ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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独白です


初期設定のカフェと罪と捕食者

 我々の走りが捕食者の歩みだとすれば。1人抜き去るたびにその喉笛を掻き切り、最後の勝利は血みどろと屍の上に成り立っているとすれば。それでも走り続けられるだろうか。

 捕食者は罪を重ねる。殺さなければ生きていけないから。自らの生を他者の生よりも上だと断じたから。血を啜ることが我々の美徳であり、草を食むだけに飽き足らない者と己を説いているのだ。

 けれど誰か一人。最後に一人だけ生き残るとすれば、それは捕食者ではない。肉を食らう以上必ず一人では生きられない。老いれば捕らえられず、そもそも獲物がいなければ飢えるしかない。

 だから私は、限りある生を生きるのだ。誰も捕まえられない捕食者に価値はなく、その後に生きる意味はない。生殺与奪を握るが故に、儚い炎を瞬く間に燃やす。

 追いつけないほど速い獲物もいる。例えば光を超えるそれには追いつけない。たとえ私の黒が光すら飲み込む闇だとしても、超光速はその重力すら脱するのだ。だからそれを追いかけるのは無駄なのだろうと、私は密かに思い込んでしまっている。

 それでも、我々捕食者には掟がある。常に飢え続け、必ず追い続けよ。そうでなくてはどこかで満足し、あっという間に命を枯らしてしまう。私に止まることは許されていない。

 そうして鏖殺の罪を重ね、捕らえきれない逃亡者を目の当たりにし。絶望と失意の中で無為に帰すのが定め。そういうことになっている。だから。

 だから、そんな大罪と敗残に包まれた私が楽園を目指すなどというのは。太陽に焦がれて身を焼かれたイカロスのような話であって、烏滸がましい思い上がりなのかも知れない。

 それでも私は楽園を目指している。何故か? 当然。君がいてくれるからだ。私一人では届かず失墜するしかない天上の園に、君がいるから手を掛けられる。私は哀れな捕食者の定めから、赦しを得て解き放たれる。救済を得て、楽園へと羽ばたける。

 そう信じている。そうでなくてはいけない。何故なら君がそう信じている。ちっぽけな私を、連れて行けると言ってくれている。君が掲げる大翼は、罪深い私さえも拾い上げられるに決まっている。他ならぬ君の願いが、叶わないはずがないのだ。

 でも。もし。私が楽園に届かないとしたら。あり得ないと信じているけれど、もし。そうであるなら、それは私の罪悪だ。私が抱える罪を過少に信じていたからで、断じて君を過剰に信じていたからではない。

 救えないほど罪深い捕食者が哀れなのであって、救えないモノを救おうとした君が愚かなのではない。だから私は、これ以上罪を重ねるわけにはいかない。つまり、誰かを抜き去り悲しみに暮れさせるべきではないのかも知れない。他者の競走生命を一撃の下に奪い去るべきではないのかも知れない。

 そうだとしたら、私が走ることは間違っていたのだろうか? 私の走りは捕食者の歩み。殺戮と死の頂点に座する。誰もが持つ夢を踏み躙る。あるかもわからない楽園への糧と嘯き、咎を重ねる。

 まだ、時折言われる。女優として既に生活を得ているのにも関わらず、レースに身を投じることの強欲さ。二兎を追い、得ようとする傲慢さ。謂れのないバッシングとは思わないし、全てに目を通している。

 それでも私に正しさがあるとすれば、君の行動を肯定していることに尽きるだろう。だから私には、君がいなくてはいけない。君が連れて行ってくれなければどこにも行けない。独りでは煉獄にすら辿り着けない。

 偶に、不思議に思うことがある。君はどうして私の傍にいてくれるのか。私は醜く、浅ましく、穢らわしい。何度も何度も君の存在を求めてしまう。普通ならとっくに飽き飽きしているはずだ。私だけが、飽きずに同じことを繰り返そうとしている。

 それほどまでに君を何かで縛り付けて、動けなくしているのだとしたら。喜ばしいことなのだろうか。常識と理性は反論するが、私の獣性はそれを悦ぶ。ああ、君はまだいてくれる。君のことなら、骨まで喰らえそうだ。

 そう、そうだ。私の本性は。優しく寄り添う君のカイナを、骨ごと噛んで飲み干そうとしている。あまつさえ、かけがえのない存在まで。ただの餌としか見ていない。喰らい、砕き、血を吹き出す様を見たいと願っている。

 なんて、救いようがない。

 これが愛だというのなら、獣欲を愛だと名乗るなら。私はもっと情けなく叫び、弱さを晒さなければならないのに。いつまでも捕食者を気取り、欲求を満たす道具としてだけ君を使い尽くす。

 だから、本質的に。根本的に。弱さも強さも持たない私は、人を愛する権利のない獣なのだ。私が抱える最大の罪。何人の夢を砕こうと届かない。欲に欲を重ねても見劣りする。

 君を愛してしまったこと。それ以上に、獣の抱える罪はない。

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