ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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ひさびさのリハビリです


チェンジリング

「ねえシャカール、『チェンジリング』って知ってる?」

 

 目の前の殿下サマがそんなことを聞いてきたのは、いつものように愛想を浮かべながらのことだった。唐突な話題の振り方も、いつものことだ。

 

「流石、アイルランドの伝承にはお詳しいことで」

「あっ、知ってるんだ! じゃあじゃあ、どんな話か教えてくれる?」

「オレを試すな。お前が振ってきた話なんだから自分で説明しろ」

 

 そう突き返すと、ファインは嬉々として説明を始める。そんなに愉快な伝承じゃないクセに。

 チェンジリング。日本語に置き換えるなら『取り替え子』。生まれたばかりの人間の赤子を、妖精が自分の国に連れ去ってしまう。そして代わりに自分の子供を置いていく。こうして残された妖精の子が『チェンジリング』と呼ばれる。こんな非科学的なものが、かつてはまことしやかに信じられていた。もちろんそうなった理由はある。反吐が出そうな理由だ。

 

「長々と説明してもらったが、要するにアレだ。自分の子供が不出来なのを、架空の存在に責任を押し付けるための物語。本当の子供はむしろ出来が良すぎたから、不幸にも妖精に目をつけられてしまったんだって。この子は血が繋がってないし、むしろ子供を連れ去った憎むべき相手の置き土産だって」

「可哀想な話、だよね」

「不幸に納得するための話だ。そもそも自分の子供を不幸と断じるべきじゃねェだろうがな」

 

 そんな話はある意味『論理的』だ。非科学的なものの実在を信じる世界なら、理不尽にも全て理由がつけられる。今から見ればどんなにバカバカしくても、当時はそれが生きる知恵だった。そうすることで、悲劇を誰でも乗り越えられた。運命の読み替えさえできたのだから、現代人より利口かもしれない。

 

「で、そんな話がなんになる」

 

 けれどそれはあくまで昔の言い伝え。オレたちは知恵を持っている。そんなのはまやかしだと知っている。それでは悲劇を説明できない。だから、運命を受け入れるしかない。それなのにファインが言い出したのは、突拍子もない仮定だった。

 

「ねえシャカール、チェンジリングは幸せなのかな」

「はァ? 今の聞いてたか? 子供を捨てる言い訳みたいなモンだ、誰も幸せになんか」

「妖精の国に連れて行かれた子は? 妖精から見れば自分達と違う容姿、違う力を持ってるんでしょう? 期待されて連れてこられて、祝福されて育てられる。そういう話でもあるんじゃないかな」

「いいかファイン、それは架空の話だ」

「御伽噺の非実在なんて、誰にも証明出来ないでしょう?」

 

 これは伝承を大切に思う愛国心か、はたまた伝承を暴き立てる好奇心か。どちらにせよ、付き合ってやらなきゃ黙ってはくれないらしい。これ見よがしにため息を吐いてから、思考を尖らせる。架空論理による思考実験も、たまには悪くないだろう。

 

「なるほどな。確かに取り替えられた人間の子は、さぞちやほやされるだろう。だがそれだけとも限らねェな。チェンジリングは頻発していた。『妖精の国に連れて行かれた人間』は一人だけじゃねェんだよ」

「たとえば妖精の国の王になれるのは、一人だけ。けれどそれを期待されて連れて行かれた子供はたくさんいる」

「そうだ。するとどうなる? てめェでもわカンだろ」

「ただ一つの席を巡って、争いが起きちゃうね」

 

 すなわちそういうことだ。期待されて祝福されて優秀で、それでもそういう奴ら同士で鎬を削らなきゃならない。

 

「元の家にそのままいたなら、普通の人生を送れたかもしれねェ。その運命から逃れたばかりに血みどろの争いに身を投じなければならないとしたら、それは幸福と呼べるのか? いくら期待され、祝福され、愛されていたとしても」

 

 二人きりの空間に、沈黙が走る。運命を尊ぶ殿下サマには、少々酷な質問だったかもしれない。普通の人生と縁のなかったファインモーションには。そう思っていたのに。

 

「……シャカールは、幸福だと思う?」

 

 予想に反してケラケラと笑いながら、目の前の少女は問うてくる。無邪気で純粋な笑み。試すように、誑かすかのように。けれどその意図の深層がわからなかった。

 

「今言っただろ、幸福とは呼べねェって」

「違う違う、いつものロジックじゃなくてさ」

 

 そう言ってまたけたたましく笑う。バカにするように、心底愉快そうに。立ち上がって、腹を抱えてさえいた。その態度を崩さないままの言葉だった。

 

「まだ気づいてない? だってこれは──」

 

 そこで漸く気付いた。背景はずっと、全て白一色の書き割りだったと。目の前で笑うヒトガタは、ファインモーションではなかったと。

 歪み消えゆく視界と、宙を舞う感覚の中。最後に刻まれた記憶は、妖精の嗤う声だった。

 

 

 目覚ましより早く起きるのは初めてではなかった。全身にじんわり汗をかいたまま、ベッドから起き上がるのも。シャワーを浴びなければいけないな、と思った。そうすれば僅かな脳裏の残滓ごと、洗い流せるだろう。夢なんてものは所詮自分自身の一部に過ぎないのだから、憶えていて良いことなど何もない。アレはファインモーションじゃない。あの姿に語らせる話としては、随分悪趣味だったが。だってあれは。

 あそこで問われた幸福は、チェンジリングについてなんかじゃない。運命に沿うか解き放たれるか、どちらにせよもがき続ける祝福されし異形共。そんな見立てだ。本当に、バカにしている。

 ……ここまでにしておこう。どうせ夢は自問自答で、そのくせ大抵は自分を苦しめる問いばかり。それに脳のリソースを割くのはバカバカしいことだ。もう既に極彩色の悪夢たちは、頭の容量を散々に食い荒らしている。これ以上一つだって増えてほしくはない。

 だから忘れた。だからそこで終わり。迷信では幸福にはなれないと、自分で自分に告げているのだから。

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