ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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これのためにR-15にしました


初期設定のマンハッタンカフェとバレンタイン

「はい、トレーナーさん。バレンタインですから」

 

 そう言ってマンハッタンカフェが手渡したのは、銀紙に包まれた市販の板チョコ。任務完了と言わんばかりに、渡した後はコーヒーカップに手を戻す。

 

「ありがとう」

 

 彼女の多忙を考えれば、わざわざ俺の分まで買ってくれただけでもありがたいというものだ。大切にいただこう。そう思って懐にしまおうとしたのだが。

 

「……おやおや、トレーナーさん。それでは溶けてしまいます。すぐに召し上がってください、ね?」

「それなら仕方ないな」

 

 目の前で食べて欲しいということかも知れない。少し特別な存在になった気分だ。きっと彼女は大量の義理チョコを顔も知らない相手に渡す立場にあって、その中の一人から抜け出せるのは嬉しい。

 そうして、チョコレートを口にす───硬い。それに。

 

「……! これ、全然甘くないというか、苦い……!」

「カカオ99%のチョコレートです。お気に召しましたか?」

 

 まさか吐き出すわけにもいかず、一生懸命に一口飲みこんだかけらを噛み締める。

 苦味だけしかない後味が強烈に残る。漸くかけらを飲み込んだが、破片はまだ口の中でその香りを充満させていた。

 

「……少し苦かったかも知れませんね。……今ミルクを用意しますから」

「……ああ、頼む」

 

 彼女は顔色ひとつ変えずにコーヒーを飲み続けていた。立ち上がり、コーヒーミルクを取り出す。……コーヒーミルク? 

 

「はい、口を開けて」

「……それしかないのか」

「口を開けて」

 

 従うしかない。だらしない格好で口を開け、垂らされるコーヒーミルクを受け止めようとする。

 声は出せない。ただ言いなりになる。口を閉じることすら許されず、渇きが喉へとやってくる。

 

 

 ここまで凡そ計画通り。君はもう私の口の中にいる。あとは、白と黒を溶け合わせよう。

 

「はむっ……!」

 

 あなたの唇を思い切り貪る。舌を絡めて口内に通路を開き、思わず逃げる腰へがっしりと手を添える。

 口の中を満たしていたブラックコーヒーを君の中へと流し込み、舌を使ってミルクとコーヒーを混ぜ合わせる。

 蹂躙の始まりだ。

 

「……んっ……んっ……ちゅっ……」

 

 逃げる君の舌を捕らえ、舐め回してはまた逃す。口の中に広がる黒い海。そこを二人きりで泳ぐ艶かしいピンクの肉塊。空気すら邪魔できない最高のプライベートビーチだ。

 

「んっ……ぅむ……ぇお……」

 

 ただ、全てを貪る。既に数分が経っていて、君の必死な鼻息が顔に当たる。そのまま窒息してしまうのだろうか。そうだとしたら、とても素敵だ。だってそれなら。君が最期に見るもの、最期に味わったものが私であるということになるのだから。

 

「ちゅぷ……っちゅ……」

 

 ぴたり、ぴちゃり。上顎の裏をつーっと舌でなぞる。形を覚えるまで、何度も、何度も。混ざり合った粘膜と液体が、甘く蕩けるよう。君の膝がガクガクと震え出す。気持ちよくなってくれているのだろうか? それならもっと。更に。

 優しく地面に腰を下ろしてやる。君は未だに舌で抵抗しようとしているけど、それがくすぐったくていじらしくて、ますます興奮してしまう。すっと腕を抱きしめて、脚を絡めて。君はもう口しか動かせないし、口もただ気持ちよくなることにしか使えない。

 

「ぁむ……はっ……ちゅるっ……」

 

 コーヒーを飲み込みそうになる君の口から吸い出し、再び送り出す。これは二人で作った大切なカフェオレ。白と黒が混ざり合うことを証明してくれるもの。そう簡単に飲み干してはいけない。君の舌を何度も捕らえ、愛おしむ。それを繰り返して漸く、君の方からも舌が伸びてくる。求める。求め合う。どんなチョコレートより、君が美味しい。

 片時も離さない。歯茎の隅まで互いに貪り、その度に粘膜が絡み合う。淫靡な音がただ、ただ。誰も邪魔できない黒の庭。果たしてどれほどの時間が過ぎたのか見当もつかない。どれほど重ね続けても飽きることはない。永遠でないとしたら、せめて那由多に続いてほしい。

 少し角度を変えて、君の喉の奥まで舌を伸ばす。君の身体が少し、跳ねる。味わえる限り、君を味わいたい。だから、限界まで。色のない私を、君に染めて欲しいのだ。

 

「んっ……む……あぅ……」

 

 漸く私も息切れしてきた。まだ終わりたくないけど、これ以上は君に嫌われてしまうかも知れない。そんなことを考えて、舌を引いて。唇を離そうとした時だった。

 

「……むっ……んんっ……! ……れろっ……」

 

 君の腕が私の後ろに伸びてくる。君の舌が名残惜しむかのように口の中を這いずる。私たちは抱きあう形になって、まるで本当に愛し合う二人になったかのようだった。

 たちまち力が抜けて、今度は君の蹂躙を一身に受ける。強く強く抱きしめられ、私は答えるように舌を絡める以外に術を持たない。

 君の少し渇いた唇が、私の唇に思い切り押しつけられる。唇の重なる感覚が心地いい。限界まで二人の間隔を縮め、ゼロ距離で愛し合う。ああ、幸せだ。

 挿し込まれる舌を優しく手招きし、咥内へと誘う。私は君を喰らったのだから、君にも私を堪能する権利があるだろう。歯の裏や隙間まで、私以外の生き物が触れるのは生まれて初めてだ。

 口付けという行為には特別な意味がある。今まで物語における知識でしか知らなかったそのことを、己の身体で教えられる。異物の侵入がこんなに心地いいなんて。求めたものが受け入れられることがこんなにも素敵だなんて。

 そのまま静かな水音と共に、溶け合うまで。

 

 

「……どうでしたか、バレンタインのお味は」

「……いや、その。恥ずかしいというか」

 

 完全に彼女に魅了されてしまっていた。後になって自分はとんでもないことをしたのではないかと思いはじめる。でも。

 

「ありがとう、カフェ」

 

 でも、彼女の誠心誠意がこれだというのなら。距離感は少し近すぎるかも知れないが、そこに悪意はないのだから。

 

「……こちらこそ、ありがとうございます」

 

 少し彼女の頬が染まる。……流石に恥ずかしかったようだ。

 思う。彼女はきっと見た目より純粋で、抱く感情も激しく揺れ動く。そんな彼女は普段の生活を仮面を被って乗り切っていて、それを外せる数少ない場所がここなのかも知れない。それなら。俺にできるのは、彼女が深層まで心を開けるようにサポートすること。どこにいても、誰とでも。たとえ、俺がいなくても。

 彼女には彼女にしか見れない景色があるのだから。そこにたどり着いたあと、1人で歩けるように。もしかしたら彼女は望まないのかも知れない。けど、望ましいのはそれだ。

 黒は一滴でも濁れば黒ではなくなってしまう。そのためには何も触れないか、強くあり続けるか。俺は彼女が強くなるまで、彼女が澱んだ色に触れないようにする責務がある。そう感じた。

 君は俺にとって大切な存在だから。だから、俺に縛られないで欲しい。

 失楽園の漆黒は、光射す方へ導かれる。

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