ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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朝の続き


初期設定のマンハッタンカフェの自己矛盾

 夢日記を記そうとすれば不思議と夢を見れなくなるもので、ページは一向に進まない。とはいえ夢を見ようとして睡眠の質を落とすのは馬鹿らしい。しかし一日だけでも収穫はあった。夢として現れた自分の奥底にある恐怖。それを忘れることなく過ごせている。

 夢を見つめることで、己を剥き出しにする。寝ている間は無防備なものだが、それは思考も変わらない。私には珍しいくらい感情の起伏が出来上がる。だから気づけなかったはずの思考回路にも気づき得る。

 私はトレーナーさんが怖い。君が私の前から去るのが怖い。もう君なしでは生きていけないのに、そんなことを思ってしまう。もし楽園へと辿り着いたなら。君と私の繋がりはそこで終わってしまうのだろうか。そんな不安が最近止まらない。

 引退という言葉がいつかは私にも迫り来る。その時の私はもう、トレーナーさんを必要としていないのだろうか。それは成長だとしても、私はそれが嫌でたまらない。この感情を過去にしたくない。全て持ったまま、歩んでいきたい。一つだって捨てていいものはないのだ。恐怖さえ、私は背負うと決めたのだから。

 それはきっと矛盾を孕む。私は己で己を傷つける。だとしても。別れを恐れて何がおかしいだろうか。立ち止まることを恐れて何か間違っているだろうか。私は普遍的な感情を持っているに過ぎない。その深度が病的と言われようとも、その方向はありふれているはずだ。

 自己矛盾。私が夢から得た見識が、それ。私は確かに君と歩んでいきたいと思っている。私はそれでも歩みの先にある別れを拒絶している。これが大元の矛盾だが、無数の板挟みが他にも散りばめられている。つくづく醜い存在だと自嘲する。

 美しい個別のパーツを気にするあまり、その全体像はグロテスク極まりない。それが自己矛盾の先にある人物像で、私はそうなることを受け入れてすらいるかもしれない。ああ、でも。

 そうなってしまっては、君の横にいるのは相応しくないかもしれないな。私はあくまで、君の隣に居続けたい。永遠に。永遠というものをつまらないと散々嘯いていた私は、ここでまず大きな矛盾を露出する。あまりにも滑稽。醜悪。見せ物にすらならない。

 私はどうすればいいのだろう。虚空に石を投げ込んでも、一つの波紋も浮かばない。私はどうしても、もう無駄なのかもしれない。順当にどこかで立ち止まり、楽園に辿り着けず。摩天楼の頂上へは至れず。そして君と離れ離れになる。既に私の運命はそう決まっているような気すらした。

 追い縋れば。例えば君に追い縋れば、君は私と一緒に居続けてくれるだろうか。走ることは出来なくなって、一緒に居る意味を失って。それでも、私を看取ってくれと頼んだら。全てを棒に振って、君は私と共に暮らしてくれるだろうか。

 そうであってほしいと黒い囁きが聞こえる。君にはずっと、私を見ていてほしい。絆や信頼、そんな綺麗な言葉ではない。でも、かけがえのない存在になりたい。君なしでは私が生きていけないように、私も君の心臓を掴んでいたい。

 そんなことは赦されないと、わかっているのに。私たちは楽園へと行くために契約した。私はその景色を見たいと願っている。それは今も揺るがない。揺るがせてはいけない。そのはずなのに、どうして正反対の欲求が呼び覚まされるのだろう。

 今すぐ自分の脚を粉砕して、君に車椅子を押してもらいたい。私の一部は、確実にそう願っている。

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