなーって。改めて」
「……すごいスケールの大きいことを考えてるね。……やっぱりマヤノの見てるところは、ボクとは違ったりして面白いなー!」
自分からすればテイオーちゃんの見てるモノも、面白い。それはあまりにも近い着地点すぎて、ぶつかってしまいそうなのに。彼女はそこに向かって、少しもぶれることがなかった。
「テイオーちゃんと同じ部屋でよかった」
「ボクも。マヤノと同じ部屋でよかった」
不意に、互いの存在に感謝する。もし願いごとが叶うなら。ひとつといわず、たくさん叶えたいけど。
おばあちゃんになっても、ずっと友達で。
未来に一つ、目標を立てた。