ようこそひより至上主義の教室へ   作:nagai

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短いです。


9話 一之瀬

 図書館でちょっとした用事を終えて、必要な本を借りられるだけ借りる。

 

 ベンチで、図書館で借りてきた本を読んでいると誰かがやってくる気配がして、本から顔をあげる。

 神崎と一之瀬だ。恋愛脳の俺には男女が一緒にいると付き合っているのかな、とか考えてしまう。まあその考えが正しいのならば俺とひよりも付き合っていることになるが。

 

「志島。ちょっといいか?」

 

 神崎に言われて、本を閉じて横に置く。何冊も借りたため山のようになったそれに興味を持ったのは一之瀬だった。

 

「チェス? 志島君チェスをするの?」

 

 オープニング辞典から、チェスで遊ぶにあたってはそこまで重要ではない歴史に関する物まで。図書館で目についたものを適当に借りた。ほかにもまだまだチェスについて記された本は多くあったが、精々一週間くらいで読破できるだろう。

 

「そういうわけではないけれど、ちょっと知りたかったから。せっかく生きているんだからいろいろ知りたいよね」

「お前ほどの成績でも、そう感じるのか」

 

 そう尋ねてきたのは神崎。一之瀬が雑談してくるのは意外ではないが、神崎は少し意外だ。けれど、その真剣な表情から、何かを探ろうとしているのだと察した。

 

「そりゃあ、学校のお勉強ができる事と知識がある事とは全然違うから」

 

 普通の人間なら一生分以上に相当する学習は、すでに終えたつもりだ。俺は多言語を操って、難解な本を紐解きそれを完全に暗記できる。常人には考えられない速度で、常人には考えられない成果を上げ続けた。

 けれどそういった学習は、学問の方に集中していた。もともと父親がそうだったから、それと同一にしようとした母の教育方針も当然、学問以外のことは教えないというものだ。

 キアリ奇形の治療に関する論文を熟読することはあっても、流行の小説を読むことは無い。

 COBOLを自由自在に操れても、オセロの駒を触った事すら無かった。

 

 それらはあるいは悲劇的にも見えるが、逆に言えば、まだまだ学習することは世界に溢れているという喜ばしい事でもある。これから明らかになる事、みんな知っているのに俺だけが知らない事、そして俺自身の事もいつかは。

 

「勉強熱心なんだね」

 

 にこやかな表情で言う一之瀬に、こちらも笑みを浮かべて肯定する。櫛田と違って自然な感じの彼女の笑みは俺も好きだ。もちろんひよりの笑顔には負けているが。

 

「一之瀬も成績いいんだから、勉強頑張ってるんだろう?」

「人並みには頑張っているつもりだよ。でも、入試で一番で、中間テストも百点な志島君には負けちゃうなぁ」

 

 そういえば、今更だが俺はどうしてCクラスなんだろう。今一之瀬の言った通り学校のお勉強の成績ならたぶん学年で一番だろうし、身体能力においても、一つのスポーツに集中して打ち込んでいる人には劣るだろうが大抵のことは出来る。協調性は……たぶんある。

 まあ、ひよりと同じクラスになったのでどうでもいいが。

 

「暴力事件について、何か知っていることがあれば話してほしい」

 

 と、このまましばらく雑談が続くと思いきや、流れを断ち切って神崎がぶっこんで来た。

 

「知らないよ。Cクラスの生徒三人がぼこぼこにやられて、その犯人はDクラスの生徒一人。そしてそのDクラスの生徒が正当防衛を主張しているってことだけ」

「そうか」

 

 神崎はそっけない返事をして踵を返す。

 

「あ、まって神崎君」

 

 一之瀬が呼び止める声に、ほんの少し歩き方が不自然になる程度に止まって、けれどそのまま去る。

 

「一之瀬は暴力事件の目撃者を探しているんだっけ?」

「う、うん。あまり志島君には歓迎できないかもしれないけれど……Dクラスのために行動してる」

「今回の件。たとえ龍園が背後にいて石崎たちを操っていたとして、それでも事実としてぼこぼこにされたのはうちのクラスの方。完全にDクラスが無罪になるのは難しいぞ」

「……そうかもしれない。でも――」

「俺はあまり役に立たないかもしれないが、石崎は喧嘩が強い方だから、なすすべなくボロボロになるのはおかしいってことだけは言っておくよ」

「え?」

 

 いい機会なので、ここで一之瀬に少しだけ媚びを売っておくことにする。石崎の腕っぷしが強いことくらい、少し調べればすぐにでも出てくるような情報だろうし、漏らしても問題ない範囲だ。そんな価値のない情報でも、協力する姿勢を見せたこと自体に意味がある。相手が神崎とかだとそういう狙いも気づかれそうだし警戒されるだろうが、一之瀬なら純粋な善意として受け取るだろう。

 後はどこかのタイミングでDクラスに協力する姿勢をもう一回くらい見せておきたいが、その好機があるかはわからない。

 

「ところで、神崎含めてどうして俺に話を聞こうとしたんだ?」

 

 過度に一之瀬が俺に感謝の念を持ってしまわないように、すぐに話題をそらす。一之瀬から好印象を持たれることに問題はないのだが、あまり一之瀬の味方だと思われていると、もしどこかで龍園に同調して動く必要があった時に、必要以上にBクラスからヘイトを買う可能性がある。だから今は、もしかしたら協力してくれる時もあるのかも、くらいに思われるのが一番理想的だ。

 

「あ、えっとね。須藤君や櫛田さんが昨日志島君に声を掛けられたって言ってて」

「うん」

「何か用があったの?」

「いや、声をかけただけだけど。もちろん困っているのなら助けようと思ってだけれど」

 

 あまり好もしくない方向へ話が進んでいるのを察するが、けれどこれはもう避けられない。

 

「でも、もしかしたらCクラスを不利にするようなこともあるのかもしれないよ」

「それでも、俺は正しい人が損をするのは間違っていると思うから、Cクラスが悪いのならば裁かれるべきだ。法治国家で生きていく以上犯罪は許されない」

 

 あまり一之瀬からいい人だと思われる展開は避けたかったが、こうなった以上は可能な限り一之瀬からの好感度を上げる。強い言葉を使って俺がCクラスが間違っているのなら徹底的に戦うつもりがある意思表示も見せる。

 

 俺の言葉に満面の笑みで感謝を述べる一之瀬――そんな姿が俺の想定していた一之瀬だったが、事実は違った。

 

「そうだよね。許される事じゃ、ないよね」

 

 暗い顔で小さくつぶやいた。どうかしたのかと尋ねるより先に、

 

「じゃあ、私もう行くね。話聞かせてくれてありがとう」

 

 足早に去る一之瀬の背を眺め、思わず一言。

 

「え? 地雷踏んだ? え? どこに地雷あってん?」




 

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