ウマ娘の某所に載せた短編集   作:春華ゆが

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ひさびさ


初期設定のマンハッタンカフェとルーブルとエトワール凱旋門

 我々ウマ娘は運命の担い手である。神に選ばれ、鉄のレールをひた走る。決まりきった栄光と、その先の滅亡へ向かって。

 それを直感した。それを夢に見た。私と君の歩んだ道は、己の手で切り拓いたものではないということを突きつけられた。

 ならば、私の行くべき楽園は。神と運命の掌の上で、そこにさえ自由がないとでもいうのだろうか。

 凱旋門賞を明日に控え、今日は君が私をエスコートしてのお出かけだ。とても楽しい。とても幸せ。進むほどに、明日が怖くなる。

 芸術に富んだパリの都は様々のインスピレーションを人々に齎すと言われている。それは神からのメッセージなのか、己の底にある更なる可能性なのか。どちらにせよ少なくとも今の私は、まだ完成されていないと信じる。今日何かを見つけて、また、まだ進めると祈る。

 君は私の勝利を信じているのだから。私が破滅を予感していたとしても、私よりも君が正しいのだから。

 さあ、次に向かうのはルーブル美術館。人々は芸術に夢を託し、人々は芸術から希望を見出す。それはさながらウマ娘のレースのようなものかもしれない。我々は誰しも夢を背負う。最低人気でさえ、誰かのために勝利を求めて突き進む権利がある。

 たとえここに飾られた素晴らしい絵画のように完成されたものでなくても、だからこそウマ娘は人の願いとなれるのだけど。

 

「ふう、すごい人だな……」

 

 膝に手をついて。トレーナーさんは若干息が上がっている様子だ。レンタルの自転車を使っているとはいえ、美術館内を今まで練り歩いてきたのはなかなか堪えたのだろう。

 

「……手を貸しましょうか?」

 

 言って、私は手を差し伸べる。何度も何度も君と触れ合ったけれど、幾度経験しても胸がはち切れそうだ。

 

「ありがとう、カフェ」

 

 君も素直に手を伸ばす。心や命さえ、繋がる気がした。

 

 

 ルーブル美術館。そこに展示されている芸術品は、紛れもなく全てが至高の逸品だ。……それであっても、その中に更に格付けのようなものは存在してしまう。全員平等とはいかない。

 他の絵画が平均凡そ4秒しか観覧されないのに対して、その約13倍。50秒もの間人の目を釘付けにしてしまう絵画がルーブルには存在する。

 いわば大本命、断トツの一番人気。万能の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチが手がけた真に"完全"たる柔和な微笑み─

 

「お、カフェ! あれだ、あれがモナリザだよ」

「……そうですね」

 

 モナリザだ。彼女には何の罪もない。私とは違って。彼女には永遠がある。私とは違って。

 だから、私はああはなれない。だけど、私は明日栄光を手にして見せよう。

 我々はあそこで柔和に微笑む『完璧な存在』とは違い、そのおよそ1/13の刹那しか目に留めてもらえないかもしれない。

 それでも、私と君はここまで積み重ねてきたのだ。確かに明日、凱旋門に立ち向かうのだ。

 そう、だから。

 客全ての注目を集める美の象徴を、憎悪さえ込めて睨みつける。傲慢と言われようと、大罪と言われようと。

 君に勝利を捧げるための全てが、誤りだとだけは言わせない。私と君がたどり着いた場所が、運命に仕組まれたものなどとは言わせない。

 

「十分見ました。行きましょう」

「大丈夫か、カフェ」

 

 やはりトレーナーさんは鋭い。私についてはもう隠し事はできない気がする。もしかしたら明日の敗北を予感してしまったことすら知られているのかもしれない。

 

「もちろんです」

 

 それでも、私は前へ進む。楽園へと連れて行ってくれるのは、君の手によってだから。それを証明するために、運命を否定するために。信じるように、手を更に強く握る。

 

「明日、勝とう」

「ええ。凱旋門の栄光は私たちのものです」

 

 完全なるモナリザはあらゆる人の目を奪ってしまう。しかしそれは、他の絵画には価値がないということなのか? そうではない。

 五番人気、マンハッタンカフェ。私も決して一番人気ではない。敗北が目に見えている。だから走る意味はないのか? そうであるはずがない。

 広大な美術館の外に出ると、すっかり日は翳っていた。もうすぐ、明日が来る。けれど、まだ明日は来ていない。

 

「……よし、急ごう。今日のゴールはもうすぐだ」

「なるほど。楽しみにしています」

 

 そう言って、二人で自転車の方へ向かう……が。君は明らかに息を切らせていて、見ているだけで心配だ。

 

「トレーナーさん」

「どうした……って、うわっ、カフェ!?」

 

 よっ、と。腰を落として、全身でトレーナーさんを持ち上げる。所謂お姫様抱っこと言うには、あべこべな立ち位置かもしれないが。

 

「これで行きましょう。トレーナーさんは疲れていますから」

「わっ、ちょっ……その、いくらなんでも目立つ……」

「さて、目的地を教えてください。ゴールに向けて走るのは我々の役目ですから」

 

 私の身体も燃えるように熱い。けれどおくびにも出さず、君の指示を待つ。

 

「……凱旋門。エトワール凱旋門、だよ」

「了解しました……お任せを」

 

 だん。コンクリートの上を、軽く駆けてゆく。藍に染まり、星が見え始めるパリの空。その下で、黒翼の摩天楼が風を切る。シャンゼリゼ通りを突っ切れば、すぐ、ゴールだ。

 

 

 パリの中心、雄大に聳え立つエトワール凱旋門。皇帝ナポレオンが、アウステルリッツの戦いに勝利した記念として建てられたものだ。

 ……凱旋門といえば、一般的にはこれを指す。そうでなければ、あるいは。パリはロンシャンレース場に於ける凱旋門賞。未だに日本から勝利者は出ていない難攻不落の門。

 

「ここ、ですね」

 

 地下道を通り、外に出ると。そこには仰ぎ見るほどに巨大な門が建っていた。

 

「……ああ、凱旋門でゴールしなきゃ締まらないだろ?」

「トレーナーさんも粋なメッセージをくださいますね」

 

 二人で、自然と手を繋いで。数秒の沈黙と共に、凱旋門を見上げる。

 

「カフェ、君なら勝てるよ」

「当然のことです。勝つつもりでなければ、走る意味がない」

「……でも、君は震えてる」

 

 まさか。そう言われて自分の手を見ると、細かく震えていた。その程度のことも隠せないなんて。

 

「恥じることじゃない。勝てる、というのは必ず勝つって意味じゃないから。俺に君の恐怖がわからないのはもどかしいけど」

「恐怖……そこまで見抜いていましたか」

「俺は君のトレーナーだからな」

 

 怖い。一人で神に叛くのは、怖い。運命が決めた破滅に飛び込むのは、怖い。君を信じて走るけれど、私自身にはなんの取り柄もないようなもので。凱旋門賞での敗北と引退。それが真実なら、私の命は今日までなのと等しい。

 

「そこでだ。……カフェ、目をつぶってくれないか」

「目、ですか……?」

 

 唐突な提案に面食らう。けれど疑う余地はない。君の言うことなのだから、私はすっと目を閉じる。

 ……髪を少し引っ張られる感覚。数瞬の後、止まる。

 

「目を開けてごらん」

「……ん、はい」

 

 恐る恐る、目を開ける。何も変わっていない? ……と、君は思い出したように手鏡を私へ差し出した。手に取って、示されるままに自分の顔を確認する。

 そう、した。

 

「これ、は」

 

 曇りのない眼でそれを見れたのは一瞬だった。瞳から涙が流れるのを認識するのすら遅れてしまった。白い羽根を模したヘアピンが、髪に留められていた。

 泣いた。意図を推し量るより前に、理解してしまったから。

 

「俺も君と一緒だ。君の翼になって、一緒に走るよ。君は、一人じゃない」

 

 言葉を返せない。喉が詰まって、息が苦しくなる。

 

「だから、明日。勝とう。一緒に、勝とう」

 

 言葉に出来ない。幸せに呑み込まれ、胸が陽光に灼かれるようで。

 

「マンハッタンカフェ。君は最高のウマ娘だとも」

 

 君は最初から、私の恐怖を見抜いていた。私は独りぼっちじゃなかった。孤独に戦う必要なんてなかった。

 確信した。運命を垣間見ても尚、私は確信できる。

 君と私は、明日勝てる。間違い、ない。

 

「だから……つっ!」

 

 君の胸元に飛び込み、首元に噛みついた。瘡蓋の上から傷をつけ、吹き出す血をまた舐めとる。私の舌が、紅く染まる。君に、染まる。

 

「勝ちますとも」

 

 少し口を離して、耳元に囁く。

 

「トレーナーさんの、命ならば」

 

 私は君の猟犬だから。

 

「……今日は、ありがとうございました」

 

 そこまで言って、また泣きじゃくるように君に齧り付く。暫く、一時。それが刹那であろうと、那由多であろうと変わらない。私と君にとって、時の流れは無意味に等しいのだから。

 そこにあるのは、時空を貫く愛の華。

 失楽園の漆黒は、闇の空に光を齎す。

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