「ねえ、スカイさん。今暇かしら」
ある昼下がり。いつものように暇を堪能していた私の元に、同期のキングヘイローがやってきた。
しかしこの問いはシンプルにして難しい命題である。キングは私と禅問答がしたいのか、と疑うくらいである。
私セイウンスカイにとって、暇はいくらあってもありすぎることはない至福の時。所謂なんにもない時間というのは、歳を取れば取るほど得難くなってくるからだ。
つまり暇というのは並大抵の用事で潰してしまうべきではなく、キングには果たしてその覚悟がありや、なしや──と。
「暇そうね。カラオケ行くわよ」
え。
私が述べた詭弁の数々は、お嬢様の心には全く響かなかったらしい。
「誰か他に来るの?」
「……私たち二人だけよ。いいでしょ、偶には」
「……それなら乗ってあげよう。可哀想だし」
そんなこんなで。
「ららんらーんらん♪」
「スカイさん、結局ノリノリじゃない……」
私たちは今二人でカラオケにいる。交互に歌うわけでもなく、今のところずっと私が歌っている。……というのも。
「キングもそろそろ歌ったら〜?」
「……いえ、いいえ! 私は大トリを飾るんだから! そう、そのために体力を温存、喉を整えておかないと……えほん、えほん!」
可愛らしい咳払い。誤魔化しているのがバレバレだ。……というわけで、何故かキングは自分が歌うのを避けている。自分から誘ったくせに。それにしたって尻尾や耳のそわそわが尋常じゃないし、一体何を考えているのだろう。
「ふぅ、じゃあ次かなあ……よし」
「スカイさん、疲れたら休憩するのよ。ずっと歌いっぱなしだし」
「あっひどーいキング、一人で歌ってるのは誰のせいだと」
「……むっ、それは……その」
右手で曲選択のタッチパネルを操作して、左手は冷えたソフトドリンクを仰いで喉を休める。
「んっ……んっ……ふぅ」
気づけば首筋には汗が。結構歌ったな。
なんだかんだで私も歌うのは好きだ。その理由の大きな一つにウイニングライブがあって、ウイニングライブが好きだから歌うのが好きになった、というウマ娘は多いと思う。
そういう意味ではキングだってウイニングライブは経験しているはずなのに、歌うのを嫌がっているような素振りはなんなのだろう?
……試してみるか。
「じゃあキング、はい」
マイクを渡す。
「えっ、ちょっとスカイさん!? 勝手に私の歌う歌を入れたわけ!?」
「そんなことないよ。……半分はね♪」
そう言って、私はもう一つマイクを手に取る。
「……まさか」
「そう、まさかです」
イントロダクション。キングだって知ってそうな歌を選んだ。というより同世代故、私が知っている歌を選べば自ずとそうなるのだが。
「デュエット。お付き合いいただけますか、お嬢様?」
「……もう。いいでしょう」
彼女はマイクを握りしめて。
「私と一緒に歌う権利をあげるわ!」
気分は絶好調だ。
「さんねんめーのうわきくらーいおーめにみーろよー♪」
「開き直るその態度が気に入らないのよ!!」
本気で怒られてる気がする。こんなにマッチするとは思わなかった。
「スカイさん、この選曲は……?」
「有名でしょ、それだけそれだけ」
疑問を抱くには堂に入りすぎてると思うけれど。
ともかく息はぴったり。見事に二人で歌い上げた。やっぱりキングは歌が上手い。感情が篭りすぎてるくらい籠っていたし。
「……はぁ、ありがとう」
「おやおや、キングが感謝なんて珍しい気がしますね」
「……実は、不安だったの」
おっと。漸く彼女の悩みを聞けそうだ。
「……実は今度、二人でカラオケに行くことになって。私、彼の前で一人で歌うなんて緊張してそれだけで……あっ」
「『彼』。聞き捨てならないですなあ」
全部聞き捨てならないワードだったけど。
「トレーナーよ。……きっと、あちらにはそんなつもりないんでしょうけどね。……私はトレーナーのことが好き。だから、失敗したくない。それで」
「それで、セイちゃんを指名したと。トレーナーさんの代わりの練習相手に」
少し嫌味を。
「……ごめんなさい」
「いーよ」
好意の裏返し。それはわかっているから。
「じゃあ、そうとわかれば」
「……?」
「本腰入れて練習しなきゃね。あまっあまのラブソング。二人の距離を近づける方法。カラオケボックスという密室で、お嬢様が如何にハメを外すか」
私にできるのはそれくらい。
「……ありがとう」
「いいのいいの、他ならぬキングの頼みじゃない」
その言葉に、嘘偽りはない。
歌と熱に浮かされた閉鎖空間の中で二人きり。空気を冷ますものはなく、喉を潤すために偶のドリンクバーに出向くか、延長の電話が鳴り響くか。
その二つがなければ、熱を出して倒れてしまいそうなほど。
私は浮かれていたし、キングも浮かれていたと思う。
もう緊張もギクシャクもなく、二人でずっと交互に、あるいは同時に歌う。
デートの予行練習なのだから、こうでなくては。
「キング、これでデートでも歌えそう?」
「……なんで抱きつかれながら歌わなきゃいけないのよ!」
「にゃはは〜、でもトレーナーさんに抱きつかれたいでしょ? それも想定、想定」
「……それは、そうだけど」
こういうところで真面目に答えてしまうのだから、この子はとてもいい子だと思う。騙されてないといい……なんてのはキングのトレーナーさんなら杞憂だろう。このお人好しの相手に相応しいお人好しだったと思う。
相応しい。そう、だから。彼女には幸せになってほしい。でも、けれど。
ぷるるるるる。思考を遮る何度目かのタイムコール。……そろそろ二人とも疲れたし、幕を引くべきだろう。
これ以上は、蛮勇だ。
「帰ろっか。もう大丈夫でしょ、キング」
「……ええ、きっと。……歌の練習、アピールの練習、色っぽく見える汗の拭き方の練習、そして告白の練習……」
キングは今日の『練習』の数々を思い出している。やれやれ、ちょろい。
「……うう、まだ……いえ、流石に……」
キングはまだ悩んでいる。けど。
「いいんだよ、キング。きっと大丈夫」
流石に、これ以上はやめておくべきなのだ。
「……そうだ」
「……スカイさん?」
「……最後におまじないをしてあげるよ」
軽い、軽いおまじない。
「目を瞑ってみて」
「……わかったわ」
悪戯好きの少女の前で、素直に目を瞑る少女。本当にお人好し。
安らかに目を閉じたその顔を見つめる。手入れされた髪、艶やかなまつ毛。弾みそうな頬、そして柔らかい唇。こんな顔をされたら、誰だってイチコロだろう。
そして私は。
「……きゃっ!」
軽く、軽くおまじないをした。
「おまじない、だよ。……今日の授業料ともいうかなー?」
彼女の額に、一瞬。私が触れていい限界まで、触れた。
「……初めてはトレーナーさんにとっといてあげよう」
「……もう! ……なんて、ありがとう」
述べられるのは感謝。彼女が私に抱ける最大限の親愛。
「……じゃあ、帰ろっか」
「……ええ」
私はあなたの幸せを祈ろう。
愛する人の、幸せを。