「お疲れ様、スカイ。もうすぐ夕暮れだし今日はここまでにしよう」
「……ふう、お疲れ様でした」
いつもの時間、いつもの場所。いつもの二人でトレーニングを終える。ふとトレーナーさんの方を見ると、掌で日差しを避けながら空を眺めていた。
「……そーいえば、トレーナーさんっていつも晴れの日は早めに切り上げますよねえ。なんでです?」
それなりに一緒にいるけれど、まだまだトレーナーさんについては知らないことが多い気がする。あなたの癖、あなたの心。まだ大枠しか掴めていない。
「あー、別に早く帰りたいとかそういうわけじゃないんだが……」
あなたは少し言葉を濁す。
「サボりかと思いましたよ。いやはや私も頭が固くていかんですなあ」
「君の頭が固かったら、俺の頭は動いてないのと同じだよ」
「にゃはは」
ここで踏み込めないのが、私の弱さ。言葉に詰まり、あなたと同じ方を見る。
空が広がっていた。もうすぐ茜色に染まり始めるか否か。青から藍に、そして紺へと変わるか否か。絶妙な滲みを孕んだ青空が、広がっていた。
「……うわあ」
「……綺麗だろ」
「そう、ですねぇ……。とっても、とっても素敵な青い空……」
私には芸術のなんたるかはまるでわからないが、これは一つの芸術かもしれない。雲の生み出すグラデーション。陽の生み出す変幻自在。ずっと広がる青空は、目を瞬かせるたびに少しずつ姿を変えてゆく。
「この空が好きなんだ。ずっと、ずっと昔から。子供の頃から、こうやって移ろいゆく青空の終わりが好きだったんだ」
「なるほど。私をスカウトしたのも名前に惹かれてだったりして」
「……正直、半分当たってるかもな。君の名前を見つけられたのは青空のおかげかもしれない」
半分。偶には私もあなたの心を言い当てられるのだな。少し心を通わせられたようで、嬉しくなる。
「でも、スカイと会えてから。この空を見て、他にも思うことが増えたよ」
「……ふむふむ」
「青空にも色々あるけれど。気まぐれで深い色を湛えているこの空は、まさに君のようだなって。一瞬一瞬で移り変わって、目を離せないこの空が」
「トレーナーさん、そーとー恥ずかしいこと言ってません?」
本当に。先程から心臓の拍動が止まらない。
「いいんだよ、たまには」
「たまには、ですか……。まったくトレーナーさんはずるいですね」
幼い頃からの憧れに重ねてもらえるなんて、私はなんて幸せ者なのだろう。
「……だから俺は一人の時でも、この青空を見るたびに君を思い出す。思い出せる」
「……もう。続けるんですかー?」
続いてほしい。ずっと、ずーっと。
「悪い悪い。ちょっとクサすぎたかもな」
「……私も、そういうのがほしいですねえ」
「そういうのって?」
「そりゃこの流れなら、私もトレーナーさんを思い出すアイテムが欲しいってことですよ。だってトレーナーさんばっかりじゃ不公平じゃないですか」
「俺のことなんてそんなに思い出さなくてもいいだろ」
「私だったらいいんですか」
私の人生は薄っぺらで、あなたに重ねられる憧れはない。あなたと同じくらいの、なんて。
「……お、そろそろ夕焼けに染まり切るな」
「……もう」
これ以上恥ずかしいことは言えないとばかりに、トレーナーさんは話を逸らしてしまう。
「綺麗ですね、本当に」
「……そうだな」
でも、赦してしまおう。
だって青空が、こんなにも。
「じゃあ、また明日」
「はいはーい、また明日」
暗くなり切った空を背に、明日に向けて私たちは別れる。もう夜だ。もう明日は近い。すぐに明日は来る。だけど、だけど。
「……ねえ、トレーナーさん」
ふと、呟くだけ。
「……ねえ、トレーナーさん」
なんども、なんども。
「空が黒くても。雨が覆っても。私はいつでも、あなたを想ってしまいます」
「明日が来るまで、布団にくるまって。掌の上にあなたを浮かべています。
ねえ、いつかは。私の憧れも語れるのかな」
明日が来るのは、とっても先のこと。青空がまた見れるのは、一夜が千夜のように感じられた後。あと何度、一夜千夜を重ねたら。
あなたに言えるのだろう。
「ねえ、トレーナーさん」
何億回目。言の葉の上にあなたの幻影を載せる。
「すき、だよ」
吐き出す言葉が、いつか本当に告げられると信じながら。