ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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だーれだ


頂点

 一番人気だったアイツは言った。

 

「もう、私は走れないかもしれない」

 

 そうか、そうか。お前は悲劇のヒロインか。いつもいつも孤独を嘯き、不調を理由にリベンジもしないのか。過去ばかりを振り返り、道を閉ざしてしまうのか。

 

 二番人気だったアイツは言った。

 

「はーっはっは! 見事栄冠を分け合うことになったね!」

 

 そうか、そうか。お前は悔しさを見せてはくれないのか。アタシはあの時悔しかったよ。いつもいつも孤高を気取り、次は当然勝つかのように。未来ばかりを見据えて、道無き道を往ってしまう。

 

 まさかの敗北。まさかの勝利。三番人気に対してかける言葉としては随分とご機嫌だ。まあそんなことはいい。気に食わないのはお前達だとも。お前達がしっかりと勝敗に固執するならば、アタシはそれで充足するのに。お前達は何故敗北を受け入れるのか。お前達は何故別の場所を見ているのか。

 アタシが勝ったのは、"今"だ。

 がりっ。何度も何度も爪を噛みながら、アタシは未だに勝利を噛み締められないでいる。

 ベッドに横たわり、だらしなく過去を思い返す。噛みちぎられた爪だけが、目の前に転がる。

 皐月賞。皐月賞は確かにアイツが勝った。忘れるわけがない。それを忘れないからこそ今があったのだ。あの末脚は次元が違うと思った。何度も何度も夢に見て、涙を流した。どうしてアタシにあれがないのか。センターに立てなかったのは、実力よりも戦略よりも。そう思えば、どうしようもない差が広がっているのがわかった。

 だから最も"速い"ウマ娘は、アイツなのだ。

 ダービー。ダービーで勝ったのはアイツだ。間違いなく僅差だったのに、ギリギリでアタシは負けたはずなのに。何度も何度も思い描いても、勝つイメージが途切れていく。大外から規格外の輝きが抜き去っていく。責められるのは自分だけだった。トレーナーさんだって悪くない。アイツらの強さが悪いはずもない。負けた理由は一つなのだ。勝負とはシンプルなものだから。

 だから最も"運のある"ウマ娘は、アイツなのだ。

 けれど、だから。だから。

 だから最も"強い"ウマ娘は、アタシだ。そう声に出してみる。少しだけ勇気が湧く。強がっているだけで、声が震えているのが自分でもわかってしまう。それでも、奮い立つ。誰もアタシの勝利を見ないのなら、アタシがアタシを見てやるのだ。誰も、分かち合う者がいないのなら。

 そんな深夜。誰もが寝静まって一人夜を見やる時、電話が鳴った。

 

「……ああ、トレーナーさんか。こんな時間にどうしたんだい」

 

 なんでもないと彼は言うけれど、なんでもない奴がこんな時間に電話をかけてくるはずがない。言い訳が下手を通り越している。

 

「ん。お前は良くやってたよ」

 

 今までごめん、だなんて。仮にも今は勝利に浸るべきだろうに。アタシはまた爪を噛む。苛立ちなのか、それとも落ち着きから現れたルーティンなのか。ともあれ、少し胸の高鳴りはおさまってきた気がする。

 

「……そうだとも。アタシはね、負けについては忘れてないからね。あれだってあれだって、アタシの力不足だよ。……でも、今回はアタシ"たち"の勝ちなんだ。だからさ」

 

 だから、なんだろう。自分の言葉に問う。アタシたちの勝利は確かに、それなりには祝福されている。でもそれなりだ。もしかしたら、これからもそれなり止まりなのかもしれない。例えばアイツがこのまま引退すれば、「もし現役ならば」そう言われて生涯比較されるのだろう。例えばアイツがこれから勝ち続けるなら、「ライバルではなかった」そう言われて比較すらされないのかもしれない。

 レース生命は残酷だ。一時期並び立とうとも、ずっと並び立てるわけではない。でも、だから。だから。だから、アタシたちは走り続ける。……そして。

 

「だからさ、トレーナーさん。これからも……ね」

 

 なんだか照れ臭くなって、その続きは口から出てこない。ああ、やっぱり自分には闘争心が足りないのかもしれない。悔しがることばかり達者で、自責ばかりを積み上げる。でも、確かに何かを積み上げている。

 

「アタシと獲ろうよ。"頂点"」

 

 そう言うと、あちら側から笑い声が聞こえる。……涙混じりなのは聞き逃さなかったが。少し考えて口にしたのだから、それなりに感銘を与えられたなら嬉しい。悔しがるのはアタシの役目で、トレーナーさんには喜んでいてほしい。

 

「全く。悲願のGⅠだったんだろ? そりゃアタシにとってもだけど、トレーナーさんの方がアタシより長いこと我慢してたんだからな。もっと喜びなよ。……そうでなきゃ、アタシだって喜ぶ気が失せるってもんさ」

 

 そう言うと、また謝られる。……調子が狂うなあ。かりっと、また爪に歯を立てる。これは少し苛立ちかもしれない。貴方が優しい人だというのは、わかっているのだが。それがわかっているから、アタシの胸は安らいでいるのだが。

 

「そういえば、電話の要件は? ……なんでもないなんて、今更そんなこと言えるのかよ」

 

 そうそう、それを忘れるところだった。何かしらあるから電話をかけてもらえるのであって、本当になんでもないのにこんな夜中に電話できるような仲ではない。少なくともアタシにその勇気はない。

 暫しの沈黙。その後、トレーナーさんは咳払いして言葉を打ち明ける。

 ……ああ、なーんだ。

 

「こちらこそ、菊花賞おめでとう」

 

 何度も何度も自分で噛んだつもりの言葉なのに、貴方に言われるだけでこんなにもスッと飲み下せる。分け合うこと。記し合うこと。それが人にとって大切なことで。どうやらアタシには、孤独も孤高も似合わないらしい。

 

「……じゃ、また明日」

 

 そう言って、しっかりあちらからの言葉も聞いて。確かな繋がりを感じて、また布団に入る。……もう噛める爪は無くなってしまった。なら眠ろう。明日からも、アタシたちの道は続いているのだから。

 

 

 ああ、朝が来た。また一日過去から遠ざかり、また一日未来へ進む。アタシの得た敗北も勝利も、一つ一つ遠ざかっていく。それでもいい。アタシは貴方と歩んだ道を、振り返ることもなく全て覚えている。そしてこれから貴方と歩む道も、全て。

 寮を出て青風を肌に受ける。少し肌寒い秋の風だった。季節の巡りはあっという間に冬になり、クラシック級での争いはいよいよ大詰めだ。有馬記念ではついにシニアのバケモノ達との闘いが始まる。それにアイツらとの勝負だってこれで終わったつもりはない。まだアタシ達は三冠をバランス良く分け合ってしまっている。たとえこの先差がつくとしても、決着を付けなきゃ気が済まないというものだ。

 ……決着。どうやって決着を付けるべきか。最も速い、最も運のある、最も強い。それは決まったはずなのに、それだけでは全ては決まらないらしい。……折角ならアタシに有利な条件にしてしまおうか。

 そういえば、いつだったかトレーナーさんが言っていた。アタシの持ち味は長期の粘り。それ故に3000の長さで勝ち得たのなら、それなりに正しい言説なのだろう。なら。

 

「どれほど眩い一等星より、どれほど気高い覇王より。アタシが一番永く、走り続けてみせようじゃないか」

 

 碧空と未来に言葉を告げて。"トップロード"はひた疾る。頂点へ。

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