「ライブお疲れ様、カフェ」
マンハッタンカフェ、最初のライブ。そして最初のレースが終わった。彼女とのトゥインクル・シリーズは、ここから始まるのだ。
「……演技の舞台とは、また違う熱狂。血湧き肉躍るとはこのことですね」
ふう、と息を吐く。流石の彼女も少し息が上がっている。……露出の多いライブ衣装も相まって、すこし扇情的だ。
「どうかな、カフェ」
「……どう、とは」
「君の望む、なにか。そこに少しは近づけたかな」
そう聞くと、カフェはすこし表情を緩める。
「……ああ、そうですね。……不覚にも、少し忘れていました。それだけ、私は熱中していたのでしょう。……退屈を忘れられるなんて、本当に久しぶり」
「それならよかった」
「……走り続ける限り、退屈せずに済みそうです。……ええ、おかげさまで」
彼女はそう言って、じっとこちらを見上げてくる。……距離が近くないだろうか。
「次」
「……ああ、次。次だな。そうだな、弥生賞はどうだろう」
「……はい」
クラシック戦線の登竜門的存在。そこから目指すはクラシック三冠だ。……立ち向かうことになるであろう強力なウマ娘の存在は聞いているが、それでも彼女なら。
「お望みとあらば」
「……任せてくれ。俺が、君を連れて行く」
楽園へ。それが何で、何処にあるかはわからないけれど。
「……では。そろそろ帰らなければ。明日も仕事があるので」
「大変だな」
「ええ、思いのほか疲れました。次はスケジュールを考えなければいけませんね」
彼女を楽園へ連れて行く。そう約束したのだから。
次の日。カフェは仕事なので、今日は作業に費やそう。そう思っていた時だった。コンコンと、トレーナー室の扉が叩かれる。
「お邪魔するよ」
一人のウマ娘が入ってきた。透き通るような瞳を兼ね備えた、少しシニカルな感じのウマ娘。……まさか彼女の側から出向いてくるとは思わなかった。
「アグネスタキオンだ。よろしく」
アグネスタキオン。レース界でも高名な家に生まれた異端児。……今のうちから既に、クラシック三冠は確実とさえ言われている有力ウマ娘。
「よろしく。……タキオンは、どうしてここに?」
「いやなに、ライバルの偵察というやつだよ。有力なウマ娘を探すことは、後々のためにもなるしねえ……」
後半が少し引っかかったが、それよりライバルという単語だ。
「もしかして、弥生賞に」
「ご明察だね。おっと出走回避はやめておくれよ? 嫌味ではなく、これ以上避けられると流石にレースが成立しなくなってしまう。……ところで、マンハッタンカフェくんは?」
「……今日は仕事だよ。彼女は女優業とレースを両立しなければいけないんだ」
「ふぅン……」
アグネスタキオンはその言葉を心底興味深そうに受け止めていた。侮るでもなく、恐れるでもなく。ただ純粋に。
「なるほど。カフェくん……いやカフェは女優だったのか。これは驚いた。そういった立場からレースを見ると、どういった世界が見えるんだろうねえ……いやはや面白い」
カフェのことを知らないとは、驚いた。誰もが一言目には、「あの」マンハッタンカフェだと彼女を指さすのに。……これは、彼女にとって新鮮な体験になるかもしれない。
「……弥生賞、出るよ。君が出るんなら尚更だ、タキオン」
勝てるかはわからない。けれど、一度の勝敗が全てを決めるものではない。
「……いいね。楽しみにしているよ。私もモルモット君に念押ししておこう。マンハッタンカフェの情報を集めておけとね」
そう言って、タキオンは去っていった。カフェにとってライバルとなるかもしれない相手の登場。楽園には一筋縄ではたどり着けないということか。
「よし、やるぞ」
そのまま勢いでカフェに電話する。……すぐに繋がった。ひょっとして俺は専用の番号でも教えられたのだろうか。いやいや、カフェがそこまでする筋合いはないか。たまたまだ。
「……はい、トレーナーさん。まだ傷は痛みますか?」
「カフェが血を吸ってくれたおかげで、なんとか生きてるよ。それより、弥生賞に強敵が出る。三冠確実とまで言われているウマ娘、アグネスタキオンだ」
「……ふむ。なるほど。つまり、その人に勝てば良い。そういうことですね」
「……流石カフェ。理解が早い」
こうして、狙いを弥生賞に定めて。マンハッタンカフェとのクラシック戦線がスタートする。動き出す闇の引力は、超光速を捉えられるか。
楽園への道筋に、波乱が迫る。