ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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トレーナーさんとお出かけするまえ


セイウンスカイとはじめてのお出かけ前日

 楽しいこと。好きなもの。それは何個あってもありすぎることはない。私の場合は海辺。今いる場所。青空。今見ているもの。釣り。今していること。

 その他にも昼寝やらいくらかあるが、今はとりあえずこんな感じ。トレーニングもお休みで、私は一人のんびりと水面に竿を垂らしていた。うん、充実したお休みだ。

 人生の充実は暇潰しにあると、昔誰かに聞いたか自分で言ったことがある。おそらく真理だ。どう生きていたってやらなければならないことはあるのだから、それ以外のところに自由を求めた方が良い。

 じゃぽん。魚の跳ねる音を聞き、なかなか釣れない釣竿を尻目に。私はひとつ欠伸をする。そしてこう思う。

 ああ、釣れなくても釣りは楽しいなあ。

 負け惜しみではなく、心の底からそう思っているとも。ゆっくり焦らず、徐々に仕掛けが獲物を追い詰める。その徐々に、の部分が肝であり、こうして日がな一日必要なこともあるというわけ。

 この海辺はひとりぼっちの空間だけれど、ひとりぼっちが必要な時もある。これも誰かか私の格言。全くもって正論であり、私は今それなりにシリアスな考え事をしている。

 

「……お出かけかあ」

 

 珍しくトレーナーさんがトレーニングの代わりのリフレッシュを提案してきた。二人でどこかへ行くらしい。そう、二人で。正直なところ、一人が嬉しかったりするかもしれない。いやいやそんなことを言ってはトレーナーさんに失礼なのだが、誰かに見張られてのリフレッシュなどできるだろうか。

 別に、嫌と言うほどではないのだが。

 うーん。釣竿が首をこくこくと下げるのと共に、私の頭もこくこくと動く。嫌でもないが、嬉しいというほどでもない……という塩梅なのだろうか。自分でもよくわからない。もちろん信頼しているし、それなりの好意は持っている。それにトレーニングの代わりなのだから当然見張っている必要はあるし、私のような面倒なウマ娘とはコミュニケーションを取る必要だってあるだろう。

 だけど、だけど。理屈ではわからないモヤモヤが、暗雲のように心を覆う。それは大袈裟か。

 

「……お、かかった」

 

 おっと、閑話休題。

 とりあえずこいつを釣り上げてからにしよう。

 

「いやー、釣れた釣れた」

 

 大物だ。釣りなど手慣れた何度も繰り返したものだが、それでも大物が釣れたらいつだって嬉しい。ゆっくり針を抜いて……いたっ。

 あらら。傷ついた親指をぺろりと舐める。今日はもうやめておけということだろうか。釣りも、思考も。暇潰しは大切だが、必死になって暇を潰したら本末転倒だ。

 持ってきたビニールバケツに暴れる魚を入れて、私は昼寝の体勢に入った。起きた時に逃げ出していたら私の負けだな、などとよくわからないことを思いながら。

 

 うとうと、うとうと。昼寝というのは完全に眠れるものじゃない。耳には周りの音が入るし、目には太陽の光が瞼越しに入り込む。そもそも体内時計はこの時間に起きろと煩く言ってくる。それでも私が眠るのは、心を落ち着けるため。

 眠らない心はきっと疲れて走れなくなってしまうから。大事な時に、大事なものを逃してしまうから。

 明日は大事な日だ。なんだかんだ言って、初めてトレーナーさんと二人で息抜きをするのだから。息抜きの達人であるセイちゃんが、あらゆることをトレーナーさんに教授してあげる番だ。あなたには、いつもお世話になっているもんね。

 ありがとう。少し寝ぼけた心は、そんなことを脳裏に口走る。あなたに会えなかったら、私はどこにも行けなかった。万年サボり魔、才覚はからきし。私のようなウマ娘が一丁前に勝とうと願えるのは、きっとあなたのおかげ。

 多分自分はまだ気づかないふりをしているだけで、あなたに会うのを嫌がっているだけ。あなたに会うとどきどきしてしまうから、緊張して休めないのを誤魔化しているだけ。私はきっと、本当はあなたのことが大好きだ。小賢しい脳みそがそう囁いている。

 あなたにべったりと甘えたいと思っているし、わしゃわしゃと頭を撫でてほしいと思っている。

 でも、まだ。まだそんなことを言ってはいけない。なんとなく、そう思う。これはトレーナーさんを慮ってのことではなくて、おそらく私があなたから好かれたいという気持ちの現れ。

 それではいつのまにか逃げられてしまうのかもしれないけれど、私はちゃんとあなたと仲良くなりたい。一方的な好意を押し付けるのではなく、贅沢にも蕩けるような甘い恋をしたい。

 私の狙いは大物だ。あなたという一番の大物。それを見つけて焦っているのが今で、今からやりたいのはそれを釣り上げること。

 まずはシチュエーションを凝りたい。最初のデートは明日。あなたに楽しいと思ってもらいたい。私といて楽しいと感じてもらいたい。だからいろんなプランを考えてあるし、それに誘う準備だって万端だ。

 次のデートからは仕草だって凝りたい。あなたの一挙一動を目に焼き付けたい。私の全てを見て欲しい。いつか、いつかのはなしだけど。きっと手繰り寄せて見せる。

 それが悠長な仕掛けだとしても、私の狙うはあなたとの大恋愛なのだから。

 

「ん〜、よく寝ましたね……おっと。ちゃんと逃げてない」

 

 今回の釣りのようにそう上手くいくかはわからない。上手くいかなかったらなりふり構わずあなたに愛を叫ぶ羽目になるかもしれない。それでも、それはそれでロマンチックかもしれない。

 

「じゃあ、明日も早いし」

 

 帰りますか。明日は目下一番楽しいこと。目下一番好きなものと一緒だ。

 明日はデートだ。はじめての。

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