ようこそひより至上主義の教室へ   作:nagai

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告白

 やけに神妙な面持ちのひよりに、さすがに俺も動揺する。

 

 この期に及んで、もしかしたら告白されるのではないかと考える楽観的な自分を追い出して、最悪の事態を想定する。

 

 この状況で一番最悪なパターンは「もう二度と話しかけないでください」とか言われることだが――想像しただけで泣きそう。

 

 こちらが涙目になっている中、ひよりは意を決したように。

 

「あの、女性ではなく男性の方が、その、恋愛対象なんですか?」

「………………? あ――――」

 

 

 刹那、俺の脳内に溢れ出した、バチクソに存在する記憶。

 

 以前、龍園たちをビビらせるために、そんな感じの言動をしたわけだが。

 

「だ、だだ、だ、誰情報? いや、え?」

「龍園君が、『志島は男が好きらしいからな』と先ほど」

「……どうにか地獄を見せてやりたい」

「?」

「あ、いや。あの龍園の言っている事なんだからさ、あまり鵜吞みにすることはないんじゃないか?」

 

 というか、龍園は何を突然そんなことをひよりに吹き込んだんだろう。

 俺の妨害をするのだというのならば、排除するほかないが。

 

 まあ、これくらいならいたずらとして見逃してやるのも度量か? ちょっとした冗談くらいは流せる大人になりたいからな。

 

「そうなんですか? 石崎くんも山田くんも同意するように頷いていましたけど」

 

 は? 殺。

 

 いやまて、そういえば、あまりにも今更だが、俺は石崎とアルベルトに対して正式に誤解だと説明した記憶がない。

 

 やばい。いろんなところにちょっかい出してきたが、これが一番アフターケアも何もしていなかった。

 同じクラスだからある程度適当に振舞っても問題ないというのもあったが。

 

 石崎たちへ感じた殺意はいったん龍園に向けるとして、ひよりの誤解を解かなければならない。というか、龍園たちが言いふらしてたら俺の学校生活終わってるのでは? これまでの、かっこいい三輪車でイメージアップを計画していたのが無駄になってしまう。というか、場合によってはもっと大事な計画も駄目になってしまうのでは?

 いや、まだそうと決まったわけではない。けれど、兎にも角にも最優先事項はひよりの誤解を解いて――いや、この抑えきれない殺意を龍園に向けるのが先か? そんな訳はないのか? あれ?

 

 

 まずい。感情に振り回されて正常な思考ができなくなってしまった。

 

 えっと、とりあえずひよりの誤解を解くのが先でいいんだったか?

 

 

「俺が好きなのはひよりなんだから、別に男は好きじゃないよ」

 

 よし!

 

 

 

 あれ?

 

 

 

 

 ?

 

 

 

「……ありがとうございます。ところで修治くんはこの後予定はありますか? 無ければ本を買いに行きませんか?」

「ヨテイハナイヨ」

 

 現場から宇宙になっていた間に、ひよりから本屋デートの誘い。

 意識が宇宙の果てにまで飛ばされていようとも、俺のひより好きは細胞単位なので、勝手に肺から出された空気が声帯を揺らして音声を出力してくれた。

 

 それよりも、何か俺はとんでもない事を言ってしまったような気がしないでもないが。

 

「まあ、いっか?」

「どうかしましたか?」

「ううん何でもない。本屋に行こうか」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 本屋にはそれぞれの特色があるものだ。

 やけに語学が充実していたり、やけに偏りのあるジャンルがあったり。

 専門的な本が豊富にあったりすると、あるいはぎょっとするタイトルの本があったりすると、それだけで本屋に来た価値があると思う。

 

 そもそも、本屋に来るだけで充分に楽しい。

 

 どんな内容であれ本があれば心が躍るのが人間だ。

 

 

 そして、本好きの女の子とデートをするのなら、図書館ではなくて本屋の方が優れている。

 理由は単純で、会話ができる。

 

 本を読む空間である図書館は静かでなければならない。対して、買い物をする場所である本屋はある程度騒がしくても構わないわけだ。

 

 

 ひよりとのデートの楽しさに、本屋の楽しさが合わさって最強に見える――見えるどころか最強だ。

 

 

 ちなみに、この学校の本屋は参考書の数が多めだったりする。まあ、そりゃそうだよな。

 

 個人的な考えだが、学校の内容の勉強なら、一科目当たり三冊くらいは参考書を持っておいた方がいいと思う。

 

 それぞれ詳しく説明している部分が違ったり、普通の参考書では端折っているところを、おそらくは編集者か作者の趣味で詳しく説明してくれていたりと、それぞれ他の二冊を補ってくれる。

 単にわからないときに、他の参考書の説明だと腑に落ちる時もある。

 

修治くんは、日本文学はお好きですか?」

「え? まあ、好きか嫌いかで言えば、好きかな?」

 

 特別好んで読むわけでもないが、何冊かは読んでよかったと思えるものもある。

 

「というか、海外ミステリーは買わないの?」

「いえ、今日は少しこちらに用があって」

 

 言いながらひよりは本に手を伸ばした。

 少し高い位置にあったため、つま先立ちに背を伸ばし「んっ」と艶っぽい声を上げるので、心臓を直接殴られたかのようになった。

 

 一瞬でもそういう考えが脳を満たすと、急に、この高校のスカートは短すぎやしないかだとか、伸びをしているからひよりの綺麗な太ももとが覗き、下手をすればその先まで見えてしまうのではないかと考えて。

 

 うっかりハンカチを落として拾おうか。あるいはその時にふと視線が上を向いて、何かを覗いてしまうこともあるかもしれないが、うっかりハンカチを落としたのだから仕方がないだろう。

 

 

 ポケットからハンカチを取り出そうとしたときに、ひよりは目的の本を取り終えたらしく、カタンと浮かせていたかかとを鳴らした。

 

 とたん、これまでの考えが断ち切られ、すぐにひよりを性的な視線で見ていた自分に嫌気がさした。

 俺がそんな自己嫌悪に襲われているなんて知らないひよりは、取った本を朗らかに笑いながら俺に指し示す。

 

 

 なんか日本文学の話をしていたからか、日本文学でたまにいる自己嫌悪系主人公みたいなことを考えてしまっていた。

 

 ひよりに見せられた本は。

 

「それは……太宰?」

「はい。少し読んでみようかと」

「ふうん? 太宰かぁ」

 

 好きか嫌いかで言えば、正直分からない。

 去年の今頃なら、好きだと答えていただろう。

 

 そもそも父が太宰が好きだったので、俺も太宰が好きだということになる。

 

 ただ、今の『俺』がどう感じるかはわからない。少し気になる。

 

「よかったら読ませてよ。太宰は無料で読めるだろうけれど、やっぱり紙の本がいいし」

「はい! もちろんです。 ……ところで、修治くんは、太宰治の本名を知ってますか?」

「え? そりゃあもちろんそれくらいは」

 

 それくらいは一般常識とは言わずとも、勉強ができると自信満々にいつも言っている以上できなければ恥だろう。

 

「津島……あれ? なんかド忘れ? いや、まって、出てくるんだけど」

 

 うすぼんやりと輪郭が見えていて、けれどはっきりとしない感覚だ。

 

「津島、修治

 

 口に出すなり、強烈な違和感に襲われた。何か許されないことをしてしまったのに、具体的に何をしたのかわからないような。

 

「正解です。さすがですね」

「え? そうかな」

 

 いまだ違和感はぬぐえないが、ひよりがあっているというのならばあっているのだろう。

 

 

 それからひよりはいつものように海外ミステリーの本も買って、俺も何冊か気になった本を購入する。

 

「だいぶ暑くなってきましたね」

 

 

 店を出て、寮までの道すがら、ひよりは突然そんなことを言った。

 

 言葉自体に不審なことはないのだが、何と言ったらいいのやら、その声色には僅かな緊張がにじんでいるような気がして首をかしげる。

 

「そうだな。もうじき夏か」

 

 俺は一年の中で梅雨が一番好きなのだが、夏はいろんなイベントがあるだろうから期待している。勇気を出してひよりを誘って、いろんな遊びに行ってもいいし、ただのんびりと本を読んで過ごすのもいい。

 

 不思議な感慨がある。

 

 月並みな表現だとは重々承知だが、恋をすれば世界が色づくというのが、真理に近しい言葉なのだと実感する。

 想像する未来の全てが楽しみで、それには常にひよりの存在が欠かせない。

 

 

 もうすでに先程のことは思い出してしまった。混乱の余り、うっかりひよりが好きだと言ってしまった。それも、友情的なものではなくて、恋愛感情だと分かる文脈だ。

 

 ひよりが特にそれに返事をしてこないのなら、今はそれでいい。

 そもそも事故的なものだったし、改めて言ってくれるのを待っているという捉え方もできる。

 

 まだ高校生活は長い。改めて告白するタイミングはいくらでもあるはずだ。

 

 

 夕日を見上げて、風が吹いて、ひよりの吐息が聞こえて。

 

 

「月が綺麗ですね、修治くん」

 

 

 ひよりの言葉に、思わず持っていた荷物全部を落としかけた。

 慌ててひよりの方を向くと、いつもの天使のような笑顔をこちらに向けてきた。

 

 その笑顔に少しだけの不安を滲ませて。

 

 

「さっきの答えに、なってますか?」

 

 

 どのように答えたらいいのかわからない。だって、こんなことを言われるなんて初めてだ。

 

 

 茜差す夕暮れの中、場所は同じように夕日に褪せた舗装された道の上。

 告白する場所としては、あまり美しい場所とはいいがたい。

 

 夕日はあまりきれいじゃない。まぶしいだけだ。人を殺してしまいそうになるほどに眩しい夕日は、ひよりの向こう側にあって、逆光になってひよりの顔がよく見えない。

 告白する状況としては、あまり美しい状況とはいいがたい。

 

 そう遠くない所から、騒ぐ生徒の声がする。頭に入ってこないが、男子高校生らしい、品のない話をしていた。

 告白する環境としては、あまり美しい環境とはいいがたい。

 

 

 

 そのはずなのに、ひよりがそこにいるだけで、それらが全て変わる。

 ひよりがいれば、それが美しいように感じられて、自分が世界に勝手に手を加えてはいけない気がして、言葉は封じられて。

 

 

 俺は何も言わずに小さく頷いた。




 月が綺麗ですねと漱石は訳していないそうですが、実際この言葉のすごいところは、この言葉の意味合いを知らなかったとしても、伝わりそうなところだと思います。
 

 以前Twitterでこの言葉について持論を投稿したことがあるのですが、月が綺麗ですねが伝わるか伝わらないかは、教養ではなく感性だと思うので、文学おすすめです。端的に換言すれば、もののあわれを知りたまえです。

1000人お気に入り記念になんかやりたいんですが、そういうの今までにやったことないので、何がいいかアンケート取ります。

  • 1000文字ジャストの話
  • ひよりの良いところ1000個あげる話
  • 西暦1000年のIFとかいう謎小説
  • 1000年未来設定の謎小説
  • ひよりと1000㎞ウォーキングする謎小説
  • ひよりと千手観音像を彫る謎小説
  • もう兎にも角にも謎小説
  • 七夕特別編(遅刻確定)
  • デートする普通の話
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