今日からマンハッタンカフェとのトゥインクル・シリーズが始まる。未だに実感はあまり湧かない。彼女は女優として活躍する、既にスターの座にいるウマ娘であって。そんな彼女が何故レースに出ることを決めたのか、俺を選んだのか……。いやいや。俺は決めたんだ。
早く連れて行って。
そう言った彼女に、俺が君を連れて行く、と。その言葉が、俺たちを繋いでいる。
……しかし遅いな。何かあったのだろうか。……電話するのは気まずい。やはり有名人だし……。そうくだらない躊躇をしている間にも時間は過ぎる。ええいままよ! 決心して聞いていた電話番号にかける。通話中だったらどうしようか。いや忙しいしその可能性が高いんじゃないか。そう悩んでいると電話が繋がる。
「……はい、トレーナーさん。遅くなって申し訳ありません。今向かっているところですので、もうしばらくお待ちを」
……一方的にそう告げられ、電話は途切れた。……そう言われたら実際返す言葉もないのだが。
「……着替えるのに少し手間取りました。さあ、トレーニングを始めましょうか」
そう言って現れたマンハッタンカフェは、真黒のコートに身を包んでいて。……これは、勝負服じゃないか。
「……あー、カフェ? 今日は体操服でいいぞ……目立つだろ」
「……目立つのには慣れていますが。トレーナーさんがそちらがいいと言うなら、そうするしかありませんね」
少し寂しそうに言って、彼女は更衣室へ向かう。……言い回しが何かずれている気がする。
「……今度こそ。始めましょうか」
艶やかな黒髪は、体操服姿でも目立つ。少し見惚れてしまい、慌ててその考えを拭い去る。俺はトレーナーで、担当ウマ娘に変な気を起こすなんてご法度だ! 首をぶんぶんと振っていると、彼女はゆっくりと口を開く。
「……どうですか、トレーナーさん」
「……どう、って……?」
「……似合って、いますか?」
そういうことはカフェの方が詳しい気がする。俺はファッションなんてよくわからないし、そもそも体操服にファッションの何があるのかもわからない。
「……やはり、勝負服に」
ひょっとして、そういうことか……?
「あー! いいんだよカフェ、似合ってる。今日はこれが正装だからな」
「……はい」
……なんだかわからないが、服が似合っているかが気になっていたらしい。やはり女優というのはプライベートでも服装に気をつけるものなのだな、と感心する。
「さて、まずは芝を1周だ!」
「……はい。早く、レースに出たいですね」
早く。その言葉にどきりとする。ねえ、早く連れて行って。その約束は、まだ。
「……そうだな。早く、だな」
けれど俺は契約したのだ。この漆黒のウマ娘を、まだ見ぬ先へ連れて行くと決めたのだ。だから。その手を取る義務がある。
走り出すマンハッタンカフェを見て、思う。彼女もやはり、一人のウマ娘なのだと。だから、勝たせてやりたい。センターに立たせてやりたい。あるいは誰かは言うかも知れない。女優がレースをやるなんて、馬鹿げている。馬鹿にしている。けれど、俺は知っている。
彼女の眼には、一分の遊びも映っていないことを。本気だから、勝てる。
楽園への道筋は、一歩の歩みから。