「生放送お疲れ様でした〜」
「お疲れ様でした」
今日は1月1日。新年の特別番組のゲストとして、久しぶりに女優としてテレビに出た。
「……あれ、マンハッタンカフェさん? その格好で帰るんですか?」
「……ええ、これは私物ですし。問題はないと思いますが」
「……流石に振袖は目立つどころじゃないと思いますよ……? なんの撮影かと勘違いされますって!」
それぐらいでなくては困る。君の目を釘付けにしてやらなければならない。
「……問題ないですね。では、お疲れ様でした」
そう言って、私は街へと繰り出した。
「……ふう、まだカフェは来ていないかな」
俺は担当ウマ娘であるマンハッタンカフェと神社で待ち合わせをしていた。今年からシニア級。それに向けて、初詣で願掛けをするのだ。
「……それにしてもすごい人だ」
神社の入り口にはものすごい人だかりができている。今からあそこに入り込まなければならないのかと思うと、すこしぐったりしてしまいそうだ。とはいえ、それでも掛けたい願いがあるからこそ皆ここに来るのだろう。俺たちも同じだ。彼女の走りを更に研ぎ澄ませるためここに来ている。
目の前の人混みが割れ始める。中から誰か出てくるようだ。……こちらへ向かって?
「……はい、失礼します。……ありがとうございます、また今度」
分たれた人混みは一人の少女によって先導されているように見えた。集団を纏う彼女は華々しい晴れ着を着ていて、その雰囲気はどこか幻想的ですらあった。
「……カフェ?」
「……遅くなりました。少し人混みに捕まってしまって。……あけましておめでとうございます、トレーナーさん」
黒く咲き誇る一輪の花は、艶やかに。芸術品のような姿が、そこに立っていた。
「……あけましておめでとう、カフェ。……すごいな。すごく……その、綺麗だ」
彼女の口元は綻ぶことを惜しまない。周りの目は俺たちに集中していたけれど、見られていようが関係ない。俺の目には彼女しか入らない。
「……ありがとうございます。……ふふ、では」
すっと、彼女は俺の手を取る。白い指が、黒い花に差す光の筋のようで。
「……いきましょう、トレーナーさん?」
また一つ、歳を経て。彼女は更に美しくなった。
こつん、こつん。どくん、どくん。どれほど周りに人の声がしようと、私には己の足音と心臓の音しかわからない。それほどまでに胸は高鳴る。君に触れている限り、私は無敵だ。何が相手でも負けることはないだろう。
「……さて、参拝をしましょうか」
「カフェ、恥ずかしくないのか……? よく考えたらこんなに人が多いところで変装もせず……」
「いいんですよ」
誰もが見ている。それの何が問題なのか。君だって見ているのだから、私は幸せだ。
私たちが歩を進めると自然と人は避けていき、あっという間に賽銭箱の前までたどり着く。小銭を入れ、願い事をする。願いは、そう、私の願いは。
楽園へ行くこと。そう思考すると、邪な何かが混ざり来る。お前はそれでいいのかと。何があっても永遠に、楽園に辿り着きたくはないのではないかと。辿り着かなければ、ずっと一緒にいられる。
ちらりと横を盗み見る。トレーナーさんは目を閉じ、真摯に何かを願っていた。私とは正反対で、私たちの心は離れてしまうのかと不安になる。
君の手を握る力が強くなる。今の私が、迷いなく願えるとすれば。
「……よし。カフェは何をお願いしたんだ?」
「……トレーナーさんと、一緒です」
「俺が何を願ったかわかるのか?」
わからない。けど。
「トレーナーさんの願いが叶いますように。これが、私の願いです」
それだけは、変わらない。
「……ありがとう」
返答の代わりに、更に君の手に指を絡める。
初詣を終えトレセン学園へ向かうと、道すがらアグネスタキオンと出会った。彼女も俺たちと同じく初詣に行くらしい。
「……意外だと思ったかい? たまには私も神に祈るさ。人事を尽くして天命を待つ。それしかやりようはないからね」
彼女にも何か考えることがあるのだろう。あるいは再び走り出すための。
「……それにしてもカフェ……キミはどうしてそんな格好をしているんだい? 勝負服より目立つぞそれは」
「目立つのには慣れていますから」
「まあ、余りトレーナー君を困らせないようにするんだよ……。やれやれ、君も大変だねぇ」
「心配には及ばないよ」
俺は彼女を楽園に連れて行く礎となるのだ。彼女の全てを肯定してみせよう。
「破れ鍋に綴じ蓋……いや私も人のことは言えないかな? ……なんてね」
ひらひらと手を振って、アグネスタキオンは去って行く。その姿を見て、予感するものがあった。彼女はまだ、走ることを諦めてはいない。カフェのサポートをこれまで行ってきたのも、自分自身へフィードバックするためでもあったのだとしたら。
「……カフェ。今年は大変かもしれないぞ」
「……大変、とは」
「ライバルだよ。きっと、現れる」
でも、彼女は負けない。そのために俺はいる。まだ燃えることができる。まだ焼けることができる。だから、彼女は飛び立てる。
不屈であることは罪ではない。立ちはだかることは罪ではない。阻むことは罪ではない。罪を重ねていくのは、それに負けた己の方である。華やいだ気分は徐々に戦慄し、私はまだ飢えねばならない立場になる。それでも私は走らねばならない。
楽園へと征くため? 君と一緒に居続けるため? どちらなのか、答えは出ない。ただ君を信じるしかない。私の意識は消え入りそうで、君が動くから私は動く。追い立てられるように、誘われるように。
前へ進むことが正解なのかすら、分からなかった。
失楽園の漆黒は、闇を喰み影を尊ぶ。