ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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全部終わったらシリーズで別分けする気がします


初期設定のマンハッタンカフェのファン感謝祭

 夢を見た。マンハッタンカフェは春の天皇賞で勝利する。それは驚くべき偉業でありながら驚くことはかけらもなく、私と君はその先へと準備を進める。それが運命。それが定められた道。そういう夢。

 運命。春の朝がもたらす柔らかな陽射しで夢から目覚めた私の頭をよぎったワードは、季節に反して冷徹で普遍的で。そして残酷。

 今まで全てのレース結果。マンハッタンカフェというウマ娘が通るレースと、その結末。それは順位どころか一挙一動のレース展開までずっと運命によって定められていた。そんな物語が頭に浮かぶのだ。

 だから、私の中身が私でなくても。トレーナーさんと私が出会わなくても。運命に従い、マンハッタンカフェは春の天皇賞まで駒を進める。私たちの出会いは運命などではなく、我が名が背負うものだけに運命があった。

 そして。

 満を辞して参戦した凱旋門賞でマンハッタンカフェは惨敗し、その後に脚の不調でターフを去る。

 そこまで。これが、私に見えた夢の話。

 あまりにも、惨い。許しがたい。こんな夢は正夢にしてたまるか。だって、私が私でなくても。トレーナーさんがトレーナーさんでなくても。

 必要なのはマンハッタンカフェとそのトレーナー。彼女たちが必要な努力をすれば、全ての勝利と敗北は運命付けられる。あの日の出会いも、あの日の勝利も、あの日の涙も。必要性も絶対性も存在しない、なんて。

 そんな、そんなのは。

 神による、ヒトへの冒涜だ。

 だから私は楽園へ向かおう。夢の先に見たものが、破滅の未来だとしても。あの灼熱の太陽が、私の身を焼くとしても。

 神がいるなら、運命を定めた存在がいるなら。その存在はきっと楽園に居て、全てを見下ろす傲慢たる。そして私は、その神へと叛逆するために楽園へ向かうのだ。だから。

 

「ねえ、早く」

 

 君が、連れて行って。

 今日はファン感謝祭。他のウマ娘からは慣れないことかもしれないが、私からしたらファンサービスは慣れたものだ。

 勝負服を着てファンと握手をし、すらすらとサインを書いてファンに手渡す。

 気が気でなかった夢の痕は、心温まる交流でだんだんと薄れていく。まるで私の狩場から逃げるように。不安を追い立てる根拠のない夢など忘れるに限る。

 そんな常識があるはずなのに、私は夢への恐怖を捨てきれない。夢への憎悪を捨てたくない。

 

「……大丈夫か?」

「……! ……トレーナー、さん」

 

 ごった返す人混みをわざわざ割って入ってきたのは、私のトレーナーさんだった。ずっと私が、私の運命だと信じている人。私は君とでなければ楽園へと行けないと、そう確信している人。

 

「……すみません、ちょっとうちのマンハッタンカフェは体調が優れないみたいなので、休憩を貰います」

 

 そう言って、トレーナーさんは。

 

「……あっ」

「しっかり掴まっててくれ」

 

 ぎゅっ、と私の手を掴んで。引いて、引いて。私は惹かれて。二人だけの逃避行。そんなフレーズが、頭の中で揺蕩う。

 

「……ふう、ここなら人も来ないだろ」

「……どうしたんですか、急に」

 

 建物で出来た日陰、祭の熱気から離れた場所へ辿り着く。

 平然なフリをして、私は聞くけれど。

 

「そんな思い詰めた表情をしてる君を、ほっとけるわけないだろ」

「……さすが、トレーナーさんですね」

 

 私の表情変化など、誰も。私さえ気づいていなかったのに。私のことを全て知られているような気がして、ゾクゾクする。

 

「何かあったんだろ」

 

 でも、ここは。

 

「夢を見たんですよ」

 

 この夢の話は。

 

「天皇賞の春。その夢です。流石に緊張して、何度も負けるイメージを見てしまいました」

 

 運命の車輪を、君には背負わせたくない。

 

「……そうか。カフェなら勝てるよ」

「私なら、ですか」

 

 "マンハッタンカフェなら"、勝てる。それを私は直感してしまった。

 

「トレーナーさん……」

「……どうしても不安なことはあると思う。天皇賞だけに限らない。今までだってあった。……でも、君は生き残ってるんだ。

 それに、俺がついてる」

 

 そうだ、そうだ。君がいる。君となら、私は楽園に行ける。そこに間違いがあるはずがない。私は私たちの正しさを証明するために走っている。断じて運命を回すために走っているのではない。

 想いは昂り、激情は恋情と混ざり合う。

 

「……って……! いや……わかった。俺でよければ、いくらでも使ってくれ」

 

 言葉もなく、思い切り。君の胸に飛び込む。ボタンが引きちぎれるほどに強くシャツを掴み、露出した胸板に顔を埋める。涙だけは出せない。芝居で培った小手先の技術で、感情の発露をギリギリで抑え込む。

 

「このまま。今日はファン感謝祭ですから。

 ……一番のファンの、トレーナーさんに」

 

 感謝を込めて。君を離したくない。与える愛と求める愛、アガペとエロスが混じり合った抱擁。

 互いが死ぬまで、互いの肉を貪りたいとさえ願う。楽園への道筋はまだ続いていて、運命によって唐突に閉ざされることはないと信じる。

 楽園に辿り着く目的が、漸く明確になった。私が私の運命を超える。君の手を借りることで、届かない場所へと届く。

 そういうことだ。

 だから。

 

「────マンハッタンカフェ、春の天皇賞を制しました!!」

 

 決まった結果。それを目の当たりにしても、まだ私たちは止まれない。

 ここは天。なら、楽園は天の先にあるのだから。太陽が我が身を焼く前に、君と私が離れ離れになる前に。全てのウマ娘へ、運命を超えられることを実証してみせよう。

 失楽園の漆黒は、自ずから闇の底へと向かう。

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