ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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久しぶりですみません


ベタ惚れなのを口にだけは出さないメジロドーベル

 おはよう、トレーナー。これくらいは言えるはず。

 あのさ、今日。これは絶対、言えない。

 しかし気持ちは逸るばかりで、もう既に用意だけはしてしまった。だから後はアタシの気持ちの問題。……と、もちろん相手側の気持ちの問題もある。

「"メジロドーベル"は強いウマ娘だ」

 もう一度、頭の中であなたの声を響かせて。

「うん、アタシもあんたのこと」

 頭の中で、返事をした。

 

 

 俺の担当ウマ娘であるメジロドーベルは……正直まだわからないことも多い。けれど三年間を共に歩んで、確かな信頼を得たと思った。つっけんどんな態度の中に、彼女なりの気持ちが込められている。

 思えば最初にまともな挨拶をされた時はかなり驚いてしまい、思いきり睨まれてしまったような……。そう、その挨拶が問題なのだ。

 こんこん、とトレーナー室のドアが叩かれる。少し前から、この後がおかしい。それより前は流石に慣れた様子だったのに……。

「お、おはよっ! トレーナーっ」

「おはよう、ドーベル」

 やはり今日もおかしい。声のうわずりは、緊張……とは違う気がする。かつて観客の声に緊張し、不安を抱えていた彼女のテンションとは真逆だ。……主に耳と尾の跳ねかたが。

「っ……って、何を、じろじろ見てるわけっ」

「ああごめん! つい」

「……否定、しないんだ」

 後半はぼそぼそと独り言のようだったので、聞こえないふりをしておこう。……今更否定するまでもなく、俺は彼女をずっと見守り続けるつもりだし。

 とはいえこのように、最近のドーベルは若干……いやかなり……当たりが強い。いつもそれなりに当たりは強いが、最近はなんとなくそれまでとは違う気がするのだ。

「で、どうしたんだ? 今日は朝練はない予定だったと思うけど」

「……朝練がなきゃいちゃいけないの?」

 まずい。この感じは本気でイラッと来た時の声音だ。

「いや、まさか! ああそうだ、ドーベルがいるとアロマのいい匂いがするしこちらとしてもやぶさかでは」

「っ、バカ!」

 ……おかしい。今のは褒めていたはずだ。結局さっさと部屋を出ていってしまったドーベルの後ろ姿を思い返しながら、果たして俺は彼女の口振りと耳の揺れのどちらを信じるべきか悩み続けるのだった。

 

 

 バカ、バカ、ばか! 結局おはようすらまともにいえなかったじゃない! こんなんじゃ『これ』、渡せるわけない……今日渡さなきゃいけないのに。でも、でも!

 そうだ。アタシは諦めない。そうあなたと約束した。だから諦めない。

 渡すのだって。その先、だって。

 

 

「こほん。お疲れ様、トレーナー」

「……ああ、お疲れ様ドーベル。さっきはごめん」

 授業が終わって帰ってきたドーベルは、落ち着いて……あるいは気合を入れてきたように見えた。

「……い、いいのよそれは。そうね、許す。……あー」

 なんだか言葉に詰まりながら、彼女は考え事をしているようだ。

「あー、そうね。お詫び。今、今思いついた」

 何か合点がいったのか、彼女は持ってきたポーチから何かを取り出す……何かのチケット?

「これが……お詫び?」

「うん、お詫び。……よし、よし。そ、そういうことだから、ほら」

 そう言って彼女は近づいてきて、こちらにその手を伸ばす。促されるまま、手のひらを掴んだのだが。

「……ばっ! い、いや……そうよね、そ、アタシについてくるのがお詫びだから。……離しちゃダメ、だから」

 何かただならぬ葛藤を抱えたメジロドーベルに連れられて、横に並んで歩けと脅されて。

 たどり着いたのは、街中にある映画館だった。

「これ、2人ぶん。今日のチケット。これを無駄にしないために付き合うのが、お詫びのメインイベント」

「……それ、俺からの詫びになるのか?」

 少し気になったので聞いてみると、彼女から先程までの威勢が消えきょとんとしている。

「だってさ、ドーベルと一緒に映画を観るなんて。俺が得してる気がする」

「……ほんと、ずるい」

「え?」

 ずるかっただろうか。騙してしまったような形になっていたので確認したかったのだが。

「いいの! これはアタシだって、いや違う……そう! 観たかった映画だから! 大人なんだからそれを見張ってなさい」

 なんだか腑に落ちないが、二人で劇場へと入っていった。……恋愛映画か。ここでドーベルらしい、などと言ったら怒られてしまうだろうな。

「……隣同士の席だから」

「ありがとう。楽しみだな」

 チケットをドーベルから受け取る。記された席に座ると、間もなく劇場が暗くなっていく。

「……ねえ、トレーナー」

「どうした?」

「今のアタシは……っと、始まるよ」

 だから、言葉はそれきり。

 

 

 あなたはアタシのことを、"メジロドーベル"として認識している。最初から、今までずっと。アタシ自身が他の誰かのようになろうとした時も、ずっと。だからきっと、あなたのおかげでアタシはアタシでいられたのだ。

 けれど、こうも思う。あなたが強いと言ってくれたのは、信頼してくれるのは。"メジロドーベル"という存在がそれらしくあるから。いじっぱりで、刺々しくて、負けず嫌いなアタシの中に、素敵なものをきっと見出してくれているのだ。

 だから逆に言えば、今のアタシは。あなたが大好きって気持ちを、油断すれば溢れそうなくらい抱えてしまった恋する乙女は。あなたが信頼してくれた"メジロドーベル"じゃ、なくなってしまったのかもしれない。

 まるでかつて観客の期待を裏切りたくなかったように、それより何千倍もあなたのことを裏切りたくない。

 だから、アタシはアタシらしく振る舞おうとする。まだいじっぱりで、刺々しくて、そうあろうとする。だって好きな人には、いい格好をしたいものだから。

 好き。また頭の中で。

 大好き。口にだけは、出さないで。

 愛してる。毎秒毎分、枯れずに湧き立つ言葉を紡いで。

 笑ってしまいそうなくらい、ベタ惚れだ。

 

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