ようこそひより至上主義の教室へ 作:nagai
審議に向かう石崎を見つけて、俺は声をかける。
「お、石崎! 今日もいい感じにぼろぼろだな」
「あ? って、志島か」
「面白い資料があるからあげりゅ!」
「資料って、須藤?」
俺の渡した封筒に書かれた名前を読み上げて、首をかしげる石崎に。
「これ、仲良し……? なか、よし……かもしれない先輩にもらったやつだから。入学早々須藤に暴言を吐かれて脅された先輩がいてね、証言してくれたよ。せいぜい心証をちょっと悪くするくらいにしか使えないけど」
「マジか!? いや、お前が協力してくれるんだったら百人力だ」
「じゃ、頑張ってね!」
「お、おう」
と、石崎を見送って、俺は教室に荷物を取りに戻る。
今回でDクラスから退学者が出たら面白いのだが、そう単純に行くだろうか。
退学の影響が、予想しているもののほかに何かあるかもしれないので、まずは他クラスの犠牲が欲しい。
須藤君は意外と嫌いじゃなかったので、いなくなるのは残念だが、まあ仕方がない。
「綾小路か高円寺、どっちかなんかしてくるか?」
その辺はあまり警戒しなくていいか。
どう足掻いても向こうが石崎たちをぼこぼこに殴りつけたことに変わりはないのだから。
Dクラスの立場になって、逆転の方法を考えてみる。全くないかといわれるとそうでもない。十個くらいは思いつく。が、
「そこまでして須藤君を助けるとは思えないな」
せっかくの厄介払いの機会だ。そもそも、向こうがCクラスのやり口を知っていたとしても、須藤君の悪評もまた知れわたっている。
「まあ、気にするだけ無駄か」
どっちに転んでも、俺にもひよりにも大きな影響はないだろうし。
☆
その日の放課後、俺は屋上で本を読んでいた。普通学校の屋上は閉鎖されているものだと思うのだが、ここは解放されている。うっかり飛んだりする生徒がいたら責任とれるんだろうか? あるいは、退学者が出る日は施錠してたりするのか? 気になってきた。
今度退学者を出して調べてみようかな。
ちなみに、今読んでいる本はひよりに勧められたミステリー小説。
昨日まではずっと図書館で借りた、チェスに関する本を読み続けていたので、久々の小説だ。
「ん?」
誰かが階段を上ってくる音。
普通の生徒、俺を探してきた生徒。龍園、別のCクラスの生徒、Dクラスの生徒、その他いろいろな可能性を検証して、対応を準備しておく。
が、この足音は学生のものではない。教師ならば戦闘に発展することも、舌戦になることもないだろう。
「探したぞ志島」
「……坂上せんせーですか」
「今回の件にお前が手を貸すとは意外だったな」
「なんか、俺の行動っていつも誰かに意外がられるんですけど、なんでです?」
「お前が普通の行動をとっていないからだ」
なるほど。でも俺ほど普通な人間はいないと思うんだが。
「審議はどんな感じですか?」
「また仕切り直しだ。とはいえ、痛み分けに終わるかもしれないが」
「向こうの評判が悪いように、こっちも大概ですからね」
「ああ、お前が石崎に渡した須藤の話も、たいして影響は及ぼさなかった」
「それでいいんですよ。石崎からの信頼度を上げることが目的でしたから。あまり勝ちすぎてもあれですし」
坂上先生はこんなことを話すために俺を探していたのだろうかと、疑問に思い、そうだ!
「そんな話をするために俺を探していたのか?」
「いや、違うが、なんだ急に」
「漫画でよくあるセリフを言ってみたかったので」
「そ、そうか、いや、いいんだが……いや違う! お前、急に漫画を寄こすのをやめたな」
「あー、飽きたんで」
そういえば、俺はずっとほとんど週刊連載のペースで自作のエロ漫画を坂上先生に送っていた。
最初はいい加減にしろと注意されていたのだが、徐々に無視されるようになってきて、それでも俺が飽きるまでは続けていたのだが。
「飽きた……いや、そうか、別にいいんだが。ああ、別に構わない」
「?」
俺の送りつけていた漫画はストーリーを重視しているものだ。最初はさびれた廃村での退廃的な性生活を送る、哲学的なものだったのだが、それから複雑な人間関係を描いたものにシフトした。
様々なしがらみを振り切って、ついに義妹と仲直りした主人公が、義妹の口から衝撃的な秘密を告げられる――といったところで飽きた。
他人にやられたら、どうしてこんな気になるところで辞めるんだぶっ殺すぞ! と言ってしまいそうな感じだが、俺はその秘密を知っているので別にいいやとなった。
「それで、話を戻すと、どうして坂上先生は俺を探していたんですか?」
「……お前は、この学校で上を目指すつもりはあるのか? 担任として、一応聞いておこうと思ってな」
「うーん、しょーじきないですねぇー。別に卒業後困ってないですし。特許料とか印税とか、たぶんものすごい額入ってますし」
そういえば、俺、所得税とかどうやって払えばいいんだろう? やばい、考えてなかった。後で学校に相談しなきゃ。
「お前ほどの天才なら、Aクラスにこだわるまでもないか。どうだ? 志島、龍園なら坂柳にも勝てると思うか?」
「さぁ? 可能性はあるんじゃないですかね?」
「そうか……ならそれこそ、お前なら簡単にAでも取れるか。だが、可能性はある――くらいか」
「運が介入してくるのがこの世界ですからね。そもそも、この学校は団体戦ですよ? 坂柳に勝てなくても龍園は十分Aクラスに勝てますよ」
クラス単位で評価するとして、その将来性などを加味してランキングをつけるとすれば、Aクラスは三位か四位くらいだ。Bクラスがどう転ぶかわからないのではっきりとしないが、場合によっては一番弱いクラスだとも思っている。
「お前が言うと妙な説得力もあるが、とても信じられないな」
「協調性の問題ですよ。現代人はそれをかなりはき違えている。
個性を殺して社会に準じる。それを協調性だと誤解している人ばかりです。いえ、確かに秩序の維持のために、秩序に対して破壊的な個性は抑圧されるべきなんでしょうけれど」
「じゃあ、お前の考える協調性とはなんだ?」
「俺の実力を十段階中の十五とします」
「ん? いや、おかしいだろ」
「? 一般的な人間は三とか四とかの実力だとして、それを支えて七まで引き上げるのが協調性ではないでしょうか? 協力し、一人では出しえない実力を発揮する。格上だって簡単に殺せる。場合によっては強者を支え、場合によっては弱者を支える。下振れをなくして、上振れを作る。
AクラスもBクラスもそういった協調性はないです。あれは実力を均等にしてしまっている。決して、十五ある実力を三まで下げることを協調性とは言いません」
「なら、AやBよりもDのほうが最も危険だと? もっとも協調性のないクラスだぞ」
「上振れのリスクですよ。というかクラスが平均でまとまったAやBよりも、Dのほうがよほど上振れの危険がある。何もしなくたってAやBには勝てるでしょうから、まずつぶすべきはDです」
と、坂上先生には言っておくが、高円寺と綾小路のいるクラスにケンカを売ることはしない。そもそも最悪負けたってかまわないのだが、大負けしてうっかり退学になったりでもしたら、ひよりと一緒にいられなくなる。
「お前は、少なくともお前なりにこの学校の答えを出したつもりなのか?」
「まさか、これでも俺は試験を時間いっぱい使う人間ですよ。どれだけ簡単でもどれだけ難しくても、使える時間は使います」
自分なりの思想や考え。そういうものはノートに書きだしてみる。
一年後、あるいはまったく別の考えが浮かんだ時に読み返す。場合によっては、前に考えていたこの考えのほうが真理に近いと思いなおしたり、前の考えがあまりに愚かだと感じたり。
結局、人間は考え続けなければ死ぬ生き物なのだ。
「お前は、この学校をどう思う?」
と、クラスの話題から、学校全体の話題に代わった。
「どう思うとは? まあ、ふつうの学校じゃないとは思っていますが」
「そうか…………確かにこの学校は普通じゃないが、それでも学校だ。お前が……特別扱いをされているのもそういうことからだ」
「え? 特別扱いされてます? 確かにカウンセリングを無料で受けれていますけれど、まあ、学校なら普通のことで特別扱いとは」
「お前の行動に対する減点は普通の生徒の十分の一以下だ。それでなんであんなにポイントを吐き出せるのか疑問だがな」
「え? そうなんですか? じゃあ、この屋上から階段を使わずに下に降りれるかやってみてもあまり減点されないんですか?」
じゃあやってみよう。そう思い立ち上がる俺に、本当に疲れ切った声色で。
「やめろ。一撃で退学になる行動は、お前の場合も特別扱いはない」
「あー、表面上は平等に見える感じになってるんですね」
公開されていない減点ならいくらでもごまかせても、誰がどう考えても退学にならなければおかしい行動の場合は、ごまかしようがないと。
しかし屋上から壁を使って降りれるか試すのは、一発で退学になるのか?
そりゃあ、ものすごく怒られはするだろうけれど――
「……あー、先生は知っているんですか」
「…………ああ」
「学校の特別扱いもそういうことね。カウンセラーの対応からも何となくは察していたが」
「……知っているからと言って、それで――」
「別にそんなことは気にしていませんし。何なら学校中に知られたって俺はそこまで困りませんよ」
「いや、だが」
「まあ確かに……そうですね。客観的に見たら、特別扱いされて当然かもしれませんが」
むしろよくこの学校は俺の入学を受け入れたなと感心するほどだ。
母親に刺され重傷。入院中に二回の自殺未遂をした。
そんな生徒を入学させるのはリスクだ。学内で自決でもしようものなら、俺の背景など無視して、学校の責任問題が騒がれたっておかしくない。
「別に飛び降りようなんて思ってませんよ。ただ、今はなんだってできる気分なんです――あ、これもなんか死ぬ前に言いそうな言葉になったな――ほら、あの、行動を縛られない的な?」
笑いながら言うが、坂上先生は無言。
そこまで深刻な問題でもないのだが。
「まあ、いいや。要は、俺にあまり屋上にいてほしくはないんですよね? 降りますよ」
別にこちらが気にしていなくとも、相手に気にされれば空気が悪くなる。ここで俺が先に屋上から降りても、逃げたような感じになるので嫌だったが、俺の自死を不安視しているのならば、俺が降りるまで坂上先生も居座るかもしれない。
いったん寮に帰ることにする。
と、学校の外に出るとたまたまひよりと出くわした。
「わーい!! ひより!!」
その点ひよりはすごい。見るだけでこんなに幸せな気分になれるんだから。
俺が大喜びでひよりに駆け寄るが、ひよりはどこか深刻そうな、真面目な顔をして。
「■■君。すみません、とても大事な質問があるのですが」
ひよりの口から衝撃的な言葉を告げられる――
何気に今回が一番難産でした。
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